「ごめん、その日、陸上部の練習が入って……大会が近くて」 久しぶりの良馬の電話は、今度の祝日に会う予定をキャンセルするものだった。 「そう……しょうがないね」 しょうがない―――本当は、そんな風に簡単に割り切れない。でも、わがままを言ったら、良馬を困らせるだけだし。 「ごめんな、また、電話するから」 「うん」 授業の合間に掛けてきたらしい電話は、あわただしく切られた。 春から私立高校の教員として就職した良馬は、いきなり陸上部の顧問も引き受けて、新任教師として忙しい毎日を送っていた。僕も、春はGTシーズンだ。おかげさまで、っていっていいのか、毎週ぎっしり騎乗依頼が入っていて、良馬とはまったく休みが合わなくなってしまって四月は一度も会えなかった。 「……会いたかったのに」 つい独り言が口をつく。 去年までは大学生だった良馬が僕に合わせてくれていたので、毎週のように会っていた。 もちろん、お互いに忙しい時もあったけれど、でも、一ヶ月も会わないなんてなかった。 良馬は、寂しくないのかな。別に、僕に会えなくても。 「駿、《キャンター》の取材の人がきたぞ」 「あっ、はい、今、行きます」 僕は携帯をポケットにしまって、大きく息をつくと部屋を出た。 月曜日。僕たち、馬関係者の休日。 いつもの癖で早く目は覚めたけれど、起き上がりたくなかった。 前日の祝勝会でオーナーさんに無理やり飲まされて、ちょっと頭が痛い。 「駿君も、ハタチになったんだからねぇ。ほら、飲んで、飲んで」 しつこく、何度もビールを注がれた。僕は、もともとお酒が強いほうじゃない。 断りたかったけれど、オーナーの機嫌はとらないといけないし。 お祖父ちゃんの馬だったら、こんな気使わなくてよくて楽なんだけど、一流のジョッキーになるには色々なところの良い馬に乗せてもらうべきだってお父さんも言っているし、確かにその通りだと思う。 でも……正直、疲れる。 馬に乗るだけなら何も苦労とは思わないんだけれど、それ以外の色々なことがわずらわしく思えることが、最近多くなってきた。 (良馬……) すごく、会いたい。 本当なら、祝日の今日は、良馬も休みで会えるはずだった。 あのキャンセルの電話が無ければ、僕は今ごろ起きて、いそいそと仕度を始めている。 ちょっとくらい二日酔いでもね。こんな気分にもならないで……。 そして、僕は突然閃いた。 (会いに行こう!) 陸上部の練習で学校に行かないといけない、って言っていた。 良馬の学校に行けばいいんだ。 そうしたら、そこで会える。こんな簡単なこと、気がつかなかったのが不思議だ。 僕は、勢いよくベッドから降りて、二日酔いの頭をさっぱりさせるために熱いシャワーを浴びた。 良馬の勤める高校はスポーツで名前の売れた学校で、誰もが知っていたから、尋ねていくには何の不自由も無かった。 正門から入って、校舎の立派さに驚いた。僕は競馬学校しか知らないけれど、世間一般の高校がみんなこんなに立派とは思えない。やっぱり、お金持ちの私立高校なんだろうな。 陸上部はどこで練習しているんだろう? たぶんこっちと当たりをつけて、グラウンドに向かって歩いた。 サッカー部の練習する様子を眺めながら、ずっと歩いて行くと、それらしい集団があった。 フェンスの向こう、ランニングウェアを着た生徒たちに囲まれて良馬がいた。 (良馬!) 小走りになってすぐ、足が止まった。 良馬が――笑っていた。 口々に何か言っているらしい生徒の中で、愉しそうに笑っていた。 一人の生徒が倒れこむように、良馬に抱きついていた。 みんな笑っているから、冗談なんだろう。 冗談なんだろう――けど――見たくなかった。 最近、僕は、良馬のあんな顔を見ただろうか? あんな風に嬉しそうな顔。 ううん、大体、一ヶ月以上会っていないじゃないか。 それで僕はこんなに寂しくて、会いに来たのに。なのに、良馬は―――。 「あのぉ、何か、用、や、御用ですか」 後ろから声をかけられて、どきっとした。 振り向くと、背の高い少年が僕を見下ろしていた。 ランニングシャツからすんなり伸びた、日に焼けた腕。この子も、陸上部の生徒なんだろうか。 「あっ、いいえ」 僕は、慌ててその場を離れた。 その子が不思議そうに見ているのが分かって、足を速めた。 (来なきゃ、よかった……) 校門を出てタクシーを捜したけれど、駅前と違ってそうそう拾えない。 僕はうつむいて唇を噛んでひたすら歩いた。 その夜、珍しく良馬から電話が入っていた。 珍しく……そう、最近じゃ、電話をするのも専ら僕の方からだ。 それだって時間帯が合わないから、大概、留守電。そして、折り返し、やっぱり良馬から留守電のメッセージがはいっているっていう、交換日記みたいなやり取りだ。 交換日記の方が、まだマシかもしれない。少なくとも、もっとお互いの様子が分かるだろう。 『駿?よかったら、電話くれる?いつでも、都合のいいときに』 たったそれだけのメッセージ。 僕は、何度も再生を押して、繰り返し良馬の言葉を聞く。 『駿?よかったら、電話くれる?』 『よかったら』 『駿』 「良馬……」 よかったらなんて……よくないなんてことが、あった?今まで。 グラウンドで笑う良馬の顔が頭に浮かぶ。 僕の知らない人たちと、愉しそうに笑う良馬。 あの時、僕のことなんか、忘れていたよね。 キャンセルした僕との約束も、全部。 僕は折り返しの電話をかけなかった。 それなのに、またかかって来るかもしれないと思って、未練がましく携帯を持ち歩いている。 自分からかければいいのに、何となく悔しかったんだ。 わざわざ学校まで行ったのに、拒否されたみたいで。 実際は、僕が勝手に行って勝手に帰ったんだから、良馬を恨む筋合いじゃないって分かってはいるんだけど。 (僕って、ひょっとしてバカかも……) そんなことをぼんやり考えながら水場で顔を洗っていたら、いきなり背中を叩かれた。 「よう!駿、好調じゃねえか!!」 ガチッ! 叩かれた拍子に胸ポケットから携帯電話が滑り落ちて、硬質な音を響かせた。 その上からは、たった今まで僕が顔を洗っていた水。蛇口から降り注いでいる。 「あ……」 「あっ!駿、何やってんだよ」 「何って……山本さん……」 あなたが前かがみになっている僕の背中をド突いたからでしょう? 「あーあ、こんなに濡れちゃ、もう使えねえな」 携帯を拾い上げて、《週刊勝鞍》の記者山本さんが、いつもの飄々とした顔で言う。 「誰のせいだと、思ってます?」 「お前が、そんなとこ、入れてるからだろ?」 山本さんの応えに僕は大袈裟に溜息をついて見せ、携帯を奪い取ると、燃えないゴミのボックスに捨てた。 「おい!」 「いいんです。もう、使えないんでしょう」 僕は、タオルを取って歩き出す。 「あ、おい、待てよ、駿」 山本さんの言葉を無視して、ずんずん歩いた。 八つ当たりだけど、ムカムカしているんだから、いいよね。 山本さんにだって、ちょっとは責任あるよ。 壊れた携帯―――もう、良馬からかかって来ても、とれない。 一週間、携帯電話がなくても、特に不都合がなかった。 僕は、本当に狭い世界に生きているから。僕に連絡を取りたかったらお父さんかお祖父ちゃんに言えばすぐだし、大体、トレセンで捕まるし。 携帯がなくて、不便なのは、たった一人の人とつながらない。それだけ。 でも、本当はそれが一番辛いんだけどね。 山本さんが新しい携帯を買ってくれるって言ったけど、断った。 買うつもりなら、自分で買う。 でも、まだあの日のことがモヤモヤしていて、携帯を持つ勇気が出なかった。 ここで、携帯が壊れたのも何かの廻り合わせかも。 火、水、木と取材、調教と忙しい日が続いて、あっという間に週末。僕は中山の調整ルームに入った。 日曜日の第一レース、パドックでいきなり聞こえた。 『駿―――』 はっと顔を上げた。 何で聴こえるんだろう。何で、いつも、良馬の声だけ。 パドックを取り囲む横断幕の向こうに、良馬の顔があった。 何で、いつも、すぐに見つけてしまうんだろう――――。 僕を見つめる良馬の顔。 酷く真剣で、ちょっと怖かった。 唇が動いた。 『終わった後、待ってる』 それだけで、わかった。 僕が小さく頷くと、良馬が微笑んだ。 胸が熱くなった。 顔に血が上るのが分かる。 うつむいて、まだ早いけれどゴーグルをかけた。 (良馬……) メインレースが終わって、僕は急いで仕度をした。取材も飲み会も全部断った。 上手く断って抜け出すのに、山本さんに協力してもらった。 「これで、携帯電話の借りは無しだな」 「もちろんだよ」 気もそぞろに応えると、山本さんは呆れたように笑った。 良馬に会える。良馬に会える。 そう思っただけでこんなに胸が高鳴るなら、どうしてあの時、帰ったりしたんだろう。 どうして、電話をかけるのを躊躇ったりしたんだろう。 いつもの待ち合わせの場所に、良馬の長身が見えた。去年、僕の名前が随分売れてしまってから、僕たちの待ち合わせの場所は、けやき公苑ではなくなっていた。あまりに競馬場に近いと誰が見ているかわからないから。 「山本さん、ここでいい」 「はいはい」 にやにや笑う山本さんを無視して、僕は走った。 良馬が振り向く。 広げた両腕の中に飛び込むと、しっかりと押し包むように抱きしめてくれた。 「良馬」 「駿」 唇が塞がれたけれど、すぐに離れた。 物足りない気持ちで見上げると、良馬は微笑んで囁いた。 「人がいるから、早く車に行こう」 良馬に手を引かれて、早足に駐車場に行った。 就職祝いに良馬がお父さんから譲ってもらったというシーマが、僕たちを待っていた。 助手席に乗り込んだら、良馬がもう一度僕を引き寄せてキスした。 「家で、いい?」 エンジンをかけながら訊ねる良馬に黙って頷くと、すぐにキレのいい音をたててスタートした。 良馬の部屋、ここも何日ぶりだろう。中山から車だと近い良馬のアパート。 僕たちは、部屋に入るまで何もしゃべらなかった。僕は、自分の心臓の音だけを聞いていた。僕の右側に、良馬の存在を痛いくらいに感じながら。 部屋に入るなり、抱きしめられた。 「あ」 さっき、途中で終わってしまった口づけが繰り返される。 「んっ……ん」 苦しいくらいに舌を絡めてくる。僕は爪先立ちになって良馬の首にしがみ付いている。良馬の腕がそのまま僕を抱き上げるようにした。 「ん、あっ……待って……」 僕はまだ、靴も脱いでいなかった。 「いいよ」 そのまま僕を奥に運ぶ。 「あっ、だめだよ」 僕は慌てて靴を脱いで、そのまま足で玄関にほおった。行儀は悪いけど仕方ないよね。 良馬はくすっと笑った。 去年、一緒に買ったベッドの上におろされた。 この部屋には不似合いなくらい大きいって、良馬が照れていた。 おかげで、だれも家に呼べないって。 僕は、それが嬉しかったけど。 見上げると良馬の顔がすぐ近くにあって、優しい瞳で見下ろしてくる。 胸が苦しくなる。 「良馬」 口を開くと、塞がれた。深く、浅く、リズムを変えて歌うようなキス。 しばらくそんなことを繰り返していると、身体の芯が熱くなってくる。 良馬の背中に腕を廻したら、耳元で囁かれた。 「何で、電話くれなかった?」 「でん、わ……?」 「携帯も、ずっと通じなかった」 「あ、ああ……」 話しながらも、良馬の手は僕の服を剥いでいく。 「月曜日……うちの学校、来たんだろ?」 言われて、ふいにあの日の良馬の姿が浮かんだ。 「なん、で……?」 「うちの生徒が、すごく綺麗な男の人が見ていた、って言って」 (あの、声をかけてきた背の高い少年……) 「聞いてすぐ、追いかけたんだけど、もういなかった」 囁きながら、良馬は僕の鎖骨に唇を落とす。ピクッと身体が震えた。 「何で、黙って帰ったんだよ」 「……だっ、て」 「電話かけても掛かってこないし、つながらないから、この一週間、死ぬほど不安になった」 「んっ…」 良馬が噛み付くように吸い上げるたびに、背中にびりびりと甘い痺れが走って、僕の声は震える。 「だ、って、良馬……笑ってた……」 僕は、良馬の背中に爪を立てた。 「僕がいないのに、楽しそうにしてたじゃないか……」 良馬が顔を上げて、僕を見た。 僕の目尻に指を滑らす。 「この一週間、笑えなかったよ」 「良馬……」 「お前に、嫌われたのかと思ったら……何も考えられなくなった」 「りょう……」 また唇が塞がれて、良馬の指が僕の全身を撫で上げる。 その指があまりに優しくて、愛されているって、実感した。 「んっ……あ、ッ……」 良馬の指が熱を持った僕自身を扱いて、もう、頭の中は真っ白になった。 良馬の唇が喉を通って下に滑る。胸の尖りを吸われると、自分でも信じられないくらいに感じた。 「あ、やぁッ」 身体中がひどく敏感になっているのは、久し振りだから? それとも、不安な気持ちを抱えていたから、それを埋めるように身体が求めているのかも知れない。 そして、それは―−良馬も同じ。 「んっ……」 僕が唇を噛むと、良馬の指が僕の唇をこじ開けた。 「声、出して」 「あ……」 「一週間、聴けなかったんだから……聴かせて」 「あっ、んッ……ふっ」 良馬の指が、口の中に入ってきた。僕は、その指に舌を絡めながら、いつになく興奮している。僕こそ、久し振りの良馬に酔いたかった。 初めて抱かれた日から、いつもいつも壊れ物のように扱ってもらった。 優しくて、丁寧な愛撫。身体がとけるような。 でも、今日は、少しだけ激しくしてもらいたかった。なんだか、変だ。 「りょう、ま……あっ」 足を良馬の背中に絡めると、 「駿……」 良馬も苦しそうに囁いて、身体を起こした。 「明日、休みだろ?」 男らしい顔で微笑む。 「なに……」 (言ってるの?今さら……) 僕が睨むと、 「寝れなくても、いいよな」 そう囁いた。 言葉どおり、その夜はいつまでも終わらなかった。 トーストの焼ける匂いで目が覚めた。 けだるい身体で寝返りを打つと、良馬は既に起きて朝食の仕度をしている。 「良馬?」 呟くと、振り向いて微笑んだ。ベッドに歩み寄って 「ごめん、起こしたな。まだ、寝てていいから」 僕の前髪を梳くようにかきあげた。 「良馬……学校?」 「新米だからね。休めないよ」 「僕も、起きる」 身体を起こすと、 「いいって、お前のほうが身体辛いんだから……休めよ…その……」 良馬は顔を赤くして言った。 「明日までに、何ともなくなってると、いいんだけど」 僕も顔に血が上った。 良馬の言っているのは、僕がセックスすることで、騎乗に支障が出ないかってこと。 実は初めてのときそんなことがあって、それから良馬はとても気を使ってくれている。 「大丈夫だよ……僕も…その」 慣れたし、と言いたかったんだけど、恥ずかしくて言えなかった。 それに、昨日のは、いつもの慣れた『それ』じゃなかったし。 「……僕も、一緒にご飯食べる」 ベッドから降りようとしたら、 「わかった、こっちに運ぶから、待ってろ」 ポンポンと子供をあやすように寝かされた。 ベッドサイドに可動式の小さなカウンターを動かして、そこをテーブルにした。 「はい」 コーヒーに牛乳を入れて手渡してくれる。このバランスが絶妙で、僕は良馬のカフェオレが大好きだった。 一口飲んで、ホッとした気持ちになって、昨日の話の続きをした。 『何で、黙って帰ったか』 良馬がきちんと知りたがったから。 良間は、ベッドに腰掛けて、黙って僕の話を聞いてくれた。 この一週間、僕が抱えていたモヤモヤした気持ち。 「……落ち着いて考えてみたら、わがままだった。やきもちも、妬いたんだよ。良馬の生徒に……ごめんなさい」 僕は、とても素直になれた。良馬に愛されているって全身でわかって。 「僕の知らない世界の良馬が、眩しかったんだ……」 「駿……」 感極まったような声で囁いて、良馬が僕を抱きしめた。 「そんなの、俺は、二年も前からだよ」 「良馬?」 「前に、言っただろ?俺の手の届かないところに行ってしまいそうでこわいって……」 僕の髪に顔を埋めて、言葉を続ける。 「俺は、早くお前に追いつきたかった。俺よりも早く社会に出て、自分の世界で輝いているお前に、相応しい男になりたかった」 「良馬……」 「正直、まだ自信はない。だから、突然連絡が取れなくなったとき、別れ話かと思って、本当に焦った」 「そんなこと、あるわけないじゃない」 顔を上げると、良馬は微笑んだ。 「うん……今なら、そう思える」 「良馬」 「駿、ごめんな……お前がそんな風に思っているなんて知らなかったよ。電話だって、お前、朝が早いから邪魔しちゃいけないって思って……」 「そんなっ、良馬の声なら、真夜中だっていつだって聴きたい。たとえ寝ていても、起きるよ」 「……うん」 僕に口づけて、額をくっつけたまま、良馬が囁く。 「俺も、この一週間、そういう気持ちだった」 「良馬……」 二度目の口づけは、次第に深くなっていく。 でも、今はここまで。 良馬は、お仕事だからね。 「良馬……愛してる」 「俺は、もっと愛してる」 「うそ、僕の方がたくさん愛してる」 それに反駁するように唇を開いた良馬を遮って、言った。 「ねえ、今日、夜までここで待っていていい?」 「え?」 良馬が目を瞠った。 「明日の朝までに帰ればいいから、僕、今日は、ここで良馬が帰ってくるの待ってる」 「それは……嬉しいけど、ホントに?」 「うん」 突然、良馬がそわそわし始めた。 立ち上がってカレンダーを見て、何故か時計を見て、うろうろした。 「陸上部は、理由をつけて今日だけ免除してもらおう。月曜は、職員会議がある日だけど、その後の誘いを断ったら五時半には帰れるかも」 早口で言う良馬が可愛い。 「じゃあ、夕飯、作っとこうか?」 「作れるのか?」 「ううん、作れないけど、カレーくらいなら……何とかなるかも」 「無理すんなよ、今日は、寝てていいから……カレーなら、俺が材料買って帰るから」 「良馬が?」 「ああ、ひとり暮らし歴も半年だからな、カレーもそろそろ得意料理だ」 「じゃあ、一緒に作ろうよ」 「ああ」 良馬が笑って、僕も笑った。 「いってきます」 「いってらっしゃい。早く帰ってきてね」 良馬は、照れたように手を振った。 ちょっと新婚さんみたいだ。 僕は、幸せな気持ちで部屋に戻った。 いつか、一緒に暮らせるといい。 こんな風に、一週間に一日だけでも、良馬を見送って良馬の帰りを待つ。 (ワイドショーなんかも見たりして……) 僕は、すっかり新婚気分に浸ってしまった。頬が緩む。 ああ、でもやっぱり眠い。 ちょっとだけ、眠ろう。 きっと、良馬の夢を見る。 一緒に暮らす、幸せな僕たちの夢――――。 |
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