下校時。
下駄箱を開けると、一通の封筒が出てきた。三好はそれをチラッと見たが、すぐに手の中でくしゃっと丸めるとそのまま学生服のポケットにねじ込んだ―――
(和亀第二話ではありません)
「ざけんなよ」
三好は、機嫌が悪い。
高田鹿緒とのディズニーシーデートが学校新聞に載って以来『三好先輩、男オッケーなんですね』と勘違いした一、二年野郎から、訳のわからない手紙をもらうことが多くなった。
「俺は、ホモじゃねえっつーの」
思わず口に出したら、偶然正面に、海堂と高遠が立っていた。
「あ……」
高遠が気まずそうな顔をしているのを見て、三好は少々慌てた。
「いや、別に、俺はホモが悪いって言ってんじゃねえぞ。ただ、俺はホモじゃないっていう客観的事実をだな」
「ホモ、ホモ言うなっ」
と、海堂が凶悪な顔で睨みあげる。
「俺だって、高遠が好きなだけで、ホモじゃねえよっ」
海堂の言葉に、高遠が赤くなる。
「うん、まあ、そうだな」
三好は、適当に相槌を打つ。
「お前らはベストカップルだ。男も女も関係ない。人の目なんか、気にするな。どうせしてねえだろうけど」
「もちろんだぜ、なっ、高遠」
海堂が、両手を高遠の腕に絡ませる。
高遠はそんな海堂をぶら下げながら、三好に尋ねる。
「三好、最近、変だぞ?どうしたんだ」
「えっ?」
確かに、このところの三好は今までと違う。
なにしろ、三年生になってすぐホモ疑惑をかけられ連日の手紙攻撃。
自分がこんなに男にもてるとは、今まで思いもしなかった。
最初のうちは軽くかわしていたのだが、こうも続くとイライラしてしまうのも仕方がない。
(いや、何で、こんなことくらいで、イライラするのかもわからない……)
三好は、大きな手のひらで口元を覆って考えた。
「三好?」
心配そうに自分を見つめる高遠に、
「いや、悪い。確かに、変なんだよ。何だろうな」
と、笑って見せた。
「まさか受験ノイローゼとかじゃねえよな?」
高遠の言葉に、三好は吹き出した。
「俺が?」
「まあ、まさかな」
「そりゃないだろ」
「だよな」
高遠と三好が声をあげて笑っているのを見上げた海堂が、頬を膨らませて
「高遠、帰るぜ」
邪魔をする。
三好は、久しぶりに海堂をからかいたくなった。
「なあ、高遠、俺、新しいゲーム色々買ったんだけど、家に寄らないか」
「えっ、FSの新しいのも買ったか?」
「ああ」
「借りたいな、なっ、海堂、帰り寄ってっていいか?」
海堂は、ムッとした顔で、それでも反対はできずに応える。
「俺も行くぜ」
三好はクスクス笑って、海堂の頭をポンポンと叩いた。
「何すんだよっ」
海堂が怒る。
「チビ扱いすんじゃねえ」



翌朝、普段よりずいぶん早く登校してしまった三好は、自分の下駄箱の前で見たくもないものを見てしまった。
封筒を入れる現場。現行犯逮捕といったところだか、果たして逮捕の意味があるのか。
三好が立ち止まって見ていると、その視線に気がついた一年生らしい少年が、ビクリと固まった。
三好はしかたなく、声をかける。
「あのさ、気持ちはありがたいんだけど、もうやめてくれないかな」
「えっ?」
少年の顔が赤くなる。それにほんの少し胸は痛むが、はっきり言ってやるほうが親切というものだ。
「俺、手紙もらっても、応えてやれないし」
「いいんです。別に、僕は……」
「いいってことないだろ?こんなところにわざわざ朝早く来て手紙入れるってことは、それなりに、リアクション期待してんじゃねえの?」
「それは……」
「わりいけど、俺、男の恋人はつくれねえよ」
「す、すみませんっ」
名前も知らない一年生は、バタバタと走っていった。
三好は、小さくため息をつく。
(言い方、冷たかったかな)
他に言いようもないのだから仕方ない。けれとも、あの少年を傷つけたことには間違いない。なんだか、胸がムカムカする。
「何で、俺がこんな気持ちになんなきゃいけないんだよ」

要するに、三好は優しい男だった。
手紙が入っているたびにイライラするのは、自分が決してその気持ちに応えてやれないことを知っているからだ。最初の、二、三人を断った時、自分では軽くかわしたつもりでも、その傷ついた表情がしこりとなって胸に残り、気がつくとかなりのストレスになっていた。
そして、三好にとって、今まで密かにストレスの発散対象――可愛がるという意味も含めて――だった高遠海堂ペアが、クラス換えによって近くに居なくなったというのも、精神衛生上マイナスだった。

「いつまで、こんなことが続くんだよ」
下駄箱に残されたままの手紙を取り出すと、またポケットにねじ込む。
(いっそのこと……)
三好は、考えた。
(橘に、ガセネタでも流してもらうかな。俺に、彼女ができたとか……)
「あほか、自分」
自分の考えにあきれて、三好は背中を丸めると、自分の教室に向かった。




「ええ? そんなこと言ったの? 三好くん」
ここは、昼休みの園芸部の部室。ジルが長い髪を掻き上げながら、大きな目を見開く。
ジルの座る机の前には、今朝、三好にきっちり振られた一年生。
「変ね、それって、たまたま君が三好くんの好みじゃなかったからじゃないの?」
「そんなっ」
その少年は、涙目になる。ジルはそんなことにはお構いなしだ。
「しょうがないから、別の人にあたりなさいよ。お勧めはねぇ」
ジルが、薔薇の模様のアルバムをパラパラとめくると、中には都立和亀高校の生徒の写真。
お取り巻きに命じて集めたもの。
「この、3−Cの中村祐介くんなんか、結構、いいんじゃない?」
「でも、背が低そうですう」
「何言ってるのよ、自分はもっとチビのくせして」
「だって、僕はまだ一年生ですし」
「僕に、口ごたえするんじゃないのっ」
「すみません」
「はい、相談、終わり。次の方、どうぞ」
横山が、気の毒そうにその一年生を立ち上がらせ、外に促す。
変わって別の少年が、入ってきて、席に座る。
「えっと、君の好みは……綺麗なお姉さまタイプ? そんなの、ここじゃ、僕くらいしか居ないけどね」
「あっ、もちろん、ジル先輩でも、全然」
「却下!」
ジルが柳眉を吊り上げる。
「僕の好みは、年上で、身長百九十くらいあって、大財閥の御曹司なんだからね」
「はい、すみません」
「ちょっとだけ綺麗なお兄さまタイプにしておけば? そしたら、いい人がいるわよ」
薔薇のアルバムをめくる。そのページは、何度も開かれているらしく跡がついている。
三好の写真だ。
「3−Aの三好常隆くん。頭もいいし、背も高いし、顔もまあまあでしょ?」
「あっ、優しそうで、綺麗です」
「ちょっとだけ、ね」
「は、はい」
「下駄箱は、ここの一番上」
机の上には、三年生の下駄箱の見取り図。三好のところに赤いマーカー。
「わかりました」
「がんばってね。鹿田くんとは、なんだか別れたみたいだから、チャンスよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、次の方〜」
「川原君、もう昼休み終わっちゃうよ」
「そう? じゃあ、また明日」
これは、ジルによる和亀高校学園化プロジェクトの一環。
自分の所属する園芸部――今まで、ほとんど幽霊部員だった――の部室を使っての男同士の恋愛相談。いや、相談というよりも、ただカップル誕生に適当な人物を紹介しているだけ。なにしろ、自分の在校中に和亀を学園化するには、全校生徒の三割をホモカップルにしないといけない。下手な鉄砲も数撃ちゃあたるだろうという、いいかげんな相談室だか、ここで待ち時間中に知り合ってカップルになった者もいて、なかなか順調なすべり出しを見せている。
「でも、三好くんが、まとまらないのが不思議よねぇ、鹿田くんと別れたらしいから、絶対すぐにまとまると思ったんだけど……」
ジルが赤い唇を尖らせる。
「まあ、タイプが違うのかしらね、あれで、結構面食いなのね」
独り言をつぶやく。
「でも、沢山あたれば、また、タイプなのも見つかるわよね」

三好の苦悩の原因は、ここにあった。






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