この夏はとても暑く、
遂に干からびた蚯蚓の躯を足元に眺めながら、
わたくしは今日も街灯の下で、
あのひとを待っておりました、

わたくしが此処に在ること、
それを知るのは今や蜩だけなので、
わたくしは誰にも気兼ねすること無く、
じいっとあのひとを待っておりました、

あのひとは最早遠く、
かつてわたくしという者がお側に居たことすら、
忘れてしまったやも知れません、
あの人は今はもう穏やかにやさしく老いて
ちいさなちいさな男の子に手をひかれて、
この道を散歩するのです、

おじいちゃん、

男の子はあのひとをそう呼びます、
そのなんと愛らしいことでしょう、
そしてその声に微笑むあのひとの、
なんとやさしいことでしょう、

ニ人仲睦まじく、
ゆったりゆったり歩いてゆく様の、
日溜りのような穏やかさ、
そのわずかな温もりすら、
今は届かぬ我が身、

悲しいとは思わなくて、
むしろ長い時がすぎても、
あのひとの傍らにこうして佇んでいられることが、
わたくしの最も大きな幸いで、

そうしてあのひとが過ぎたこの道に、
焼き付けられた蚯蚓の躯を、
溜め息を吐いてみつめるわたくし、

わたくしの躯は今頃、
土の中で蚯蚓の寝床となっているでしょう、
それもまた、今のわたくしの、
大きな幸いの一つ、なのです。


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