それは、昔むかしのお話。



そんなには大きくないけれど、小さくもない、大きなまるい目をした魚がいて、
ひとりぼっちで泳いでいた。
豊かな水の流れの中に、最初は仲間達と一緒にいた筈だったのだけれど、
気付けば独りになっていた。


魚はそんなに強い気持ちを持ってはいなかったけれど、
全く寂しいと思わなかったわけでもなくて。
でも独りになって初めて、自分の鱗やその下までも、
ひだひだと入り込んでくる水の心地良さに気付いた。



この身体、流線型の灰色銀色の身体が、水の流れを感じている。



心地良い。



やがて魚は、自分から水の流れを作ることができるのだと気付いた。
望む方向へ生まれる流れ。
深く蒼ざめて濁り澱む世界、けれど腹の下には真白の砂。揺らめく水草。



水の中にも朝が来て、昼が来て、夜が来て。
千変万化の世界の中で、魚は確かな意志を得た。



隣に誰かがいればいいのに。



私が群れならばいいのに。



そう、私は独りで生きる者ではない。なかった。そうだった。確かに。



意志は、願いは水に溶け出す。



青々と揺れる水草。
輝く砂礫。
水は清く、あのきらきらしているのは水面。
私には友が在り、また敵も在る。
私達を生かす餌が必要だ。
私達を糧として生きる何者かもいる、筈。



上に、行ってみよう。



ぐんぐんと煌きを目指して泳いだ魚は、初めて水から顔を出した。
そのまま砂をのぼり、土を歩き、岩の上に身体を休める。



水流の代わりに風を得た。
澄んだ陽光が、ぽかぽかと身体を温めてくれる。



ああ、もっと仲間が欲しい。



魚が泳いできた水流を辿って、水の中には仲間達が増えていた。



今度は、土の上に仲間を探そう。



そんなには大きくないけれど、小さくもない、大きなまるい目をした魚は、
鰭を使ってがしりがしりと歩き出した。




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