毎日、一生懸命生きている。
時々、友達とくっついて、茂みに隠れて。時々、洞窟の岩陰に隠れて。時々、木の洞に隠れて。
お日様が出てくるのと同時に外に出て、お日様がさよならするのと同時に眠る。
僕達の暮らしは、人間と一緒。だから、僕達は昔からお互いのことをよく知ってた。
いい人、一杯いるんだ。僕達が、あんまり強くないって知っていて、いじめない人。
時々、ご飯をくれたりもする。
でも、馬鹿にする人達もいる。武器を手にして、僕達を追いまわす人も。

「強くなりたい」
そう言ったら、笑われた。ホントの気持ちなのに。ぼくもいつか、『勇者』みたいに強くなりたいのに。
人間の、『勇者』。
ずっと昔、人間になりたくて、勇者の仲間と知り合って、本当に人間になった仲間がいたそうだ。
僕は別に、人間にはならなくていい。
僕は、僕のまま、強くなりたい。

…洞窟の中は、昼間から薄暗い。夜になれば、周囲も見えなくなる。
もっとも、それは人間にとっての話であって、モンスター達には関係の無い話だったが。
「あーあ、お腹空いたぁ」
スライムのピエールは、小さく欠伸をして、溜息をついた。
『最近この近くに人間が現れるらしい』
仲間内で密やかに囁かれている噂のせいで、食事をしたくても、外に出られないのだ。
(人間なんて、何処にだっているじゃないか。今更そんなにビクビクしなくたって)
そうは思うのだが、実際外に出ようとして、人影を見つけた時、気が付けば一目散に逃げ出していた。
ピエールは、人間が嫌いではなかった。むしろ、話をしたいとさえ思っていた。
彼等は、自分達魔物が知らない、様々な物語を知っている。
そういう物語を聞くと、何故か心がドキドキするのだ。
時々彼は、こっそりと人間の町に忍び込んで、旅人や詩人が語る物語を聞いた。
大概が魔物退治の話だったけれど、
中には大昔の王国の話や、素晴らしいアイテムの話、神様の話等、
信じられないような話も沢山あった。

その中でも特にピエールが好きなのは、子供の頃に聞いた、旅の魔法使いが話していた
『導かれし者たち』の話だった。
勇猛果敢な戦士。お転婆な王女。そのお目付け役の神官と、老魔術師。
人の良い商人に、美しき踊り娘と占い師の姉妹。
そして、勇者。
天空人の血を引く青年の下に集い、数々の難関を力を合わせて乗り越え、魔王を倒した英雄達の物語。
聞いている内に、どうしようも無いほど気持ちが昂ぶって、思わず飛び出しかけてしまい、
慌てて踏みとどまった。
叫びたくなるのを堪えて街を出たその夜は、眠れなかったのを覚えている。
(勇者…!ああ、何てスゴイんだろう!!)
その日から、ピエールは強くなりたいと真剣に思うようになった。『勇者』のように、強くなりたい、と。

「僕がもっと、もぉっと強かったらな。悪い人間がいても負けないのに」
口に出して言うと、少しだけ寂しくなった。
これでも一生懸命努力して、スライムの中では結構強くなったと思っている。
しかし今の自分程度では、勝てないものは沢山ある、ということはピエール自身が1番良く分かっていた。
「…やっぱり、スライムが強くなるなんて、無理なのかなぁ…」
今までに、何度か考えたことだった。例えば、天気が悪くて外でトレーニングが出来ない時。
通りすがりの魔物に馬鹿にされた時。
誰かが「スライム程度、100匹来ようが大丈夫」とか言っていた時。犬に追いかけられた時。
「はぁ」
溜息をついて、ピエールはふるふるっ、と身体を震わせた。そうすると何だか急にムシャクシャしてきて、
ピエールはぽよん、ぽよんと辺りを跳ね回りながら呟いた。
「大体、まずこの体形からして弱そうだもんな。まんまるで、怖い顔しようと思っても笑っちゃうし、
触るとぷにぷにしてるし! 他の魔物よりも小さいし…」
だんだんと声が小さくなる。
飛び跳ねるのを止め、もう1度溜息をついたその時、何者かがピエールの前に現れた。
「!?」
反射的に身構えたピエールの前に立っていたのは、小さな騎士だった。

(え?)
ピエールは、その騎士のことを知っていた。
何故ならその姿は、ピエールが日々思い描いていた『勇者』そのものだったのである。
「キ、キミは…?」
恐る恐る尋ねると、騎士はゆっくりとピエールに歩み寄り、手を伸ばしてピエールに触れた。
(私は、ピエール)
頭の中に、強い意志を秘めた声が響き渡った。スライムのピエールは驚きのあまり、
丸い眼を更に丸くして言った。
「何だって?キミの名前も、ピエール?」
(そう。私は、貴方だ)
頑丈そうな鉄仮面の奥から、じぃっと見つめられているような気がして、ピエールはドキリとした。
騎士の手は、手甲越しにも関わらず、温かい。
「どういうこと?キミは一体、誰なの?」
声が震えるのを止められぬまま、ピエールは再び尋ねた。
すると小さな騎士は、もう片方の手も伸ばし、ゆっくりと語り始めた。
(貴方は望んでいた。『勇者』のように、強くなりたいと。その想いが私を生んだ。
貴方が望んだ貴方、それが私なのだ)
「つまり…僕の『強くなりたい』っていう気持ちが、キミなの…?」
(そうだ)

それは、嘘みたいな、本当の話だった。
これを『奇跡』と呼ぶのだろうか。

(『ピエール』はもう、『スライム』じゃない。これからは、『スライムナイト』だ)
スライムの、透き通った身体が震えた。
「ナイト…騎士!」
そして、涙が零れた。
自分の『強くなりたい』という気持ちが偽りでなかったのだと分かったことが嬉しくて。
「う…うわーい!!」
ピエールはもう1人の自分に思い切り飛びついた。普通の人間よりは小さな身体。
しかし、それは確かな存在感を持って、スライムの柔らかい身体をしっかりと受け止めると、
はっきりと言った。

「さぁ、行こう。洞窟の外へ。新しい場所へ」
「う、うん!!」
小さなナイトは興奮に打ち震えるスライムにまたがると、シャキン!と小気味良い音を立てて剣を抜き放った。
それを合図にして、スライムは勢い良く洞窟を飛び出す。

時は春。
大きな世界の片隅で、新たに小さなスライムナイトが誕生したことを知る者は、まだ、無い。


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