―その少年は、人間が暮らす町の真ん中に、一人ぼっちで立っていた。

「わぁ…!見て、お兄ちゃん!綺麗な像が立ってる!!」
夕焼けに染まる石畳の上を歩きながら、アーイが町の広場を指差した。

妖精の兄弟が故郷の村を離れてから、ようやく1ヶ月の時が経とうとしていた。
新しい世界への期待と夢への想いに胸を高鳴らせ、いざ1歩を踏み出した兄と、それに従った妹は、
人間の暮らす町へと至っていた。
『古の竜の島』に行くためには船が必要だった。それも、自分達の小さな船ではなく、
長い航海に耐え得る、大きな人間の船が。

「ねえ、お兄ちゃんてば!見て見て!あの像!」
はしゃぐアーイにつられて顔を上げると、少年と目が合った。
否、それは少年の姿をした銀色の像だった。

柔らかそうな細い髪、悲しげに寄せられた眉。
何かを訴えるように浅く開かれた唇に、力なく伸ばされた腕。

「…うん、まあ、綺麗だな。確かに。」
歯切れの悪い声で答えるティトーに、アーイが不満そうな表情を見せる。
「もう!あんまりそう思ってないでしょ?」
妹に指摘され、ティトーはごまかすように笑うと、もう1度、銀の像を見上げた。
アーイには悪いが、あまり好きになれそうな像ではなかった。何故なのか、理由はわからなかったけれど。
「何で、こんな悲しそうな像を町の真ん中に建てておくんだ?もっと、楽しそうな顔の像にすれば良かったのに。」
少年の呟きに答えたのは、ひどくしゃがれた声だった。

「それは、これが悪さをしたせいで、銀色の像にされてしまった少年だからだよ。」

背後から覆いかぶさってくるような声に、兄妹は飛び上がらんばかりに驚いた。
「誰だ!?」
反射的に妹を背に庇ったティトーが睨みつけた先には、年老いた犬がいる。
大きな顔はふさふさと毛に覆われ、目がはっきりと見えないほどだったが、
ぶるぶるっと大きく身体を震わせると、好奇心と優しさを宿した黒い光が覗けた。
「驚かせて悪かったね、坊や達。妖精の子供なんて久し振りに見たから、声をかけずにいられなくてな。」
「おじいちゃん、私達の仲間に会ったことがあるの?」
優しそうな犬に安心したのか、アーイが兄の後ろからふわりと飛び出す。
花びらで作った羽を動かし、犬の頭の上に乗った。
「ああ。もっと若い頃だけれども、お前さん達のお仲間と話したことがあるよ。」
老犬は嬉しそうに笑った。
「なあ、じいちゃん。さっきの話って本当?この像が、人間だったって。」
緊張を解いたティトーが老犬にたずねると、返ってきたのは意外な答えだった。

「いや、あれは人間の少年ではない。」
「え?」

ティトーは再び少年の像を見上げた。
悲しそうな顔。
どこからどうみても、悲劇の主人公のような、人々の同情を買わずにはいられないような様子なのに、
何故か嫌な感じがする。
「詳しい話が聞きたいかな?だったら、わしの主人のところへ連れて行ってやろうか?」
「本当?ねえ、お兄ちゃん、どうする?」
アーイの顔がはっきりと見えなくなりつつある。間もなく夜が来ようとしていた。
「そうだな…、じいちゃん、俺達、今日の寝床を探してたんだけど、じいちゃんの家に泊めてもらえないかな?」
「おお、構わんとも。さあ、おいで。」
「やった!ありがと、じいちゃん!」
兄妹を頭に乗せ、老犬はゆっくりと来た道を戻り始めた。

次へ


長編の部屋に戻るトップに戻る