あの日、午前中の授業を全部サボって教室に戻った僕たちを、皆、好奇心一杯で見たけれど、直接何か言ってくる奴はいなかった。松田や坂咲ですら、じっと我慢して僕たちを見守っていた。
 彼らには、いつかはバレるのだろうか。僕らが付き合い始めたということ。
 いや、彼らだけの話じゃない。僕たちが一緒にいたら、きっと学校中の噂になる。
 それはは分かっているけど、僕は全然構わなかった。
 この僕たちを正面きってホモ呼ばわりできる奴がいたら、出てきてみろって言う感じ。
 ああ、相変わらず、性格キツイですか?僕。


 三学期が終わるころになって、榊原が学校に復帰した。
 僕と清隆で謝りに行くと、榊原は一瞬複雑そうな顔をしたけれど
「忘れてくれ、全部……お互いの為にな」
 とボソリと言った。
 僕は、なんとか自分の過去にケリをつけて、清隆のために、本当に天使でありたいと思っていた。





* * *

 春休み。
「玲於奈。明後日、時間があったら、付き合って欲しいところがあるんだ」
 清隆が真剣な顔で言ってきた。僕は清隆に言われればどんな無理なスケジュールでも入れるつもりだから、二つ返事でオッケーした。
 清隆は、ふっと優しい目になって言った。
「オヤジに、会って欲しいんだ」
 え?!
 オヤジって、離婚した、清隆のお父さん???
 僕が尋ねると、清隆は肯いた。
「オフクロには、これからもいつでも会えるし、ちょっとすぐには、紹介するっていうのも……なんだけど……」
 僕の髪をそっと撫でながら、少し恥ずかしそうに言う。
「オヤジと会うこと、たぶん、もうあんまり無いから、玲於奈を会わせておきたいんだ」
 僕は、胸がきゅーんとなった。

 そして、当日、清隆がお父さんと約束した新宿のシティホテルに行った。
 一階のロビーで待ち合わせているらしい。
 エントランスに近づきながら、心臓がドクンドクンと高鳴り始めた。
 僕は、異様に緊張している。
「ねっ、清隆」
「ん?」
「僕のこと、何て言って、紹介するの?」
 実は、朝から気になっていた。
「うん、それなんだけど」
 清隆は、ちょっと困ったような顔をしたけれど、すぐにニッと笑って
「ちゃんと言おうと思うんだ。恋人として、付き合っているって」

 ええええええええええっ!!!

 それは、すごく嬉しいんだけど、でもでもでも―――――。
「お父さん、驚くよ」
「そうだな」
 清隆はちょっと楽しそうだ。僕は、そんなに楽しくなれない。
「もし、もしも、反対されちゃったら?」
 僕が不安げに聞くと、清隆は逡巡した顔を見せて、そして言った。
「たぶん大丈夫。実はオヤジも、そっちだから」

「は?」

 意味がわからずポカンとすると、清隆は続けた。
「絶対、本人の前で言うなよ。うちのオヤジがオフクロと別れた原因、オヤジがホモになっちまったからなんだ」
(ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ???!!!)
「オヤジ、ずっと中学の教師してて、結構若いときはカタブツだったらしいんだけど、何か、突然男の子が好きになったらしくて、で、自分の卒業生に手を出して、人生ダメにしそうになったの」
「し、そうに……?」
『した』んじゃなくて?
「相手の人が、自分が好きで付き合っているんだって主張したみたい。愛し合っているんだってさ。むこうの親がかえって謝ってくるくらい」
 フッとふき出して、
「ま、なおさら、オフクロは収まりつかなかったけどな」
 こ、こわい。そんなお母さんが、僕たちのこと許してくれると思えない。
 そして、ふと思った。
 僕と榊原の件で、清隆が酷く取り乱して暴力をふるった裏には、そういうトラウマも多少あったのかな……と。
 そして、待ち合わせのロビーが近づき、清隆の視線の先を見た瞬間、僕は心臓が凍った。
「せい、りゅ、う……」
 見間違いであって欲しい。
「ん」
「前の、清隆の姓って……お父さんの姓って、なんだった?」
「藤崎だけど」

 ひ―――――――――――――――っ!!


 僕は、その場で出口に向かって駆け出しそうになった。
 僕の様子に慌てた清隆が、回り込んで腕を掴む。
 僕はパニックをおこしていた。

 ごめんなさい。ごめんなさい。やっぱり生まれてきてすみません。

 大好きな清隆のお父さんが、僕の一番恥ずかしい時代の相手なんて!
「どうしたんだよ、急に、恥ずかしくなったのか?」
 清隆が、僕の顔を覗き込む。
 はい、恥ずかしいです。思いきり。死にたいくらい。
 僕たちがあわあわしているのに気がついて、藤崎先生のほうから近づいて来た。
「清隆……久し振りだな」
 そして、僕の顔を見て、一瞬目を瞠った。
「君、は……」


『お久し振りです、藤崎先生』
『はじめまして、高原玲於奈といいます』
『やん、先生、会いたかったあっ』

 泣きたい気持ちで、ここは二番。
 すると、藤崎先生はふっと笑って、言った。
「はじめまして。清隆の友達?」
 僕は呆然と先生の顔を見返した。
「俺が今付き合ってる人。男だけど。大切な人だから、オヤジに紹介したくて連れてきた」
 ほんの少しだけ頬を赤くして、それでもきっぱりと清隆は言った。
 男らしいっ。
 紹介される相手が、藤崎先生でなければ、感動で泣いていただろう。
けれども、僕は動揺でそれどころではなかった。
「そう」
 藤崎先生は、自然に頷いて微笑んだ。
「じゃ、取りあえず座ろうか。食事はまだなんだろ?」
 藤崎先生に促がされて、僕と清隆は一階のレストランのテーブルに付いた。
 どういうことだろう。僕のこと忘れているはず無いのに。

 どきどきどきどきどきどき…………

 心臓の音が外に聞こえないかと心配になるほど、高鳴っている。
 清隆はそんな僕の表情に、テーブルの下でぎゅっと手を握ってくれた。
 ごめん、清隆。
 僕は、そんなことして貰えるような人間じゃないんだよ。
 しばらくぶりに会う親子の会話に入り込めず、たまに、話題を振られても、頷くくらいしか出来ない僕。
 一体なんで、この三人でテーブルを囲んでいるのか。
 忘れたい過去と大切にしたい未来の同席。
 神様。人間失格の僕に対して、手ひどいしっぺ返しですね。



「清隆、タバコを買ってきてくれないか」
 食後のコーヒーの時間になって、ふいに藤崎先生が言った。
「タバコ?」
「ああ、ロビーの奥のトイレの前に自動販売機があるから」
「わかった」
 清隆は立ち上がって、長い脚で颯爽と歩いて行く。
 テーブルに藤崎先生と二人きりになった僕は、貧血を起こしそうになった。
「そんなに、緊張しなくていいよ。高原君」
「ひっ」
 思わず小さく叫ぶと、藤崎先生は笑って言った。
「君が黙っていてくれるのは、私も親としてありがたい。それに、聞いていると思うけれど、私には今、付き合っている子がいてね。その子にも知られたくないなあ」
 ふざけたように言いながら、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
「あ」
「ああ、最後の一本ってことにしておかないとね」
 そう言って、タバコの箱をしまった。
 藤崎先生は、なんだか、以前に比べて、優しい感じになっていた。
「私は君達ほど若くないから、カミングアウトするのも難しいが……」
 美味しそうに煙を吐き出して言った。
「自分に正直になって、今、幸せだよ」
 そして、慌てて付け加えるように、
「今のはまだ清隆には言わないでくれ。あいつの母親には、悪いことをしたと思っている。それでも、昔は本気で愛していたんだ」
 なんだか、僕が照れてしまう。藤崎先生は、ふと真剣な顔をした。
「色々……その、母親の事も含めて…大変かもしれないが、清隆を頼むよ。あいつは、私に似ず、いい男だ」
「先生……」
 僕は、やっぱり感動して泣いてしまった。
「先生は、まずいだろう。知らん顔してくれないと」
 藤崎先生は、苦笑いして、ハンカチを出してくれた。
「オヤジ、自販、トイレの前じゃなかったぞ」
 清隆が戻ってきた。
「って、なに玲於奈、泣かせてんだよっ」
 清隆が、うろたえている。
「ち、違う、の……」
 慌てて僕は涙を拭く。
「清隆を宜しくって言ったら、泣いちゃったんだよ」
 先生の言葉に、清隆が赤くなった。





* * *

「じゃ、若い二人に、プレゼントだ」
 そう言って、藤崎先生が清隆にホテルのキーを渡した。
「は?」
 清隆が、目を丸くする。
「本当は、この後トモくんを呼び出して、と思っていたんだが」
 ト、トモくんって? 先生の彼???
「可愛い息子に譲ろう。冷蔵庫のものに手をつけたら、その分は自分で払うことになるぞ」
 そう言って、ニッと笑って去っていった。
 僕たち二人はぼうっとその姿を見送って、そしてそっと目を見合わせた。

 清隆の手の中にあるそれが意味するものは一つだった。








「玲於奈」
 清隆が、緊張に掠れた声で僕の名を呼ぶ。濡れた髪から落ちた雫が、太い首から鎖骨に向かって流れるのがすごくセクシーだ。
 先にシャワーを浴びて、裸の身体をシーツに包んで待っていた僕も、緊張が伝染して来た。
 ドクンドクンと自分の心臓の音が聞こえる。
「清隆……」
 自然に潤んでしまう瞳で見つめると、清隆は一瞬まぶしそうに目を細めて、そっとシーツの中に手を入れてきた。
 清隆の指先が、僕の胸の飾りに触れる。

「あああぁんっ」

(げ、しまった!)

 長年培われたサービス精神から、AV女優なみの嬌声をあげてしまった。
 そっと、目を開いて見ると、案の定。
(ひいてる。ひいてる。ひいてるよ)
 清隆は、赤くなって固まっていた。
「ご、ごめん……」
 小声で謝ると、清隆はハッとしたように僕を見た。
「や、いや……結構……刺激的だった」
「やん、ばかぁvv」
 って……ああ、僕って、とことんこんなヤツ。


 気を取り直してもう一度。
 今度はゆっくり唇から。
「玲於奈、愛している」
「僕も……僕も、愛してる、清隆」
 愛している―――今までのセックスでは、使ったことの無い言葉。
 
 そして、唇が重なって、僕は清隆だけの天使になる。
 ちょっとばかりエロい天使なのは、許してくれるよね。





終わり(2002.7.3)









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