「ほら、この石に触れて御覧。温かいだろう」
そう言って、石を愛する人は、或る種の酒の色に似た紅の塊を、私の掌に落とした。
「・・・確かに。とても、温かいですね」
手渡してくれた石よりもなお温かな彼の声音に、私はとても満足する。
「この石はかつて、天使の肝臓だったのだよ」
石を愛する人は、目を閉じて刹那の恍惚に身を委ねる。
「肝臓・・・ですか」
私と言えば、俄には信じ難い事実に、穴が開くほど石を見つめた。
「そんなに見つめてはいけないよ。繊細だから、壊れてしまう」
石を愛する人は、この上なく優しく微笑んだ。
「あッ・・・本当だ」
私の目の前で、私の手の中で、私によって、紅の石はいかにも脆く崩れた。
「昔はこれらに血が通い、他の美しき器官と共に、空を舞う善き者達を構成していた」
石を愛する人は、2度瞬きをして、老いた指で紅の石を慈しむ。
「宝石は、人心を惑わす悪しきものでは無いのですか」
私は自らの気まずさを隠す為に、石に濡れ衣を着せようとする。
「そうではないよ。人が宝石と、宝と呼ぶものは、皆大昔に天使だったのだ」
石を愛する人は、別の大きな塊に手を当て、古の鼓動を拾うアンテナになった。
「では悪魔は何になったのですか」
私は愚かな抵抗を止め、崩してしまった石を埋葬する。
「悪魔は鉱石になった。だから、一部の人だけが鉱石を良く知り、愛でるのだ」
石を愛する人は、新たな黒色の塊を掌に包む。
「・・・黄金は、何でしたか」
私は唐突に尋ねてみた。
「黄金は、天使の皮膚だった。とても清らかで、輝いて、無垢だった」
石を愛する人は、日の眩しさに、目を細めている。
「天使や悪魔の器官は美しかったのでしょう、でもこんなにも歪な形をしているものが多いのは何故です」
そう言って私は、不揃いな石達を睨みつけた。
「それはこれらが1人のものでは無いからだよ。何人か分のものが、地上で1つになったのだ」
石を愛する人は、日除けの帽子を被り直し、ゆっくりと立ち上がる。
「私達は、生き物は、宝石にも鉱石にもなれないのですか」
私は7日前に死んだ人を思い、大きな声を出した。
「私達は、生き物は、それらを受け止めて、ゆったりと抱き締める土になれる」
石を愛する人は、振り向いて私に手を差し出した。
「・・・貴方の眼は、宝石に似ています。とても、温かい」
私は微笑んで、差し出された手を握った。
「君の眼は、土に似ている」
と、石を愛する人が言った。