「おい! 生徒会長が呼んでるぜ」
クラスメイトの西島が、俺を慌てて呼びに来た。
金曜の放課後、明日から二日連休という解放感に浮かれている時だ。
見ると、教室の戸口にアイスドールと呼ばれる氷の美貌が立っている。
「氷室」
俺が呼び捨てにしたので、クラスの連中が息を飲んだ。
「なんだよ。今日は一人なんだな」
「僕だって、一日中誰かを連れて歩いている訳じゃないよ」
アイスドールこと氷室透が無表情に言う。
「これから帰るが、よかったらタカシの様子を見に来ないか」
「チビタの、な」
俺が拾った子犬を、この生徒会長の家で飼ってもらっている。俺はチビタと名付けたのに、こいつは何故か俺の名前をつけている。
「出られるのなら、行くぞ」
「ああ。いいぜ」
周りの視線が痛くてわざとぶっきらぼうに言っているが、俺の胸は高鳴っている。
なんせ、俺はチビタを託したあの日から、この男に恋しているんだ。



* * *

あれ以来俺は、学校帰りに、デカすぎて一人じゃとても近づけない氷室の屋敷に連れてきてもらっては、チビタの成長を見届けている。
世話はしなくてすんだ。
この家には、犬の世話だけする使用人がいるらしい。その人が、五匹のドーベルマンと一緒にチビタの面倒を見てくれている。
使用人とかいうレトロな言葉、使っていいのかな。とにかく、家族よりもこの屋敷を維持するための人間の方が多いという、ここはとんでもない所だ。

「チビタ、でかくなったなあ」
「チビタじゃなくてタカシだって言っているだろう?」
「ヤメロ」
「もうそっちが自分の名前だと思っているぞ」
氷室は、僅かに唇の端を持ち上げて微笑んだ。
そのとたん俺の胸に、熱いものが生まれる。いつも無表情なだけに、ほんの少し顔に表情が付くとたまらなく魅力的だ。俺は、そのことに気が付いて以来、氷室透のどんな些細な表情も見逃したくなかった。

「タカシ」
氷室が呼ぶと、チビタは尻尾を振って駆けて来た。すっかりタカシが定着したのか?
少しだけ複雑な思いで見ると、良いものを食べさせてもらってよく手入れされているからか、雑種のくせに茶色の毛はピカピカに輝いている。尻尾も大きくふわふわなのがキリッと巻かれていい感じだ。やっぱり、ここで暮らせて幸せだな。チビタ。
ワフン
と、鳴いてチビタは氷室に飛び掛った。氷室の口をベロベロと舐める。
「やめろ、タカシ」
その声に、俺はギクリとした。

『やめろ……貴志……』

それは、俺がいつも夜、妄想する言葉だったから。
この綺麗な顔が、俺の腕の中で羞恥の色に染まりながら、喘ぐように言う。
『やめろ……』と―――。
妄想の中の俺は勿論やめたりせずに、氷室の喉に、鎖骨に、そして胸に唇を這わせる。
白い肌のいたるところに所有の印を刻み付けて、プライドの高いこの男がすすり泣くまで苛む。
―――これが、このところの俺のオカズだ。

ちょっとドキドキして氷室を見ると、チビタに芝生の上に押し倒されて、思い切り唇を奪われている。
「やめろ……タカ、シ……だめだって」
って、色っぺーじゃねえか!!おい!!
俺は思わず、チビタを氷室から引き離した。
「やめろ、チビタ!」
氷室が、俺を見上げる。
「……生徒会長様が、犬に犯されてんじゃねーよ」
あ、へんな表現だったか?
氷室は、俺を見つめる目を細めた。
「三田村、犬に妬いているのか」
「な、何?」
俺の動揺を見透かすように妖艶に微笑んで、氷室はゆっくり立ち上がると俺の手を取った。
「今日は、僕の部屋に行こう。明日は休みだからね」
氷室に微笑まれると、俺は身体が自分のものではなくなってしまう。
ぼんやりした頭で、氷室の後に続いた。


うちのアパートがまるまる入りそうな広さの氷室の部屋。
その中のベッドルームで、氷室が、俺の首に腕をまわして囁いた。
「音楽室の前で初めて会ったときに、こうなる予感がした」
「予感?」
「きみに、名前を尋ねられたときだ……きみは、感じなかった?」
「氷室……」
「どうせ呼び捨てにするのなら、透って呼んでくれ」
「透……」
俺はもう、言われるがままだ。
目の前の、綺麗で妖しく魅力的な存在に、心奪われて。
「貴志……」
透き通るように白い顔の中で、鮮やかに赤い唇が、誘うように開く。
俺は、その唇に貪りついた。

「んっ、ん…く、ん」
舌を絡ませあい、お互いの唾液をすすりあい、互いの唇を擦り合わせて愛撫する。そんな激しい口づけの間も、俺は両手で透の身体を弄った。余裕が無いのは、自分でもわかっている。毎晩想像した透の身体が、その本物が、自分の腕の中にあると思うと、まるで夢のようで――夢なら覚める前に全て感じたいと必死になってしまった。
「んっ、あ……」
シャツのボタンをはずすと、透は、俺の首に廻した腕を解いて、自らシャツを脱ぎ捨てた。
俺も、そのすきに自分のシャツを脱ぐ。
裸の胸同士が重なると、その滑らかな感触にぞくりとし、俺のあそこが一回りデカくなった。触れ合う股間の布が邪魔だ。
「下も、脱いでくれよ」
俺が言うと、
「脱がせろ」
唇を重ねたまま、透が囁く。
「シャツは、自分で脱いだくせに」
俺も唇を重ねたまま言うと、ヤツの歯が、俺の下唇を噛んだ。
制服のズボンに手を掛けベルトを外す。ジーパンと違って脱がせ易いそれは、あっさりと足から離れて、透のすらりと伸びた白い脚が晒された。
内股に手を滑らすと
「ああっ……」
細く高い声が漏れた。
ゾクリと背中が痺れる。
今まで何度も、この男が喘いだりすすり泣いたりするところを想像してきたけれど、想像は想像でしかなかった。本物は、本当の透は、こんなにも――――。
「透っ」
押さえ切れない欲情に、内股に噛み付いた。
「あん、んんっ」
透の内股が痙攣したように震えた。
白い内股に、俺の赤紫の歯型がついて、恐ろしく扇情的な眺めになる。
髪の色と同様に薄い茶色の繁みからは、すでに屹立したものが立ち上がって先端を濡らしている。
俺は、迷わずそれを咥え込んだ。
「あっ、んっ」
透の指が俺の髪を掴む。
俺は、透のそれを口の中で舐め回す。汚いとか思わなかった。俺の舌が擦りあげるたびに、ビクビクと震えるそれが愛しかった。
「ふ……っっん……あっ」
透は大きく足を広げて腰を浮かす。股間に俺の頭を押し付けるように、指で髪の中を弄る。
アイスドール。クールビューティー。表情を変えない冷たい美貌。
その普段の彼からは考えられないほど、今の氷室透は、熱い。
それが、嬉しい。
透の内股が小刻みに痙攣し、俺の頭を這う指の動きも限界が近いことを知らせている。
俺は、透の腰の下に手を入れ、持ち上げるようにして、自分の顔を上げた。透のイク時の顔が見たかった。咥えたまま上目遣いで見ると、透も潤んだ目で俺を見ていた。
二人の目が合った瞬間、俺の口の中に、透の精が放たれた。
「あ……」
一瞬苦しげに眉を寄せ、その後すぐに弛緩していく表情が、表現の仕様の無いほどセクシーだ。
それだけで、俺も限界だった。
身体を起こして、かちゃかちゃとベルトを外す。
学生ズボンをトランクスごと脱ぎ捨てると、俺の雄が勢い良く天を突いて飛び出し、透の延ばした指がそれを絡め取った。
「つっ」
全身に痺れが走った。
「大きいな」
まだどこかぼんやりとした顔で、透が言う。
「入るかな」
心配になって、囁くと
「やってみれば」
と、こいつは喉を鳴らした。

「んっ、あっう……んん」
切れ切れに、漏れる声が、俺を煽る。
それでも、俺はまだ、指で慣らしていた。
傷つけたくない。この綺麗な男を苦しめたくない。
指の数を増やしてもまだ、俺はひたすら透の好いところを探った。
「あっ」
透の身体が、ビクリと跳ねた。
ここか?
もう一度、同じ所を探る。
「はっ、あ、やっ……」
透が身をよじった。
「いい?」
訊ねると、汗で髪を額に張り付かせたひどく艶めかしい顔が
「……さっさと……入れろ」
と俺を誘った。

「っ、熱っ…」
透の中は熱くてキツかった。
「くっ……」
「貴志っ」
「力、抜いてくれっ」
「んっ」
俺の額から流れた汗が、透の脇腹にぱたぱたと落ちた。その雫が糸を引いて白い肌を滑るのを見ながら、俺は身体を進めていった。
「ああぁっ」
一番太いところが通ったとき、透は高い声でないた。
「とお、るっ……」
あそこから全身が溶けてしまいそうだ。
我慢できない。
俺は、突然ピッチを早めて、透の身体を何度も穿った。
「あっあっ…あっ……」
俺の動きに合わせて小刻みに鳴く透の声にますます煽られて、俺は一回目の射精を果たした。


それから長い夜を二人で過ごし、明け方少し、うとうとした。
窓から細く入って来る朝日に起こされて、目覚めて俺は、自分の目を疑った。
(いない?)
広いベッドの中にも、壁に沿って置かれたソファにも、透の姿はなかった。
ガバッと起き上がって、隣の部屋に通じるドアを開けると―――
「おはよう」
いつものクールビューティーが、すました顔でお茶を飲んでいる。俺が呆然と見つめると
「きみも、飲む?」
軽くカップを持ち上げた。
何でだ。
こういうことの次の日ってのは、もっとベッドでゴロゴロアマアマするものじゃないのか?
それより、こいつは、身体が辛いはずじゃないのか?
この何事も無かったかのような態度は何なんだ!

じっと見つめると、透は、無表情ともいえる顔で言った。
「君が何を考えているか想像はつくけれど、この僕がそう簡単に変わるとは思って欲しくない」
「透……」
(それは、どう言う意味だよ)
目の前が暗くなりかけて名前を呼ぶと、透は立ち上がって後ろを向いた。
「今、お茶を持ってこさせよう」
そう言って、クラッシックなデザインの受話器に手を掛ける。
そして俺は、気が付いた。
そのうなじが赤く染まっているのを―――。
俺は心の底からホッとした。

アイスドール。

俺の、俺だけの、氷の人形。
そう、熔けるのはあのときだけでいい。
それ以外のときは、冷たく高貴で、誇り高くいてくれればいい。
(でも―――)
俺は腕を伸ばして、透の身体を抱きしめた。

せめて、お茶が来るまでの間、少しだけ甘い時間もくれよ。






END




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