・・・僕はいま、宇宙船に乗っている。船体は鮮やかな水色で塗られ、船室にはクラシカルなアイテムが沢山ある。
この船の動力は、『鳥の羽根』。
僕は、船長室のドアを叩いた。僕はこの船のお客様。
機関室や倉庫など、本当に重要な場所以外には自由に出入りできる。
「こんにちは、船長」
この船の乗組員は全部で1人。
今、船長室にいる『彼』が、船長も、副船長も、操舵手も、整備士も、交換手も、掃除夫も、料理人も、
何もかも全て兼ねている。
「やぁ、いらっしゃい」
船長である『彼』は、壮年の男性だ。立派な体躯に上等な生地のコートを纏い、堂々とした態度で僕に接する。
今『彼』は机の上に開かれた『宇宙図』をじっと見つめていた。
『宇宙図』・・・それは、宇宙の海図だ。無限の星の海の道を、今まで何世代にも渡って人々は繋いできた。
僕のこの旅だって、まだ繋がれていない星の道を新たに書き加える為の旅なんだ。
「船長、この船は今どの辺りに居るの?」
そう尋ねると船長は、ゆっくり立ち上がって窓の近くへ歩み寄った。
「そうだな・・・丁度『5162859683723546666663946862番街』に入ったところだ」
この広い宇宙を、1番最初に『街』に例えた人間は一体誰なんだろう?
「今回の旅は、何だかいい予感がするんだ」
僕は船長の隣に並んで言った。窓の外には星。煌く塵。光を放つガス。過去にこの宙域で死んだ宇宙船の残骸。
「いい予感?」
船長が、宇宙と同じ黒い瞳で僕を見つめる。『彼』は、役割とともにその姿を変えてしまうけれど、
この眼だけは変わらない。この瞳だけは変わらない。
「うん。今回の旅できっと・・・」
突然、鳩時計が鳴った。
「おっと、方向転換をしなくてはな」
船長はそう言って、部屋を出て行った。今度は操縦席に行ったんだ。次の『彼』は、操舵手だ。
僕は船長室を出て、操縦席に向かった。
「おや、どうなすったね?」
操舵手である『彼』は、老人だ。節くれだった大きな手は、しっかりと舵を握っている。
「今回の旅は、何だかいい予感がするんだ」
僕は操舵手に告げた。操舵手はもしゃもしゃした白い眉毛の下から、きらりと黒い眼を輝かせた。
「ほう?」
操舵手は僕の話に興味を持っている。僕は慣れない微笑みを浮かべて、はっきりと言った。
「今回の旅できっと、『宇宙の果て』に辿り着くよ」
『宇宙の果て』・・・この暗黒の空に飛び立った全ての人が、その場所を求めていた。
僕のご先祖様も、僕のお祖父さんも、僕の伯父さんも、僕のお父さんも、僕のお母さんも、
僕のお兄さんも、僕のお姉さんも、僕の従兄弟も、そして僕も。皆、皆。
今回、僕はそこに辿り着く。最果てを見る。絶対に。
「もしも、その予感が当たったら、鳥達も報われるだろうな」
操舵手は眼を閉じ、ぽつりと呟いた。鳥。
・・・この船の動力は『鳥の羽根』。僕達が住んでいた場所で死んだ鳥の羽根。
狩られ、殺され、寿命が尽きて、戦って、護って、死んでいった鳥達の。
「おや?」
突然、操舵手が奇妙な声を出した。それと同時に、船が飛ぶことを止める。
「どうしたの?」
僕は特に不安を感じることも無く、さらりと言った。
「船が止まっちまったよ」
『彼』も不安には思っていないようだ。僕は操縦席を出て、宇宙船の出口へと向かった。
僕は、『宇宙の果て』に着いたんだ。
機関室から、羽ばたきの音が消えた。沢山の鳴き声も。
新たなる『宇宙図』を記すためのノートと、鉛筆。そして、お守りに持っていた漆黒の羽根を手にして、
僕は船を飛び出した!着いたんだ!ついに、僕は宇宙の果てに!!
星の海へ投げ出された僕の身体は、凄い速さで飛んでいく。まるで何かに吸い込まれていくかのように。
僕は叫んでいた。生まれて初めて、お腹の底から叫んでいた。でも、声は聞こえない。何の音も聞こえない。
そして全てが失われていく。
ノート、鉛筆、服、髪、皮膚、肉、血管、血液、神経、骨、最後に残ったのは漆黒の羽根。
僕は、何処へ行くのだろう?
・・・眼が覚めると僕は、テラスの椅子に座っていた。
今日は暖かかったから、ここで眠ってしまっていたらしい。
もう真夜中だ。部屋の中に入ろうと、椅子から立ち上がった時、ひゅうっ、と音がして何かが顔に当たった。
漆黒の羽根が、僕の頬を掠めて、椅子の上に落ちた。
僕はそっと漆黒の羽根を拾うと、部屋へ戻った。