そして今、俺は、ラオタとその母親と一緒に、広く豪華なテーブルについている。 この世界の女王陛下。気品の溢れる美しい顔は、ラオタよりもユニアの方に似ていた。 ラオタはきっと父親似なのだ。 「ユータ、お腹すいているだろう」 「いや……」 目の前に、色々なご馳走を出されたが、緊張のためか、ピークを過ぎたからか、食欲はすっかり収まっていた。 「これ、おいしいぞ」 俺の隣に座ったラオタが皿を指さすと、給仕係りの女性が、さっと取り分けてくれる。 「これと、これも」 「あ、いいよ、ラオ…本当に」 そんな俺たちのやりとりを見ていた女王陛下が、静かに唇を開いた。 「ユータ殿には、大変申し訳ないことをしましたね」 ラオタの眦がきつくなった。 「そうだ、ユニアはどうした!」 キッと後ろを振り返ると、シンの姿を捜して言った。 「シン、ユニアをここに連れて来い」 「はっ」 シンの姿が、扉の向こうに消えた。 「ファラオ……」 女王陛下、ラオタの母親が、辛そうに眉根を寄せる。 「ユニアを許してあげてください。ユニアも、伴侶の契りが絶対であることは重々解っています。本気ではなかったのですよ」 「本気ではない?」 ラオタが叫んだ。 「冗談でユータは、こんな酷い目に合わされたのか?」 「ラオタ、もういいよ。何でも無かったんだし」 俺が言うと、ラオタは信じられないと言った顔で俺を見返した。 「ファラオ、ユータ殿、どうか、許してください」 女王陛下が頭を下げた。 「私が、ユニアを甘やかしていたことも、よくわかっています」 ラオタが母親の顔を見る。女王陛下は、ひどく切ない微笑で言葉を続けた。 「ファラオ、あなたは生まれたときからファラオでした。生まれた瞬間から、何もかも手に入れていました。けれど、一つ違いのユニアは『ユニア』二番目。たった一年の差で、全く立場が違うのです。王家の兄弟には当たり前の事ですけれど、私はユニアが不憫でした」 ラオタが睫毛を伏せて、小さく唇を噛んだ。 俺は、そっとラオタの手を握った。 「けれど、今回の事は行き過ぎだと思います。私からも充分叱っておきますから……許してあげて」 「わかりました」 女王の言葉を遮って、ラオタがぼそりと言った。 じっと、母親の瞳を見返して、そしてゆっくり立ち上がった。 俺を振り向いて微笑んだ。 「ユータ。食事しないのなら、庭を歩こう」 「え?あ、ああ」 「母上は、ユニアを叱れない」 月明かりの下、庭を歩きながらラオタが呟く。 「え?」 「母上は、昔から、ユニアに甘い。あいつは……上手いから」 ラオタの横顔は、傷ついた小さな子供のようだった。 「ラオタ……」 俺はそっと、ラオタの肩を抱いた。ラオタが俺の胸に頭を傾けて、また呟いた。 「母上は、私より、ユニアを愛している。私がファラオでなくとも、そうだ」 「そうかな……」 「そうだ。ユータにはわからない」 「……でも、俺は、ラオタを愛している」 「え」 ラオタがはっとしたように俺を見上げる。俺は、愛しいと思う気持ちをいっぱいに込めて言った。 「俺が、ラオタを愛してやる。ラオタが寂しいのなら、お前の母親よりも……誰よりも、ずっとずっと」 「ユータ……」 「愛してる。だから、俺たちの世界に帰ろう」 「ユータ」 ラオタの両腕が俺の首に廻る。背伸びしてしがみついてくる、その華奢な身体を抱きしめた。 しばらくそうしていると、俺の足を引っかくものが…… 「あ、もぎ太」 仲間はずれになっていたもぎ太が俺の足に纏わり付いている。 ラオタは、ちょっとムッとしたようにもぎ太を見たが、ふっと笑って抱き上げた。 「今回はムギタのおかげでユータの居場所がわかったんだから。お手柄だったな」 「そうだったのか」 俺ももぎ太の頭を撫でた。 その俺の手首に巻かれた包帯に目を止めて、ラオタは俺の手を取ると、そっと手首に口づけた。 「むちゃをする……」 「…………」 少し恥ずかしくなって、俺は、ちょっとぶっきらぼうに言った。 「元はといえば、お前が実家に帰ったりするからだ」 「え?」 ラオタがきょとんとする。 「お前が、いなくなったから……俺は……」 言いながら、顔が熱くなった。ラオタは困ったように俺を見上げて言った。 「すぐに、かえるって書いていたのに」 「え?」 今度は、俺がきょとんとする番だった。 『かえる』 って、そういう意味??? 「ユニアをあのまま置いておくのはよくないと思って、シンをすぐに呼び戻す事にしたのだ。ユニアを連れ帰ってもらうために」 「そうだったのか……」 すっかり勘違いしてしまった俺は、焦ってこっちに来て、こんな事になってしまったのか。 かあああ、なんだか恥ずかしいぞ。 たぶん真っ赤になってしまった俺の顔をじっと見て、ラオタは笑った。 「でも、迎えに来てくれて、嬉しかった」 「ラオタ」 「ユータ」 もぎ太を胸に抱いたまま、ラオタの唇が寄せられる。 俺は、身体をかがめて、ラオタに口づけた。 そして、早く元の世界に戻ってラオタを連れて行こうと思った。 ラオタの見たがっていた海に―――――。 *エピローグ* 「ユニア様、やはりこちらでしたか」 シンが静かに入ってきた。 「失礼致します」 僕は、椅子に座ったままコレクションを眺めていた。 シンが、ぐるりと部屋の中を見渡して、溜息をついた。 ここは、兄上も知らない秘密のコレクションルーム。 シンには知られてしまったけれど、それはしょうがなかった。色々運び込むのには、僕一人じゃどうにもならなかったしね。 壁を飾る様々な絵画も、宝石も、服も、剣も…… 全部兄上から、僕が奪ったものだ。 今では剥製になってしまった兄上のペットの大鷲――名前はケンだった――も棚の上で羽根を広げている。 「兄上、怒っていただろうな……」 「当然でございます」 シンは冷たく言った。 この忠臣は、僕の気持ちを知りながら、ぶすりと胸を突くようなことを平気で言う。 「ユニア様を殺しかねない勢いでした」 「そうか」 僕は、立ち上がってケンの背中を撫でた。 兄が初めてこのペットを手に入れて、鷹狩を行ったとき、僕は十歳だった。 兄が愛しそうにこの背を撫でるのを、心底羨ましく見たものだ。 「兄上に、殺されるなら、本望だ」 「ユニア様……」 シンはそっと僕の手をとって言った。 「あなた様の気持ちは、ファラオにはわかりませんよ」 シンは、さも気の毒そうに眉を寄せる。 「こんなに、お好きでいらっしゃるのに……」 そんな顔をするな。 「私は、屈折しているか?」 「はい」 「はっきり言う」 「はい」 そう、僕は一つ上の兄が好きだった。 太陽のように眩しい兄。 眩しくて、近づけなくて、あこがれた。狂おしいほど。 兄が好きになるものを、全て自分のものにしたいほど。 「シン」 僕は、シンの広い胸に顔を埋めた。 「兄上は、あの者と行ってしまうのだろうか」 「はい。そう、思われます」 「あの者を愛しているのだな」 「とても……」 シンの返事は、わかっていた。 僕は、異世界の男の顔を思い浮かべた。 「あんなやつ、兄上には、ふさわしくない」 そう言いながらも、あいつの、優しかった顔、真剣な顔、怒った顔を思い浮かべて、憎めない気持ちになっていることも感じた。 今度会うとき、僕のことを許してくれるだろうか。 シンに小さく尋ねたら、シンは優しく笑って応えてくれた。 「ユータ様なら、大丈夫ですよ、きっと」 「だと、いい……」 「お二人の、幸せを望んでさし上げれば」 「……うん」 そうだね。シン。わかっている。 幸せにね、兄上、―――― 幸せに――――――――― Fin |
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