それは落ちてもかぐわしい。
いついつでも、どこどこでも。

―金木犀―

雨を受け止めきれない道を歩いて帰る。
足の裏に薄く噛みつく水を感じながら、
だんだんと歩みが速くなる。

私を守る家に帰りたい。

その道沿いには金木犀の木が連なり、
橙色の星のような花が降り注ぐほどにある。
雨に落とされ水に張り付く花は、
スイスイと私の靴に寄ってくる。

…あの匂いがする。

足を止めて目を閉じて耳を塞いで。
そうすると本当にあの匂いだけが私を満たす。

ああ、この花は本当に綺麗だなぁ。
例え小さな手に無造作に千切られても、
冷たい雨に落とされても、
その色も香りも目映いまま。

もし、今こうしている私が、
明け方の夢のように冷え切って、
そのままここに倒れ伏したら、
夜露が私の皮膚を穿ち、
次に来る太陽がその下まで熟させる。
私はきっと潰れるようにして、
ここから消えるに違いない。

後に、ひどい臭いだけを残して。

この花のようにきっと、
骸までかぐわしければ、
髪を撫でてくれる人が、
てのひらに口付けてくれる人が、
額を合わせて笑ってくれる人が、
必ずいるんじゃないだろうか。
そうでないから私には、
きっと誰もいないんじゃないだろうか。

霧雨を身にまとい、
竜の声に似た冷気の音を聞きながら、
涙を堪えて私は帰る。

足の裏で橙色の星が瞬いている。


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