三好とは、なんでもないらしい。 (川原の片思い?) 一瞬、そう考えたが、三好の言い分ではあれは 「狂犬にかまれたようなもの」 だそうで、ジルから愛の告白があったわけでもないとのこと。 「じゃあ、何で突然、キスを迫られたんだ?」 妹尾が尋ねると、三好は叫んだ。 「んなの、俺が聞きたいよっ」 三好を帰した後、妹尾は考えた。 そしてあの時のジルの言葉を思い出す。 「あ、アレ…、そんな、別に…好きっていうか、なんていうの、もう僕にとっては慣れちゃってるっていうかぁ」 慣れちゃってる? 妹尾ははっとした。 あの時、初めてなのかと尋ねたら「そんなわけ無い」とヨロヨロしながら出て行った。 負けず嫌いの少年、ジル川原。 「あいつ…」 教室に行くと、ジルは珍しく一人だった。 いや、お取り巻きはいるのだが、それこそ遠巻きに取り巻いている。 机で一人、ジルはサクランボを食べていた。 『サクランボの茎を舌で結べる人はキスが上手い』 お母様がリビングに置きっぱなしにしていた女性週刊誌で仕入れた情報。 しかし、どこにも茎と実は離して口に入れろと書いていなかったから――いや、普通書いていなくてもわかりそうなものだが――ジルはサクランボの実を二つ口に入れてモゴモゴとやっている。 そして失敗しては食べている。 机の上には、サクランボの種と茎が山積みだった。 「川原っ!」 「んんっ…」 突然大声で呼びかけられて、ジルはサクランボを一つ丸ごと飲み込んだ。 ゴホッゴホッ と咳き込んで、口に残っていた一つを吐き出すと、 「なによっ、種ごと飲んじゃったじゃない」 キッと振り向く。 「種食べたら、盲腸になるんだからねっ」 「クソと一緒に出てくる」 「汚いこと、言わないでよっ」 ジルは妹尾を睨みつけた。 机の上にあるサクランボの茎のグネグネと曲がった残骸を見て、妹尾は確信した。 この少年は、キスの上達のために練習していたのだ。 昨日のあれも。 「ちょっとこい」 「ヤダ」 「教生が言っているんだから、言うこときけ」 「教師じゃないモン、教生だモン」 「だから、教生だって言っているだろ」 「えっ??あれ??」 きょとんとする隙に、ジルは妹尾に連れ出されていた。 「な、何よ、こんなところで、また、何をするのよ」 昨日と同じ進路指導室に、ジルは心臓がドキドキするのを抑えられなかった。 「川原」 妹尾の顔が近づく。 「お前、キスの練習してるんだな」 「な、な…」 ジルは真っ赤になって眉を吊り上げだか、それ以上声が出なかった。 妹尾の唇が迫っている。 「そんなの、サクランボ結んで練習したり、同級生つかまえていてもダメだ。ちゃんと、年長者に教えてもらわないと…」 顎を掴まれ、唇をふさがれ、ジルはぎゅっと目をつむった。 「ん…」 妹尾はサクランボの味のする口腔を思う存分犯していった。 ジルが自分以外の男でキスの練習をしようとしていたというのが、許せない。 いったい何を考えているんだこの少年は。 ほっといたら、その次も、そのまた次も、練習してくるかもしれない。 (教えるのは、この俺だ…) むきになって、大人のテクでディープなキスを繰り返すと、ジルの手はいつのまにか妹尾のワイシャツを握り締めていた。 長い口づけの後、ゆっくりと唇を離して妹尾は言った。 「Aでも、Bでも、Cでも、俺が全部教えてやるから」 それは、英語の教生だから――というシャレではない。 妹尾は、マジに言っていた。 ジルも濃厚なキスにクラクラしながら、コクンとうなずいていた。 もともとジルは乙女チック少年である。たとえ無理やりでも、二度も唇を奪われ、耳元で熱く囁かれたらその気になってしまうのだ。 今の気持ちは、すっかりルビー文庫の登場人物。 「先生…」 切れ長の瞳がウルウル潤む。 「送ってやるから、一緒に帰ろう」 「うん」 そして、妹尾の車の助手席にのったジル。 「今日は遅くなるって言って、爺の車を帰したんだ」 何だか張り切っている。 「あ?ああ、じゃあ…」 とりあえず、飯でも奢ろうかくらいに考えていた妹尾だったが、 「僕、初めてのときは、薔薇の花が咲いているところがいいな」 ジルの言葉にむせ返る。 ハンドルを切りそこねそうになって、慌てて態勢を整えると、 「あたり一面、薔薇の花の海でね。薔薇の香りに包まれてね。そして、僕のこと、薔薇より綺麗だねって言って、そおっと服を脱がせて欲しいの」 キャッと頬を染めてうつむくジル。 (そりゃ、BでもCでも教えるって言ったが…) まさか、今日だとは思っちゃいなかった。 (それにしても…薔薇の花…) そんなに薔薇が咲いているところなんて、東京競馬場の中庭か、近所の植物園『百華園』くらいしか思い当たらない。 (初めてで、いきなり青カンかよ) ちがうぞ、妹尾。 とりあえず車を走らせ、無難におしゃれなシティホテルに着けた。 地元から離れてかなり遠くまで来たのは、人の目を避けるだけでなく、迷っていたため。 そう、ここに至るまでには、妹尾にも一応の逡巡はあった。 (いいのか?隆弘。(←自分に呼びかける癖があった) 相手は、実習先の生徒だぞ。まだ高校生だ。 世の中にはやっていいことと、やると気持ちいいことがある。 いや、ちがう、やっちゃいけないことがある。 ここで、この少年に手を出してしまったら……) 妄想で下半身がうずいた妹尾。 咳払いして、もう一度考える。 (そしてもし、手を出さなかったら?) この張り切っている好奇心旺盛な少年は、今度は誰をつかまえて練習しようとするか分からない。 (だったら、俺が…) そういう理屈で、ホテルに来た。しかし、理屈はどうあれスケベ心。 妹尾は、はやる気持ちを隠しながら、チェックインした。 部屋に入って、ジルは言った。 「薔薇の花は〜??」 「今度な」 「えーっ」 ジルは頬を膨らます。そして駄々をこね始めた。 「だったら、海が見えないと嫌だ」 「はあ?」 「海が見えて、やわらかな風がふいて、ベッドのそばのカーテンを揺らすの」 「はあ」 「そうじゃないと嫌っ」 「………」 妹尾は、うんざりしながら、備え付けの受話器を取った。 「フロント?実は、部屋を替えて欲しいんだけど、オーシャンヴュー。うん、そう。ええ、いいですよ。すみません、ヨロシク」 受話器を下ろした妹尾に、ジルが尋ねる。 「海、見えるの?」 「反対側ならね」 その言葉にニッコリ笑ったジルを、無性に可愛いと思った妹尾は、 (すでにやられまくっている…) と、自分を省みた。 オーシャンヴューの部屋に移って、ジルは窓辺にとんで行った。 「あ、窓、開かないっ!!」 「あたりまえだ。ここ、何階だと思ってる。そうそう涅槃で待たれたら困るだろう」 ネハンの意味も分からないジルは、がっかりして唇をかんだ。 「これじゃ、風にカーテンが揺れない…」 妹尾は、フロントに扇風機を借りそうになった自分を自分で叱った。 「いいじゃないか。カーテンが揺れなくっても、川原が最高に気持ちよくなって、フワフワ揺れるような気持ちにしてあげるから」 窓辺に立つジルを背中からそっと抱きしめた。 「先生…」 「川原」 ジルの顎をそっと持ち上げて、唇を重ねようとしたとき、ジルがいきなり妹尾を突き飛ばした。 「え?」 驚く妹尾の目の前で、ジルがしゃがみこんだ。 (ど、どうしたんだ…?) ジルはうずくまってお腹に手を当てている。 (まさか、あの日とか、言わないよな…) 「どうした?」 「先生…」 ジルが涙目で見あげる。 「お腹、痛い…」 サクランボの食べすぎだった。 「トイレ行って来い」 「嫌、絶対、嫌っ!!」 美少年は、ひとの前でトイレに入らない。それが、ジルのポリシー。 「下痢なんだろ?もらすぞ」 「汚いこと、言わないでっ」 「いいから、早く言って来い」 「だったら、先生、どっか行っててえっ!!」 ジルの初体験は、お預けだった。 |
このまま続けていいんだろうか。 今回ので、一応オチにしてしまった方がいいんじゃないだろうか。 ってことで、とりあえず、ジルのお初はお預けってことで… 次回の企画までひっぱってもいい??(笑) ではではvv |
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