ココレの村は、とても小さな村。

村のだれもがお友達で、どの家も同じ形をしています。

だから、お昼ごはんの時間になって、まちがってだれかのおうちに入ってしまっても。

一緒にごはんを食べてしまいます。

そのぐらい、みんなが仲良しなのでした。

「ママ−!おなかすいたぁ!!」
今日も村に元気な声がひびきました。
村長さんの娘の、ミイナです。
「はいはい・・・あら、今日もリトイマと一緒?」
ミイナのお母さんは村1番の美人。ついこの間も、新年を祝うお祭りで、
『ココレの女神』に選ばれたぐらいなんですよ。
「うん、いいでしょ?リトイマも、ママのごはんがおいしいって言ってるんだから!」
ハキハキと言うミイナの後ろでは、男の子がニコニコしています。
この子の名前は、リトイマ。
村で1番勇気があるお父さんと、村で1番働き者のお母さんの子供です。
「ええ、もちろんよ!今日のお昼ごはんはオムレツにしましょうね」
ミイナのお母さんは優しく微笑むと、2人をおうちの中へ招き入れました。

「あー、おいしかったぁ。おばさん、どうもありがとう!」
リトイマは大きな声でお礼を言うと、冷たい水をごくごく飲みました。
「どういたしまして!たくさん食べてくれて、おばさんも嬉しいわ」
ミイナのお母さんは本当に嬉しそうに言うと、お皿を片付けに台所へ行きました。
「ね、ね、リトイマ!早く遊びに行こうよぉ〜」
どうやら、ミイナはお外に行きたくて仕方ないみたいです。
「わかってるって!ご飯食べたら『ラッパの森』に行くって、約束だもんな!」
2人はまだ小さな子供でしたが、村1番の冒険家なのでした。
村長さんのおうちにある、古い蔵に宝さがしに行ったり。
リトイマのおうちの地下室で半日もかくれんぼしたり。
村の近くの川で、魚釣りしたり。
花畑で大きな大きな花冠を作ったり。
2人の冒険物語は、かぞえはじめたらキリがありません。

そんな2人が、まだ行ったことのない場所。
『ラッパの森』と呼ばれるその場所は、村人が木の実や薬草を取りに行く、大切な森です。
どうして『ラッパの森』なんていう名前なのかって?
それは・・・。

「ねーねー、リトイマ。そう言えば、どうして『ラッパの森』っていうの?」
おなかがいっぱいになって、幸せいっぱいの顔の2人が村の小道をてくてく歩きだした時、
ミイナがリトイマにたずねました。
「何だ、ミイナは知らなかったの?」
リトイマは黒い目をくりくりさせて笑います。
「まぁ!何よっ、そう言うあんたは知ってるの!?」
ミイナはムスッとしてリトイマをにらみました。
ミイナは自分が知らないことを誰かが知っていると、いつもこういう顔をするのです。
「怒らないでよ。あのね、あの森には『ラッパおばけ』が住んでるんだって。
だから、『ラッパの森』って言うんだってさ」
それはリトイマがもっと小さいとき、お母さんから聞いたおはなしでした。

「あの森にはね、『ラッパおばけ』が住んでいて、小さい子供を食べちゃうんだぞ〜!」

お母さんの言葉を思い出して、リトイマはぶるっと震えました。
「あ!リトイマ、ぶるってした!おばけが怖いんでしょ〜?」
ミイナが顔をのぞきこんできたので、リトイマはあわてて首を振りました。
「ちがうよ!僕はもう6歳なんだ!お化けなんて怖くないっ!」
でも本当は、少し怖いのです。だって子供を食べてしまう、なんて言われたら、ね?
でも、ミイナにバカにされるのはもっとイヤだ!そう思ったリトイマは、
自分が強いところを見せようと、ずんずん森に向かって歩き出しました。
「あっ!もう、待ってよー!!」
その後ろを、ミイナがあわてて追いかけてゆきます。

ところで。
本当はこの『ラッパの森』のラッパおばけのおはなし、
リトイマのお母さんが作ったおはなしなのです。
本当は『ラッパの花』と呼ばれる花がたくさん咲くから、
村の皆が何時の間にか『ラッパの森』という名前をつけたのでした。
この森はとても大切な場所。村の人々の暮らしには無くてはならないもの。
森には神様が住んでいるとも言われています。
でも、小さな子供には、少し危ない場所でもあるのです。
だからリトイマのお母さんは、かわいいリトイマが森に近付かないように、
おばけのおはなしを聞かせたのでした。
だから、おばけなんて、いないんですよ。

さて、2人はどんどんどんどん歩いて、とうとう『ラッパの森』までやって来ました。
初めて近くで見る森は、何だかとても大きくて、ひんやりしています。
「・・・なんか・・・知らないところみたいだ・・・」
「うん・・・知らない人がいっぱいいるみたい・・・」
いつも村からながめている森は、まるで知らない街のようです。
「お、おばけなんて・・・いないもんっ!」
ミイナが大きな声で言いました。そしてしっかりリトイマにくっつきました。
「リトイマ!怖くなんてないよね?でももしおばけがでたら、あたしのこと守ってね!」
「う、うん」
リトイマはしっかりうなずきました。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ、おばけなんかいない。ぜったいだいじょうぶ!)
そして2人は、ゆっくり、ゆっくり、森の中へはいってゆきました。

まだお昼をすぎたばかりだと言うのに、
森の中は薄暗く、お日様が木の葉と木の葉の間からしか見えません。
さくさくと草をふみながら、リトイマはだんだんドキドキしてきました。
自分がすごくおにいさんになったみたいな気持ちです。
ドキドキをおさえるために、大きく息を吸うと、土と木のにおいがする風が、
リトイマのなかにふいてきました。
「森の中っていいにおいがするね、ミイナ!」
思わずニッコリすると、ミイナがびっくりして言います。
「リトイマ・・・怖くないの?」
「うん!」
そこで、ミイナも息を吸ってみました。
「わあ・・・ホントだね!」
2人はおばけのことなんてすっかり忘れて、
ずんずんずんずん森の奥へ進んで行きました。

やがて2人は大きな木の前にやって来ました。
「すごーい・・・」
まるで、お城のような木です。2人はしばらくだまって木を見上げていました。
すると。

かさかさかさっ。
「きゃー!」
小さな音がしたかと思うと、ミイナが悲鳴をあげてリトイマに抱きつきました。

「わあっ!」
リトイマは物音よりも、ミイナの悲鳴にびっくりです。
「だれだっ!」
きりっとして、リトイマが音のしたほうを見つめると、
「きゃー」
というとてもかわいい声がして、草むらから誰かが飛び出してきました。
「出た!出たよ!お、おばけ!ラッパおばけ!」
ミイナはしゃがみこんでぶるぶる震え出しました。声が今にも泣き出しそうです。
リトイマはぐっと足をふんばって、飛び出してきた小さいものを見ました。
背の高さは、よちよち歩きの赤ちゃんくらい。
そう、ちょうど村の靴屋さんところのリルと同じくらいでしょうか。
頭に大きな金色の帽子をかぶっています。ラッパの花をかぶっているのです。
(いいわすれていましたが、ラッパの花はそれはそれはきれいな金色をしています)
「君、誰?」
リトイマはミイナの前に立って、小さいものにたずねました。
「ん?ん?わたし、ラッパの花の妖精」
何だかもじもじしています。リトイマはもう1度、聞きました。
「おばけじゃないの?」
するとラッパの花の妖精は、ぴょんぴょんはねながら言いました。
「ん?ん?ちがう、ちがうよ、おばけじゃないよ、いじめないよ、あそぼう」
言い終わると妖精は、リトイマに飛びついて、ほっぺたをすりすりしました。
「ん?ん?ごあいさつ、ごあいさつ」
妖精は、ふわふわして、とってもあたたかです。しかも、綿毛のように軽いんですよ。
「あははは、くすぐったいよ!」
リトイマはすぐにこの妖精がとても優しい、恥ずかしがりやさんだと分かりました。
「ミイナ、大丈夫だよ。この子、おばけじゃないって!」
リトイマはしゃがみ込んでいるミイナに声をかけました。
そこで、恐る恐るミイナが顔をあげると。
「ん?ん?こわくない、あそぼう、いっしょ、いっしょ」
妖精はぴょんっ!と勢い良くミイナに飛びつきました。
「きゃ!」
ミイナはもう1回びっくりしましたが、妖精がほっぺたをすりすりしてくると、
くすぐったいのとおかしいので、笑い出してしまいました。
「あはははは!ホントだ、ね、リトイマ、おばけじゃないね!」
「うん!」
「ん?ん?そう、おばけじゃない、たのしい、たのしい、あそぼう」
「うん!」「遊ぼう!」
3人は手をつないで森の中を走り出しました。


妖精はこの森のことをとてもたくさん知っていました。
美味しい木苺がたくさんあるところ。
ぴかぴかのガラス窓のような泉。
森の木や草の名前、動物の名前。
妖精のしるしの見つけ方。
木と土と水と風と太陽へのお礼の仕方。
どれもこれも、2人が知らなかったことばかり。
リトイマとミイナは夢中で妖精の後を追いかけました。
そして、2人は2人で、妖精に自分達のことをたくさん教えてあげました。
好きな食べ物。
お父さんとお母さんのこと。
村の皆のこと。
2人がどのくらい良い子で、どのくらい仲良しなのか。
そして2人が、どのくらい妖精のことが大好きになったか。
妖精も、おおはしゃぎです。

でも、冒険は、夕方まで。
暗くなる前に帰らないと、お父さんやお母さんに怒られてしまいます。
「楽しかった!今日は、すごく、すごく、世界で1番楽しかった!!」
「うん!ホントに!」
3人は泥だらけで、手足も顔もお洋服まで真っ黒でしたが、
それに負けないぐらいニコニコしていました。
「ん?ん?うん、たのしい、しあわせ、しあわせ」
妖精も、ニコニコしています。
「じゃあ、またね!」
「明日も遊びましょ!」
「ん?ん?さよなら、ばいばい、またあした」
森の出口で、3人はお別れしました。

「あー!楽しかった!ね、リトイマ。今日はいろんなこと、おぼえたよね?
あたし、何だか魔法使いになったみたい!」
ミイナがスキップしながら言いました。
それを聞いてリトイマはちょっとだけ考えました。
いろんなことがわかった今、森はもう怖い場所でも、おばけの住みかでもありません。
「リトイマは?リトイマも魔法使い?」
ミイナがじっと青い眼でリトイマを見つめます。
「僕は・・・」
リトイマは今日1日で、少し強くなった気がしました。
大きくなった気もしました。
「僕は勇者!勇者リトイマだ!!」
力強く叫んで、リトイマは駆け出しました。
「勇者!?すごーい!!」
ミイナが笑いながら並んで走り出します。
そしてそんな2人を、夕焼けの太陽が、のんびりと追いかけてゆくのでした。

おしまい


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