ねこみみバンド
「にゃー!にゃにゃー!」
港町サンマロウ。
潮風の香る風光明媚なこの街で、猫と子供と4人の若者は困り果てていた。
「にゃー!っていわれてもなぁ……おい、フリーラ。ホントに何か頼まれたのか?」
天を突くように逆立った青い髪の少年が、肩を竦める。
「うん……、それは、間違いないよ!でも……何ていってるのかは、わかんない……。」
「にゃ!にゃにゃ!」
褐色の肌の少女はゆっくりと撫でていたふわふわした温もりを抱き上げると、頬をすり寄せた。
その横で、何やら熱心に祈るような仕草をしていたおかっぱ頭の少女が首を振る。
「ダメです。神はいつもの通り、私達が成長するためにあとどれほどの歩みが必要なのかしか、教えてくださいません。」
「そりゃ神様がサクッと教えてくれるなら苦労しねーって。はあーあ、どうする?」
盛大な溜息に、フリーラは何も答えられなかった。
始まりは何と言うことはない、ささやかな巡り合い。
旅の疲れを癒そうと立ち寄った宿で、若者達は幼い少女と出会った。
床にしゃがみこんで、トラ縞の猫と真剣に見詰め合っている少女に、にらめっこでもしているのか、と声をかけたまでは良かったのだが。
「ねこちゃんが、何かこまってるみたいなの。」
そういうと幼い女の子は、猫に向けていたのと同じくらい真剣な眼差しで、旅人達を見上げた。
4人は顔を見合わせると、小さな靴にじゃれている猫に視線を移す。
「猫さん、何か困ってるの?わたし達、何か手伝えるかな?」
フリーラはしゃがみ込むと、そっと手を伸ばしながら猫に話しかけた。
「わあ、フリーラは猫ちゃんとお話できるんですか?」
歓声を上げる尼僧に、天使ははにかみながら応える。
「お話できるかどうかはわかんないけど、聞いてみた方がいいかなって。」
「いや、でも、猫だろ?聞いてみたって……、」
青い髪の戦士が何かいいかけると、猫が早口でまくし立てた。
「にゃにゃー!にゃにゃにゃ、ニャゴロウにゃにゃ、にゃー!にゃにゃにゃ、にゃにゃ、にゃ!」」
「おお!?何かいってる!」
一通り話し(?)終えると、満足したのか猫は大人しくなった。
しかし人間達はそうもいかず、ああでもないこうでもないと話し合いが始まったのである。
「そうだわ!レンジャーに転職するっていうのは、どうでしょう?何となく、動物とお話できそうな感じがするのですけど!」
おかっぱ頭の尼僧がぽんと手を打ち鳴らした。フリーラの顔がぱっと輝く。
「あ、そうかも……。さすがテト、頭いいね!……ザウロは?どう思う?」
「レンジャーかぁ。確かに、可能性あるかもな!いいんじゃねーか?」
ザウロと呼ばれた戦士も乗り気な様子で親指を立てた……のだが。
「その必要は……恐らく、ない。」
今まで一言も話さず、瞬きもせずに猫を見つめていた魔法使いが口を開いた。
「え?そうなんですか?」
「ああ。」
真顔、というよりは無表情な印象の大きな紫色の目は、片時も猫から離れない。
そのまま装備品袋に手をやった魔法使いが取り出したのは……。
「……ケイヴ。それ、何?」
「ねこみみバンドだ。」
背の高い魔法使い―ケイヴは、不思議そうに自分を見つめるフリーラの髪に触れ、黒猫の耳を模ったヘアバンドを飾ってやる。
その途端、彼女の腕の中で大人しくしていた猫が、急に動き出した。
「にゃー!」
「え!?」
呆気にとられる一行の前で、猫はするりと優しい腕を抜け出すと、守護天使の周囲をくるくると回り、
甘えるような声で鳴くと、急にどこかへ走り去ってしまった。
「何なんだあ???」
ぽかんとするしかない少年少女達だったが、猫はすぐに戻って来た。
その長身をゆっくり屈めると、魔法使いは猫と話し始めた。
「にゃあにゃあにゃあ。」
「にゃー!にゃにゃっ!にゃーにゃにゃーあ!」
「にゃ。にゅ。」
「にゃにゃーん♪」
猫は何かを魔法使いに渡すと、陽だまりに寝転がり、大欠伸をした。
「わー!おにいちゃんすごーい!ありがとう、ねこちゃんのお願い、聞いてくれて!」
「にゃ。じゃない、役に立てたなら、良かった。」
幼い少女は嬉しそうに微笑むと、陽だまりの猫の元へと駆けて行く。
「この盾は礼だそうだ。なかなか使い勝手が良さそうだ。」
「……オマエ、猫と話できたのか!?」
やや混乱した様子のザウロに、キトンシールドを手にしたケイヴは淡々と言葉を返す。
「みんなも話していたじゃないか。何を驚いている?」
「いや、おれ達は話してたっていうか……まあいいか。ケイヴだもんな。」
がりがりと頭をかいて笑う戦士の横で、ねこみみバンドを付けたままのフリーラが瞳を輝かせた。
「いつもだけど、ケイヴってすごいね。猫さん、何ていってたの?」
「そうだな……この季節は人恋しい、みたいなことをいっていた。」
「つまり、寂しかったのかな?だから、ねこみみで喜んでたのかな?」
「ああ。嫁にしたいくらいかわいい、といって喜んでいた。それはダメだといっておいた。」
事情を知らない人間には何だかおかしく聞こえそうな会話をごく自然に交わす2人を、
戦士は苦笑しながら見つめる。
「まあ、いつもこんな感じだもんな……あれ、どうしたんだよ、テト。」
ほんわかとした空気が流れる宿の廊下で、何かいいたそうな顔の尼僧を振り返ると、
少しだけ責めるような色合いを帯びた目線が飛んできた。
「ザウロ、ねこみみバンドなんて、いつ手に入れてたんですか?」
「え!?何で?や、おれは知らねーよ?ケイヴの私物じゃん?」
白々しくそっぽを向く少年に、生真面目な少女は少しだけ背伸びして耳打ちする。
「……カラコタ橋……。」
「……あれ?おねーさん、もしやご存知?」
乾いた笑い声を漏らす戦士の耳をむぎゅっと摘むと、尼僧テティーアははっきりと宣言した。
「他にも何か「いかがわしいもの」があるのではありませんか?これは後で荷物チェックですね!」
「うお!それはカンベン!」
朗らかに談笑する声、慌てふためく声。4つの安らぎが、昼下がりの日光の中に溶けていく。
了
内容は軽いけど、描くのに意外と時間がかかった…。
今回はクエストのお話です。楽しいですよね、クエスト。
ちょっと回りくどくなってしまいましたが…。
早くキャラクターを書き慣れるといいんだけど。