節分の日の朝、いつもより早めに目を覚ました俺は、軽やかな足取りで、
豆まきが行われる寺へと向かった。
(この日をどんなに待った事か・・・長い1年だった)
未だ人気の無い、静かな石段に座って、過ぎし日の思い出に身を委ねる。
思えば辛い1年だった。
鬼である俺は、何処へ行っても嫌な顔をされたものだった。
そのくせ昨今、仕事だけは多い。
悪事、凶事の在る所、鬼在り。
別に鬼だからと言って悪い事をしなければならない事は無い、と思わなくも無いが、
慣わしというものがある。
それに、鬼が悪い事を止めてしまえば、また別の「何か」が悪者にされるだけの事。
世の中そうそう、上手くは出来ていない。
「おう!其処におわすは針(しん)殿か!?」
野太い声に名を呼ばれ、俺は視線を移した。
「やあ、荒(あらし)殿。久しいな」
筋肉の盛り上がった両腕を大きく振りながら、巨躯の男が歩いてくる。
「いや〜、ようやく節分ですな!豆まきの始まりが待ち遠しい!」
満面の笑みを浮かべた荒に、俺も頷き返す。
我々が何故、鬼を打ち払う節分を楽しみにしているのか。
それには、きちんと理由がある。
実は、打ち払われる「鬼」と、招き入れられる「福」とは、本当は同一の存在なのだ。
両者は共に人の運や幸不幸に関わる神であり、この節分を境として、
1年毎に「鬼」と「福」の両方の役目を果たすのである。
従って、昨年「鬼」を務めた俺と荒は、今年は「福」として、
人々に招き入れられる存在となるのだ。