無音の大気。正確無比な機械の鼓動。凹凸の無い明かりに照らされた広い空間は一様に青く冷たい金属が敷き詰められている。
吐息の行く先が見えるような気がする。隠された視界の中にはただ1人の女性。
彼女を「女」とは呼びたくない。いついかなる時も、彼女には紳士的に接してきたつもりだった。
胸を焼く思いは麻酔薬のように醜く甘い。それを覆い隠して。

目の前にローザがいる。

その華奢で、たおやかに柔らかい身体を鋼鉄の柱に無粋な縄で縛り付けたのは自分だ。支配者の声に導かれるままに。

ローザの頭上には、断頭の刃がぎらついている。

きっと潰れるだろう。あれが落ちたら。
たなびく金髪の、小さな頭は斬れるだけでは済まされない。
きっと潰れる。
潰れてしまう。

ローザは目を閉じている。
綺麗な唇が微かに動いている。祈りの声は小さいが確かだった。
違えることなく紡がれる愛の歌。
そして。

「セシル…。」
蜜色の声。彼女の髪と同じ。

その名前が甘く優しく聞こえるのは、ローザの口から発せられた時だけだ。
祈りを結ぶ神の名の次に来る名前。
その祈りは彼の為の祈り。

祈りは繰り返される。

ゆるやかな祈りの中に漂うローザこそ女神だと心底思う。
だから触れられない。
例え衣の裾であっても、黄金の髪の一筋であっても。

彼女に側にいて欲しかったから、彼女をここに縛り付けたのに。

彼女の目は閉ざされている。
最後に目が合ったのは、断頭台に縛り付けたその時。

「カイン…、どうして…?」

彼女の頬が紅潮して、
眼差しが怒りに燃えて、
薄紅色の唇を罵りの言葉が彩ったのであれば、
沈黙の為に飲み込むように口付けるくらいしただろうが。

彼女の頬は青ざめて、
眼差しは憂いに潤み、
薄紅色の唇は縋るような声で名前を呼んだだけで。
背を向けることしかできずに。

今もただ見つめるだけで。
それ以上は望まない。

無音の大気。正確無比な機械の鼓動。他に動くものの無い塔の最上階で、竜騎士と聖女はただ1人の男を待っていた。


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