この沼では、全てが止まるの。



むかし、私を愛してくれた人。
私は異形。人ではないもの。
その人はまだ若く、その胸を理想で満たした騎士だった。



その人は、私を退治するために来たはずだったの。



私の住処。霧がかった穏やかな沼地。
旅人を喰うと噂されていた。
だから、彼は勇気と共に此処に来たの。



沼から顔を出したら、彼と目が合った。



先に恋に落ちたのは、彼だった。



「貴女が人を喰うなんて!貴女のような、美しい人が!」
苦痛を感じている表情でそういうので、私はそうっと下半身を見せてみた。
じゃらりとうねる赤茶けた蛇尾。長い、私の身体。


彼には最初、見えていなかったの。



「こちらは、どう?私の下半分は?」
滑らかに沼から這い出して、そっと腕を絡めた。
肌から滴る水が鎧の隙間を縫って、その下の帷子もすり抜けて、
彼の肌に届くのがわかった。
ぶるっと震えた様が何だか可愛らしく見えて、少し微笑んだ。



「…綺麗だ。とっても。」



先ず貴女の姿に恋をした、といわれた。
遠き祖先の罪業がこの身に流れる血を歪め、
私をこんな形にしたのに。



自分に愛されるために、貴女はそういう姿で生まれてきたんだと彼はいったの。



…嬉しかった。



けれど私達の縁(えにし)を誰も許してくれない。
私は決して人など喰っていなかったけれど、そんなことはどうでもいいの。
ただ、人の領域に人ならざるものが在る、それが許せない。
だから、消さねばならない。そんなものは。



それはどんな規則よりも前から存在した、単純で揺ぎ無いルール。



「貴女には、僕がどうなっても生きて欲しい。」
逢瀬を重ねた後、彼はいった。
人々に、私が人喰いなどではないと話すといった。



彼の胸の中には、全てに関する理想が湧き出していたの。



私はわかっていた。
届かぬ声の方が多いこと。
けれど彼は止まらない。



一緒に死のうといってくれたら、きっと頷いた。



死を覚悟してはいた。きっとお互いに。
彼は死神の肩を借りて戻って来た。
私は彼を抱き締める。



ああ、乾いた血。赤茶けた鎧。私の鱗。混ざり合う。



「どうか貴女は死なないで。」
最期までそれしかいわなかった。



死んだ人を抱いて、私は沼に沈む。
この沼は全ての時を止める。
だから彼は永遠に若く死んだ騎士のまま。



水底には透き通った砂が溢れている。
この沼では涙すら形を留めたまま。
落ちてきた全てが、そのまま。



目を閉じると聞こえるのは心臓の音、ひとつ。
ふたつだったら、良かったのにね。



水底にはいつか異国から来た旅人が落としていった、薄紫の花がひらりと咲いている。
悲しくて止まらなくて、落ちた涙は珠になり、白く翳った恋人の頬を転がって、もうどれだったかわからなくなった。



次へ


いきなり何だか乙女度の高い悲しいお話になってしまいました(笑)。
選んだ花は松虫草。紫色の綺麗なお花です♪
花言葉は「不幸な恋」「恵まれぬ恋」「わたしはすべてを失った」「悲しみの花嫁」
「風情」「健気」…かわいそうだけれど、どれも素敵!
知らなかったのですが、1日にいくつもお花があるんですね。
そして複数の日で同じ花が重なってたりもするんですね。

ちなみに西洋マツムシソウ(スカビオサ)だと「感じやすい」「未亡人」「恵まれぬ心」
だそうで…何だか官能的な話を想像してしまいます(>▽<)
そういうのも書いてみたいなぁ。



他のお花と花言葉は以下の通り↓

背高泡立草(せいたかあわだちそう)…「元気」「生命力」

紅葉葵(もみじあおい)…「温和」

紫苑(しおん)…「遠方にある人を思う」「思い出」「君を忘れない」「追憶」
(これと松虫草で悩みました!)

菊(きく)…いっぱいあります。色や種類でも違うとは!
「高貴」「高尚」「高潔」「私を信じて下さい」「女性的な愛情」「清浄」
「破れた恋」「真の愛」
(紅色)「愛情」
(黄)「高潔」「ろうたけたる思い」「わずかな愛」
(白)「誠実」「真実」
(濃色)「私を信頼して下さい」
(スプレーギク)「私はあなたを愛する」

オキザリス(はなかたばみ、花酢漿草)…「輝く心」「喜び」「母親の優しさ」
(これもいいなぁ)


「07年収穫祭」に戻るなかにわに戻る目次に戻る