「今日は、朝からひどい目にあった」
「まったく……」
机でぐったりする二人のもとに、三好と上田がやって来た。
「よう、チョコキング」
おかしそうに、海堂の髪をくしゃくしゃと撫ぜる。
「やめっ」
キッと睨むと、三好は笑って
「知ってるか?チョコキングはホワイトディには校門の前に立って、王子様のカッコで集まった女の子たちにお返しのキャンディ配るって」
三好の言葉に、海堂は愕然とした。
ゆっくり高遠の顔を見ると
「そういや、去年ホワイトディの朝、校門前で誰かが何かやってたな」
「なんだよっ、それはっ!!」
海堂は立ち上がると、生徒会室に怒鳴り込みに行った。

「俺は、ぜぜぜったいっ、ホワイトディに飴配りなんかやんねえからなっ!!」
「おや」
生徒会長本田は、眼鏡のフレームの位置を整えながら振り返って、
「それは、困ったね」
と、あまり困ってなさそうに応えた。
「でもまあ、海堂君が辞退するって言うなら、高遠君の繰り上げ当選ってことになるのかな」
「なっ?」
「ふむ。彼の王子様ルックも、なかなかいけそうだ」
海堂の脳裏に、高遠がニッコリ微笑んでキャンディを配る図が浮かんだ。
大勢のセーラー服に囲まれた王子様姿の高遠。
「だっ、だめだっ。だめだめだめっ!!」
海堂はまっ赤な顔で怒鳴り散らす。
「何で、高遠なんだよっ。他にもいるだろっ?」
本田はふふっと笑って言った。
「例えば君のお友達の三好君とかね、ちょっとでも危ないって自分で感じた人間は、バレンタインディの正門前は全速力で駆け抜けているんだよ」
「………….」
「駅前で屈伸運動をしていた連中を見なかったかい?」
そういえば今朝、かなり顔の良い男子生徒の集団が、駅前のロータリーでアキレス腱を伸ばしているのを見た。
「あれは……そういうことだったのか……」
「君たちは立ち止まってしまったから、その逃げた男子に渡せなかった分まで引き受けてしまったんだね。まあ、知らなかったんだからしょうがないねえ」
海堂は唇を噛んだ。
(三好の野郎っ、知ってたんなら何で俺たちにも教えなかったんだっ!!)
「高遠も辞退したら?」
「ぶぶーっ。辞退は正当キング一代限りです」
たった今本田の作った決まりごと。
「どうする?辞退して、高遠君に代わってもらうかい?」
「それは……」
嫌だ。
自分がそんなことするのも嫌だが、大好きな高遠がそんなことしたら――嫉妬で死んでしまう。
「だったら……」
俺がやると言おうとしたとき、生徒会室のドアがあいた。
「失礼します。会長」
三好が紙袋を持って入って来た。後ろには高遠が立っている。
「今朝の、チョコエッグ、じゃなかったチョコキングの件ですけど、実は不当でした」
「何?」
「この二人が預かってきたチョコレートですけど」
「預かった?」
三好の言い回しに、本田が眉を顰めた。
「ええ、預かった」
三好は紙袋からチョコレートを取り出した。
「ほら、チョコには全部カードが入っていて、宛先が書かれています」
「む……」
「高遠たちは預かって来ただけですから、カードにしたがって正当な受取人に配りますと、チョコキングは、2―Aの京本になりますね」
「なるほど」
「ああ、ちなみに本田会長あてのもずい分ありました」
ニッコリ笑う三好。
「さすがだ。三好君」
ニッコリ返す本田。

そのころ2―Aの京本は何も知らず友人達と遊び呆けていた。


「助かったぜ、三好」
高遠が笑う。
「でも、三好が最初から教えてくれてりゃ良かったんだよ」
海堂は唇を尖らせる。
「悪かったよ。だから考えてやったんじゃねえか」
三好は何故かご機嫌だ。
「それにしても、あの京本がそんなにモテるとは意外だったな」
「え?」
三好が振り向く。
高遠は笑顔のままで
「だから、こういっちゃなんだけど、あの京本にそんなにチョコが集まるなんて……」
と、そこまで言ったところで、三好が吹き出した。
「んなわけ、ねえだろ」
「はい?」
高遠も海堂もきょとんとした顔。
「京本には、前回ラグビーでひでえ目にあわされたから」
「あ、体育の?」
合同体育の対抗戦、京本に突き飛ばされた三好がひどく怒っていたことを高遠は思い出した。
「だから、ハメてやったんだよ。カードなんていくらでも書きかえられるだろ?」
クックッと笑う三好。
「百キロの王子様なんて見ものだな」
言葉の無い二人。

そのころ、身長百六十、体重百キロの京本は、本当に何も知らず友人達と遊び呆けていた。






ご挨拶