2人で旅をするようになってから、夜が怖くなくなった。
魔物は夜の方が元気なのだが、1匹だった頃のピエールは夜がちょっと苦手だった。
夜は、音が大きく聞こえるから。
でも、その音が何なのか、わからないから。
夜の方がものが見える魔物は多いが、スライムは別にそうでもない。
だから、本当はドラキーがちょっとはばたいただけだったのに、
ホークマンでも飛んできたんじゃないかと思ってしまって、
慌てて逃げ出したりしたことが何度もあった。

でも、スライムナイトのピエールになってからは、夜は怖くなくなった。
小さな剣と盾を構え、勇ましく戦う自分の分身は、見えない音の正体をちゃんと教えてくれた。
だからもう、ドラキーとホークマンを間違えたりすることはなくなった。

そして今、ピエールは夜が好きだった。
それは、大好きな仲間達との休息の時間。
そして、彼が色々な物語を聞かせてくれる時間でもあったからだ。

「それで!それで!その後どうなったの!?」
薄緑色の身体が弾けるように跳ねる。興奮に身を任せ、今にも語り手に飛びかからんばかりの相棒を、
隣に座った小さな騎士が慌てて押さえつける。
「そんなに跳ねたらシーザにぶつかるぞ」
「でもっ!ドラキーの赤ちゃん達が食べられちゃうっ!ねえシーザ!お母さんはそこでどうしたの!?」
もともとあまり真剣な顔には向いていないスライムだけに、全身で感情表現するピエールに、魔物使いシーザは
優しく微笑んだ。
「ドラキーのお母さんはね、そこで歌を歌ったんだ…子守唄を。」
「え?子守唄??」
「そうだよ。いつも子供達を寝かせるために歌う歌をね。そうしたら、バトルレックスは大あくびをして、
そのまま眠っちゃったんだ。」
「むう。それがラリホーマ…。」
隣でぼそりと呟く騎士に笑いかけると、シーザはスライムを抱き上げ、ツンと尖った頭をそうっとつっついた。
「らしいね。さて、こうしてドラキーのお母さんは、バトルレックスが寝ている間に赤ちゃん達を連れて、
おうちに帰ることができましたとさ。めでたし、めでたし。」
「めでたしめでたし!」
ほにゃ、という音が聞こえそうな笑顔を浮かべ、スライムのピエールは身体を震わせた。
「すごーい!今日のお話も面白かったよ、シーザ!」
「そう?だったら良かった。」
シーザの黒い目が穏やかに伏せられ、太くはないがよく鍛えられた腕が枝を焚火にくべる。
最近になって、彼が目を伏せるのは照れている時のクセなのだと、ピエールは気が付いた。
「しかしシーザ殿は人間の物語だけでなく、われらモンスターの物語も、ようくご存知ですなぁ。」
魔法使いのマーリンが感心しきった様子でいうと、シーザは嬉しそうに言った。
「父さんやサンチョが、子供の頃に聞かせてくれたんだ。後、旅の途中で出会った人たちがね。」
「いやはや、それにしてもそれら全てをよく覚えておいでで。ワシも見習わねば。」
「…面白い話だから、忘れないんだよ。」
端正な顔が天を仰ぐ。
気付けば月が中天にあった。
「さあ、明日もまたたくさん歩いて、戦わなきゃならないから。皆、そろそろ休もうか。」

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