「えっ?!まだ?」
沢木は、思わず大きな声を上げた。
「うそだろ?お前が」
沢木が『信じられない』と言った顔で春日を見つめると、
「しかたないだろ、逃げられるんだから」
春日は、憮然と応えた。
何の会話かと言うと下世話な話しで恐縮だが、春日と強の『お初』体験。
当然、もう済んでいるだろうと思って訊ねた沢木に、春日が
「まだ、やってない」
と応えたところで、冒頭の驚愕の叫びになったのである。
「いやあ、よく我慢できるな。俺には無理だ」
沢木が感嘆の声を出すと、
「俺だって、好きで我慢してるわけじゃない」
春日は、兇悪な声で返した。
春日にしてみれば『強の足の怪我が治るまで』と遠慮していたのに、怪我が治った後の強は、何だかんだと理由をつけて春日から逃げ回っている。
ちょっとしたキスは許してくれていたはずなのに、最近じゃそれすら避けられるようになって、春日のイライラはいや増すばかりだった。

「最近になって、急に態度がおかしい」
春日が、親指の爪を噛むようにして呟くと、沢木は口許を意地悪く歪めた。
「ひょっとしたら、強、他に好きな相手ができたんじゃないのか」
「なっ」
春日がその秀麗な美貌に朱を散らすのを見て、沢木は満足げに頷いた。
この二人は親友同士ではあるが、互いに相手のちょっとした不幸を面白がるところがある。本当に困ったときには助けもするが、その手前の段階では煽ってみたりするあたり。
「あれで意外に、強は人気あるからな。ま、泉と同じ顔だし」
「強と泉は、全く違う」
「当たり前だ」
互いに自分の想い人のほうがダンゼン良いと思っている。
沢木はわざとらしく腰を拳で叩きながら、
「じゃあ、俺は泉とイイコトしてこよう」
春日の部屋を出て行った。
「お前、自分が食ったものくらい片付けて行け」
春日が叫ぶのも、知らんふり。
「ちっ」
春日は、ムッとしながらテーブルの上の紙皿やビールの空き缶をゴミ箱に突っ込んだ。


* * *

その数日前、百万石寮の311号室ではこんな会話が行われていた。

「なあ、泉」
「なあに?ツヨくん」
話しかけてきたのに、強は顔を赤くしてよそを向いたまま。
「どうしたの?ツヨくん」
泉が、強の顔を下から覗き込む。
「お前さあ」
「うん」
「沢木と、ヤッただろ?」
「やったって、何を?」
きょとんと目を見開く泉の前で、強はお湯につけられた海老のように、見る見るうちに真っ赤になる。
その顔を見て、泉にも『やった』の意味が分かった。こちらも顔に血が上る。
「ツ、ツヨくんったら……な、何を、言い出すの?」
涙目になりながら、泉が声を震わせる。同じ顔が二つゆでダコ状態で向き合った。
「俺、今度、たぶん、春日とヤルんだけど」
「…………」
「やりかたとか、よくわかんないから……」
泉に聞いておきたいという強。
学園祭直後に春日に迫られた時、強は足を捻挫していて、
『怪我が治ったら、抱かせろよ』
と、念押しされていた。

怪我が治ったから、そろそろだ。

強は、男らしく覚悟を決めていた。
しかし、実際には何をすれば良いのか全然わからない。
ここはひとつ、先に経験している泉に聞こうと思ったわけだ。
「やりかたなんて……そんな」
泉は恥ずかしさのあまり、いつものように自然と涙を零し、ベッドの上から抱き寄せた枕に顔を埋めた。
そんな泉を見て、強はポツリと言った。
「だって、本当に知らねえんだもん」
その言葉に泉は、はっとした。
(そうだ。僕だって何にも知らなかったんだけど、あっくんが教えてくれたんだ。それで言うと、ツヨくんに教えるのって春日先輩の役って気もするけど……でも、僕はお兄さんなんだし、知っていることは、教えてあげなくっちゃ!)
泉は、枕から顔を上げた。
「ツヨくんっ」

こしょこしょと耳元で囁く泉の言葉に、強は赤かった顔が青褪めた。
「う、うそだろっ?」
「え?」
「だって、そこは、ウンコ出すところじゃねえかっ!」
「きゃ―――っ」
泉は再び枕に顔を埋めた。
暫しの沈黙。
泉が顔を上げると、強はまだ固まっていた。
泉が、そっと小声で訊ねた。
「ツヨくん……そしたら、アレって、どういうことするんだって思ってた?」
「手で、握って、出して……」
何故か、強の手は『むすんでひらいて』をやっている。
そこで『また(股)ひらいて』という気の利いたオヤジギャグを言えるヤツは、残念ながらいなかった。
「それは、その前の段階だよ……」
蚊の鳴くような声で言う泉。
「だって、そんなとこに……指……」
「だって……そういうこと、だもん……」
モゴモゴと言う強に、泉もモゴモゴと口ごもる。こういう時は、本当にそっくりな双子だ。
「だ、だめだ……」
強はふらりと立ち上がって、よろよろと自分のベッドに行くと、毛布を被って丸まって
「そんなこと……できねえ」
小さく小さく呟いた。



* * *

「んっ……あっ、ああぁっ」
泉が薄桃色の唇を震わせて甘い声を出すと、沢木はピッチを上げてそれに応えた。
「あっ、あ……あっくん、もうっ……も……」
「一緒に、イクぞ……」
沢木の額から流れた汗が、泉の白い喉にポタリと落ちた。
「あっくんっ」
「泉ッ」
…………そしていつもの甘い時間がやって来る。
沢木は寝物語にさっきの春日との会話をペラペラとしゃべって、泉はそれにギクリとした。
「それって、僕のせいかも……」
「何で、お前のせいなんだよ」
「実は……」
泉は、数日前の強との会話を打ち明けた。
沢木は、一瞬目を見開いて、そして
「ぶぶ―――っ」
と吹き出した。
「あっくん、汚い」
「何だよ、強の奴、ケツの穴掘られるのが嫌で、逃げ回ってんのか」
「そんな下品な言い方しないで」
涙目で抗議する泉。
「いやあ、強がそんな奴だとは」
「言わないでよ、誰にもっ」
「こんな面白い話を?」
「あっくんっ!」
泉が、本気で怒るのを見て、
「冗談」
沢木は、泉の細い肩を抱き寄せた。
(でも、まあ……春日には、教えてやるか)
他に好きな相手ができたんじゃないかと適当に煽った自分を反省して、沢木はそう考えた。



「掘られるのが、嫌……」
春日は、沢木の言葉に呆然とした。
まさか、そんなことを強が考えていたなんて。
「泉が、そう言ったのか?」
「んー、まあ」
いや、そう言う下品な言葉を使ったのは、沢木。
泉が語ったのは、ありのまま。
「いっそ、お前が掘られてやれば?」
沢木の言葉に、春日は拳で応えた。


「おい、強」
放課後、春日は強をつかまえた。
強は、困ったような顔で春日を見る。
春日は、その表情に、胸を痛めた。
(そんなに怖いのか……)
強の髪の毛をくしゃっと撫でて、春日は微笑んだ。
「悪かったな」
「え?」
「お前が、そんなに嫌がっているって、知らなかったんだよ」
「春日」
春日の指が、髪から頬に滑り落ちる。
その指を横目で見て、強は思った。
(やっぱ、綺麗な指だ)
自分のちょっとまるっこい子供っぽい指と違って、細くて長くて、爪の先も綺麗に整っている。
強は、春日の指にしばしば見惚れた。
(春日……)
春日は、その美しい指で強の顔を包み込んで言った。
「強が、嫌ならもうしないよ。別に、セックスなんてなくっても、仲のいい恋人同士はたくさんいるからね」
言いながら自分でむなしくなったけれど、春日はそう思うことにした。
嫌がる強に、無理強いは出来ない。
「そうか……」
強は、何故かちょっと残念そうな声を出した。
「うん……お前がそういうなら……」
そこに泉が飛び込んで来た。
「だめええっ!」
「泉?」
泉は、強の胸に抱きついて
「ごめんなさい、ツヨくん。ごめんなさい、春日先輩」
ぽろぽろと涙をこぼして言った。
「僕が、先に変なこと言っちゃったから」
「泉」
強は、泉の背中を抱いた。
「ツヨくん、僕、大事なことを言ってなかったの」
「大事なこと?」
泉は、ボロボロ泣きながら、真っ赤な顔で言った。
「あれって、最初すごく痛いけど、慣れたら気持ちいいからっ!
キッと春日を見て
「ねっ!そうですよねっ!春日先輩っ」
「ん…ま、あ……」
春日、柄にも無く赤面。
「だから、ツヨくん、怖がること無いんだよ」
「ちょっと待て、泉っ」
強が眦をあげた。
「俺が、何を怖がってんだよっ」
「え?……だって……入れられるのが痛いから、嫌なんでしょ?」
泉が涙の溜まった瞳で見つめると、強は唇を尖らせた。
「俺が、今まで痛いとか怖がったことあったかよっ!注射だって、親知らずの治療だって、怖がって泣いていたのは泉じゃねえか」
「そ、そうだけど……じゃ……」
泉が言葉を詰まらせると、春日が代わりに尋ねた。
「じゃ、強は、何を嫌がっていたんだ?」
春日を見て、強は顔を赤くして言った。
「春日のそんな綺麗な指を、俺のあんな汚ねえとこに入れらんねえよ」
「は?」
春日と泉の目が点になった。


* * *

「そして、何すんだよ……」
強の問い掛けに、春日は微笑んだ。
湯煙立ち込める春日の部屋のバスルーム。
部屋には鍵をかけて、ドアの外には同室の三田村が帰省土産に買ってきたイカ頭巾をかぶったキティちゃん――北海道地域限定キティだ。シリーズ二回とも名前しか出てきていない三田村は北海道の出身だった――を、ぶら下げた。三田村にだけわかる『ドントディスターブ』のサインだ。
「春日ぁ」
バスルームに立たされて、強がいつになく心細げな声を出す。
「何のマネだよ」
「強の身体の中で汚いところなんてどこにも無いけど、強が気にしているんなら、俺が綺麗にしてやるよ」
そう言って、強の服を器用に脱がせていく。
「やっ、やめろよ」
抵抗する強を抱きしめながら、トランクスまで脱がせてしまう。
「やっ」
「ほら、綺麗に洗ってやるから、おとなしくして」
首筋に口づけて囁くと、強の抵抗が弱まった。
「じ、自分で、洗う……」
強が石鹸を取ろうとするのを、春日は邪魔して
「俺に、やらせろって」
抱きしめながら、耳朶を甘く噛む。
「ひゃ」
変な声を出して、強が床にへたり込んだ。
春日は覆い被さって、次には自分の脚の間に強を座らせた。
「じっとしてろよ」
春日も手早く着ていた服を脱いだ。
左手を腰に廻して逃げられないようにして、右手で強の身体に石鹸を塗っていく。
すべすべとした肌の感触が気持ちいい。首筋、背骨、そしてわき腹と愛撫するように優しく指を滑らすと、その度に強の身体はふるっと震えた。
春日はいたずら心で、指を前に滑らせて胸の突起をくすぐった。
「やっ……」
じっと我慢していた、強が初めて身をよじった。
「やめろよっ、春日、エッチくせえんだよっ」
「だって、エッチなことしてんだから」
改めて強く抱き寄せて、腰を抱えていた左手で股間に指を伸ばすと、強は暴れた。
「嫌だ。やっぱ、嫌だっ!放せっ」
「だーめ」
春日はくすくすと笑いながら、両手で強の胸と股間を同時に愛撫した。
「やっ、っ……あ……かす、がぁ」
強の声が、鼻にかかる。
「強」
耳を舌でくすぐると、
「は……」
強の唇から吐息のような声が漏れた。春日の手の中のものが、ビクンと大きくなる。
右手で胸の尖りを弄ると、
「あぁ…っ」
強は、切なげな声をあげた。普段にない、ひどく素直でいやらしい反応に、春日の雄も痛いほどに反応する。
「可愛い、強……」
ビクビクと震える強の雄の先端からは、もう透明な液が溢れている。慣れていないのだ。液を指ですくい、その先のくびれをくすぐった。
「春日……俺っ……もう」
経験の無い強はすぐに果ててしまって、春日の胸に背中を預けてぐったりとする。
春日は、強の放ったそれを指の先につけたまま、そっと後ろに手を伸ばした。
「あ」
入り口をくすぐられて、ぐったりしていた強が目を見開いた。
不安げに、春日を振り向き見上げる。
「大丈夫」
「でも……」
「まだ、汚いからとか、気にしてる?」
春日が笑いを含んだ声で言うと、強は、恥ずかしそうに下を向く。
「言っただろ?強の身体の中で、汚いところなんて、どこにも無いって」
「春日……」
春日の指が、そっと襞を押し開けて入っていく。
「んん」
「力、抜いて」
「うん」
そう言いながらも脚が緊張して突っ張っている。春日は、それを見て
「強、こっち向いて」
自分の正面に向き合わせ、脚を跨ぐようにして座らせた。
「怖かったら、俺にしがみついていいから」
「こ、こわくなんか……」
「ない?」
「……ないわけ、ない」
強は春日の首に両腕を廻し、ぎゅっと抱きついて呟いた。
春日は、ふっと笑った。
「ごめん。でも、ゆっくりやるから」
そうして春日は、本当に時間をかけて、強の蕾をほぐしていった。



* * *

「で、ようやくできたのか」
「おかげさまで」
沢木の部屋で、ひどく機嫌のよい春日。

そのころ、311号室では、強が泉に詰め寄っていた。
「お前、一番肝心なこと、言ってなかったなあっ」
「だって……」
「指だって、言ったじゃねえか」
「だっ……」
泉、涙目。
「その後、あんなぶってえモン入れられるなんて、知らなかったぜっ」
強も、涙目。
「ごめんなさい、ツヨくん」
謝りながらも、ちょっとだけ腑に落ちない泉ではあった。







33333ありがとうございました。




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