年の終わりも近い穏やかに冷えたその夜、若い旅人は雪に頬をくすぐられて天を仰いだ。

奇妙なことにその雪は彼の頭上にのみ降り、しかも肌を凍らせる強い冷たさを持っていなかった。

旅装の右肩に横たわった雪を掴み、彼はようやくそれが雪でなく花びらであることに気付いた。


満天の星空より降り注いだ星屑かと見紛う程、輝く白い花弁。

見覚えのない花びらは、まだ微かに清涼な香りを残している。

止むことのない花びらの洗礼は、頭上に厳しく突き出した岩の上から与えられるものであるらしいと気付いた旅人は、

軽く息を吐いて道を変えた。


険しい道も旅慣れた足を阻むことはなく、やがて若者は花びらの源へ辿り着いた。

冷え切った大地の上に、古の紅に染めぬかれた無骨な鎧が座っている。

しかし、奇妙なことにその鎧には兜とおぼしきものがなかった。


花の出所は、その鎧の左手だった。

開かれているとも閉じられているともつかぬ、緩く指を曲げた手の中に、眩い花が一輪在った。

旅人が手を伸ばすと、鎧の右手がそっとそれを押さえた。

驚いて声を発した青年の手、皮手袋に包まれたその手を優しく叩くと、首のない騎士はゆっくりと立ち上がった。


首なし騎士!?

若者の短く鋭い叫びに、血色の鎧の騎士は黙って手の中の花を差し出した。

そうしている間にも、花びらは風に乗り気まぐれに飛んで行く。

・・・僕に・・・?

若者が手を伸ばすと、騎士はその手の中に花を落とした。

しかし、彼の手の中にはまだ花が在る。1輪しかなかった筈の花が。

そして騎士は旅人に背を向けると、南へと歩き去った。


若者の手の中でようやく、花はその身体を次々と空へ放つのを止めた。

掌に咲いた儚いものを、立ち尽くして見下ろす。

夜気に乗って、清涼な香りが旅人を包んだ。

優しい人に、抱かれている心地だった。


首なし騎士にあったって?

そして白い花をもらったって?

そいつはお前、きっと夢に違いない。

確かにそんな話は残っちゃいるが。


夜明けの陽光に照らされて、風のない日の木のように立つ若者を呼び止めたのは、

彼の兄くらいの年の別の旅人だった。


そんな話って、一体どんな話なんです?


冷えた身体を毛布と焚き火で暖めながら、若い旅人は尋ねた。


それはお前、首なし騎士が冬の森で、森の乙女に惚れられたって話だよ。

普通、森の乙女ってやつは、

極上の女の姿で人間の男を誘い込んで、

自分の木の中に住まわせて、

やがては餌にしちまうって話だが、

首なし騎士が出会った乙女は、心底奴に惚れちまって、

決して喰わないから、此処で一緒に暮らそうって泣いて頼んだそうだ。


だがよ、首なし騎士は伝説の通り、

奪われた首を探す旅をしている最中で、

どうしても首を縦に振らなかった。

乙女は悲しみのあまり騎士の腕の中で死んで、

花になったということさ。


それから毎年、乙女の命日には騎士の掌に白い花が咲いて、

涙代わりに花びらを散らすそうだ。

それが昨日、収穫に感謝する夜の話ってわけだよ。

もしかしたら、この辺りの森だったのかもしれないな。

だからお前はそんな夢を見ただろう。


血の巡り始めた身体を抱き、若い旅人は目を閉じた。

そうして紅の鉄の温度を思い出そうとする。

手の中あった筈の花は、夜明けと共に消えていた。

思い出されたのは、その花の冷たさ。

そして、夜よりもなお暗く紅い姿のみ。



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