演劇部を選んだのは、入学式の翌日の歓迎オリエンテーションで、その人を見たからだ。
二年の梅若由紀夫先輩。
演劇部の演目は『ハムレット』だった。
そこでオフィーリアを演じた梅若先輩に、俺は一目惚れしてしまった。
男の人とは思えない綺麗な顔。気高く美しい立ち姿。けれども、俺の心を掴んだのは、外見的な美しさだけじゃない。梅若先輩の身にまとう舞台人のオーラだ。一目見たら、だれもが釘付けになる。
気がふれたオフィーリアが花を摘みながら、川に入って死ぬシーンは絶品だった。
(あの梅若先輩と一緒の舞台に立ちたい!)
俺は、演劇部の扉を開けた。


そして入部してすぐに気が付いた事がある。
舞台の通し稽古の間、梅若先輩は、部室の隅でぼうっとそれを眺めているだけで、決して参加しなかった。
「梅若先輩は、稽古はしないんですか?
俺が尋ねると、
「いや、してもいいんだけど……」
と、気のない返事。
「まあ、すんなって言われてっからさァ。やんねえのヨ」
美しい顔に似あわない江戸っ子なしゃべりだ。
「でも、俺、梅若先輩が演じているところ見たいです」
「そおか?」
「はい、あのオフィーリア、最高でした」
梅若先輩はまんざらでもない顔で笑った。
「あれ、やってください。ハムレットが狂ってしまったと思って嘆くシーン」
「じゃ、ちょっとだけな」



ああぁぁ!はむれっとさまが、狂っておしまいになったぁ!!あのけだかい魂が、狂ってぇおしまいにぃぃ



狂ってんのは、お前じゃああっ!!

と、思わず叫びそうになった。
稽古を中断した部員がバラバラと駆け寄り、梅若先輩を押さえ込んだ。

「きみっ!」
髪の長い端正な男が、厳しい顔で俺を見た。
「今のことは、絶対に部外には洩らさないでくれよ」
「は、はい……」

後から聞いた話によると、梅若先輩は、稽古と本番であまりにも出来が違っていて本番しか立たせてもらえないらしい。
それまで何度か通し稽古にもチャレンジしてみたけれど、梅若先輩のところで止まってしまう。
ついたあだ名が『舞台稽古あらし』

どうも本番の舞台に立ったときだけ、何かに取り付かれるイタコ体質らしい。




続く