皐月の空を悠々と泳ぐ、こいのぼり。
お父さん、お母さん、子供達。
そしてもう1人。
彼女の名前は、吹き流し。
こいのぼり達に風の強さや向きを教えてあげる、大切な役目を持っています。
でも、吹き流しは不満でした。
だって、目立つのはこいのぼりばかり。自分のことは皆きちんと見てくれません。
吹き流しはいつも寂しく空になびいていたのです・・・。
「大体、こいのぼりがあんな風に格好つけていられるのも、私のお陰なのよ」
今日もまた、吹き流しは、そよ風に愚痴をこぼしています。
「そーんなことあたしに言われたって困るよ。あたしはただ、あんたも、こいのぼりも、みーんな
まとめてお空に泳がせてるだけだもんね」
せっかちで気まぐれな若い娘のそよ風は、自慢の長い髪を指で玩びながら小さな欠伸を1つしました。
「ちょっと!真面目に聞いてよ!!えぇ、えぇ、確かに、こいのぼりは見てても楽しいわよね。立派だし、
色も鮮やか。大きさも色々。それに比べて吹き流しなんて、ただ布がぴらぴらしてるだけだもんね。
つまらないのはわかってるけどさぁ・・・ぐすん」
あらあら、自分で言っている内に、吹き流しったら何だか悲しくなってきてしまったみたいです。
「あーもう!!そこ!!泣かない!!まったく、雲1つ無い快晴の空から雨が降ってきたら、
皆びっくりするでしょーがっ!」
そよ風が眉を吊り上げて怒ります。吹き流しはぐ、と言葉に詰まってしまいました。
「だってぇ・・・」
それでも思わず涙声になってしまう吹き流しに、そよ風はすっかり呆れた、というように溜息をつきました。
「はぁ・・・。そんっっっっっっなに注目されたいの?」
「うん。だって、寂しいんだもん」
すっかりいじけている、吹き流し。そよ風はもう1度溜息をつくと、言いました。
「わかった。わかったよ、それじゃ、あたしが何とかしてあげる。だから泣かないの!
ほら、美人が台無しだよ?」
色々言っても付き合いの長い吹き流しのこと。そよ風も可哀想になってしまったのですね。
「ホントに?何とかしてくれるの?」
吹き流しが心配そうに、尋ねます。そよ風は、トンと軽く胸を叩きました。
「まっかせなさ〜い!このそよ風に、不可能は無いのよー!!」
そう言い残してそよ風は、その名にあるまじき勢いで去って行ってしまったので、
吹き流しもこいのぼりも、皆でだらーんと棒にぶら下がってしまいました。
その翌日です。
「はぁい♪吹き流し、最強の助っ人を連れてきたわよ!」
いつも通り元気なそよ風が、誰かの手を引いてやって来ました。
「よお!アンタが吹き流しか」
「そよ風・・・この人誰?」
突然現れた見慣れぬ若者に、あからさまに疑惑の視線を向ける吹き流し。
しかし若者はその視線にも動じることなく笑うと、そよ風の肩を抱いて言いました。
「オレは突風!そよ風の恋人さ!」
「そういうこと〜。驚いた?」
そよ風も甘えるように突風にすりよっています。しかしそのお陰でここの周囲だけ風が吹き荒れ、
吹き流しは飛ばされないように必死になりながら叫びました。
「な、な、何でもいいけどっ!彼氏とあんたで一体どうするの〜!?」
風の恋人達はしばらく2人で見詰め合っていましたが、吹き流しの声に我に返ると、慌てて身体を離しました。
「ゴメンゴメン!あのね、作戦はこうよ。あたしがいつも通り、あんたを泳がせる。
で、こいのぼり達があんたに付いて泳ごうとしたところを・・・」
「オレが反対方向に追いやるってわけだ!どうだ?こいのぼりとばらばらに泳ぐ吹き流し!
これが目立たないワケがねぇ!!」
2人は自信満々です。落ち着いた吹き流しも、希望に満ちた眼差しで空を仰ぎました。
(確かに、それは目立つわ!!やったっ!遂に私も青空にデビューよ!)
呑気なこいのぼりたちは、何も知らずに風を受けて泳いでいます。
「よし!じゃあ決まりね!突風、行くわよっ!」
「応!まかせろ、そよ風!」
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