農夫ミラーズは友達の頼みを聞いて、ハロウィンの国を目指す。
腕に、小さなカボチャを抱えて。
気付けば夜の中にいた。
さらさらと髪をすき、指の隙間を通り抜けていく風。
乾いた絹糸の中に身を預けているような感覚に、ミラーズはうっとりと溜息を吐いた。
「秋の夜はいいな。こんなに穏やかな夜は、他の季節にはないよ。」
「ぷにゃー。」
腕の中のハロウィンの子供が、しきりに空を指差す。
「ん?どうしたんだ、ランタン坊や。」
「んんー…ちゅー。きー。」
今までとは少し違った言葉に、ミラーズはおや、と腕の中を見下ろした。
「坊や。今、何ていったんだい。」
「ちゅーきー。ちゅきー。」
舌足らずに、何度も何度も繰り返す言葉の意味は、改めて聞けばすぐにわかった。
「ああ…「月」っていってたのか。すごいな。言葉を話したぞ。」
ミラーズの細長い腕が、カボチャの子を高く持ち上げる。
「えらいな坊や、ちゃんと「月」がわかるのか。」
「にゃー!うにゃー!ちゅきー!」
ランタン坊やの目がぼうっと光る。ユーモラスな表情の奥で揺れる喜びの光は優しい。
その時、頭上を光が満たした。
「ん?」
人間の男と魔物の子は空を見上げる。
空の1部を占拠する巨大な月があった。
発行する白と灰色。斑模様の円盤は、ぐんぐんと近付いてくるようにすら思える。
光に、飲まれる。
(月に、食われそうだ…。)
ミラーズの目と月が重なる。
眩しすぎて見つめるなんてとてもできない筈なのに、目が離せない。
(お月様。この子は、1番最初にあんたの名前を呼んだんだよ。
あんたのことが好きなんだ。だから、この子は食わないでおくれよ。
ハロウィンの国で、この子の家族が待っているんだから。)
それは祈りのような、他愛のない空想のような。
腕の中の温もりが奪われないように、
今までで1番強く抱き締めて、
そして今までで1番強くしがみついてくる小さな命を感じながら、
ミラーズは空へと吸い込まれていった。
月が、昇った。
次回最終話。