今日、親父から仕事を受け継いだ。
ウチは代々、空に月を掲げる仕事をしている。
月というのはあんな風にクレーターだらけに見えて、
その実とても繊細にできている。
繊細だから、あんな風にキズだらけになってしまったんだ。
だからこれ以上傷付かないように、そっとそっとゴンドラに乗せる。
この時、眠っている月を起こしてしまうと厄介なことになる。
太陽が完全に遠ざかる前に月が目覚めると、
太陽のあまりの眩しさに怒り、赤くなってしまうからだ。
実際、俺がまだ見習いの頃、それをやってしまって大変だった。
月を見上げる人々の不安そうな顔。
以来、誰かが赤い月を不吉だというようになった。
ゴンドラに乗った月は、ゆっくりと昇っていく。
落とさないように。
優しく。
そうっと。
気の短い俺にとって、1番キツイ作業だ。
正確な時間と速度でもって、
月が空に昇る。
太陽との距離が正しくなると、ようやく月は輝きだす。
夜はまだ終わらない。
上げたものは、降ろしてやらねばならないからだ。
上げた時と同じように、月をゆっくりと引っ張る。
これも神経をつかう作業だ。
特に、夜明けが近くなると月がぐずりだすので、
なだめながら降ろしてやらねばならない。
北半球で月を沈めたら、次は南半球の月の元へ行かねばならない。
この仕事は休み無しだ。
唯一、新月の時を除いては。
けれど嫌だと思ったことはないし、
辞めようとも思わない。
天空に輝く月を見上げると、
その美しさに全て吸い込まれてしまう。
「なら、安心だな。」
親父はそういって、俺に月のゴンドラを動かすための鍵をくれた。
今日から俺が、月の番人になる。
終