他の小児悪性腫瘍に比べると、肝芽腫の治療はいまだに手術が中心です。
かつては手術による切除だけが有効な治療と考えられていましたが、現在では化学療法が有効であることが明らかとなり、手術と化学療法を組み合わせて治療が行われるようになっています。しかし化学療法だけで治癒した肝芽腫症例の報告はきわめて少なく、少なくとも治療のどこかの地点で切除を行わない限り長期生存は難しいと言うことができます。
                        (『手術』の項の文と図 : 橋都浩平(小児外科専門医。東京西徳洲会病院総長。)) 

 

1. 肝臓の解剖
2. 手術に対する基本的な考え方
3. 実際の手術
4. 術     後
5. 終わりに



  1.肝臓の解剖 

肝臓の手術を理解するためには、肝臓の解剖を知らなければなりません。
肝臓が他の臓器と大きく違う点は、
門脈という血管から大量の血液が流れ込んでいることです。普通の臓器では動脈から血液が流れ込み、静脈から出て行きます。肝臓ではこの他に門脈から血液が流れ込んでいるわけです。
門脈は腸とすい臓、脾臓からの血液を集めており、
腸や脾臓の静脈全部が集まったものが門脈であると考えればよいと思います。これは腸から吸収された栄養素を身体が利用できるように変換する働きを肝臓が持っているからです。

肝臓の働きはこの他にもいろいろあり、ここで詳しく述べることはできませんが、胆汁を作ることは一つの重要な働きです。この胆汁を集めて十二指腸に誘導する管が胆管です。動脈、門脈、胆管が肝臓に入っていく場所(胆管は厳密には出て行く場所ですが)は、1ケ所に集まっており、ここを肝門部と言います。これに対して静脈が出て行く場所は肝門部から少し離れています。(図1)
1の胆管、2の肝動脈、3の門脈、この3つが集まった部分が肝門部です。上のほうの小さな矢印3つが肝静脈です。
肝臓には外から見てよく分かるくびれ(水色の矢印の実線)がありますが、これが右葉と左葉の境目ではありません。実際の境目は点線です。

肝臓は門脈、動脈、胆管の分かれ方にしたがって、左右2つの部分に大きく分けることができます。
右の部分を右葉、左の部分を左葉といいます
肝門部では、門脈、動脈、胆管がそれぞれ左右2本に分かれて右葉と左葉に向かい、それがさらに肝臓の中で細かく分かれています。この分かれ方にしたがって肝臓全体を5つまたは8に分けますが、最近では8つに分ける分け方が使われることが多くなりました。この分かれた1つの単位を
肝臓の区域と呼びます。

肝臓の手術はこのうちのどの区域を取って、どの区域を残すか、と言う形で計画されます。なぜならこの分類は血管の分かれ方に従っていますので、それに従った手術を行えば出血が少なくてすむからです。
基本的な手術法としては、
2、3区域だけを切除するのが外側区域切除1、2、3、4区域を切除するが左葉切除5、6、7、8区域を切除するのが右葉切除1、4、5、6、7、8区域を切除するのが右3区域切除と呼ばれ、この4つの手術術式が肝臓手術の基本になります(図2)。
この
いずれの手術でも、左または右の動脈、門脈、胆管を残すことが必要で、ここが手術可能かどうかの最初のポイントになります。
さて肝臓の静脈は肝静脈と呼ばれますが、なぜか肝静脈は2本ではなく、3本あります。右、中、左肝静脈です。基本的にはこのうちの1本を残すことができれば切除することができます。これが手術可能かどうかの2つめのポイントです。



  2.手術に対する基本的な考え方 

現在の肝芽腫の治療における手術の位置づけは次のようにまとめることができます。
手術による腫瘍の完全な摘出が安全かつ容易に行われるのであれば、まず切除を行ってから再発防止のための化学療法を行う。
手術による腫瘍の完全な摘出が不可能または危険を伴うと考えられる場合には、まず化学療法を行って腫瘍を小さくしてから手術を行う。

手術が可能かどうかは、腫瘍の大きさによると考えがちですが、かならずしもそうではありません。非常に大きな腫瘍であっても、その腫瘍が肝臓の表面から果物のようにぶら下がっていれば、切除は簡単です。逆に腫瘍がそれほど大きくなくても、それが肝門部や肝静脈に近ければ、切除することは難しいのです。
肝芽腫はどんなに大きくても周囲の他の臓器に広がっていることは少ないので、肝臓全部を取ってしまうつもりになれば、腫瘍を切除できないということはありません。しかしそれでは肝移植をしない限り、患者は生きていくことができません。したがって切除可能かどうかは、次のように言い換えるほうが分かりやすいと思います。
腫瘍を全部切除したあと、残った肝臓に動脈・門脈・胆管・静脈を残すことができるかどうか
その判断は、手術前に行われる画像診断の結果と、術者の経験・技量にかかっているということができます。
画像診断というのは、超音波検査・CT・MRIなどのビジュアルな検査のことです。こうした検査で、腫瘍の数、大きさ、場所、および腫瘍と血管や胆管との関係を調べます。以前にはこの画像診断の1つとして、必ず血管造影が行われましたが、最近はMRIやCTできれいに血管を映し出すことができますので、ほとんど行われません。




  3.実際の手術 

肝臓の手術では、肝門部での血管、胆管の処理と、下大静脈からの肝臓の剥離(はがすこと)が大きなポイントになります。
下大静脈は身体の背中寄りを縦に走っているので、肝芽腫の手術では背中に近い部分まで大きく開けなければなりません。良く行われるのは
逆T字型切開といわれる切開法で、おへその上の部分を横に大きく切り、さらにこの創からお腹の真ん中を上に向かって切り上げますので、創の形がちょうどTの字をひっくり返した形になります。

肝臓の手術では出血量をいかに少なくするかが重要です。
肝臓の解剖の知識が乏しく、また出血を抑えるための器具が発達していなかった時代には、肝臓の手術ではしばしば大量の出血があり、大量の輸血が必要でした。しかし現在では以前からは考えられないくらいに出血量が少なくなっています。それでも時には大量出血の可能性がありますので油断はできません。なぜ肝臓の手術で出血が多いかというと、先に述べたように、肝臓の中では動脈、門脈、静脈が複雑に枝分かれしていて、肝臓自体が血管のかたまりであるといってもよいほど血管が多いからです。

出血を少なくするためには、切除する部分をあらかじめ結紮(けっさつ。しばること)しておくことが有効です。
左葉切除、外側区域切除の場合には左の肝動脈と左の門脈を、右葉切除、右3区域切除の場合には右の肝動脈と右の門脈を最初に結紮します。こうしておいても、肝臓を切っていくと相当な出血があります。これは反対側の肝臓からも血液が流れ込んでいるためと、肝静脈はあらかじめしばっておくことが難しいために、肝静脈の枝から出血する可能性があるからです。

さらに出血を減らすために、下大静脈を含めて肝臓に流れ込む、あるいは肝臓から流れ出す血管をぜんぶ閉じてしまって、その状態で手術するという方法もあります(プリングル法またはTVE)。しかしこの方法を使う場合、あまり長時間そのままにしておくとその間は肝臓にまったく血液が流れませんので、残された肝臓が血液不足で死んでしまう可能性があります。
したがって血管を閉じる時間は限られてしまいます。私は出血に備えてすべての血管を閉じる準備だけをしておき、出血量が多くなったら、その時に血管を閉じる方法を用いています(図3)。

いずれにしても肝臓を切った断面にはたくさんの血管が顔を出していますので、術後の出血を抑えるためには、こうした血管を丁寧に結紮することが必要です。
こうしたことから肝臓の手術にはどうしても時間がかかってしまうのです。
手術時間は短くても3時間、長ければ12時間以上かかることもあります



  4.術     後 

手術の当日少なくとも一晩は人工呼吸管理になります。お腹にはドレーンというプラスチックの管が1本もしくは2本入れられています。これは血液や胆汁がお腹の中にたまるのを防止するためです。

肝臓の切除手術の後に多い合併症としては、出血と胆汁瘻があります。出血は手術当日が最も多く、48時間過ぎればその可能性は低くなります。
ドレーンから赤い血が流れ出て止まらない、血圧が低下する、血液中のヘモグロビンの値が低下する、ということで気づかれます。まずは輸血、止血剤で対応しますが、出血が大量の場合には再開腹ということもあります。

胆汁瘻はもっとやっかいです。なぜなら血液は自然に固まって出血が止まることもありますが、胆汁は固まりませんので、自然に止まる可能性が低いからです。量が少なければ自然に止まることもありますが、ある程度以上の量の胆汁がドレーンから流れ出るようであれば、再手術が必要です。また胆汁がドレーンから流れ出ないでお腹の中にたまってしまった場合には、そこに針を刺してさらにカテーテルを入れ、胆汁を誘導します。たまった胆汁をそのままにしておくと、そこに細菌が繁殖する可能性があるからです。

術後にわれわれ医師が注目するのは、合併症とともに腫瘍マーカーであるAFPの低下の速度です。腫瘍が完全に切除できていれば、AFPの値は正常値に向かって急激に直線的に低下します。これが下がりきらなかったり、下がる速度が遅い場合には、腫瘍がどこかに残っている可能性があります。こうした場合には化学療法を行いながら、慎重に経過を見守る必要があります。
完全に腫瘍が取りきれた場合、術後のAFP低下速度は3〜4日ごとに半分になっていきますが、
これを
『AFPの半減期』と言います。



  5.終わりに 

以前には肝芽腫の手術では、術中死の報告もありました。しかし現在ではとても安全な手術になりつつあります。
それでも術者の経験や技量によって、切除の可能性や術中の出血量に差がつくことも事実です。
肝芽腫についての経験が豊富な施設での手術をお勧めしたいと思います。