その日は最悪だった。天気は台風。
土砂降りの雨に降られて、頭のてっぺんから足の先までずぶ濡れになった私は、
不機嫌さを露にして電車に乗り込んだ。
(・・・ジージャンが重い・・・)
雨季の仙人掌のようにたっぷりと水を吸ったジーンズの上着は、
この季節には欠かせないものだったが、今日ばかりは脱ぎ捨ててしまいたい衝動にかられていた。
(早く家に帰りたい)
家に帰ってシャワーを浴びて、温かい珈琲を飲んで・・・。
降車駅はまだ遠い。
鞄の中には教科書とノート、筆記用具と空のペットボトル。
これでどうやって電車内の暇な時間を潰そうか、と本気で考えたが、すぐに止めた。
まだ座っていたなら、眠るということも出来たけれど、ドアにもたれかかって立っている今の体勢じゃ、
それも出来ない。
「ふぅ」
溜め息も虚しさを増すだけだ。
何気無く窓を見た。
無数の水滴が張り付いて、流れ去って行く。
(・・・?)
ふいに水滴が、鳥のシルエットに見え始めた。
無数の渡り鳥達に。
(・・・!)
刻一刻と変わる風景が、鳥の視点を与えてくれる。
強い風に乗って、透明な鳥達は目的地を目指している。
だが時に力尽きた者が、一筋の流れとなって消えてゆく。
数え始めてから15羽目が落ちた次の瞬間、電車が地下に入った。
地下鉄のトンネル。世界が漆黒に変わり、鳥達はその闇の中を飛び続ける。
私は窓の中央を飛んでいる或る1羽をじっと見つめた。
この鳥は目的の場所に辿り着けるだろうか。
(頑張れ・・・)
それは、ひどく現実味を欠いた風景。
目の前に在るのは南の島も酷寒の北の大地でもなく、ただ無機質なコンクリートの壁。
それでも。
窓という名の空の中、雨粒という名の透き通った鳥達が飛んでいた。
がくん、と体が振られて、私は降車駅に辿り着いた事に気付いた。
(あ・・・!)
ドアが開く。目の前から渡り鳥達が消える。
沢山の人達が次々と電車を降りる。
私は夢から醒めたような心地のまま、駅のホームへ足を踏み出した。
人込みの中、1度だけ振り向くと、雨に濡れた金属の車体が音を立てて走り去っていった。