静かな夜だった。
いつもなら、柔らかい草の上に座って、銀の竪琴をかき鳴らし、君の為に歌っただろう。
いつもなら、月がこれほど冷たく見えることも無いだろう。

白い、ドレスの胸に、咲き誇った紅の花。
誓いの口付けの直前。
君は・・・。
風に崩される砂の城のように。
儚く、限りなく美しく。
倒れた。

あの男は君を愛していた。
愛しすぎていた。
だから、君のことを。
そして、自分のことを。
愛することを知って、育てることを知って。
それが永遠に続くことを約束する日に。
約束する人が消えてしまった。
もう、2度と会えない場所へ。

僕は、立ち上がった。
何処か遠くへ行こう。君を忘れぬ為に。
自分の愛した人を愛した男を忘れぬ為に。
この街にいたら、きっと。
知らず知らずに生まれていく思い出の中に、今日のことも埋もれてしまうであろうから。

頬に零れ落ちた雫、それは。
涙・・・なのだろうか。
もう会えない人への、想いの雫なのだろうか。

僕はただ独り、歩き始めた。


回想シリーズは中学2年生の時に書いたものです。
既にこういうちょっと暗めの話が好きだったみたいですね(笑)。


短編の部屋に戻るトップに戻る