「断る」
放課後の屋上で、三好は一刀両断に切り捨てた。
「そう言わずに、頼むよ」
すがり付くのは三好のクラスメイト、高田郁也だ。
「悪いが、俺にも出来ることと、出来るがやりたくないこととがあるんでね」
「ふっ、相変わらず自信家だな。三好」
「じゃ、話はこれで」
「あーっ、ちょっと待てよ。ただでとはいわねえから」
「はあ?」
高田に肩を捕まれて、三好は剣呑な顔で振り返る。
高田は、胸ポケットから封筒を取り出す。
中から出てきたのは―――
「倉木ヒカルのコンサートチケット二枚。三好、倉木ヒカル、好きだったよな」
高田が唇の端を上げる。
「うっ」
三好は、そのチケットに目を奪われた。
「よく、手に入ったな、高田」
「例のチョコレートのシールを送るヤツ。それで俺、チョコ食いすぎで、ニキビできるわ、虫歯ひどくなるわ、鼻血出すわ……」
「……もういいよ」
そこまで自分の身を痛めつけながら手に入れたチケットを差し出してまで、高田が三好に頼んでいることとは何なのか。
「つまり、そのチケットと引き換えに、俺は男とディズニーランドに行けばいいんだな」


「いや、ランドじゃなくって、シーのほう」
「どっちだっていいだろ?」
「シーに行きたいらしい」
「わがままなヤツだ」
「やっ、そんなことないよ」
「お前、なんでそんなにその従兄弟を庇うんだ」
「庇うって言うか……俺、そいつの兄貴の方に頭が上がらないんだよ」
「何で?」
「まあ、色々……いいじゃねえか。それより、頼みきいてくれるんだな」
「まあ、別に。日曜一日、初対面の男友達と遊ぶと思えば、いいかな」
「助かった。ありがとう」
三好は、高田からチケットを受け取ると、胸ポケットにしまいながら言った。
「本当に、一日一緒に遊ぶだけで、いいんだよな」
すると高田は、ちょっと身を乗り出して
「オプションもあるんだけど」
と言う。
「手をつないでくれたら、3000円。口以外のキスで5000円。唇だったら一万円」
「ふざけんなっ!」
三好は、思い切り高田をどやしつけた。

三好がたった今引き受けてしまったのは、高田の従兄弟――この春和亀に入学した一年生――との、ディズニーシー、一日デート。
相手が男だというので即行断った三好だったが、プラチナチケットを見せられると気持ちも揺らぐというものだ。
入学式の日、たまたま三好を見て一目惚れされたとか言われると、ごく普通の感覚の三好には、はっきり言って気持ち悪いとしか思えなかったが。
(けど、まあ、相手は一年坊主だし、適当に遊んで帰ればいいか)
チケットに負けた三好の承諾に、高田はホッとしたように笑った。
「ああ、よかった。あのさ、気休めかもしれないけど」
「なんだよ」
「その従兄弟、ちょっと倉木ヒカルに似てるぜ」
「嘘つけ!!」

* * *

そして日曜日。
「はじめまして。高田鹿緒(しかお)です」
待ち合わせた駅にずい分前から来ていたらしい高田の従兄弟は確かに倉木ヒカルに似た女顔の少年だった。
「あ、どうも」
三好が軽く頭を下げると、
「本当に、すみません。僕、わがまま言って」
それ以上に大きく頭を下げた。
(鹿緒って名前がぴったりだな。バンビ面(づら)だ)
三好は内心呟いた。
「僕、ディズニーシー、初めてなんです」
頬を染めて笑う顔は、三好にも可愛いと思えた。


「横山っ!お前は、センターオブジアース。工藤、インディージョーンズ。橋本は、リトルマーメイド」
ジルが腰に手を当てて甲高い声で叫んでいる。ここはディズニーシー。
「手分けして、僕の分のファストパスも取って来て」
言い切るジルに、横山がおずおずと言う。
「川原くん、ファストパスは、パスポートを通さないといけないから、一人一枚しか取れなくって、しかも一枚取ったらそれが終わった時間じゃないと取れないんだよ」
横山の言葉に、ジルは一瞬考える顔をしたが、再び叫んだ。
「横山っ!お前は、センターオブジアース。工藤、インディージョーンズ。橋本は、リトルマーメイド。手分けして『僕の分のファストパスを』取って来て!!」
一人で乗るのかジル!!
っていうか、それって楽しいか??!!
お取り巻きは思ったが、逆らえない。
「ラジャー」
伊賀の忍びが、頭領に指示をもらったかのような俊敏さで四方に散った。
「じゃ、僕、ここでコーヒー飲んでるから」
ジルは優雅に手をふって、メディテレーニアンハーバーの水辺が見渡せる店に入った。


そのころ、三好と鹿緒もディズニーシーに到着していた。
「どっから回るか?」
「ええと、じゃあ、センターオブジアース。面白いって聞いたんです」
「あれ、水に濡れるんだよな」
「えっ?そ、そうなんですかっ?じゃ……嫌、ですよね」
鹿緒がシュンとする。
「え?いや、そんなことないって。言っただけ」
「そ、そうですか」
既に鹿緒は涙目だ。
三好は、ちょっと今日一日が思いやられた。


「バカバカバカ!!橋本、お前、ほんっとーに馬鹿!!」
ジルの叫びがディズニ―シーの水面を揺らす。
「シーで、リトルマーメイドって言ったら人魚姫アリエルのショーに決まってるでしょっ!パン屋探してどうすんのよっ」
「ご、ごめん、川原くん」
「もうっ。そんなにパン屋が好きなら、お前は昼の席取り係りにするからね」
「そんな」
「許してやってよ、ほら、センターオブジアースのファストパスはちゃんと取ってきたよ」
「ふんっ」


「ねえねえ、見た?」
「あ、さっきの男の子でしょ?」
「すっごい、美少年だった」
「でも、何で一人で乗っていたのかしらね」
「さあ?」
「彼氏と喧嘩別れしたとか?」
「ここで?」
「それにしちゃ楽しそうに乗ってたじゃん」
「あてつけよ、彼氏がどっかで見てんのよ」
「どっかってどこよ」
腐女子四人組に妄想のネタを与えたジル川原は、そのころ、センターオブジアースの最後で濡れた頭を携帯ドライヤーで乾かしてもらっていた。
「キューティクル、痛めないようにね」
「はい」
ちなみに、川原、携帯用の三脚椅子に座っている。
横山の荷物がやたらと多いのはこれらのためだった。

ふと、その川原の目の前を、三好と鹿緒が通り過ぎた。
「あっ」
(あれは、三好くん、一緒に居るのは誰よ?)
慌てて、立ち上がって
「追うわよっ」
何の説明もなく駆け出す。お取り巻きは、慌てて椅子を片付けて追った。

「結構、面白かったな」
「はい」
「やっぱり、濡れたけど」
「はい」
頬を染めて頷く鹿緒の顔に、川原は見覚えがあった。
来たる和亀祭の『ミス和高リベンジ』に向けて、海堂以外の美少年もチェック済み。
(あれは、一年の鹿田じゃない)
名前が違う。結局、海堂以外はその程度の認識。
(何してんの?)
ジルはきょろきょろと辺りを見渡す。
三好がいるなら、あのデコボコカップルも近くにいる可能性高し。
けれども、高遠の長身も人目をひく海堂の姿も無かった。
(って、ことは……二人きり)
そして、ハッとする。
(デート?デートなのねっ!!)
そしてジルは考えた。
(海堂と高遠はホモカップルで、その高遠の親友の三好にも、男の恋人……すっごいホモ率高いっ)
頬に手を当てて内心叫んだ。
(まるで××学園みたーい)
お母様のお友達から大昔のルビー文庫を大量にもらって読みふけっているジルだった。
「どうしたの、川原くん」
「あれ、A組の三好君だよね」
「一緒にいるの誰だろう」
「……いいからっ」
ジルは、三好のもとに駆け寄った。
「三好君っ」

「げっ、ジル」
三好は呟いた。
「こんな所で会うなんて、奇遇だね、三好君」
ジルが髪の毛をかき上げながら言う。
ちらりと鹿緒の顔を見て
「デート?」
と微笑む。鹿緒の顔が真っ赤になった。
間違いない!ジルは思った。
(これで、和亀もますます学園に近づくわ)
都立高校を学園と言い続けているジル。ルビー文庫の影響で、学園にするにはホモカップルが全体の三割くらい欲しいと思っていたところ。
「ちょうどいいから、一緒に回りましょう!ダブルデートよ、ダブルデートvv」
ジルが嬉しそうに叫ぶのに、三好はゲッと眉をよせた。
お前らもともと四人いるんだから、ダブルだろ。俺らが入ったらトリプルだ!
とか、そんな話ではない。
鹿緒だけでもやや持て余し気味なのに、ここでこの四人が加わったら、自分は保育園の散歩の時間の保母さんだ。
それだけは、避けたい。それだけは、嫌だ。
「あっ、いやっ、ジル、じゃなくて川原」
「なあに?」
「俺たち、今日は、二人っきりで回りたいんだよ」
三好の言葉に、川原ははっと目を瞠った。
「ご、ごめんなさい」
よろっとよろめく。
横山と橋本が両脇から支えた。
「そうよね。せっかくのデート、邪魔しちゃだめよね。僕ったら、男心のキビ団子がわからなかった……」
「いや、まあ、じゃ、そーゆーことで」
三好は、鹿緒の手を取って、早足でその場を離れた。
「三好君、鹿田くん、お幸せにーvv」
ジル川原の声が、またしてもシーの水面を揺らすのだった。

「ったく、偶然にしても、とんでもないヤツと会ったもんだぜ」
三好が振り向くと、三好に手をひかれた鹿緒が、真っ赤な顔で瞳を潤ませていた。
「え?」
焦って手を離した三好に、鹿緒が抱きついた。
「嬉しいですっ」
「ひっ」
「僕、三好さん、イヤイヤだって思っていたんです」
三好の胸にぎゅうぎゅう顔を押し付けて言う。
「兄さんや郁也さんに頼まれて仕方なくだって」
(いや、その通りなんですけど……)
三好、硬直。
「でも、さっき、二人だけでデートしたいって言ってくれて……」
(ち、ちがうぞ、ビミョーに……)
「僕、本当に嬉しいですう。三好さあーん」
鹿緒泣き出す。
三好、硬直のまま。

それから、プロメテウス火山の噴火を何度聞いただろうか。
鹿緒が泣き止む頃には、三好の硬直も取れていた。
クスンクスンとすすり上げて、赤い目をした鹿緒が三好を見上げて、ニッコリ笑う。
「なんか、泣きすぎてお腹すいちゃいました」
三好は、このバンビ少年を餃子ドッグの列に並ばせて、そのまま家に帰りたい衝動に駆られたが、鹿緒の右手がしっかり三好のシャツを掴んでいるので、それもままならなかった。


翌日。
日曜の疲れを引きずった三好がいつもよりだいぶ遅く登校すると、下足箱のところで高遠と海堂が待っていた。
「よう」
と、投げやりに挨拶する三好に、高遠は一言、
「読んだよ」
と応えた。
「は?」
三好が眉をよせる。
高遠は、手にしていた紙を差し出す。
三好は、いやな予感がした。この大きさは、都立和亀高校、校内新聞。
―――予感期中。

『親友に続け!和亀高校ラブラブ伝説パート2。三好くん&バンビ鹿緒のディズニーシーデート!!』

(ジル――――――――っ!!!!)
三好は肩を震わせた。
得意げに語るジルと、嬉しそうにメモを取る新聞部、今年は部長の、橘正春の姿が目に浮かぶ。
「水臭いじゃないか」
と、高遠。
海堂は、三好を見上げて、唇を尖らせる。
「そうだぜ。親友の恋人を学校新聞で知らされた高遠の気持ちを考えろ」
「……お前に説教される日が来るとは思わなかったぜ」
三好は新聞を突き返すと、
「詳しい話は、また後な」
ズンズンと自分のクラスに向かった。
(橘の野郎も、あとでヤキ入れてやるぜ)
教室に入ると、
「ヒューヒュー」
クラスメイトの、冷やかしに満ち満ちた、歓声が湧いた。
高田も嬉しそうにこっちを見ている。
「てめえも、そんな顔してんじゃねえよ」
三好は、その胸倉を掴んで唸った。
「な、なな、なに?何で?」
高田は訳がわからず、びびる。

一時間目の英語の授業が終わったとき、教師が三好を呼んだ。
「すまないが、職員室にプリントを取りに来てくれ」
三好は、休み時間になったら橘をシメあげようと思っていたので、一瞬、嫌な顔をしたが、相手が先生なので素直に立ち上がった。
今年赴任してきたばかりの若い英語教師は、三好と並んで歩きながら、唐突に言った。
「鹿緒のことだけどね」
(なっ?)
三好は、目を剥いた。
(なんで、先生まで?)
教師は心持ちうつむき加減に、言葉を続ける。
「あいつ、本当に、君のことが好きなんだよ。大切にしてやって欲しい」
(何、何言い出すんだ、こいつっ?!)
そして、三好はいきなりこの英語教師の名前に思い当った。
高田総一。
「ひょっとして……鹿緒、兄?」
呟くと、
「学校では、隠しているんだ。郁也が従兄弟だってこともね」
英語教師高田は、微笑んだ。

「でも、君には、これからのこともあるし、ちゃんと話しておこうと思ってね」
「いえ、そんな濃い人間関係、ありませんが。鹿緒くんとは」
「昨日、鹿緒は、すごく喜んでいて……」
「聞いてねえな」
「兄としては複雑な気持ちなんだが。私にとっては、鹿緒の幸せが何より大切なんだ。両親を早くに亡くしていて、私たちは、二人っきりの兄弟でね」
「いや、そんな話されても」
「鹿緒が幸せになれるなら……私は……」
遠い目をする英語教師の横顔を見て、三好は思った。
(さっさと、なんとかしねえと、ヤバイ)


昼休み。
三好は、ひと気の無い旧校舎の屋上に高田郁也を呼び出した。
立会人に、親友高遠とおまけの海堂。
「俺は、コイツに頼まれて、一日だけ付き合ったんだよ。鹿緒とは何でもない」
「そうだったのか」
「橘のヤツ、また適当な記事書きやがったんだな」
「えっ、でも……」
と、高田が
「鹿緒、三好も自分のこと好きだって、言ってたぜ」
「なんで、そうなんだよっ」
あの『二人で回りたい』の一言が、ここまで曲解されるのか。
「手もつないだって言ってたし」
「あれは、つないだっていうか……」
「あっ、そうだ。3000円払わなくちゃな」
財布を取り出す高田。
「いらんっ」
「何のことだ?」
と訊ねる海堂。
「デートに、オプション付けといたんだよ。手を握ってくれたら3000円、キスしてくれたら一万円払うって」
「ちっ……」
「三好、サイテー」
「ちがうっちゅーに!」
三好は怒鳴った。
「とにかくっ!今回の件は、全部誤解だからな。俺は、高田鹿緒のことなんか、何とも思っちゃいないんだから。倉木ヒカルのチケットにつられただけだっ!!」

カターン

コンクリートの地面に、弁当箱の落ちた音。本当は、こんなに響かない。ちょっと演出。
四人が振り返ると、鹿緒が立っている。
高田が、驚いて呼びかける。
「鹿緒、どうして?」
「あ、あの、僕、お弁当を……三好さんと一緒に……こっち、の、屋上に……行ったって聞いて……」
言いながら見る見る目が潤んでいく。
さっきの言葉は、しっかり聞こえた。
「ぼ、僕……」
鹿緒、泣き出す。
「鹿緒っ」
そこに英語教師高田総一が飛び込んできた。旧校舎に向かう弟が気になって後をつけて来たというところ。
「私も、聞いたぞ」
三好を睨みつけて、切りつける様に言う。
「酷いじゃないかっ」
「うっ」
三好、言葉に詰まる。
教師高田は、従兄弟の郁也も睨んで言った。
「そんな、チケットがどうとかいう話、私は聞いていなかった。どういうことだ、郁也」
「うっ」
高田郁也も、言葉に詰まる。
海堂、高遠については、もとより挟める言葉は無い。
えぐえぐと泣く鹿緒を挟んで、男五人が黙って見つめ合ったまま。
最初に口を開いたのは、最年長者。
「郁也、結果的にお前のやったことは、鹿緒を傷つけたんだぞ」
高田郁也はビクッとその従兄弟の顔を見つめ、顔を赤くして叫んだ。
「だって、鹿緒に好きな人ができたら、総ちゃんも鹿緒のことあきらめると思ったんだよっ」

(なんですと??)
三好、高遠、海堂の心の呟き。

赤い顔をした高田はしゃべり続けた。
「だって、俺がこんなに総ちゃんのこと好きなのに、総ちゃんは鹿緒のことしか頭に無くて……実の兄のくせに、鹿緒のこと、好きなんだろっ」
「い、郁也……」
従兄弟から総ちゃんと呼ばれた教師高田は、やはり顔を赤くした。
(否定しないのかあ―――――――っ!)
三好の心の叫び。

「えっ、そう、なの?」
鹿緒が兄を見つめる。
「鹿緒」
兄は、困ったように顔をそむけて、そして言った。
「ずっと……お前のことが好きだった」
「俺だって、総ちゃんがすきなんだぜっ」
従兄弟も負けていない。

三好は、よろよろと歩きはじめた。
もう、この場に自分がいる必要はなさそうだ。
そして思った。
(この屋上にいる男ん中で、ノーマル俺一人かよ)

ホモ率83.3%
ジルが聞いたら舞い上がって喜びそうだが、生憎ここにはいなかった。
(いや、いなくて正解だって)








終  
2002.12.17




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