農夫ミラーズは友達の頼みを聞いて、ハロウィンの国を目指す。
腕に、小さなカボチャを抱えて。

「「「Trick or Treat ???」」」

「うーん。」

高いところにゆっくりと昇って、急に落とされたような感覚だった。
大の字になって倒れていたミラーズがぼんやりと起き上がると、
周りから木のざわめきと小鳥のさえずりとオーケストラと手拍子を全部一緒に鳴らしたような音がした。
「な、なんだ、なんだ。」

気付けば奇妙な子供達に取り囲まれている。

「お菓子くれないと悪戯するぞ!何で人間なのにここにいるんだよ?」
と、ヴァンパイア風の少年がいえば、
「あらぁ。でもぉ、この人ぉ、精霊の靴をはいてるわぁ?」
と、幽霊風の少女がいう。
「おまけに、ジャック・オー・ランタンの赤ん坊を連れてるぞ。」
と、ミイラ男風の少年がいえば、
「この人、古い家具のにおいがする。ブラウニーの友達だわ!」
と、悪魔風の少女がいう。

「「「それで、お前は誰なんだ?」」」

ずいっと迫られ、ミラーズはぽかんとした表情のまま応えた。

「ええと、おれはミラーズ。友達に頼まれて、このランタン坊やをハロウィンの国へ送っていくんだ。」
「にゅーにゅ!」
いつの間にか懐に隠れていたランタン坊やが顔を出し、ふわりと浮かび上がると、
子供達とミラーズの間に立ちふさがった。
短い腕を一生懸命広げ、ミラーズを守ろうとしている。

「にゃ!みー、め!め!」

鮮やかなオレンジ色の顔を赤くして、小さなカボチャは子供達を威嚇した。
「何だ。それなら、ここがハロウィンの国だよ!」
「カボチャ畑はぁ、あっちだよぉう!連れてってぇ、あげるぅ!」
「『暦の靴』を履いてるんだもんな、悪い奴なはず、ないよ。」
「できれば、お菓子を持っててくれれば1番良かったんだけどね!」
子供達は口々にいいながら、ミラーズを立たせ、ランタン坊やを抱え、手を引いて歩き出す。

「おお。親切に、ありがとう。ランタン坊やも、ありがとう。」

すっかりこげ茶色に染まった暦の靴で歩いていくと、広大なカボチャ畑に辿り着いた。
「これはすごいな。僕の畑がいくつ入るだろう。」
ミラーズが素直に驚いていると、向こうから象ぐらいの大きさの大きなカボチャがやってきた。
「や、や。ものすごいのが、来たぞ。」
驚くミラーズの前で立ち止まると、象カボチャはもともと笑顔なところをもっと笑顔にして、
思っていたよりずっと落ち着いて深みのある低い男の声で話し始めた。
「ミラーズさん。ようこそ、ハロウィンの国へ。私はこの国の王、キング・ランタン。
貴方が連れてきてくださったのは、私の57番目の息子、ミラクル王子です。」
「ぷー!ぱぱー!」
小さな王子はクラッカーのように飛び出すと、父王の胸に飛び込む。
「悪魔の悪戯で、種だったこの子が人間の畑へ連れて行かれてしまった時は、
それはそれは心配したのですが、
心あるブラウニーが貴方のことを教えてくれたのです。
貴方ならきっと、王子を立派に育て、この国へ連れてきてくれるだろうと。」
小さな息子を抱き締める父は、幸福と感謝に満ちた声でミラーズにいった。
「そうだったんですか。いや、お役に立ててよかった。坊やも喜んでいるようだし。」
ミラーズは微笑んだが、ふと坊やとの別れに気付いて、口をつぐんだ。

「じゃあ…、僕は、これで。」
胸の中で寂しさがどんどん大きくなってゆく。
ミラーズが立ち去ろうと後ろを振り向くと、ものすごい数と種類のカボチャに囲まれていた。
「うわっ。」
カボチャ達はみな、最高の笑顔で口々に歌いだす。

「そんなに慌てないで。」
「私達に、おもてなしの時間をください。」
「王子様を連れてきてくださった貴方。」
「可愛い弟を助けてくれた貴方のために。」
「今日、このハロウィンを一緒に過ごさせてください。」
「そして、王子に別れの挨拶と再会の約束を。」

「再会の…約束?」
ミラーズが不思議そうに繰り返すと、カボチャ達が歌を続けた。

「その通り。」
「季節は巡り、ハロウィンは何度でも来る。」
「命の営みの終わらぬ限り。」
「この世界が終わらぬ限り。」
「貴方が世を去るその日まで。」
「貴方が去ったその後も。」
「私達の縁は消えないのです。」
「生まれた絆は死なないのです。」

ミラーズは微笑んだ。
そうなんだ。農夫である自分が、そんな大切なことを忘れてしまうなんて。

(ランタン坊やとの別れがよっぽど寂しいんだな、僕は。)

カボチャ達の目の奥で、灯火が揺れる。

「さあ、踊りましょう。」
「さあ、歌いましょう。」
「さあ、食べましょう。」
「さあ、飲みましょう。」
「邪悪なものは、締め出しましょう。」
「そして、よいものに感謝しましょう。」
「さあ、踊りましょう。」
「さあ、歌いましょう!」

宴が、始まった。

黒とオレンジ、星の光と炎、笑い声と奇声、北風と南風が混ざり合う中で、
ランタン坊やがミラーズの元へと飛んできた。

「みー?」
「ん?ああ、それ、僕のことなのかな、ランタン坊や。」
「ん!」

小さな手を、ありったけの愛しさを込めて握る。

「坊や、これからはお父さんやお母さん、兄弟達と仲良く暮らすんだぞ。
そして立派な大人になって、ハロウィンの国をもっともっと幸せにするんだ。
来年のハロウィンに、また会いに来るよ。
友達に『暦の靴』を借りてね。」

ぎゅ、としがみついてくる小さな子を、いつまでもいつまでも撫でていたかった。

「みー!ちゅき!」
「ん?月?」
ぽんぽんと弾みながらいうカボチャ坊やに、ミラーズがたずね返すと、
小さな王子は千切れんばかりに頭を振った。

「にゃー!ちゅき!みー、ちゅき!」

ミラーズはしばらく考えていたが。

「…ありがとう、坊や。僕も、君が「好き」だよ!」

ハロウィンの国に、笑顔が実った。



おしまい。お付き合いくださり、ありがとうございました。


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