強くなりたいと願ったぼくの前に、ある日「ナイト」が現れた。
君は、ぼく。
ぼくは、君。
ぼくは、ぼく達は、スライムナイト。
剣と盾で戦う君を乗っけて、ぼくは走る。
ぼくは、強くなったと思う。君のお陰で。
けれど、ぼく達の強さはどこへ行けばいいんだろう?

さわさわと風に揺れる草を掻き分けながら、ナイト・ピエールはしきりに自分の下を気にしていた。
大切な相棒でもあり、自分自身でもあるスライムのピエールの動きが、何だか鈍い。

「ピエール。少し休憩するか?」
ぽよん、と弾みをつけて相棒から飛び降りると、ナイトはスライムを振り返った。
「あ…、ううん、大丈夫だよ。ごめんね。」
慌てて身体を震わせる緑色のスライムに、ナイトは首を振る。
「最近、様子が変だな。何か、悩み事でもあるのでは?」
そんなことを聞かれたのは初めてで、スライムのピエールはちょっとびっくりした。

(悩み事…っていうのかな?これが。)

昔、隣に住んでいたドラキーに「スライムは悩み事がなさそうでいいなぁ。」といわれて、
ちょっと傷付いたことを思い出した。
みんな、そういう。
スライムには、スライムなりに色々あるのに。

「えっと…うんと…違うよ。スライムは悩まないんだよ。」
「そんなことはない。スライムだって悩むさ。悩むし、考えるし、解決しようと努力もする。
だから今、私がここいるんじゃないか。」
両手を広げて熱弁を振るうナイトを見ていると、スライムのピエールは何だか嬉しくなって、
いつもの平和な笑顔を浮かべた。

「そうだよね。うん…、ぼくが一生懸命、「強くなりたい」って思ってたから、
ナイト・ピエールは出てきてくれたんだもんね。」
「その通りだ。」
2人のピエールは、じっと見つめ合った。

「あのね、ピエール。ぼく、どうして勇者になりたいと思ったのかな?」
「…どういうことだ?」
不思議そうな騎士に、スライムはここ数日間、自分の透明な身体の中にいっぱいに膨らんだ気持ちを
ぶつけるようにいった。

「最初はね、人間の『勇者』の物語に憧れたからだって思ってたんだ。
けど、それだけじゃナイトは出てきてくれなかったんじゃないかなって。
きっと、本当に大切な理由があると思うの。
けど、ぼくはどうして強くなりたいって思ったのか、わからないんだ。」

何かをいいかけたナイトを遮って、スライムのピエールの言葉は続いた。

「それでね、それがすごく怖いことなんじゃないかなって思ったんだ。
だって、強くなることって、ちょっと間違ったら、乱暴になることと一緒だよ。」

笑顔だった口がへの字になり、丸い目に可能な限り真剣な光が宿る。

「ねえ、ナイト。どうして君は、ぼくのところに来てくれたのかなぁ?
ぼくは、どうして勇者になりたいって、思ったのかな?
きっと…きっと、それがわからないと、ぼく達、勇者じゃなくて乱暴者になっちゃうんじゃないのかな?」

かける言葉に迷い、ナイト・ピエールは沈黙した。
「ピエール…、」

刹那、鋭い馬の嘶きが、スライムナイトの耳に響いた。
そして、興奮したモンスター達の声も。

「何だ!?」
ただならぬ気配に、2人の頭が冷める。
「ナイト!行ってみよう!!」

次へ


足跡の部屋に戻る短編の部屋に戻るトップに戻る