身体が1枚1枚落ちて行く。
私は見送る、それを。
ひら、ひら、ひら、
はら、はら、はら、

桜の枝は、横たわる私を容易く受け止めてくれている。
息継ぎを繰り返し、瞬きを2度、3度。
はあ、はあ、はあ、
ぱち、ぱち、ぱち、

春告げ鳥が鳴いた。今年の子は、とても上手だ。
もう1度鳴いた。
私の上に居る。私の腕の上で、鳴いている。
幸せ。
その間にも身体は落ち続け、魂も剥がれて行くけれど、私は微笑んだ。

もう1度、春告げ鳥が鳴く。
私は、微笑んだ。

「片(ひら)よ、片」
耳元で囁く声がする。私は半ば閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。
「萌黄(もえぎ)・・・」
緑なす黒髪の桜の葉は、そのほっそりと長い指に私の髪を絡めながら、
気遣うように囁きを繰り返す。
「辛いか」
これから出づる桜の葉は、その喜びを露にもせず、憂いを湛えた眼差しで、
散り行く私を見つめていた。
「いいえ、萌黄。決して辛くなどありませぬ。巡り来る次の春まで、ただ地に帰る、
それだけのこと」

それに、去り行く前に、貴方に会えた。

声で無く、散り行く我が身に霞む眼で言うと、萌黄は春霞の如く微笑んで、私を抱き上げた。

「しばしの別れだ、片」
「あぁ、萌黄・・・春告げ鳥が呼んでいる。貴方はもう行かなくては」
それでも止められぬ名残惜しさから、互いに互いに頬を寄せ、私は眼を閉じた。
ほんのりと、若葉の香りがした。

若葉萌える桜の上で、春告げ鳥が、鳴いた。


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