01 君が光を知る前に

死者の国の1日の始まりは生者の国の1日の終わりである。

「サイオン様!」
化石の玉座に腰掛け、侍女が運んで来た古い硝子のコップに口を付け、きらきらと冷えた水を傾けて、喉に流した。
それが胃の腑に落ちると同時に、魔術師が私の名を呼ぶ。
「…どうした?」
白い息と共に尋ねると、魔術師は芝居がかった様子で腰を折り、
暗い衣の奥から深紅の眼を光らせて私を見上げた。
「はい。是非、お目にかけたい娘がおりまして…。」
いつもながら唐突な男だ。
しかし、他人の話をするのは珍しい。
いつもは自分の話しかしないのに。
「昨日、北の門を通ってこの国へ至ったばかりの娘で、
白と黒の斑の翼を持っております、死の天使でございます。
性質も穏やかで、陛下のお側に置かれるにはよろしいかと…。」
媚びるような話し方に慣れていないのが明らかで、
その様子の滑稽さに忍び笑いをもらしそうになったが、
さすがにそれは失礼かと思って耐えた。
ぎくしゃくと奇妙な身振り手振りで話を続ける魔術師から視線を逸らし、
その後ろに付き従っている娘に視線を移す。

白と黒の斑の翼で、身体を隠すようにしている。
しかし隙間から私をじっと見つめている眼は、好奇心に輝いていた。

「死の天使と申しましても、何せそのお役目を申し付けたばかりですので、
この国の掟も、死の担い手としての心構えも、何もございません。
まさしく、陛下が望まれていた通りの者でございます。」」

そうだ。
私は人に何かを教えてみたいと思っていた。
最初から、最後まで。
だから、何も知らない、白紙の者を望んだのだった。

「よく覚えていたな。そんな話をしたのは、随分と前だったように思うが?」
「魔術師の脳は、ものを忘れられないのでございます。」
さらりと飛び出す言葉は嘘ではない。
私は笑みを浮かべ、生まれたばかりの死の天使を見つめた。

「翼を開いて姿を見せてくれ。君の顔が見たい。」

なるべく優しく聞こえるように声をかけると、花が開くように翼が開放され、娘の姿が露になった。
華奢な身体、短い髪、大きな眼。
この死神の女王に怯える様子もなく、しゃんと背を伸ばして立っている。

「名前は?」

目の前の幼い者に、ついつい甘さを含みそうになる気を抑え、私は尋ねた。

「ダイダイアと申します、陛下。」

容姿に違わぬ愛らしい声に、私は小さく溜息を吐いた。
魔術師の紅い眼が、満足げな光を放つ。

「ダイダイア…話はわかったか?」
「はい、陛下。陛下に直々にものを教えて頂けるなんて、私、幸せ者です!」

心からの喜びの微笑み。
私はその微笑みを抱え込んだ目蓋を閉じる。

―あぁ、この娘は本当に何もわかっていない。
死の担い手、死の司として、使用済みの命ばかりがあるこの国で生きることがどんなことなのか。
私が君に何を教えると思っているのだろう?
あぁ、本当に可愛らしい娘!

薄氷のような愛情が、瞬時に心を覆い尽くすのを感じた。
それは脆く壊れやすく、どこまでも透明で、
私が今まで抱いたことのない感情で、
けれどもずっと欲していた心。

この国に在るのは闇ばかり。
私がその闇を教えてあげよう。
何も知らない君が光を知る前に。

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お題2つ目。今回は趣味に走らせて頂きました。
女王様、あんまり女性っぽさが感じられませんが、それはそれでいいと思うんですよねー。
「私は〜だ」みたいな喋り方の女の人が大好きな私。
男装の麗人とかも大好きですよ。ええそりゃもう。

しかしあんまりお題を生かせてないですね。
次回はもうちょっと生かせるといいな。


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