麻雀甲子園第一次予選もいよいよ準決勝。

えっ?!始まったばっかりじゃなかったの?!
とか、驚かないで欲しい。ドカ○ンじゃないのだから一試合ずつそんなに長々やるわけがない。それにしてもド○ベンという例えは今どきじゃない。しかもジャンプ系とかいいながら、それはチャンピオンだった気がする。
そんなことはどうでもいい。




「それにしても、リクちゃんのビギナーズラックもよく続いているねえ」
「ビギナーズっていうより、実は強運なんじゃないか?これだけやってて、一回も大きく振り込んでないんだからな」
堤の言うとおり、リクは相変わらず最初の配牌で狙えそうな大あがりを逃しつつも、逆に大きく振り込むこともなく、地味な役でちまちまとあがっていた。
「桜井が勝ち続けて、東の分を帳消しにしているし、これは上手くいったら本当に本戦に出られそうだ」
「この休憩が終わったら準決勝だし、ちょっと応援に行ってやろうじゃないか」
「そうだな」
ジョニー高林の言葉に、堤もうなずいて、二人は選手休憩室へと向かった。


休憩室は準決勝まで勝ち残った出場選手でごった返していた。負けたチームはそのつど帰っているか応援席に移動して見学にまわっているのだが、なにしろ一試合に十二人、それがまだ四組も残っているのだ。
「次に勝ったら、いよいよ決勝だな。がんばれよ」
「東に言ってくれよ。こいつが大きくマイナスにさえならなきゃ何とかなる」
「わるかったなっ」
「あれ?リクちゃんは?」
「トイレだって」
東の返事に、桜井がふと顔を上げて時計を見た。
「ちょっと遅くないか?」
「混んでるんだろ?」
「そうか」


その頃、リクはトイレの前で庄野につかまっていた。
「おい、リク、お前本気で優勝を狙っているんじゃないだろうな」
「えっ?」
リクは驚いて庄野の顔を見た。本気も何も、みんな勝つために試合しているのだ。
しかし、庄野は目を血走らせて詰め寄ってくる。
「お前、わかっているのか?優勝するって言うことは、お前が桜井のものになるってことなんだぞ」
「それは……」
リクの頬に血が上る。その顔を見て、庄野もカッと赤くなる。
「お前、やっぱり、アイツのものになりたいんだなあっ」
「そっ」
「そうは、させるかっ」
「えっ?」
庄野はリクの腕をつかむと、そのままトイレの個室に連れ込んだ。
リクを便座にむかって突き飛ばし、後ろ手に鍵をカチャリとかける。
「庄野先輩?」
ドアを背中にして、庄野は不気味に笑った。
「試合が終るまで、ここにいてもらう」
「えええっ」
何が嬉しくて男子トイレの狭い個室に二人で閉じこもらないといけないのか、いやそれよりも……
「ダメですよ。次は準決勝なんですから、メンバーが足りないと棄権になってしまいます」
「だから、棄権してもらうんだ。絶対、甲子園には行かせない」
「そんな、ダメです。僕たちは甲子園に行って優勝するんです」
涙ぐむリク。
「そんなに、アイツのものにしてもらいたいのかっ。そうなんだな。アイツのモノでものにして欲しくって、実は身体が疼いていたりするんだなっ」
庄野は思い込みの激しい男だ。しかもエロくさい。
「ああん、桜井さんのたぎった欲棒で、僕をむちゃくちゃにしてえっとか思っているんだなああっ」
(……そんな)
リクは言葉も出ない。
自分の勝手な妄想で、庄野はおかしくなっている。
「そんなら、その前に俺がお前をものにしてやるう」
「うそっ」




「なあ、やっぱりリク、遅すぎないか?」
桜井が言うと、
「確かに。いくら混んでいても、もう準決勝が始まる時間だ」
東も時計を見て呟いた。
そこに、準決勝十分前の、選手の集合を呼びかけるアナウンスが響いた。
「げっ、やばいじゃん」
「呼びに行こう、っていうか、ピックアップしてそのまま集合場所に連れて行くぞ」
二人は休憩室を出た。

「おーい、リクっ、いるかー?」
「リク―っ」
トイレの中に向かって呼びかける。
東京ドームのトイレは一ヶ所ではない。一番近いトイレから順に見ていくが、返事はない。
「ここのトイレじゃないのかな」
「混んでいたから、次のトイレを探したってこともある」
「どこのトイレにいったんだ」
再び集合を告げるアナウンス。
二人は小走りになって、トイレを覗いて回った。
「リク―っ」
「いるんなら、返事しろ」
二人の声がした時、まさにリクはそのトイレの個室の中にいた。しかし
「むぐ……」
庄野に口を塞がれていて、声が出せなかった。
「ここでもないか」
「なあ、ひょっとしたらトイレからまっすぐ集合場所に向かったんじゃないか?」
「ああ、それもありだな」
「時間無いぞ」
「走れ」


集合場所に着いてみたが、リクの姿が無い。
「いない……」
係員が確認に回ってきた。
「もう一人は?」
「あっ、いや、今トイレ……」
「開始十分過ぎてこなかったら、棄権ですよ」
その場合はサンマ(三人麻雀)になると注意して、係員は立ち去った。
「リク、どうしたんだ」
「怖くなって逃げ出したとか?」
「ばか。お前より成績よかっただろ」
「ムッ…そしたら、誰かさんのものになるために優勝なんかしたくないから、どっかに隠れちゃったんじゃねえの?」
東の言葉に、桜井は眉間にしわを寄せた。


「なんだ?リクはいないのか?」
いつの間にやら名前チェック済の今泉が桜井の前に現れた。
「お前が、呼び捨てにするな」
「機嫌が悪いな。逃げられたのか」
「うるさい」
「あっ、桜井、どこ行くんだよ」
東の呼びかけに、
「もう一回、探してくる」
短く応えて、桜井は駆け出した。

休憩室に戻ってそこからもう一度ひとつひとつトイレの場所を回ってみると、人だかりが出来ていた。
トイレの入口で騒いでいる。その人々の中に、堤の頭が見えた。
「何やってんだ?」
「あ、桜井。ちょうどよかった。呼びに行こうかどうしようか考えていたところだ」
堤が振り返ると、その隣でジョニー高林も
「面白いことに、じゃなかった、大変なことになってるんだ」
神妙な顔を作って言った。
見ると、個室のドアの前で清掃のおじさんがモップの柄で扉を叩いている。
「そんなところに閉じこもっていないで、出てきなさい」
「んーっ」
口を塞がれたような誰かの声。
「清掃が出来ないだろう。トイレットペーパーも替えないといけないんだから」
「うるさーい」
「庄野?」
個室の中から叫んだ男の声に、桜井は目を瞠った。そして
「リクもいるのか」
大声で呼ぶと、
「んんーっ」
くぐもった声が大きくなった。
「あっ、こら!静かにしろって、あっ、いてっ」
「桜井さんっ」
個室から叫び声がした。
「リクっ」
人を押し退けて、前に出る。
「リク、そこにいるのかっ」
「桜井さんっ、桜井さんっ、助けて、桜井さんっ」
「わーっ、リク黙れ、うるさい、ぎゃっ」
「桜井さあん」
泣き叫ぶような声に、
「リクっ」
桜井は、トイレのドアを思いっきり蹴った。
「うぎゃっ!」
鍵が蹴破られ、内側に開いたドアが庄野の尻と股間を直撃した。
「桜井さんっ」
中から、庄野を押し退けてリクが転がり出てきた。
庄野に何をされていたのか、シャツがはだけて肩が剥き出しになっている。
「リクっ、大丈夫か」
「桜井さん、桜井さんっ」
リクはひたすら桜井の名前を呼んで、その胸にすがりつく。
「リク」
桜井もリクの名を呼び、その小さな身体を抱きしめた。
抱き合う二人。
「ここが男子トイレの前でなければ、それなりに感動できるシーンなのに、惜しいな」
と、堤。
「それより、こいつら、ここに居ていいのか?」
と、ジョニー高林。
「ハッ」
桜井は顔を上げ、
「そうだ。時間っ」
リクの腕をつかんで走り出した。
堤とジョニーは、トイレの床に伸びている庄野を気の毒そうに見た。


「間に合った」
東がほっとした顔で二人を迎えた。
「ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるリクの髪を優しく撫でで、桜井は
「話は次の準決勝に勝ってからだ」
と、優しく微笑んだ。


そして、準決勝にも快勝し、いよいよ今泉のいる新宿東高校との対決。
こういう場合のお約束で、ライバルとは決勝戦であたるものなのだ。
「いよいよだな」
今泉が、わざわざやってきて不敵に笑う。
「西のショウの実力、見せてもらうぜ」
「悪いが、負けるわけにはいかない」
クールに見返す桜井の横顔を見て、リクは胸を高鳴らせた。
さっきのことで、リクの中で桜井はもう特別な存在になっていた。
悪い魔法使いに閉じ込められた塔の中から自分を救い出してくれた王子様。
実際は、思い込みの激しい先輩から、閉じ込められた場所も男子トイレの中だったけれど。そんなことは、どうでもいい。リクには桜井が王子様なのだ。
「僕も、がんばりますね」
胸の前で両手を握り締めて、リクもうなずいた。


そして、南場のオーラス。リクは相変わらずの小あがりを繰り返しつつ、なんとか二位につけて終了した。
今大会絶不調の東がハコテン。
「東先輩、ヒドイ」
「るっせーなあ。これでも、最後はがんばったんだよ」
ぷんすか怒りながら東は、残った組、桜井と今泉の勝負している卓、に目を向けて、そして叫んだ。
「うそだろっ?!」

二組が終了しているこの時間に、桜井たちの組はまだ東三局。まだ南場にも入っていない状態だった。
「何で?」
と、呟く東の視線の先、今泉の前に連荘棒が積みあがっていた。
「今泉が、連荘しているんだ」
親は、あがり続ける限り連続して打てる。ちなみに八連荘すれば役満。
「桜井が負けている」
「嘘」
東とリクが呆然と見つめる前で、今泉が牌を倒した。
「ロン。メンタンピンドライチ」
振り込んだのは桜井ではなく対面の西家だったが、二位の桜井との点差はまた開いた。
「そうか!」
突然、東の顔が劇画調に変わった。ついでにバックにはベタフラ。
「東のリュウヘイ西のショウ、どっちも天才雀師だが、桜井の場合結局はコンピューター麻雀だ。実際の雀荘で経験を積んできた今泉のほうが、場の流をつかむことに長けているんだ」
「そんな…」
「この勝負、桜井の負けだ」
眉間のしわを深くして語る東の言葉に、目に涙にじませるリク。
「だ、ダメです、桜井さんが負けちゃうなんて」
声を震わせたリクは、突然、桜井の卓に駆け寄った。

「桜井さん、がんばってっ」
リクの叫びに、一瞬ツモが止まり、全員の視線が集まった。
「桜井さんがあがったら、僕、脱ぎますからっ!!」

(マジ?!)
と、内心叫んだのは今泉。
桜井は、一瞬目を見開いて、そしてゆっくりと微笑んだ。
「俄然、やる気出てきた」
「桜井さんっ」

そして、桜井は今泉の連荘を止めた。
リクはいそいそと服を脱ぐ。
今泉は、リクの色っぽい姿に動揺。
「うっ」
動揺ついでに、山を崩した。
「罰符、罰符っ」
「く、くそっ」
「フッ、脱衣麻雀なら、俺のもんだな」
「ひ、卑怯者…」
「鼻血出すなよ」

南場に入ってからは、桜井が親の八連荘。
オーラスに山から牌を掴んだ桜井の瞳がキラリと光った。親指の先で牌を確認し、リクに白い歯を見せて笑いかけた。
「次のあがりは、お前にささげる」
大きく音を立てて牌を倒す。
「ツモ!九蓮宝燈!!」
「桜井さあん」
ほとんど裸のリクが抱きつく。
その様子は、全国のお茶の間に流れた。
リクの家族も見たかもしれないが、このときのリクには関係なかった。
「やった!トップだ!」
「東の負けも吹き飛んだぞ」
「優勝だーっ!!」
モニターの前でも、堤とジョニーが大喜び。

「これで、甲子園だっ!!」


しかし、結論から言えば、桜井たちは甲子園に行けなかった。
「えっ?」
「出場停止?」
きょとんとするリクに、堤が言った。
「全国高校麻雀連盟、略してコーマン連からの申し入れだ」
「コーマン連?」
「略すなよ、なんとなく」
「でも、出場停止って?」
脱衣麻雀が高校生らしくない、というのが理由。
「ええーっ」

「まあ、いいじゃないか」
ジャビット君のメガホンを手のひらの上で鳴らしながら堤が言った。
「甲子園の切符は手に入らなかったが、それよりもっと大切なものを俺たちはもう手に入れている」
堤の言葉に、桜井とリクはそっと目を見交わし、そして手をつないだ。
「もっと大切なものって、何だよっ」
東は唇を尖らせる。
「それは……感動だ」
「くっさーっ」
「くさいとは何だ、ハコテン野郎」
「あっ、ひどっ。自分は一人で怪我して出られなかったくせにっ」
言い争う堤と東を見て、桜井とリクが笑う。
後ろからジョニー高林が二人の肩を抱いて言った。
「さあ、我らが超魔術麻雀団の部室に帰ろうじゃないか」
四人がジョニー高林を見てうなずいた。
「そうだな。俺たちの城で、打ち上げするか」
「ポッポの餌の時間だしな」
「七人目の団員も紹介しよう」
「げっ、そういや七人だったんだ?」
「……今まで、そいつはどこに……」


麻雀甲子園―――それは、高校生雀師の憧れ。

麻雀甲子園―――それは、愛と感動の夢舞台。

麻雀甲子園―――それは、フィクション。 当たり前だ。













どうもお疲れ様でした(笑)

ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。
こんなものでもご感想などいただけますとうれしいです。
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