一日の仕事が終わった社長室。 ジェラールはまだ帰って来ていない。 今日一日、珍しく別行動だったので何となく落ち着かない気持ちで、信一はいつもの場所から新宿の夜景を見た。 十二月に入って、街はクリスマスのイルミネーションに彩られ、ひときわ美しく輝いている。以前は見るだけで心浮き立ったその眺めも、今の信一の目には見えていないも同然だった。 (ジェラール……) 指先で唇に触れ、先日のキスを思い出す。 あれは、一体何だったんだろう。 親友のことを相談するつもりだったのが、いつのまにかキスされていた。 あの後、ジェラールは何事も無かったかのように実務に戻ってしまい、自分はキスの意味を問うこともできずにいる。 (可愛い人……って、言われたような気がしたんだけど……) 夢でも見ていたのかと、信一はもう一度、確かめるように唇に触れた。 突然室内の明かりが落ち、目の前の夜景が鮮やかに浮かび上がった。 「あ、お帰りなさい」 慌てて振り返るとジェラールが戻ってきていた。ジェラールは信一の隣に並ぶように窓に近づき、一緒に外を眺める。 「信一の言ったとおりですね」 「え?」 「いつだったか、最初の頃。クリスマスシーズンになるともっとすごいと言っていた」 「ああ、そうでした」 外を眺めながら思い出して笑う信一の横顔を見て、ジェラールはそっと後ろに回ると、背中からゆっくりと信一を抱きしめた。 「ジェラール」 驚いて身をすくませる信一を広い胸ですっぽりと包み込み、ジェラールは信一の髪に鼻を埋めて話し始めた。 「私は、自分が意外と狭量で嫉妬深いということに、生まれて初めて気が付きました」 「ジェラール?」 信一の心臓が早鐘のように鳴る。 「お友達の坂下貴広。フランス派遣決定しましたよ」 「えっ?」 驚いて顔を上げると、窓ガラスに映ったジェラールと目が合った。 互いにガラスに映った相手の眼を見つめる。 「ジェラール……?」 どこか怯えたような視線を受けて、ジェラールは微笑んだ。 「彼には、五年位行っていてもらいましょう」 そう言って、唇を信一の首筋に移す。 「あっ」 後ろから敏感なところに口づけられ信一は小さく叫んだ。 「信一」 耳に唇を寄せて囁く。 「前からずっと、眼で誘っていましたよね、私を」 「そっ……」 耳にかかる吐息とジェラールの言葉が信一の理性をとろかす。 「そんな、こと……」 「ない?」 耳に口づけた唇で信一の耳朶を咥えて甘く噛む。 「あぁっ」 背中から腰に走る快感に、信一の白い喉がのけ反る。ジェラールは右手で無理やり顔だけ振り向かせると強く唇を吸った。 ジェラールの舌が信一の口腔を犯し、舌を絡めとる。 信一も自ら舌を出して深くそれに応えた。 「んんっ、ん……んうっ…」 まだ口づけだけなのに、恍惚として膝が震える。 耐え切れず、信一は唇を重ねたまま振り向き、ジェラールの背中に手を回して強くしがみついた。 ジェラールはそんな信一を、やはり口づけたまま軽く抱えあげキャビネットの上に座らせた。 長身のジェラールとちょうど良い高さに顔が来る。 「愛しています」 ジェラールの言葉に、信一は目を見開いた。 「気づかないふりで自分をごまかすには、君は魅力的過ぎた」 ふっと自嘲の笑いを漏らし、ジェラールは信一の髪を優しく梳いた。 「他の男に取られたくないと、この私に思わせるほどにね」 信一は、呆然とジェラールを見つめ、ゆっくりと意味を理解し、そして胸まで薔薇色に染めた。 「服を脱いで」 ジェラールの囁きに、信一は素直にシャツのボタンをはずしていく。 肌があらわになるに従って、ジェラールの唇が下におりていく。仰け反った白い喉。鎖骨。胸元。そして立ち上がり赤く染まった乳首へ。 強く吸い上げ、舌の先で転がすと信一は耐え切れない声をあげた。 「は、ああ……っ…あ、んッ」 感情がすぐ表に出る信一は、快感の表現もひどく素直だ。 「ふっ、あっ……んっ」 自分の唇や指先ひとつの動きで艶めかしく鳴く声に、ジェラールの欲望も高まっていく。 上半身を全て脱がすと、ジェラールはその姿をうっとりと見つめた。 「下も、脱いでください」 社長室のキャビネットの上に、裸身の信一が美しい人形のように座っている。 白い背中が窓ガラスに反射する。そのむこうにはクリスマスイルミネーション。 「綺麗です」 うっとりとささやくとジェラールは、信一の脚の間に顔を埋めた。 「やっ」 直接の刺激に信一が小さく叫ぶ。ジェラールの唇が信一自身を絡めとり、敏感な筋にそって舌先を擦りあげる。ジェラールの熱い口腔の中で、信一自身がビクビクと震え先端からは先走る雫が滴り落ちる。 「あっ、あ……ん、んッ…ジェラール……」 自分の足の間にジェラールのプラチナブロンドが揺れ、いやらしく動いている。 その姿に羞恥心で目が眩む。 信一は片手で自分の身体を支え、もう一方の手でジェラールの頭をつかみ、髪の中に指を入れて弄った。そのブロンドの手触りに、あらためて自分を嬲っているのがあのジェラールなのだと実感され、喜びから、強烈な快感に襲われる。 「も、だめ……あッ。ああぁ……」 高く叫んで信一は自分の精をジェラールの口腔に放った。 身体が仰け反りずるずると下がる。 ジェラールはゆっくり唇を放すと信一を抱き上げソファーへ寝かせた。 「ジェラール……」 見つめる眼が涙に潤んでいる。 まぶたに軽くキスして目を閉じさせ、自分も服を脱いだジェラールの身体が、信一にゆっくりと重なった。 「熱い」 ジェラールの裸の胸を感じて信一がささやく。 「君のほうがもっと熱い」 再び唇を重ね、ジェラールはそっと右手を信一の秘所に伸ばす。 「あっ、な、に?」 ぬるりとした感触にびくっと身を竦ませる信一に 「しっ、痛くないように。力を抜いて」 ジェラールはジェルで滑りやすくした指をゆっくりと進めた。 「ん、ううっ……」 身体の中に異物が入る感覚に、信一は苦しげに身をよじり、抵抗を少なくするために自ら脚を広げた。長い指はすっぽりと納まり、ジェラールは探るように抜き差しした。 「んっ、んっ」 「力を抜いて」 信一の目の端から零れる涙の粒を舌で受け止めながら、ジェラールはゆっくりと指を増やしていく。 「う、ふっ…くッんッ…」 いやいやをするように首を振る信一をあやしながら、ジェラールは、快感のスポットを探った。 「あ……そこッ」 今までと明らかに違う快感が、突然、信一を捕らえ、思わず声が出た。 「ここ?」 顔を覗き込んで訊ねると信一は素直にコクコクと頷いた。 ジェラールはその仕草をたまらなく愛しく感じ、長い指を使って感じる場所をゆっくりと刺激する。 「ああ、ん」 信一の中心が再び熱く固くなってきた。 「ふっ、あっ……んっ…んっ…ん…」 ジェラールの指の動きに合わせるように自ら腰を揺らす。 絶え間なく、喘ぎ続ける信一の声の艶めかしさに、ジェラールも自身が抑え切れないほど高まっているのを感じる。 「えっ、や、だ」 ふいに指が引き抜かれ、信一は思わず声を出しジェラールを見つめた。 瞳がやめないでくれと訴える。 ジェラールはやさしく微笑むと、自身の猛った物をあて一気に貫いた。 「あああああっ」 信一が悲鳴をあげる。 「うっ」 ジェラールも信一の溶けるように熱い内襞に締め付けられ 「キツイ…」 思わずフランス語で呟いた。信一の方はもうずい分前から日本語しかしゃべってない。 「あ、んっ、んっ…ダメッ、いやだ。苦しい、あ……大きっ…イヤ…あ…やッ、やぁ」 嫌だとうわ言のように繰り返される言葉は、ジェラールには届かない。 届いたところで、とめられない。 激しく腰を使うと、信一は狂ったように喘いで、そして短い叫びとともに吐精した。 ジェラールも、その達した瞬間の信一の表情に、自らの戒めを解いて精を放った。 「ふっ…」 どちらからともつかないため息が漏れる。 信一は、涙に潤んだ瞳でジェラールを見つめ、ゆっくりと腕を伸ばした。 「キス……」 甘い誘いにジェラールは微笑み、そしてゆっくり唇を落とした。 翌日。朝のミーティングに信一の姿が無かった。 「風邪、ですか」 心配げに眉を寄せる榊に 「そのようですね」 と、ジェラールは無表情に答える。 それをボスの機嫌が悪いものだととった榊は、困ったように 「申し訳ありません。体調管理も仕事のうちだと、私からも厳しく言っておきます」 と、深々と頭を下げた。 「そうしてください」 白々しくうなずきながら、心の中で付け加える。 (ついでに、表情コントロールも仕事だと) 社長室のソファーを見るだけで火がついたように真っ赤になられてはたまらない。信一には早く慣れてもらわないと。 などと考えながら自分の頬も緩みかけていることに気づいて、ジェラールはあわてて口元を隠し、ごまかす為に大きく咳払いをした。 榊が慌てた。 「風邪がうつったのじゃありませんか?」 「いや、違います。心配しないで下さい」 ジェラールは、大きく手を振って否定した。 * * * 十二月二十五日クリスマス。 フランスアロー社との共同開発に派遣されるメンバーの壮行会が開かれた。 坂下の急な異動は、退社の話を知る社員たちからは当然不審に思われたものの、概ね好意的に受け止められた。 坂下ならきっとフランスでも優秀な実績を挙げて帰ってくるに違いない。と。 パーティーの会場で坂下は信一に 「ありがとう。こんな形で行かせてもらえるんだから、本当に、一から死ぬ気で頑張ってくるよ」 と、感謝した。 「タカヒロなら大丈夫だよ」 嬉しそうに笑う信一の顔を見て坂下は 「しばらく会えないのはなんだけど、帰ってきたら一番に会ってくれよな」 と、真剣な瞳で言った。 「もちろんだよ。それに今回の派遣はニ年だし。あっという間だよ」 サカエを離れて自分と距離をおいて一からやり直したいといった坂下にとって、ちょうど良い時間と距離だと思い、今回のフランス行きに推薦した。 けれども、本当に聞きとどけてもらえるかどうか最後までわからなかっただけに、信一もとても嬉しかった。 「俺、あれから、もう一度考えた……」 「え?」 「俺は、やっぱり……」 坂下が何か言おうとし、信一が小首をかしげた時、離れたところで大勢に取り囲まれながら二人の様子を見ていたジェラールが近寄ってきた。 坂下に向かって、 「ほとんど決まっていたメンバーに滑り込んだ大抜擢だ。結果を出してくれたまえ」 右手を差し出す。 「ありがとうございます。必ず」 と、坂下もその手を力強く握り返す。 そして、いつかと同じ瞳で言った。 「今は、まだ全然敵いませんけれど、いつか……」 最後まで言わせず、ジェラールは優位に立った者の余裕の笑みを見せて言った。 「がんばりたまえ」 「いい青年ですね」 帰りの車の中でジェラールが言う。 「えっ?」 突然だったので信一は、何のことだか分からなかった。 「坂下貴広」 「あ、ええ。いいヤツなんです」 ジェラールの口から名前が出るとちょっとだけドキッとする。 そんな信一を横目で見たジェラールは、ほんの少し不機嫌な顔で、 「彼なら、プロジェクトが終わった後も、向こうの経営チームと上手くやってくれるでしょう」と続けた。 「え? それは、どういうことですか?」 きょとんと訊ねる信一に 「以前言ったでしょう。彼には五年くらい行っていてもらいましょうと。いや、あの分ならそのまま欧州の仕事を任せてもいいですね。日本人の優秀な人材は、現地では貴重ですから」 ジェラールの言葉に呆然としている信一に、ジェラールは、フッと吹きだすと、これ以上なく魅力的に微笑み、そっと信一の耳に唇を寄せた。 「言ったでしょう。私は意外と、狭量で嫉妬深いんです」 完 |
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