「静子」
全てを遮る声がした。
そして、ウールのセーターの匂いがした。
「一生懸命考えてくれたんだね・・・僕と、君の事を」
鼻先にあるチャコールグレイのセーターの繊維が、キラキラと光っている。
ひどく静かで、頭の中が真っ白だった。
「宗一郎さん・・・」
「済まなかった。君はまだ、20歳の女の子なんだ。でも、僕は、自分の目線のまま、君と・・・」
腕に力がこもる。
「それは凄く嬉しかったの・・・でも、でもね・・・」
嘘は吐いていなかった。
「ごめんなさい。あたし、すごく我儘だと思います。
でも、本当に宗一郎さんの事、大好きだから・・・」

「分かってる。大丈夫だよ、静子・・・」
その後はもう、どちらも何も言わなかった。

静子が去った部屋の中で、宗一郎は独り、画布と向かい合っていた。
彼女に多くを与えたいと思っていた。
自分の事も、そうでない事も。
ただ、彼の内にある多くを与えたいと願っていた。
その事が、彼女の幸せになれば、とも。

「・・・」

決して、彼女を不幸にした訳では無かった。
だからこそ、静子は約束を交わして去ったのだ。

「僕は・・・待つよ、静子・・・」

そして白い大きな布で彼女の姿を覆い、部屋の明かりを消す。
異国の街角が、月影に沈んだ。



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