QUELLA VECCHIA LOCANDA

  イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「QUELLA VECCHIA LOCANDA」。 70 年結成。72 年ポップ・フェスティバルで注目され、同年アルバム・デビュー。 ニ枚の作品を残す。 ヴァイオリンを中心にアコースティックな音を用い、クラシックの名曲を積極的に取り込む。

 Quella Vecchia Locanda
 
Massimo Roselli piano, organ, Mellotron, Moog, electric sitar, cembalo, vocals
Giorgio Giorgi lead vocals, flute, piccolo
Patrik Traina drums
Romualdo Coletta bass, frequency generator
Raimondo Maria Cocco electric & acoustic & 12 string guitars, vocals
Donald Lax electric & acoustic violin

  72 年発表のデビュー盤「Quella Vecchia Locanda」。 内容は、クラシックの名フレーズを大胆に取り込んだヴァイオリンが活躍するワイルドなヘヴィ・ロック。 荒っぽい演奏がヴァイオリンの音色にずいぶん救われている。 ヴァイオリンの他にもフルート、ピアノなどアコースティックな音がふんだんに使われているが、基本はサイケなブギーである。 ヴォーカル・パートのフォーキーでなおかつ色気もある味わいとエレクトリックな毒気にあふれるインストゥルメンタル・パートのギャップがいかにもイタリアン・ロックらしい。 曲調の変化は頻繁で落差も大きい。 チープなブギーにクラシカルなアクセントを放り込みジャジーなひねりも加えた、胸焼け必至の濃い目の味付けである。 近いのはヴォーカルこそ女性ではないが CURVED AIR だろうか。 アカデミズムの暴走のようなサイケなギトギト感とクラシカルなプレイの無理矢理な連結がよく似ている。 また、JETHRO TULLLED ZEPPELIN といったブリティッシュ・ハードロックの影響力を再確認させる内容でもある。 プロデュースはジャンニ・デローゾ。

  1 曲目「Prologo(序章)」(4:59)。 ヴァイオリンの問いかけにピアノが反応し、ユニゾンで喜びあうロマンティックなイントロダクション。 軽妙だがクラシカルだ。 ドラムス、ギターも加わって愛らしいアンサンブルが繰り返される。 パガニーニ風。
  ドラムスのピックアップから、一転してピアノとヴァイオリンによる 8 分の 5 拍子のリフレインが始まり、緊張を高める。 巧みに 8 ビートへと変化すると待ちかねたようにドラムスが入り、狂おしく暴れるヴァイオリンとともに演奏が走り出す。 ブレーキのこわれた車に乗っているようなスリルである。 ブレイク。 ギターとフルートが荒々しい呼応、甘ったるいスキャットをはさみヘヴィな演奏が続く。
  ため込んだパワーを放出するようにヴォーカルが飛び込んでくる。 背景はヴァイオリンのリフレインとうねるトーン・モジュレータの電子音。 サイケである。 ヴォーカルは妙に本格的なテノールだ。 ねじれるノイズと暴走するヴァイオリン。 そして、コーラスがエコーを残すサビ。 爆音とともに演奏は消え去る。
  一転して始まるアコースティック・ギターのゆるやかなアルペジオ。 感電しそうな愛らしい音は、エレピだろうか。 ヴォーカルも別人のように鬱である。 メロトロンが背後で悠然と湧き上がる。 全体に優しげなのだが、音質がざらついている。 アシッド・フォーク的。
  唐突にエルトン・ジョン風のジャジーなピアノ・ソロが始まる。 しかしそれも一瞬。 ピアノが突如表情を険しくし、再び、初めの激しいリフレインへと戻ってゆく。 ヴァイオリンもおいかける。 ギター、ピアノ、フルート、ヴァイオリンが順繰りに火を噴くように追いかけてフィナーレ。
  ロマンティックな演奏とたたみかけるような演奏の間を、せわしなく変化するヘヴィ・クラシカル・ロック。 ヴァイオリン入りの初期 OSANNA といったムードである。 劇的というにはあまりに唐突な展開と、強引この上ない演奏、そして荒っぽくささくれだった音は、まさにイタリアン・ロックである。 ヴァイオリン、ピアノ、フルートらによるクラシカルなアンサンブルや、伸びやかなヴォーカルとアコースティック・ギターによるフォーク風の演奏があるにもかかわらず、聴き終わった後の全体の印象は、きわめてサイケデリックなのだ。 そして、荒削りなわりには、細部に凝るところがなんともアーティスティックである。 イントロのクラシカルなアンサンブルや中盤の弾き語り風の歌、短いピアノ・ソロなど、目のさめるような演奏が散りばめられている。

  2 曲目「Un Villaggio, Un'illsione(村、幻覚)」(3:54) イントロは、ヴァイオリンによるキュートなヴィヴァルディ風のソロ。 ヴァイオリンのリフレインにドラムスがアクセントをつけ、ギターが激しくコードを刻むと、一気にヘヴィな演奏へとなってゆく。 ギター・リフとヒステリックなヴァイオリンが重なり合う、けたたましい演奏だ。 ヴォーカルが入ると、すっかり快調なハードロックへと変貌していることに気づく。 サビではファルセット・コーラスもあり。
  間奏はハイハットを打つ音に合わせてベース・リフ。 まずフルートがユニゾンする。 続いてギター。 JETHRO TULL 風の奔放なフルートをきっかけに、リズムはややジャズっぽく変化する。 そして再び、ヴォーカル。 リズムがジャジーなので、雰囲気もややリラックスしている。
  ギター・リフが再現、しかし、一瞬でオープニングと同じヴァイオリン・ソロへ。 激しいリフレインがドラムス、ギター、ノイジーなトーン・ジェネレータと重なり、激しく渦を巻き消えてゆく。
  イントロとアウトロがヴァイオリンによるヴィヴァルディ風のカデンツァという奇妙なハードロック。 これだけ無理やりな結合にもかかわらず、あまり違和感がないから驚きである。 荒っぽい演奏を、快調なテンポと勢いの良さでまとめている。 ヴァイオリンは、やや不安定な音程を、能天気なソロでなんとかカヴァーしている。 中盤では TULL 風の荒々しいフルートも聴くことができる。

  3 曲目「Realta(現実)」(4:13)アコースティック・ギターによるブルージーなアルペジオ。 ベース下降のパターンでしっとりと哀愁。 ブリティッシュ・ハードロック直系のバラードである。 フルートがうつろに歌う。 ヴォーカルは、呼気の強いカンツォーネなのだが、深い憂い、哀愁がつきまとう。 すっかり秋風のフォーク・タッチである。 やわらかなコーラスもいい感じだ。
  サビでリズムが強まりヴァイオリンとワウ・ギター、コーラスがヘヴィにオブリガートする。 間奏は古びながらもつややかなピアノ・ソロ。 クラシックの SP 盤の趣である。
  そのままピアノとギターのアルペジオの伴奏でセカンド・ヴァースへ。 ツイン・ヴォーカルによるさりげないハーモニーも美しい。 ビートの効いたサビを経て、アコースティック・ギターとフルート、ヴァイオリンによる物憂いアンサンブルが始まる。
  サード・ヴァースでは、ギターのアルペジオが変化し、全体の表情/調子も変わっている。 哀愁よりも幻想性が強まる。 ざわめくシンバル。 再びアコースティック・ギターによる、イントロと同じベース下降アルペジオ。 メロトロンが厳かに響く。
  フォース・ヴァース = 終章は、先の間奏と同じピアノが伴奏に加わる。 ざわめくシンバル。 最後は、サビをフルートが息荒く、オブリガートする。 シンバルとともに演奏は一気に高まり、そしてすべてがかき鳴らされる。
  メランコリックなフォーク・ソング。 リズムレスのメイン・ヴォーカル・パートとリズムありのサビのパートを、単純に繰り返すだけのシンプルなつくりなのだが、全体をおおうくすんだ色合いがいい。 伸びやかなカンツォーネ以外のコーラスや、このメランコリックな渋みのある演奏は、ブリティッシュ・フォークに通じるものだ。 ピアノ、フルートなども、短いながら、ピリっとした見せ場をもつ。 シンプルな素材を多彩な音色で品よく飾った佳作。 晩秋の青空、風の香りがする。

  4 曲目「Immagini Sfuocate(ぼやけた像)」(2:59) チープな電子音、爆発音が入り乱れるイントロダクション。 突如全楽器がバーストし、すべてが思い切り吹き奏で打ち鳴らされる。 嵐のような轟音。 メロトロンも聴こえる。 やがて、ギター、フルートとヴァイオリンが、一つまた一つと凶暴な 4 音のテーマへと収束してゆく。 次第に加速し、高潮する反復演奏。 最高潮へ達すると、一転、行進曲風にドラムスが打ち鳴らされ、メロトロンが勇躍高鳴り、ピアノとギターが轟く。 この突き抜け感は、再び LED ZEPPELIN か。(「I'm gonna leave you」ですかね)
  そして、突如始まるハードなブギー。 この辺りのコワれ方は OSANNA に近い。 ギターはハードなリフを轟かせピアノが一閃、ブルージーなギター・ソロへと突っ込む。 どこまでも野蛮なドラムス。 ヴォーカルは、またも伸びやかなカンツォーネ。 シンプルな反復によるヴォーカルは、いかにも頭悪そうでいい感じだ。 ギターの短い間奏から、再び行進曲風に変化し、ドラムス・ソロへと連なって突如フェード・アウト。
  冒頭の大爆発から、あたかもストレスを発散するが如き、荒々しくヤケクソ気味のハードロック。 一瞬現れる行進曲風の演奏が印象的。 尻切れとんぼの終わりから考えて B 面 1 曲目へのイントロとも考えられる。 おそらくメンバーがみな LED ZEPPELIN を好きなのでしょう。

  5 曲目「Il Cieco(盲人)」(4:11) 前曲のエンディングのドラムスがそのままフェード・イン、「太鼓」風のビートを打ち出すと、やがてベースもヘヴィなリフを刻みはじめる。 トーン・ジェネレータが、低音から高音へとぐんとピッチを上げて、エンジン音のように駈け去る。 追いかけるシンセサイザーと重なり、二声のアンサンブルでテーマを示す。
  演奏は完全にブギー。 軽快なピアノとヘヴィなギターの伴奏、そして、伸びやかなヴォーカルとファルセット・コーラス。 全拍バスドラの典型的なブギである。(手でフロア・タムをたたいているような気もする)
  最後の決めから一転リズムは去る。 そして、クラシカルなオルガンとエレピによるおだやかな伴奏とともに、ヴァイオリン、フルートの哀愁のアンサンブルが始まる。 すさまじい落差だ。 ヴァイオリンとフルートの静かな応酬、そして毛羽立ったエレピが丹念なフレージングでおいかける。 続いてフルートによるエネルギッシュな無伴奏ソロ。 エコー、ディレイを駆使したお下劣なトーキング・スタイルは、TULL を超えて現代音楽調に聴こえなくもない。
  ピアノが快調なリズムでコードを叩き始めると、ドラムスが帰ってくる。 轟くギター、跳ね回るフルートとともに再びヘヴィなブギーへ。
  一転、前曲の行進曲が復活、フルート、ヴァイオリン、ギターによるクラシカルなユニゾンから力強い決め、終わりかと思うと、さらにエピローグ風のエレガントなヴァイオリン、ピアノのデュオがたなびく。 奇怪ながらも、ロマンティックな余韻を残すエンディングだ。
  ヘヴィなブギーにクラシカルなアレンジをした作品。 またも、次元の裂け目へ転落するような、強引極まる急展開をもつ問題作だ。 前曲のフレーズがいくつか現れることから、一種の組曲と思われる。 中盤とエンディングの本格的なクラシック・アンサンブルが、楽曲の異常さを際立たせている。 どうやらハードロックが本領であり、クラシックはやはり付け焼刃なのでは、という気もしてくる。 ヴァイオリンもややチューニングが甘くないだろうか。

  6 曲目「Dialogo」(3:41) ギターとドラムスによるミステリアスなかけあい。 火花の散るようなムーグがユニゾンする。 大見得を切るようなイントロだ。 やがて、ハイハットの刻むリズムとともに、ベースが重いリフを繰り出す。 挑戦的な 8 分の 6 拍子。
  トーン・ジェネレータの強烈な電子音がうねり、ギターのストロークが轟く、激しい演奏が始まる。 ドラムスは、スネアを打ち鳴らす鼓笛隊スタイル。 トーン・ジェネレータが高音も響かせると、我慢できないノイジーな演奏になる。 ベース・リフ、ヘヴィなギターがわめく。 サイケデリック。
  ブレイク。 ピアノとギターのかけあいの繰り返しから、リズムはジャズ風に一変し、ギター、ピアノの伴奏でクラリネット・ソロが始まる。 ランニング・ベースもあざやかだ。 ドラムスはやや重たいが、手数多く健闘する。
  再び暗転、潮騒のようにざわめくピアノ伴奏で、メロディアスにして甘口な歌が始まる。 左右チャネルから交互に声が聴こえており、どうやらタイトル通り対話になっている。 繰り返しでは、感電しそうなエレピの伴奏。 ヘヴィなリズムが戻りベースが唸りをあげる演奏へ。 風が吹きドラが鳴る。
  攻撃的でエレクトリックなインストゥルメンタルをフィーチュアした作品。 最後にようやく現れるヴォーカルは、タイトル通り、対話になっている。 ヘヴィなオープニングからジャズ・アンサンブルを経て、リリカルなヴォーカル・パートへと次々と進む流れは、きわめて強引だ。 しかし、四の五のいわせぬ説得力もある。 ムーグがフィーチュアされても、先鋭的にならず、かえって荒っぽさが強調される辺りが微笑ましい。 よく聴くと、ヘヴィな演奏もそれなりにオーケストラ風になっており、クラシカル・ロックとしての面目はあるようだ。

  7 曲目「Verso La Locanda」(5:15) エフェクトでにじんだピアノが、落ちつきどころがないようにフラついている。 次第にピアノの演奏がリズミカルに変化、ヴァイオリンも加わる。 クラシカルなアンサンブルに、突如、力強いドラムスの決めが炸裂。 ヴァイオリンは、唐突に豊かな音色でバッハのフーガを奏で始める。 一瞬高まる緊張。 しかし、落ちついたリズムが始まり、ヴァイオリンは次第に優美な、朗々たる演奏へと移ってゆく。 巧みに盛り上げるドラムス、そして可憐に歌い上げるヴァイオリン。 ややブリッ子だが、いい感じの演奏だ。
  一転して、ピアノが民族音楽調のリズミカルなリフレインを提示し、それにひっぱられて、演奏は落ちつきがなくなってくる。 フルートとギターの強いアクセントから決め。 テンポが 3 連に変わり、オルガンが轟く。 再び、リズミカルなフルートとギターをオルガンが巧みに受け止める変拍子パターンへ。 数小節ごとに目まぐるしく変転する演奏である。
  ざわめくシンバルとともにリズムが消え、密やかなギター伴奏で歌が始まる。 ソフトなフルートのオブリガート。 ヴォーカルはここでもフォーキーであり、素朴にして憂鬱に沈み込む。 ギターの静かなアルペジオ。 フルート・ソロから転調し、曲調がややジャジーに、ほの明るく変化しリズムが入る。 ベース・リフのリードで始まるピアノ・ソロは、全くのジャズである。 歯切れよいドラムスのリズム・キープ。
  突如、フルートとドラムスによる強烈なアクセントが轟き、一気にテンポ・アップ。 再び、ピアノによって民族音楽調のリズミカルなリフレインが刻まれて演奏が走る。 今度はノイジーなムーグも加わって、エキサイトする。 最後は、フルートが激しいフレーズを叩きつけて、荒っぽく終わり。
  またも、始まりを憶えていられないほどに、激しく大きく変転する怪作。 クラシカルなプレイによる美感よりも、急転直下ひっくり返る演奏の激烈さが耳につく。 リズム、テンポの変化も、ここまでで最も過激である。 さらに、ジャズ・アンサンブルまでぶちこんで、完全に闇鍋ごった煮状態である。 特徴ある跳ねるようなピアノのリフレインは、著名なクラシック作品からの引用と考えられるが、思い当たらない。 クラシカルなプレイとアンサンブルを散りばめたクラシカル・ロックではあるのだが、どう聴いても怪しいばかりの作品である。 しかし、それでも、ヴァイオリンの「瞬間バッハ」や中盤のヴォーカル・パート、フルートなど、ハッと目を醒まさせるところはある。

  8 曲目「Sogno, Risveglio E...」(5:15) 哀愁を帯びたピアノ・ソロ。 メランコリックな爪弾きである。 ピアノに応えるように、ストリングス・シンセサイザー(メロトロン?)が高鳴る。 ハープの音が泡立つように散りばめられる。 ピアノの低音トリルが湧き上り、ドラマの幕開けを暗示する。 思わせぶりなブレイク。
  ピアノ・ソロは、決然とした、厳かな表情へと変化する。 そして始まるヴァイオリン。 哀しくもロマンティックなソロだ。 今までの演奏がウソのように、美しく説得力もある。
  ヴァイオリンに応えるようにフルートが現れる。 こちらも素朴にして優美である。 ここまでは、完璧なロマン派クラシック・アンサンブルである。
  突如ヴァイオリンとピアノの険しい呼応が割って入り、緊張感を高める。 いつしか、ピアノとヴァイオリンのかけあいデュオは、1 曲目のテーマになってゆく。
  そして、厳かなリフレインがヴォーカルを導く。 力強いピアノ伴奏。 ヴォーカルは、悲劇調の堂々たる表情を見せる。 間奏も凛としたヴァイオリン。 不安をかきまぜるようにピアノがざわめく。
  気がつけば、再び、オープニングのリリカルなピアノのテーマへと戻っている。 ハープがやわらかく響き、ピアノのリフレインに応えて、ストリングス・シンセサイザーが湧き上がる。 リタルダンドするピアノをストリングス・シンセサイザーが静かに受けとめる。
  ロマンあふれるクラシック・アンサンブル。 ドラムスレスでピアノ、ヴァイオリン、フルートをフル回転させて、哀愁あるイメージを描いている。 ピアノを中心にすべての楽器が、情緒的な演奏からシリアスな演奏まで、圧倒的な表現力をもっている。 これは普通のロック・バンドには到底できないし、あえてやらないだろう。 映画のサウンド・トラックのように、静かなドラマをもつ傑作。 1 曲目のテーマがリプライズするアイデアもよし。


  アコースティックな音とクラシカルなアレンジを活かしたヘヴィ・ロック。 テンポ/リズムの変化やスピーディなユニゾン、コロコロ変わる曲調など、しかけが多い上に、クラシック、ジャズの断片が無造作に放り込まれており、4 分の曲が倍の長さに聴こえる。 楽器の種類も多くアンサンブルのバリエーションも多様だ。 一番目立つのはヴァイオリンだが、堅実かつ華やかなピアノ演奏や、強烈な存在感のフルートにも注目したい。 スピードや躍動感は、同じような楽器構成の P.F.M に似ているものの、演奏の緻密さと安定感や洗練度合いでは、かなり水を開けられている。 一本調子かつあまりにハードロック過ぎるギターも、その一因かもしれない。 逆に、そういうアンバランスな表現を個性と解釈すれば、「ハードロックとヴァイオリン、フルートのクラシックの力技での結合」として称揚することもできる(できないか)。 そう考えれば、最後の曲のように純クラシカルな演奏の美しさが際立つのも、ハードな演奏あってこそ、ともいえる。 いずれにしろ、荒削りだがさまざまな音楽要素を積極的に取り込んだ野心作ではある。 ソフィスティケートされるのか、さらにアヴァンギャルドに進むのか、次作に期待が高まる内容だ。 野蛮さと美しさの共存がたまらないというイタリアン・ロック・ファンには、無条件でお薦め。 最終曲が美しいです。

(ZSLH 55091 / VM 054)

 Il Tempo Della Gioia
 
Massimo Roselli keyboards, vocals
Giorgio Giorgi flute, piccolo, vocals
Patrik Traina drums, vocals
Massimo Giorgi bass, contrabass, vocals
Raimondo Cocco guitars, clarinet, vocals
Claudio Gilice violin
guest:
Rodolfo Bianchi soprano sax on 4

  74 年発表の第二作「Il Tempo Della Gioia(歓喜の時)」。 ヴァイオリン奏者がクラウディオ・ ジリス、ベーシストがマッシモ・ジョルジ(元 RITRATTO DI DORIAN GRAY)にメンバー交代する。 内容は、前作のクラシカル・ロック路線のさらなる発展形。 正調クラシックのロマンティックな面を残しつつ、過激な展開も用意されている。 とりわけ、アルバム後半に向うに連れ、重心が「奔放さ」へと移ってゆくところが興味深い。 前作に比べると、音楽的なヴァラエティは豊かになっている。 ドラムスの音などから、録音/製作にも力が入っているようだ。 バタ臭い、いかにも 70 年代風のコミック調スリーヴもいい感じだ。

  1 曲目「Villa Doria Pamphili()」(5:27) 寂しげな面持ちのピアノが舞いアコースティック・ギターがさざめく序奏は、やがてピアノのせせらぎから哀愁たっぷりにむせび泣くヴァイオリンのテーマへと流れてゆく。 ロマンティックにして端正なピアノから、情感あふれるヴァイオリンへの、曲の表情の変化がいい。
   アコースティック・ギターとベースの伴奏によるメイン・ヴォーカルはフォーク・タッチであり、エレガントなメロディを沈み込むような憂鬱な表情で歌う。 オブリガートのヴァイオリンにも、いかにもヨーロッパらしい叙情が匂いたつ。 高揚するヴォーカルを経て迎える間奏では、ピアノ、ストリングスがユニゾンを力強く決め、アンサンブルは大きな波が盛り上がるように力強くシンフォニックに高鳴る。
   再び、ギターのアルペジオが切なく伴奏し、ヴァイオリンの切ない調べがヴォーカルを追いかける。 サビとともに華やぐピアノ、そして間奏では、再び演奏がぐっと高まってゆく。 後半は、一瞬かき鳴らされるピアノの弦の響きを追うように、あまりに華麗なピアノがテーマを変奏し、舞い踊る。 端正にして耽美なピアノ・ソロが静かに消えてゆく。
  イタリアン・ロックを代表する正統クラシカル・ロック。 エレガントにして端正なピアノとたおやかなヴァイオリンらによるアンサンブルは、ひたすらドラマチックに展開してゆく。 ささやくようなアコースティック・ギターと情熱と哀愁をともに秘めたヴォーカル・メロディもすばらしい。 アコースティックにしてシンフォニックなイタリアン・ロックらしいナンバーであり、MAXOPHONE の同名作を思わせる逸品だ。 パンフィリは、デビューを飾ったフェスティバルの行われた場所。 前作と比べると、格段に洗練されたイメージである。

  2 曲目「A Forma Di...(To Shape Of...)」(4:08) オープニングの長いクレシェンドから生まれ出るテーマが印象的なシンフォニック・インストゥルメンタル。 弦楽器が刻むスリリングな和音と、チェンバロ伴奏でフルート、ヴォカリーズが美しいテーマを奏でる、純クラシック調の作風だ。 ストリングスのリフレインが緊張をもたらす一方で、チェンバロは音に軽やかな彩りを添え、フルートとソロ・ヴァイオリンのユニゾンがテーマを朗々と歌い上げる。 展開部を奏でるフルート・ソロの美しく気高いこと。 チェンバロ、ピアノの伴奏が倍速の伴奏へと変化すると、ヴォカリーズが高まり、クライマックスを示す。 湧き立つようなピアノと厳かなストリングスが、力強くヴォカリーズを支える。 そして、テーマは、ほとばしるようなストリングスへと移ってゆく。 チェンバロは、まるで星をまくように、きらきらと音を散りばめる。 ストリングスは、天上の調べのように美しく力強い。 最後は、一転華麗なピアノがテーマ変奏を奪い取り、吸い込まれるように消えてゆく。
  もの哀しいわらべ歌のような親しみあふれるテーマを、品のあるクラシックにまとめあげた美しいインストゥルメンタル。 ここでも、つややかな音色をもつアコースティック・アンサンブルが、スリリングな演奏を見せる。 残念なのは、フェード・インが長いわりには、本編での展開がないままに終わってしまうことだ。 大作からの抜粋なのでは、と思わず勘ぐらせる内容である。 しかしながら、この主題の旋律だけはまちがいなく名品。 ドラムスレスであり電気楽器もない。

  3 曲目「Il Tempo Della Gioia(The Time Of The Joy)」(6:16) 前曲の主題を引き継ぐような、もの悲しいストリングスがゆったりと広がると、ギターのアルペジオに導かれて歌が始まる。 ハードロック系ヴォイスながらもソフトな表情を使うヴォーカルを、ギターとピアノが柔らかにオブリガートし守り立てる。 繰り返しではドラムスがリズムを刻み始め、ストリングスも伴奏に加わる。 転調とともに力強さを増した演奏が高まる。
  ヴォーカルがクライマックスに達すると、突如演奏は爆発し、ピアノとギター、ドラムスによる 8 分の 6 拍子の追い立てるような強烈な演奏に変貌する。 現代音楽風的で凶暴な演奏だ。 烈しいリズムのまま、ヴォーカルも狂気を帯びたように表情を一変させ、朗々と歌いだす。 再び激しくたたみかける演奏。 狂的なピアノのリフレイン、そしてギターは、ジャズ・ギターのパロディのようなソロを繰り広げる。 ピアノがやや落ちついたプレイを見せると、それに応えるように、ギターがトレモロのフレーズを返す。 平穏を取り戻しそうな予感。
  しかし、唐突に叩きつけられるヴォカリーズと、再び烈しくたたみかける演奏に、期待はみごと裏切られる。 高らかなヴォカリーズを追いかけるように、ピアノの低音のリフレインが湧き上がり、チープなファズ・ギターが騒ぎ出す。 リズミカルなハイハット連打、安っぽいナチュラル・トーンのギターとともに演奏は走る。 長調のアンサンブルにもかかわらず、歪なイメージであり、幽霊の踊りのような不気味なタッチである。 ギターのコード・カッティングに応える幽鬼のようなエレピ。 フルートを煽り立てるビジーなスネア連打もリズムが若干ずれており、悪酔いしそうである。 ピアノ、エレピの和音も散りばめられているが、なんとも頼りない。 続いて、これまた不気味な擦過音でうねるコントラバスが立ち上がる。 一貫して走り続けるのだが、アンサンブルは奇怪に歪んでしまっている。 再びナチュラル・トーンのギターとエレピによる気味の悪い演奏が続く。
  またも、演奏は突然の絶叫で断ち切られ、恐るべき 8 分の 6 拍子のたたみかけるような演奏が再現。 再び狂気じみたヴォーカルが朗々と歌い上げ、伴奏は狂った歯車のようにオブリガートする。 ビジーなリズム。 あまりに唐突なエンディング。
  リズム、テンポの過激な変化とともに、予測不能の展開を見せるアヴァンギャルドな作品。 最初の二曲との落差がすごい。 序盤は、前曲までの雰囲気を活かした歌ものであり、いわば CRIMSON の「Islands」に通じるようなアコースティックでメランコリックな世界を描くが、あっという間に雰囲気は一変する。 突如巻き起こる攻撃的で歪曲した演奏が、みるみるうちに世界を変容してゆく。 フリー・ジャズ的なプレイの生むエネルギーや、チープでコミカルなアンサンブルのインパクトを用いて、リスナーの予想を裏切ることが楽しくて仕方がないような、強引な曲展開を見せてゆく。 ヴァイオリンは序盤で用いられるのみであり、以降はギターとエレピらがリードする。 IL BALLETTO DI BRONZO とおなじく、現代音楽的なアプローチで効果を狙っているのだろう。 古典的な叙情美が、モダンなセンスによって、完膚なきまでに破壊されてゆくのだ。 冒頭と結末がまったく異なるつくりは、イタリアン・ロックにしばしば見られる作風である。

  4 曲目「Un Giorno, Un Amico(A Day, A Friend)」(9:40)。 ジャズ・タッチの鮮烈なピアノに導かれてヴァイオリンが舞うフリー・フォームのオープニング。 ヴァイオリンとピアノの交歓から、一気にせわしないリフへと演奏は収束し走り出す。
  ヴァイオリンがリードする、たたみかけるような主題演奏。 応じるファルセットのヴォカリーズが強烈だ。 ジャジーなピアノとベースの連打が受け止めて、今度はメロディアスなヴァイオリンのソロが始まる。 全体としてはジャズの即興演奏に近い。
  いつしかヴァイオリンのみが残され、クラシカルなカデンンツァへ。 華麗な無伴奏ソロが続く。 ひきつるような高音と波打つトリル。
  再び、リズム・セクションとピアノがフェード・イン、ヴァイオリンのリードする快速アンサンブルが復活する。 ドラムスの強烈なタム回し、ピアノの打撃によって場面転換。 クラリネットのジャジーなソロが始まる。 細かに動くベース、そして、ピアノとドラムスがクラリネットを支える。 クラリネットのテーマをピアノが引き継ぐ。
  優美なピアノをきっかけに場面転換。 ピアノとヴァイオリンによる、美しくも哀しげなデュオが幕をあける。 デュオに導かれるヴォーカル。 静かな歌い出しから、一気に、情熱を迸らせて高揚する。 ギター、ストリングスが熱っぽくオブリガート。 このあたりの展開は、第一作に近いような気がする。 濃厚なヴォーカル、そして荒々しさと雅が強烈にコントラストするオブリガート。
  ブレイクからベースの連打が密やかに浮かび上がり、一気に演奏が動き出す。 今度は、ソプラノ・サックスのリードによるジャズロック風のエネルギッシュな演奏である。 最後は、またも、唐突にフェード・アウト。
  クラシック、ジャズをまぜ合わせたスリリングな奇想曲。 クラシカルなアンサンブル、ソロ、ジャジーな即興コンボといったパーツを、つなぎ合わせ、切り貼りしている。 狂言回しは、タイトなリズムにクラシック、ジャズをのっけたニューロック風の全体演奏。 散漫ではあるのだが、各場面のインパクトはかなりのものだ。 特に、ヴァイオリンのカデンツァとクラリネットを用いた演奏、ピアノとヴァイオリンのデュオはかなりいい感じだ。 ジャズロックのなめらかな運動性が生み出すクラシカルなロマンチシズム。

  5 曲目「E Accaduto Una Notte(And Happened One Night)」(8:17) 厳かな混声ヴォカリーズによるオープニング。 宗教的なムードである。 音をこぼしてゆくようなシンセサイザー、追いかけるのは、謎めいたギターのフレーズである。
  爆音。 静かなアコースティック・ギターの演奏にフルートの調べが重なる。 美しくも空ろなメロディが流れてゆく。 遠く波打つシンセサイザー、そしてシンバルがざわめくと、トラッド調のギター、エレピが悲しげにささやく。
  導かれるように熱っぽい歌が始まる。 伴奏はアコースティック・ギターとピアノ。 オブリガートは波乱を予感させ、やや壊れ気味だ。 ヴォーカルも感情が高ぶっており、不安定な表情を見せる。 気まぐれなギターとヒステリックなヴァイオリンによる伴奏。 器楽を引きずるように高ぶるヴォーカル。 次の間奏は、穏やかなヴァイオリンと女性のヴォカリーズによる官能的なものだ。 しかし、リズム・セクションが、すでに暴発の兆しを見せ始めている。 三回目の繰り返しとなるヴォーカルの伴奏では、ピアノとアコースティック・ギターが奔放なプレイで暴れる。 ファルセットのヴォカリーズにピアノの強力な和音が重なる。 最後も、ピアノが現代的なフレーズでヴォーカルを支える。 ここまで爆発するのをかろうじて抑えていたような不気味な演奏である。
  ピアノ、ドラムスとともに勇ましくテンポが上がり、アシッドなストリングスが渦を巻く。 きわめつけは低音の管弦による強烈なテーマだ。 たたみかけるドラムス、そしてピアノの打撃音。 クラリネット、コントラバスらによるテーマはきわめて不気味なユニゾンであり、ピアノの和音も、不安をかきたてるように迫ってくる。 強烈なリズム。 最後はトーン・ジェネレータが絶叫し、電子ノイズの嵐にすべてが潰されゆく。
  幻想世界が崩壊するような、邪悪でカタストロフィックなドラマをもつ作品。 重厚なオープニングから、クラシカルなアンサンブルによる幻想的な序盤を経て、メインのヴォーカル・パートは悲劇が狂気へと進みつつあるような、不安定で絶望的なムードにあふれている。 歌は伸びやかなのだが、歌を取り巻く演奏が恐ろしい。 崩壊寸前の状態を、かろうじて、つなぎとめるような印象である。 終盤は、勇ましくも恐ろしげな演奏が渦を巻き、重厚な音とともに、この世の果てまで突き進んでしまう。 きわめて劇的な最終曲である。 ここでのクラシックの役割は、神秘性と重厚さの演出である。


  管絃、ピアノなどアコースティック楽器を多用し、クラシック、ジャズを大胆に取り入れたシンフォニック・ロック作品。 クラシックの守備範囲も、バロックから現代音楽まで幅広い。 特に、ピアノとヴァイオリンは、気品ある端正な演奏を見せており、豊かで普遍的なイメージを提示している。 すっかりクラシックそのものになってしまうところもあるが、それがごく自然な流れの結果に感じられる。 また、アコースティック・ギターやフルート、そしてヴォーカルによるフォーク・タッチも、いかにもイタリアン・ロックらしい。 特に 1、2 曲目は、これらの魅力をストレートに伝えている。 3 曲目以降は、ジャズを用いた大胆なアレンジも見られる。 アルバム後半のクラシカルなプレイをメインにジャズやハードロックなどさまざまな要素も交えた奔放な演奏が、このグループの到達点だったのだろう。 クラシカルなロマンとジャジーなキレを兼ね備えた作品は、超一級とはいえないまでも、かなりおもしろく聴くことができる。
  また、前作がヴァイオリンを用いたクラシカル・ロックという点で P.F.M に通じるものがあったのに対し、本作ではベクトルがやや変化している。 本作は、現代音楽的な手法を試みたクラシカル・ロックという方が正しい。 3 曲目や 5 曲目は実際現代音楽の影響が強いのではないだろうか。 アルバムを通して感じられるのは、ヴァイオリン含め弦楽の古典的な美しさと、モダンで邪悪な演奏の落差/対比が生む不安定さである。 そして本作の魅力であるヴァイオリンの音色も、ふくよかさより哀感と身を削ぐような切実さが勝っている。 録音の悪さやリズムの不安定さなど問題はあるものの、イタリアン・ロックの秀作の一つとしての地位はゆるがないだろう。

(TPL-1 1015 / RCA 74321-26544-2)



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