ベルギーのチェンバー・ロック・グループ「PRESENT」。 UNIVERS ZERO を脱退したロジェ・トリゴーを中心に、79 年結成。 途中数年のブランクはあるものの現役。 作品は計七枚。 サウンドは管絃楽器なしのチェンバー・ロック。 ポリリズミックで複雑怪奇なアンサンブルと凶暴かつ厳格な雰囲気が特徴だ。 2009 年 9 月新譜「Barbaro」発表。
| Roger Trigaux | guitar, vocals |
| Reginald Trigaux | guitar, vocals |
| Pierre Chevalier | piano, keyboards, organ, mellotron, vocals |
| Dave Kerman | drums, percussion, vocals |
| Keith Macksoud | bass |
| Matthieu Safatly | cello, vocals |
| Fred Becker | alto & tenor sax |
| Dominic Ntoumos | trumpet, flugelhorn |
| Udi Koomran | sound |
| guest: | |
|---|---|
| Yuval Mesner | cello |
| Meidad Zaharia | accordion |
2001 年の第七作「High Infidelity」。
99 年から 2 年近くを費やして録音された作品。
内容は、邪悪にして堅固、透徹なるエレクトリック・チェンバー・ロック。
今回は、トランペット、サックスらの金管楽器の音が鮮烈に用いられており、いわゆる怪奇派レコメン色が強まる。
つまり、UNIVERS ZERO、ART ZOYD 系チェンバー・ミュージックと KING CRIMSON に、恐怖映画/パルプホラー的な分かりやすいコワさを盛り込んだようなサウンドである。
執拗な反復は、一歩一歩狂気へと歩んでいるような嫌な感じがする。
なんとなくカリガリ博士やノスフェラトゥといった表現主義の白黒映画へ連想がゆくのは、アコーディオンやチェロにノスタルジックな響きがあるせいでもあるだろう。
全体に、スピード感や重さ、圧迫感は現代のロックとしてはさほどでもないのだが、凶暴なのにタガの外れたようなアンサンブルが、軋みながら突進し、輝かしい音で地獄絵図を語る、その姿がおぞましい。
おどろおどろしさの極致たる 1 曲目第 6 部、タイトルがものすごい正統レコメンな 2 曲目、爆発力を見せる 3 曲目など全て傑作。
個人的にはまさに期待通りの音です。
「Souls For Sale」(27:31)6部から成る組曲。
「Strychnine For Christmas」(10:52)
「Reve De Fer」(9:24)
(CARBON 7 C7-058)
| Roger Trigaux | guitar, piano |
| Alain Rochette | piano, synthesizer |
| Daniel Denis | percussion |
| Christian Genet | bass on 1-3 |
| Ferdinand Philippot | bass on 4-7 |
| Marie-Anne Polaris | vocals on 4 |
89 年発表の「triskaidekaphobie/Le Poison Qui Rend Fou」。
80 年の第一作と 85 年の第二作をカップリングした 2in1CD。
ジャケット・アートは第二作のものである。
UNIVERS ZERO の盟友ダニエル・デニが参加。
内容は、アコースティック・ピアノとギターをフィーチュアしたエレクトリック・チェンバー・ミュージック。
変拍子パターンへの固執と獰猛で狡猾な攻撃性が特徴である。
「室内楽」といいながら管弦楽器は使われていない通常のロックバンド編成なのだが、その音楽が、バンドというよりも暗い狂気に満ちた「室内楽」のイメージなのだ。
また、後の作品と比べるとピアノが大きく取り上げられている。
余談。
ロックのオルタナティヴ性のうち、攻撃、破壊、肉欲、放棄、弛緩、無償の慈愛は比較的早期に現れたが、現代音楽がアカデミックな経路で到達した、ニーチェ的な「全否定の力」というべき不気味なエネルギーを求めるアプローチは現れるのに若干の時間を要した。
UNIVERS ZERO や PRESENT はその泰斗の一つである。
3 曲目までが「triskaidekaphobie」の作品。
「Promenade Au Fond D'un Canal」(19:15)
暗いながらも静けさと落ちつきのあるアコースティック・サウンドを基調に、無機質な反復と噛み付くように攻撃的でエキセントリックな表現で彩った怪奇な音楽である。
7 拍子のユニゾンなど一度走り出すきっかけをつかむと、ギターのロングトーンとピアノの緊迫したフレーズが楔のように耳に突き刺さり始める
。
豪雨のように降りしきる執拗なリフレインに身を委ねていると、ふとしたきっかけで、いずことも分からぬギリギリの臨界点に向けてひた走っているような気分に追い込まれる。
UNVERS ZERO のような、室内楽を捻じ曲げてしまったような生々しさをもつ管楽器がない代りに、モノクロームの無表情な音が容赦無く延々と浴びせかけられる。
ストレートなパワーの爆発やメタリックなヘヴィネスはないのだが、攻撃性ともに巧緻な陥穽が連続する、邪悪でしたたかな音楽である。
エンディング近く、ディストーション・ギターとピアノが呼応し始め、ピアノのビートでアンサンブルがヘヴィに変化し始めると、ようやくロックであったことに気がつく。
クラシックのように綿密に計画され構築された音楽なのだが、表現の基本には悪意と怪奇趣味、パラノイアックな狂気がある、ということもできるだろう。
MAGMA とは偏執的な面が共通し、KING CRIMSON とは無意識を解き放つような傲岸で大胆な面が共通する、と思う。
「Quatre-vingt Douze」(15:35)
ギターはほとんどなく、ピアノとリズム・セクションのみによる現代音楽風のアンサンブルである。
変拍子パターンを反復しながら、渦を巻くように進展する。現代音楽との差異は、ビート感が強い点だろう。
「Discipline」KING CRIMSON と類似する、ミニマル・ミュージック演奏スタイルではあるが、アコースティック・ピアノの存在感が大きいところが異なる。
8:20 付近から見せるジャズロック風の動きがカッコいい。終盤の弾け方もみごと。
「Repulsion」(3:27)
ベースとギターのシングルノート、打楽器のみによる呪文のような作品。
フェードイン、フェードアウトや曲調から、葬列を連想させる不気味な小品である。
4 曲目から 7 曲目までが「Le Poison Qui Rend Fou」の作品。新たな演出としてソプラノ・ヴォイスが導入されている。
全体にビートもアタックも強調された骨っぽいカッコよさのある作品である。
「Le Poison Qui Rend Fou, Part 1: Ram Ram Va Faire "Pif Paf"」(15:23)
「Ersatz」(5:09)エネルギッシュな名曲。
「Le Poison Qui Rend Fou, Part 2: Didi, Dans Ta Chambre!」(9:41)
「Samana」(9:14)
(Cuneiform Records 17)
| Roger Trigaux | guitar, keyboards, vocals |
| Reginald Trigaux | guitar, keyboards, vocals |
93 年の「C.O.D. Performance」。
名義は、PRESENT C.O.D. PERFORMANCE 名義だが、事実上のグループ第三作。
内容は、トリゴー親子によるツイン・ギター・アンサンブル。
PHIHARMONIE と同じく、80 年代 KING CRIMSON の影響を強く受けた演奏スタイル。
凶暴なアタックも、70 年代「太陽」KING CRIMSON からのものだろう。
ただし、邪悪な響きに一種独特のユーモアを漂わせるヴォーカルの存在はユニークである。
1 曲目、陰湿で邪悪なポップ・ソング(ブルーズ?)風の展開がおもしろい。
「Love Scorn」(9:22)
「Alone 1」(14:28)
「Alone 2」(24:50)終盤で「Eleanor Rigby」が現れる。
(LOW 001)
| Roger Trigaux | guitar, keyboards, vocals |
| Reginald Trigaux | guitar, keyboards, vocals |
| Bruno Bernas | bass, vocals |
| Dave Kerman | drums, percussion |
96 年の第四作「Live!」。
バンドとしての再編第一作は、95 年 12 月ドイツにおけるライヴ録音である。
ベーシストは当初のギ・セガーズから新人に交代、ドラムスもダニエル・デニから 5UU'S の傑物、デイヴ・カーマンに交代する。
しかし、この編成はライヴのためのスペシャルである可能性も高い。
予想通り、カーマンのドラミングは冴え渡り、重さとともにスピード感も十分である。
内容は、前作から 1 曲と第一作から 1 曲、そして 2 曲の新曲であり、録音、パフォーマンスともに申し分ない。
新曲 2 曲は、膨れ上がるテンションを抱え込んだまま、轟々と迫りくるヘヴィ・チューン。
また、既レパートリーは、執拗なリフレインが次第に異様な緊張を生む、やはり不気味な作品だ。
これだけ込み入った曲をほぼスコア通りライヴで再現するというスタンスも独特である。
おそらく、ロジェ・トリゴーの姿勢なのだろう。
ギターはひずみの少ないクリーンなトーンを使用するのだが、そのギター中心のアンサンブルが生み出す音は、歪曲した途方もなく猛々しいものである。
執拗なパターンの繰り返しの上で、2 本のギターとベースが生々しく絡みあい、狂気のアジテーションが間隙を縫い、空を切り裂く。
無限に渦を巻くような曲調が、不安をかきたてて止まない。
聴覚を圧倒する 3 曲目がアルバム内容を代表する。
「ロジェ・トリゴー = パペット・マスター」と解釈できそうなジャケットのイラストこそあまり感心できるでき映えではないが、音楽内容は非常に充実している。
いわゆるチェンバー・ロック的な怪奇と圧迫感はそのままに、トルクの高い運動性と密度をも備えた演奏といえる。
ロックらしいカッコよさがたっぷりあるのだ。
KING CRIMSON がもっとモダン・クラシックへ傾倒していたら、こうなったかもしれない。
ワイルドでチンピラ風のところもあるので、ヘヴィ・メタルやハードコア・パンクのファンにも試していただきたい。
「Laundry Blues」(11:36)新曲。
タイトル通りギターのプレイ中心にブルーズ・ロックだが、中盤デス・ヴォイスをフィーチュアし、フリー・フォームに近い演奏となる。
冒頭の忙しなくも禍々しい反復は、UNIVERS ZERO とまったく同質のものだ。
パーカッションも多彩だ。
後半は、凶暴なギターが圧倒する。
「Contre」(7:26)新曲。
グリスでぬめるワイヤーか、スチール製の工業機械か、弦の金属的な響きが衝撃的なへヴィ・メタリック・チューン。
うねるロングトーンと不気味な光沢を放つコード・カッティングが凶悪でデンジャラスなイメージを突きつける。
ギターのリフ、サウンド、抑揚など、やや KING CRIMSON を意識か。
フランス語?のヴォーカル(というかアジテーション)は下品な MAGMA であり、ここの音に倣って数多のガレージ・パンク系へヴィ・プログレの伝統が始まったことが分かる。
「Alone」(11:30)「C.O.D. Performance」より。
後半部の抜粋型アレンジ。
驀進し、停滞し、再び驀進する悪夢のアンサンブル、あるいは、邪悪のバラード。
ギター・デュオのアルペジオによる怪奇なモザイク、荒れ狂う暴力の海に浮沈する意識のような切れ切れの叙情性。
やや民族音楽色あり。
「Promnade Au Fond D'un Canal」(22:08)「triskaidekaphobie」より。
KING CRIMSON を怪奇にしたギター、深遠なヴォーカル、MAGMA 風ベースによるキレキレの複合拍子アンサンブルで迫る。揺らぎのない快速インタープレイ、巧みなダイナミクスの変化など卓越した演奏力を見せる。
往年の KING CRIMSON を思わせる名曲、名演である。
(Cuneiform Records RUNE 87)
| Roger Trigaux | guitar, keyboards, vocals |
| Reginald Trigaux | guitar, vocals |
| Alain Rochette | piano, keyboards |
| Guy Segers | bass |
| Daniel Denis | drums, percussion, vocals |
97 年の第五作「Certitudes」。
第三作以来ともに活動する、ロジェ・トリゴーの息子レジナルドに加えて、UNIVERS ZERO の同士ギ・セガーズとダニエル・デニを招聘、グループはまさにエレクトリック UNIVER ZERO の様相を呈す。
その内容は、怪奇と狂騒が日常の安逸を吹き飛ばすエレクトリック・チェンバー・ミュージック。
変拍子を駆使した演奏は、病んだ精神が正常な精神を貪り食ってゆくようなイメージである。
KING CRIMSON ほどは音場の密度や強度は高くないのだが、コワレ方というか常軌の外れ方がすごい。
凶暴なのだが逸脱感があり、野卑な感じもあるというなかなか珍しい作風であり、パンク通過後のへヴィ・ミュージックという捉え方もできる。
まず挙げるべきは、ピアノとギターのコンビネーションが生み出す緊張感である。
民族音楽風のミニマル・パターンと複合拍子のリフによって高められてゆくこの緊張感こそが、本作最大の特徴だろう。
そして、荒々しい印象の演奏ながら、プレイは無駄なく細身に引き締まっており、いわゆる「荒っぽい、ワイルドな」演奏では決してない。
つまり、この荒々しさはスコアから発せられる、いわば音楽そのものの凶暴さなのだろう。
また、リズム・セクションも含めて重量感よりはもつれ絡むアンサンブルの「動き」を強調した演奏のように思える。
もちろん、断じて軽い演奏ではない。
その逆で、かなりの重さのものが考えられないスピードで動き回っているような不気味なイメージがある。
アラン・ロシェによるピアノのリフレインは、低音の重さと高低の落差をうまく使って、狂気を巧みに表現している。
このピアノの音色とフレーズは全体を通して際立っている。
ストリングス系の音によるスペイシーな表現も含め、本作品のアンサンブルの主導権はキーボードにあるように思う。
一方ギターとリズム・セクションは、ノイズ/轟音の塊として演奏の圧力を高め、絞り出すようなヴォーカルとともに、迫りくる壁のような恐怖感を演出するために存在している。
恐怖をぐいぐいと高める一方で、ヴォーカル表現に代表されるように、独特のナンセンスで脱力、ニヒリスティックな表情も見せている。
押しっ放しだけではないところに懐の深さがある。
この作風、以前のライヴ・アルバムに参加している 5UU'S のデヴィッド・カーマンの音楽からの影響もありそうだ。
今更ながらに UNIVERS ZERO の作風のままエレクトリックなサウンドを駆使するというアイデアに脱帽である。
この演奏の、どこまでが即興でどこからがスコアなのかは、じつに興味深いところである。
ヴォーカルは英語のようだ。
トリゴーかロシェか分からないが、キーボーディストはかなりのセンスだと思う。
「Delusions」(14:48)変拍子ミニマル怪奇チェンバー・ロック。
へヴィな音もさることながら、アンサンブルの呼吸、反応の良さが際立つ。
ヴォーカルのスタイルは前作のライヴのアジテーションと比べるとかなり「軟派」である。
この妙に軽いノリはかえって不気味。
「May Day」(10:00)弦楽奏のようなキーボードが渦巻く、重厚なタッチのチェンバー・シンフォニック・チューン。ヴォーカル・パートの軽妙なノリは変わらず。セガーズの地響きベース、手数もあるデニのドラムスなど、MAGMA に直結するイメージも。
「The Sense Of Life」(11:08)重厚な器楽とどことなくエロティックな響きのあるヴォーカルの交錯。
パンクっぽい頭悪そうな感じもあり。後半はエレピが現れて読経のようなリフレインとともにジャズロック調のアドリヴを見せる。
「Ex-Tango」(3:46)気の違った軍隊の行進曲のような、ポリリズミックなインストゥルメンタル。
(Cuneiform Records RUNE 107)
| Roger Trigaux | composition, vocals, direction, guitar on 5 |
| Reginald Trigaux | guitar, vocals |
| Dave Kerman | drums, percussion, vocals |
| Pierre Chevalier | piano, mellotron, vocals |
| Keith Macksoud | bass |
| David Davister | drums & percussion on 13 |
| guest: | |
|---|---|
| Yuval Mesner | cello |
99 年の第六作「n゚6」。
デイヴ・カーマンが復帰し、他のメンバーも一新。
暴力的かつヒステリックなギターとピアノ、尖ったリズム・セクションが、反復とともにじわりじわりと攻め込んでくるスタイルに大きな変化はない。
ただし、音響のおどろおどろしさよりは、アンサンブルの運動性が強調されている。
1 曲目から全開となる地獄の念仏の如き変拍子アンサンブルは、後期 CRIMSON、UNIVERS ZERO、MAGMA らを合体させスリムにしたようなイメージ。
ロジェ・トリゴーはプレイをほぼレジナルド・トリゴーに譲り、コンポーザー兼ディレクターとして全体を統御する。
ゲストによるチェロとベースの音も強烈だ。
白眉は、凶凶しいアンサンブルと呪いのアジテーションを吐くヴォーカルさらには狂気を噴出するピアノによる組曲「Ceux D'en Bas(地下に棲む者)」だろう。
その最終第 6 楽章「Le Combat」では、剛を象徴するが如く唸りを上げるディストーション・ベース、シリアスなギター、ピアノが次第に一つにまとまり恐怖の行進を始め、遂にはメロトロンが吹き荒れる。
「The Limping Little Girl」(16:53) 4 パートから成る。
変拍子パターンの反復の上でヘヴィなギター、ベース、ピアノが即興風の演奏を繰り広げる極悪怪奇インストゥルメンタル。
ギターのフィードバック音が執拗に鳴り続ける。
なぜにこんなにコワいのだろう。
「Le Rodeur」(1:58)ロジェ・トリゴーのギター、メロトロン、絶叫による怪奇映画のサントラのような小品。
「Ceux D'en Bas(Suite)」(19:30) 6 パートから成る。
狂気が迸るポリリズミックなアンサンブルがひた走り、凶暴な(デス声か)ヴォイスが渦を巻く超重量の演奏へと変貌する。
ピアノの断続音とギターの伸音の異様なコントラストが浮かび上がる。
神社の祝詞と怨霊退散の声明を、楽器を使って三倍速/変拍子でやったような感じ。
強烈なインパクトのあるナンバーだ。
「Sworlf」(8:31)前曲の昂揚を鎮静するかのごとき、ミドル・テンポの厳粛な作品。
ピアノ、ドラムがリズムを刻み、二つのギターとチェロ、ベースが、交互に前面へと出ては交錯する。
演奏は即興的ではあるが、異様な緊張が続く。
パーカッションも用いられている。
錯乱するように高音できらめくピアノが鮮烈。
(CARBON 7 C7-043)