今日、世界が終わると言われたこの夜に。

私の庭で、蝉が生まれた。

7年の時を土の中で過ごして。

何も知らぬまま、その温もりに別れを告げて。

 

ニュースを映しているテレビが叫んでいる。

「我々は努力しました。方法を探しました。

しかし我々はこんなにも無力だったのです。

我々はこんなにも無知だったのです・・・」

 

四角い箱の中で、人々が涙を流している。

昔はこの箱の中に人が住んでいるのだと信じていた。

 

「もう寝なさい」

母だか、姉だかの声がする。

眠ったら、もう目覚めない。目覚められない。

蝉が、羽化を始めた。

 

硬い背中に一筋の傷。割れ目。

錆に似た色の身体から、清らか過ぎる白い背中が覗く。

出てこない方がいい。そのまま力尽きて、固まってしまいなさい。

白い白い背中を押し戻そうと、窓から手を伸ばしたが、彼の居る樹は遠すぎた。

 

生まれてしまう。

これから生きる1週間すら、残されていないのに。

生まれてしまう。

命をかけて鳴く為に。

命を繋ぐ、叫びの為に。

 

月光の下、色付いた蝉は、

生まれて初めての声を上げた。

 

ああ、あんなにも。

私は必死に生きた事はあっただろうか。

次の瞬間、死んでも悔いは無い、と、

思えるほど必死に生きた事はあっただろうか。

小さな全身を振り絞り、鳴く蝉の声に、

応えるように私はただ、ただひたすらに叫んでいた。

 

例え明日が来なくとも。

2度と目覚めることが無くても。

きっと蝉は後悔しない。

きっと私は後悔しない。


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