「もうすぐ誕生日だな」

夏休みを利用して東京に戻ってきた、もと教育実習生妹尾隆弘。
ジルとのお初はどうなったのか謎だが、とりあえず、こうして休みの日に会うくらいの付き合いはしているらしい。

「何か、欲しいもの、ある?」
ジルの誕生日にプレゼントをしたいと申し出た妹尾に、ジルは
「無いこともないけど」
と、勿体つけた言い回し。
「なんだよ、言ってみろよ」
「お人形」
「人形?」
愛らしい答えに、妹尾は目を丸くした。


「人形って、まさかリカちゃんとかじゃないよな?」
「馬鹿にしてんの」
柳眉をつり上げるジル。
「やっ、じゃあ、ぬいぐるみか?ピカチュウとか。あれはかわいいよな」
「何でこの僕が、あんな、ピカピカ〜しか言えない黄色い太った猫を欲しがるの?」
ピカチュウファンが聞いたら激怒だ。しかし、ピカピカ〜のくだりでは、ちゃんと口真似しているジル。
「猫じゃないと思うがな」
「もう、いいよ。どうせ先生には、高すぎてダメって言われちゃう」
ジルはわざとらしくため息をついて見せた。
「高いって、たかだか人形だろ?一個でも二個でも、買ってやるよ。どこに売ってるんだ?」
その言葉に、ジルは赤い唇の端をつり上げてニッコリ笑った。



「新宿?」
「アルタの八階なの」
エレベーターに乗って、フロアに降りた瞬間、妹尾は場違いなところに来たと思った。
原宿の歩道橋や東京国際フォーラムの広場でたまに見かける、黒を基調としたフリフリヒラヒラのドレス集団。(みな一様に大柄なのは何故なんだ?)いわゆるゴスロリと呼ばれるお姉ちゃんたちが、店の前で立ったり座ったり。手に持っているやたら巨大なアレは……
「人形って…?」
妹尾が呟くのを無視するかのように、ジルはすいすいと店の中に入って
「これ。スーパードルフィー(SD)って言うんだよ」
くるりと振り向いた。

全長60センチはある、ただの人形と呼ぶには大きすぎ。
顔もやたらと派手くさい。
思い思いのポーズで飾られ『お迎えの準備が整っております』などというカードを手にするその姿を、なんとなく妖しげに感じる妹尾。
初めて『天使のすみか』に足を踏み入れた一般男性の、ごく普通の反応だろう。
ジルは、そんな妹尾には気づかぬふりで、
「こっちこっち」
と手招きする。
呼ばれていくと、
「これでオーダーするの」
ファイルを広げられた。
「あの飾ってあるのじゃないのか?」
「あの中でお迎えできるのって、女の子だけなんだよ。あそこの男の子のルカとかクリスとかセシルは、限定品だからお迎えできないの。翔は待てばお迎えできるけど、僕がお迎えしたいのは違うの」

(お迎えって、なんやねん)
妹尾は内心呟いた。

「だから、僕、28番でフルチョイスするんだ」
「に、にじゅう?フルチョ?」
何だ、その番号は。
ジルの開いたカタログで理解した。頭の形に番号がふってある。
「28番はお母様が持っているのと同じなんだけれど、あれはお母様の人形だから…僕、自分のギィが欲しいんだもん」
「ギィ?」


「フルチョイスですかぁ?」
ちょっと舌足らずなしゃべりの男は、ここの店長らしい。
「ドールアイも、フルチョイスでないと買えない色、増えましたからねぇ」
ちょっと関西系の訛り。
ちなみにジルは大阪弁が嫌いだ。
妹尾が冗談でも大阪弁を使うと、耽美じゃないと言って激怒する。
けれどもこの男のしゃべりは許せるのかと、小声で聞いたら、
「だって、京都だもん」
大阪は吉本新喜劇でダメだけれど、京都はお公家様だから良いという。
ジルの善悪の根拠は全て、ジルがルールブックだ。

「いくらなんだ?」
「エステ無しですと、7万6800円です。消費税入れまして8万640円ですね」
「ゲエッ」
店長の言葉に、妹尾は思わず叫んだ。ジルが露骨に嫌な顔をする。
「驚かないでよ。恥ずかしいから」
「だって、人形だろ?なんでこんな値段するんだ」
「もうっ!!僕へのプレゼントにお金のこと言うのやめてっ」
腰に手を当て、キッとにらむジル。
「いや、そういうわけじゃ…ゴメン」
妹尾は、いつのまにかしっかり尻に敷かれている。
「一個でも二個でも、って言ったよね」
「やっ、一体だけにして…」
この店内にはやたら腐女子率が高く、この超絶美少年とパトロンと言うには若すぎるハンサムな男の会話に、耳ダンボだった。
「もちろんエステはしてもらうよ。パーティングライン消してスベスベのお肌にして」
「好きにしろよ」
妹尾は諦めたように言ってジルがオーダーするのを見ていたが、まさかその後三十分以上もジルの熱い語りを聞くはめになるとは思っていなかった。
フルチョイスの際には、人形をオーダーするときに自分のイメージを伝えてメイクしてもらうというシステムがある。
「綺麗で、ハンサムでね、頭がよくって、運動もできるの。そして、お家は大財閥でね、本人は次期社長だから、高校生なのにプレジデントとか読んでるの」
それが、メイクにどんな影響があるのだろうか?
しかし、どんな注文も、そのまんまシートに記入していく店長だった。
ジルの主張はまだまだ続く。
「子どもの頃から、世界中に行っていたから、あ、モスクワ以外ね。だから、七ヶ国語がペラペラなの」
「七ヶ国って、どことどこだよ?」
半畳いれる妹尾。
「もうっ、どこでもいいじゃない。ええっと、イギリスとフランスと、アメリカとオーストラリアとニュージーランドと、あとカナダとかっ」
(フランス以外は英語圏やないかい)
英語教師妹尾は、心の中で、突っ込んだ。
「七ヶ国…と」
店長は書いている。



そんなこんなで、一時間後。
「届くのは、一ヵ月後かぁ。楽しみ〜vv」
ルンルンとスキップせんばかりに浮かれるジル。
学生カードで支払いを済ませた妹尾は、対照的にゲッソリしていたが、ジルの嬉しそうな様子に、
(まっいいか。こんなに喜んでもらったんだし)
ちょっぴり自分を慰めた。
「ねえ、妹尾先生」
「ん?」
「今度の日曜、ドールズパーティーっていうイベントがあるの」
「…うん」
嫌な予感。
「いっしょに行く?」
ジルは可愛らしく首を傾げだ。
この場合、一緒に行くかどうかを聞かれているわけではない。一緒に行けと言われているのだ。ジルとの会話には慣れている。しかし、簡単にうなずいていいものかどうか。
妹尾が迷っているうちに、ジルは当たり前のように言った。
「じゃあ、朝九時に、家まで迎えに来てね」


ドールズパーティー当日。
「お母さんに挨拶しておかなくていいかな?」
車で迎えに来た妹尾は、ネクタイを直しながら、ジルに訊ねた。
「お母様、もう出かけちゃってるからいないよ」
「あ、そうなの?どこに?」
「ドルパ」
「へえ…ドルパって何?」
「ドールズパーティーの略だよ、すぐわからないの?」
「って、これから俺たちの行くとこかいっ」
ジル母は、何でもディーラー参加だとか言って、店を出すのに朝から会場に行っているらしい。
「店を出すって……?」
パーティーというから、それなりにちゃんとした格好をして来た妹尾だったが(もちろん、ジルの親に挨拶するかもしれないとも考えた)なんだか、話を聞くとバザー会場ではないかとも思う。
何がなんだかよくわからないうちに車を走らせる。ジルはご機嫌で、助手席で鼻歌など歌っている。
浜松町に着き、駐車場をようやく探して車をとめて、産業会館の前に来て、妹尾はまたまた驚くはめになった。
「この列は、なんだよ」
八月の炎天下の下、ゴスロリ少女、OL風、どこのおばさんというバラエティにとんだ女性軍団と、それに負けない数で安っぽいTシャツとジーンズのオタク臭漂う男軍団が長蛇の列をなしている。
「開場は十一時なの」
「って、まだ一時間もあるだろ」
「うん、だから、僕は喫茶店で待ってるから、列が動き始めたら携帯で呼んでね」
「俺に並ばせるのかっ?」
「ほかに誰がいる?」
「そんな、割り込みみたいなこと、許されるか」
妹尾が憮然とすると、ジルは
「大丈夫だよ」
列に並んで、とりあえず自分の後ろに人が来るのを待った。すぐに、後ろにも列が出来る。ジルは振り返って、わざとらしくハンカチを握り締め、上目遣いで言った。
「僕、貧血起こしちゃったんで抜けますけど、後で入れてくださいね」
突然、美少年に話し掛けられて、後ろの女性二人組みは、コクコクとうなずいた。
「じゃ、後でね」
ジルは妹尾に手を振って、貧血とは到底思えぬ軽やかな足取りで去って行った。

そして、一時間後ゆっくりと動き出した列に、ジルは戻ってきた。
「お疲れ様〜っ」
「ホント、疲れたよ、精神的に」
ムッとする妹尾に、ジルはニコッと微笑む。
「僕、実はドルパって初めてなの」
「う…」
その微笑に弱い。
「ホームタウンドルパっていって、全国版じゃないから規模が小さいらしいけど、でも、ドキドキする」
妹尾の左腕に、腕を絡めるジル。
周囲の注目を浴びながら、二人は会場に入った。



そして、ジルは運命の出会いをした。
「こ、これは!!」
会場の一角に、デジカメを持った女性が大勢集まっている。そのブースにSD界ではあまりにも有名な皇子様がいた。
皇子様といってもSDだ。60センチの人形だ。
けれども、その皇子の双子のようなそっくりさんがオークションに出たときは、50万にも跳ね上がったという、SD界のカリスマだった。

ジルは、その皇子を見たのは、初めてだった。
「欲しいっ」
「か、川原っ?」
ブースにすがりついたジルに愕然。
まわりの女子も何事かと見守る。
「欲しい、欲しい、欲しいぃぃっ。この皇子様が欲しいぃぃ〜っ」
「馬鹿、お前、自分のはちゃんと頼んだだろう?」
「だって、こっちの方がいいもんっ」
「お前なあっ」
「この子、連れて帰るうっ」
ディーラーの女性も困っている。が、もっと困っているのは妹尾。周りに人が集まってきて、どうにも恥ずかしい。
「ほら、人が見てるだろ、行くぞ」
「ヤダ、ヤダ、ヤダー」
おもちゃ屋の前の幼稚園児だ。それだけ、ジルの心の琴線に触れたのだろう。
その時、
「いいかげんになさいっ」
ピシリと声がした。
「あ…お母様…」
ディーラー参加で朝から入場していたジル母が、腰に手を当てて立っている。
「あなたみたいな子供に扱える皇子じゃないのよっ」
「うっ…」
ジルの目に涙がブワッと盛り上がる。妹尾、慌てる。
「……お母様の馬鹿ぁっ」
ジルはその場を駆け出した。妹尾は、ジル母に挨拶すべきかどうか一瞬悩んだけれど、
(そんな場合じゃねえな)
急いでジルを追いかけた。


「ううっ、うっ…ふっ」
会場を飛び出したジルは、妹尾の車のところまで来て、ぐすんぐすんと泣きじゃくっていた。
「川原…」
「ううっ」
はじめてみるジルの涙に、妹尾の胸がしめ付けられる。
「泣くなよ」
「ううううっ」
泣くなといわれると、ますます泣くもの。
「そのうち、もっと欲しい人形とめぐり合うかもしれないぞ」
「ないよ…」
ジルはしゃくりあげる。
「あんな綺麗なの、絶対無いよ…」
「そうかな」
「そ、だよ…」
クスンクスン。
「俺は、もっと綺麗な人形知ってるから、あれ、あんまりいいと思わなかったなあ」
妹尾の言葉に、ジルは顔を上げた。
「もっと綺麗なの?」
潤んだ瞳を見返す、妹尾の優しい瞳。
「うん」
「どこで見たの?誰の?」
鼻をすすって訊ねるジルの両肩をそっと抱いて、妹尾はゆっくりと車に向かわせた。
サイドミラーの角度を変えて、ジルに覗き込ませる。
「なっ」
ジルは鏡に映った顔を見て、そして、妹尾の言葉の意味をゆっくりと理解した。
妹尾が後ろから抱きしめて、髪に口づける。
「世界で一番綺麗だろ?」
「………うん」

そして、立ち直ったジルは
「先生、やっぱりもう一体買って!僕、自分のイメージでフルチョイスするのっ」
「お、おい?」
「やっぱり9番ヘッドかなあ」

ジルによる、ジルイメージのSDフルチョイス。

またも付き合わされるのか?


注!!
この話は、フィクションです。HTD東京に某有名ディーラー様が出たという事実もありません。
しかし、こんな駄文の中でモデルにしてしまってごめんなさい皇子。



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