「あ、あそこ」
りおが指差した倉庫の前には、いかにもといったバイクが数台止めてあった。
「あそこに高遠がいるんだなっ」
海堂はりおの返事は待たずに、その中に飛び込んでいった。
「あっ、ちょっと」


「高遠っ」
海堂が倉庫の扉を蹴破るように飛び込むと、中には五、六人の男がたむろっていた。
その輪の真ん中に、転がされているのが―――
「高遠――っ」
海堂は拳を握って、その中に突っ込んだ。
「海堂?」
「な、何だ、お前っ」
「高遠に何しやがるっ」
「うわっ」
「こいつっ」
「げふっ」
「ぐうっ」
小さな海堂が、大きな男たちの顎や腹に次々に黄金の右を繰り出す。
喧嘩慣れしているはずの男たちが、不意を突かれて次々に倒れる。
「この野郎」
一人の男が、ポケットからナイフを取り出した。
「海堂っ」
それまで呆然と見ていた高遠が、青褪めて叫んだ。
「やめなさいよっ」
りおも甲高い声を出す。
海堂は、ナイフを持った男をじっと見た。
海堂に殴られて倉庫の床に蹲っていた男たちが、一人、二人、と立ち上がる。

「やめなさいよ、ナイフ出すなんて卑怯じゃない」
りおが、倉庫の入り口で叫ぶ。
「いきなり殴りかかってきたのは、こいつだ」
ナイフをかざして男が言う。ほかの連中もそれぞれ刃物を取り出した。
海堂は男たちと睨み合い、ぐっと拳をにぎった。
(海堂が、刺される!)
そう思った時、高遠は、無意識に身体が動いた。
後ろ手に縛られたまま立ち上がって、間に割って入って、背中に海堂を庇うように立った。
「高遠?」
海堂は、目を瞠った。
高遠の広い背中が目の前にある。
自分を守ろうとしている。
こんな時なのに――いや、こんな時だからこそ――胸がジンと熱くなった。
「高遠……」


高遠は我に帰って、震えそうになる自分と戦っていた。
目の前の男は恐い。ナイフで刺されたら痛いだろう。
(それでも……海堂が刺されたほうが、もっと痛い)
必死の思いで、男を睨む。
男が、にやりと笑って、ナイフの柄を固く握り締めた。
(刺される)
高遠が息を飲んだとき、倉庫の入り口から声がした。
「なんの騒ぎだ」

「お兄ちゃんっ」
「総長っ」
「総長」
その場の男たちの目が、倉庫に入ってきた男に集まる。
総長と呼ばれたその男は、ナイフを見て眉間にしわを寄せた。
「カズ、そりゃあ何だ?」
「えっ、あっ、はい」
初めにナイフを取り出した男、カズは、慌ててそれをしまった。
ほかの連中も、それに倣う。
「お兄ちゃん、ひどいじゃない、こんなことして」
りおが、総長にくってかかった。
「こんなこと?」
「ヤマトをさらったでしょう?」
「俺は、さらって来いなんて一言もいってないぞ」
総長は不愉快そうに顔を顰めて、舎弟を見渡した。
「あっ、いや、りおさんの男が、どんなヤツか調べろって話でしたから」
「つまんねえ男じゃ、困るっておっしゃってたんで」
男たちがヘドモド応えると、
「だからって、さらってくるヤツがあるか、怪我ぁさせてどうする」
総長は、地獄の底から響くような声で凄んだ。
男たちは一斉に大きな身体を縮こませた。


「ごめんね、ヤマト」
りおが走ってきて、ヤマトを見上げる。
「私が、昨日お兄ちゃんにヤマトのこと話して、ちょっといいなって思ったって言ったら、こんなことになっちゃったの」
高遠は、話し掛けられた直後、へなへなと座り込んだ。
緊張の糸がきれたというところ。
「ヤマト?」
「高遠っ」
りおと海堂が同時に支える。
そして、互いを見てムッとした。
「悪かったな、ヤマトさんとやら」
総長が高遠を見下ろして言った。
「りおは、俺のいとこでね。家も近所で可愛い妹みたいなもんだから、ついボーイフレンドとかいうのがどんなヤツか気になったんだよ。しかし、うちの連中がバカだから、こんなことしちまって、申し訳ない」
「は、いいえ……」
高遠は、へたれこんだまま総長の顔を真っ直ぐ見上げて言った。
「あの……俺は、りおさんのボーイフレンドじゃありませんから」
「んっ?」
「他に恋人がいますから、りおさんとは、そういう仲にはなれません」
その言葉に、りおが、高遠に添えていた手を引いた。
「えっと、ごめん……本当に……」
高遠は、りおを見て申し訳なさそうに謝った。
「いっ、いいわよ。私だって、お兄ちゃんに、ちょっといいなって、言っただけで、ボーイフレンドだとか、恋人とか、そんなこと、言ってないし……全然……」
りおが慌てて手を振る。そして
「でも、ヤマトの恋人って……まさか……」
口ごもると、
「俺に、決まってるだろっ」
海堂が嬉しそうに高遠の背中にしがみ付いた。



* * *

「総長って、西東京学生連合の総長だったんだね。結構、有名だよ。―――そんなヒトの妹分をふるなんて、高遠くんも勇気ありますね」

二郎が一人でしゃべるが、海堂も高遠も聞いちゃいない。
「じゃあ、僕、学校行くから」
やっぱり、聞いちゃいない。
二郎は、寂しく学校に向かった。



「高遠、大丈夫か?」
「うん」
倉庫の近くの空き地で、土管に並んで腰を下ろした二人。
「怪我してんじゃん。顔」
「いや、これは、昨日お前が殴ったやつ」
「あ、そっか。ごめんな」
「いいよ」
「痛くないか?」
「もう、痛くないよ」
バカップルモードに入っている。
実際、高遠は縛られて転がされていただけで、最初さらわれた時以外、殆ど暴力は受けていなかった。
だとしたら、海堂のあの暴れっぷりはちょっと外道の仕業といえたが、気にする海堂ではない。
「俺、高遠が、庇ってくれたとき、むちゃくちゃ嬉しかったぜ」
「なんか、柄にもないことしたよな」
高遠は、照れたように笑う。
海堂は、高遠の胸に頭をすり寄せて
「カッコよかったぜ」
と囁いた。
高遠の顔が、赤くなる。
「あ、そういや、笠、帰ったんだな」
照れ隠し半分で、今ごろ言うと、
「ああ、あいつさ……」
海堂が口ごもった。
「何?」
「うん、やっぱ、いい」
自分を好きだといったこと。高遠に秘密は持ちたくないけれど、今言う話でもないだろう。
「言えよ。気になるだろ?」
高遠は海堂をうながす。
聞きたいことは他にもあった。何故、トラノスケを預けたりしたのか?何故、海堂の家に来ていたのか。
「後で、話す」
「後って」
と言った言葉は、海堂の唇に飲み込まれた。
「んっ……」
海堂の腕が、高遠の背中に廻る。
高遠も、それに応えて腕を廻した。
海堂にだって、聞きたいことはあった、りおとどこで知り合ったりしたのか。

聞きたいことはお互いたくさんあったけれど―――このキスひとつで全部消えた。





end




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