LATTE E MIELE

  イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「LATTE E MIELE」。 70 年結成。 作品は四枚。 80 年解散。 暴走気味の情熱と厳かな古典色が混然となった初期の二作は、70 年代イタリアン・プログレッシヴ・ロックの傑作の一つ。 2009 年新作発表。グループ名は「乳と蜜の流れる地」という聖書の言葉より。

 Passo Secundum Mattheum

 
Marcello Giancarlo Dellacasa classic & electric & acoustic guitar, violin, bass, lead vocals
Alfio Vitanza drums, tambourine, timpani, bongo, bell, flute, vocals
Oliviero Lacagnina piano, Hammond organ, solina, cembaro, mellotron, Moog, celesta, vocals

  72 年発表の第一作「Passo Secundum Mattheum」。 文字通り、キリスト受難劇をモチーフにした作品。 受難劇はバッハの作品で名高い音楽形式であり、本作でも、そのスタイルを意識しつつ、モダンで自由な解釈を盛り込んでいる。 メロトロン、ストリングス・シンセサイザー、オルガン、ピアノなど多彩なキーボードを中心に、混声コラールやアコースティックな歌ものも交えた作風は、壮大なドラマであるとともにセンチメンタルな味わいももつ。 クラシックからジャズまでをカバーする、イタリアン・ロックらしい過剰な表現のおもしろさのある一級品だ。 エンディングの次に長い曲が、クラシック調ではなくジャズ・ピアノ・トリオであるところに真髄を見る。 終盤へ向けて、天井知らずで膨張する大仰さはピカ一。 プロデュースはアーナルド・ランバルド。

  「Introduzione(序曲)」(2:20) 静かなマーチのリズムとともに、混声合唱がフェード・インするオープニング。 厳粛だ。 一気に曲調はクライマックスへと膨れ上がり、合唱・ピアノ・メロトロンの力強い問いかけに応じて、ティンパニが二発打ち鳴らされる。 神々しく雄大なテーマが繰り返される。 メロトロンが静かに湧き上がり、ハイハットが刻まれる。 ドラマを予感させる演奏だ。 満を持してピアノがスリリングなテーマを提示。 ギターとドラムスが激しく反応する。 メロトロンは鳴り続ける。 繰返しはやがて熱いトゥッティへ。 ヴォリュームがすっと下がり、再び混声合唱が湧き上がる。 全ての楽器が激しく打ち鳴らされて終り。
  息を呑む雄大な序曲。 鐘のように鳴り響く壮大なアンサンブルとティンパニの呼応、スリリングなピアノとギターのかけあいが緊張感を高め、一気にリスナーをドラマへと惹き込む。

  「Il Giorno Degli Azzimi(過ぎ越しの日)」(1:27) 管楽器系メロトロンがうっすらと流れ、クラシック・ギターの素朴な演奏にクラシカルなチェンバロが重なる。 一転して田園風の雅な雰囲気である。 モノローグ。 そして歌いだすヴォーカルは、何かを称えるように清らかだ。 チェンバロとギターが寄り添う。 応えるは混声のコーラス。 神々の集いだろうか。 再びチェンバロに導かれたモノローグから、雅なヴォーカルへ。 ブレイク。
  雰囲気変わってリリカルなフォーク調の歌ものである。 典雅なチェンバロとヴォーカル、そしてメロトロンが、天上界の如き非現実感を強める。 チェンバロはクラヴィネットだろう。

  「Ultima Cena(最後の晩餐)」(1:49)転調しマイナーへ。 ギターとチェンバロが静かに哀しげに歌う。 モノローグも表情が沈む。 チェンバロのトリル。 ハーモニクスが弾ける。
   一転ピアノのスピーディなオスティナート。 女性コーラスと混声コーラスのコール・レスポンスが始まる。 オブリガートのハモンド・オルガンが、そのまま軽快な間奏へ。 続いてヘヴィなギター・ソロ。 再びピアノのオスティナートにオルガン、ギターが重なる。 やや唐突にフェード・アウト。
  冒頭部分が前曲の終わりと重複するように思えるのだが、哀しげな短調の響きがなんともいい。 そして、一転してせわしないドラムスとともに、目まぐるしく動き回るバロック・アンサンブルがスタート。 仰々しいコラール。 巻き舌気味のハモンド・オルガンがいかにも「らしい」音だ。 ギターは場違いな感じが強いのだが、この大胆さも魅力というべきだろう。

  「Getzemani(ゲッセマネ)」(4:16)アコースティック・ギターとピアノによるロマンティックな哀愁のデュオ。 再びモノローグとつややかなヴォーカルが呼応しあう。 3 曲目の再現である。 華麗なピアノの余韻。
  ハイハットが刻まれ、心地よい緊張感とともにリズムが形作られる。 チェレステとアコースティック・ギターによる透明感のある演奏に、メロトロンがうっすらと重なる。 リズミカルにして優雅。 メロトロンとストリングス・シンセサイザーがユニゾンする夢見るようなテーマ。 チェレステが間断なく刻まれる。 テーマは、伸びやかなヴォーカルが引き継ぎ、伴奏は、チェレステと典雅なストリングス・メロトロン。 ドラムスも多才なプレイを見せている。 間奏では、ムーグがテーマを繰り返す。 上昇音形からオルガン、ドラムスが見得を切り、チェンバロのオスティナートとドラムスのフリーなプレイの応酬へ。 再び、上昇音形からオルガン、ドラムスが見得を切る。 今度はメロトロンが激しく和音を刻み、ヘヴィなギターの登場だ。 二つのギターが左右のチャネルからせめぎあい、ドラムスが見得を切る。 ドラムスのタム回しは、再びムーグとメロトロンのユニゾン・テーマを呼び出す。 高らかに鳴り響くストリングスと砲撃のようなドラムス。 しかし、あまりに唐突に曲が千切れる。
  オープニングは、3 曲目のリプライズ、そしてその後は、多彩なキーボードがリードする優雅なシンフォニック・チューン。 広々としたゆったり感と切れ味いいリズムのコンビネーションの対比、そしてリズミカルなチェレステとテーマを奏でるムーグ、メロトロンの音の対比が効果的だ。 見得を切るようなドラムスのリードで繰り返し演奏を盛り上げると、最後には心地よい疾走感も生まれてくる。 しかしいいところで突然途切れるのだ。 果たして編集のミスなのか意図的なのか。

  「Il Processo(訴訟)」(1:30)囁くようなモノローグ一声から始まるは荘厳なる賛美歌風の混声合唱である。 激しいドラムスとアコースティック・ギターのストロークが伴奏だ。 合唱をひきついで、管楽器を思わせるムーグが朗々と高鳴り、ピアノが寄り添うロマンティックな演奏が続いてゆく。 ギターも力強くストロークを刻む。 ムーグ、ピアノが豊かな音量でシンフォニックな高まりを見せる。 余韻も美しい。
  1 分あまりを一気に盛り上って勝負するシンフォニック・ロック小品。 ロマンあふれるムーグのテーマとそれを支えるエネルギッシュなバッキングがすばらしい。 ドラムスも大活躍。

  「I Testimoni(1 parte)(証人達 パート 1)」(6:07)アコースティック・ギターによる不安げなアルペジオ。 モノローグに続いてハイトーンのツイン・ヴォーカルが歌いだす。 ストリングス・メロトロンがうっすらとたなびく。 ギターのアルペジオとムーグのうねり。 緊張した演奏だ。 やおらジャズ・ピアノが始まり、シンバルを打ち鳴らすドラムス、コードを刻むギターも加わってくる。 完全にジャズ・トリオである。 ハイ・テンションのピアノ・ソロが続く。 続いてブルージーなギター・ソロ。 ジミヘンがジャズ・コンボへ加わったような、奇妙な音の取り合わせだ。 ドラムスはジャズというよりも、ジャーマン・ロック=土人の太鼓系。 ピアノが帰ってくる。 ギター、ピアノ、ドラムスがそれぞれに主張しあう演奏だ。 デクレシェンド。 コンガのソロが続く。 再び、ピアノ・コンボがフェード・イン、熱い演奏が続く。 けたたましいギター。
  A 面最後から B 面冒頭までの中盤のクライマックス。 思わせぶりなオープニングを経て、すぐにジャズ・コンボへと変貌し、最後までジャジーなインストが続く。 うるさいくらいに叩きまくるドラムスと、アシッドなギターにジャズ・ピアノという壮絶なコンボである。 虚をつくおもしろさはあるが、演奏そのものはジャズというにはグルーヴがない。 結果としてジャジーなガレージ・サイケというイメージである。 ドラムスが大いに目立ちます。

  「I Testimoni(2 parte)(証人達 パート 2)」(2:18)前曲に続くようなギター・ソロがコンガのリズムとともに繰り広げられ、すぐにピアノが入ってジャズ・アンサンブルに戻る。 次第にドラムス・ソロとなるがピアノが戻ってフェード・アウトしてゆく。
   かつて LP の A 面から B 面にまたがっていた作品と思われるが、CD でも LP の時と同じくフェード・アウト、フェード・イン 後半も、やたらとうるさいドラムスとヘヴィなギターとピアノの演奏が続き、またもフェード・アウト。 斬新な編集である。

  「Il Pianto(悲嘆)」(1:49)メロトロンの柔らかな響きにフルートとアコースティック・ギターが重なり美しいアンサンブルをなす。 爪弾くように優美なピアノ伴奏で歌うヴォーカル、その震えるような高音のメロディが美しい。 慈しみと優しさを象徴するようなアンサンブルだ。 ピアノの演奏は、ややジャジーな表情も見せながら優美に続く。
  アヴァンギャルドな展開があるだけに、こういった美しい歌心を見せる演奏がひときわ映える。 透き通るようなピアノの音と深みのあるギターにいい味わいがある。 クラシカルにしてロマンティック。

  「Giuda(ユダ)」(0:44)突如激しく叩きまくるドラムスとギターのリフが飛び込む。 一転してリズムは 4 ビート・ジャズへ、そしてブルージーに歪んだピアノとヴォーカルが追いかける。 激しいリズムとともに、リフが火を吐くように襲いかかる。 再びピアノとヴォーカル。 激しいリフがひたすら繰返される。
  ヘヴィ・ロックとジャズ・コンボを猛スピードで交錯させた凶暴な小品。 前曲の叙情の対極にある狂気とエネルギーを爆発させている。 あまりに唐突なんでビックリ。 突然たたき起こされたような気持ちになる。

  「Il Re Dei Giudei(ユダヤの王)」(1:40)ノイジーなオルガンによるクラシカルなソロが激しいドラムスを呼び覚ます。 続いてヘヴィなギターとシャウトするヴォーカル。 ストリングス・メロトロンが高鳴り、シンセサイザーはメタリックな音色でドラマチックに歌い上げる。 ギターはひずんだ音によるハードなアドリヴ。 NEW TROLLS 風である。
  強引に盛り上がる「瞬間ハード・シンフォニック・ロック」。 ヘヴィなオルガンとギター、金属的なサウンドのシンセサイザーによるクラシカルなプレイは、まさしく 70 年代プログレの真骨頂だ。 音色こそ荒々しいが、分厚く叙情的なアンサンブルがうねりながらも突き進むさまに溜飲が下がる。 短くもピリっといい感じのシンフォニック・ロックである。

  「Il Calvario(カルヴァリオの王)」(7:07) 混声コラールが次第に声部を増しながら大きく響き渡る。 クレシェンド。 悠然たる歩みのようなティンパニのビート。 ブレイクを経て始まるのは、チャーチ・オルガンによるバロック調カデンツァ。 低音と高音の和音を呼応させる。 そして、再び厳かな音色ながらも軽やかに舞うようなソロが続いてゆく。 再び低音と高音の和音の呼応。 舞曲風の柔らかな旋律を歌ううちに、次第に複数の旋律が絡みあい、カノンを成して厳かな中にも情感があふれ出す。 再び圧倒的な音量で荘厳な和音が連続する。
  再びブレイク。 そして混声合唱が湧き上がり、ティンパニとドラムスがあたかも巨人の歩調のように重々しく刻まれる。 重厚だ。 轟々たるティンパニをきっかけにギターが現れる。 メロディを刻み込むように切々と歌い続けるギター。 ティンパニが一瞬激しくロール、ギターが叫ぶように反応し、再び混声合唱が男声を中心に厳かに湧き上がる。 ブルージーなギターとコラールのせめぎあいはやがてコラールがギターを圧倒してゆく。 シンバルが一閃しコラールが消えアコースティック・ギターが現れる。 鮮やかな音で哀愁のメロディを歌うギター。 ロマンティック。 モノローグ。 ストリングス・メロトロンがうっすらと流れる。 アコースティック・ギターが切ない。
  チャーチ・オルガンと後半のコーラスによる圧巻の本格クラシック。 重厚にして荘厳な響きがストレートに胸を打つ。 合唱に立ち向かうギターは、悩ましくも勇ましい。 最後のアコースティック・ギターは重厚な Mass 曲の中に織り込まれた一人の人間の真情が、たまらずこぼれ落ちたようだ。 ここの落差も感動的。 パワーも気品も申し分ないクラシカル・ロックです。

  「Il Dono Della Vita(復活)」(3:45)曲間なくアコースティック・ギターによるファンタジックなアルペジオが始まる。 平均率クラヴィア曲を思わせる愛らしいチェンバロが静かに加わり、ギターとともに典雅なデュオをなす。 そして歌い出すヴォーカルは、優美、しかしやや頼りなげだ。 ロマンティックにして哀愁のメロディである。 間奏ではフルートも加わって、歌メロをなぞる。 2 コーラス終ると、吸い込まれるように歌は消え、再びアルバムのオープニングを同じ混声合唱がフェード・イン。 あっという間にクライマックスに達し、合唱がギター、ピアノを呼び覚まし、ティンパニと勇ましく呼応しあう。 繰り返し。 ピアノのワン・ノートに導かれるように、再び合唱が響き始め、壮大なエンディングを迎える。
  ここまでの破綻気味の展開を忘れさせるに十分な、重厚さと哀愁のロマンティシズムが交錯する大団円。 オープニングへの回帰という展開は予想できたのだが、そこまで読めても感動させるだけの力と熱気がある。 クラシカルな哀感に満ちた歌ものパートを適宜挿入したのが大正解である。 この極端な落差に、どうしても不意を突かれるのである。 こういったエンディングは、終りよければすべてよしの典型のようなもので、イチャモンつけてもしょうがないのです。

  「Mese Di Maggio(五月)」()ボーナス・トラック。 アコースティック・ギターの弾き語りによるメイン・ヴァースとストリングスに彩られる叙情的なサビを繰り返す、ロマンティックな作品。 キーボードこそ多彩だが、NEW TROLLS と同様の繊細なアレンジのポップスである。 いかにもイタリアン・ポップスらしい佳品。


  荘厳なコラールによる序章からロマンティックな歌もの、ハードロックそしてジャズ・トリオまで様々な演奏を駆使して、壮大な宗教劇を演じる快作。 特に、アルバムのエンディングヘ向けた盛り上りがすごい。 演奏の中心となるのは、楽曲の色調を大筋で決め派手なプレイでもアピールするキーボードなのだが、そこへベース、ギターからヴァイオリンまでを盛り込むことで、表現が豊かになっている。 キーボード主体のシンフォニックな演奏の醍醐味は当然ながら、リリカルな歌ものとハードロック風のパワフルな作品も非常にいい感じだ。 素朴な味わいのメロディに独特の情熱を注ぎ込んだイタリアン・ロックならではの魅力が、はっきり現れている。 バタバタ凄まじいドラムスとジミヘンばりのファズ・ギターなどやや古めかしいところもあるのだが、緊迫感ある「Il Re Dei Giudei」のような作品のもつ魅力はおそらく永遠のものだろう。 そして、短い楽章が数多く積み重なる構成にもかかわらず、一つ一つの小曲がしっかりと個性を放って輝いている。これもすごいことだ。 特に曲間を意識せずに、一気に聴くのがいいのだろう。 ジャズになり切れない中途半端な演奏やあまりに唐突な編集など、強引極まるところもあるのだが、重厚なテーマに真っ正面から取り組んで何とかしてやろうという熱っぽい気概が、そういった細部の問題をブッ飛ばしている。 ひたすら熱く濃い思い込みが詰まった名盤であり、70 年代イタリアン・ロックの仰々しさを味わうにはもってこいである。 NEW TROLLS の「Concerto Grosso」が好きな方には、お薦めです。 それにしても、法王庁にて御前演奏も行ったというのは、マジなのでしょうか。 法王は腰を抜かさなかったのでしょうか。 ちなみに、2001 年ユニバーサルからの紙ジャケ・リマスター盤は、音そのものは 94 年の POLYDOR 盤と同じです。 EDISON 盤の方のみ、ボーナス目指して買い換えましょう。

(UICY-9119

 Papillon

 
Marcello Giancarlo Dellacasa classic & electric & acoustic guitar, violin, bass, vocals
Alfio Vitanza drums, tambourine, timpani, bongo, bell, flute, vocals
Oliviero Lacagnina piano, Hammond organ, cembaro, mellotron, Moog, celesta, vocals

  73 年発表の第二作「Papillon」。 二つの組曲と幕間劇のような二つの小品から構成される。 最初の大作は、映画でも名高い脱獄劇「パピヨン」をモチーフとする。 後半の組曲は、ベートーベンなどクラシカルなテーマを翻案したもの。 クラシック、ジャズを大幅に取り入れたキーボード・ロックは、オーケストラの参加を得て、さらにシンフォニックにスケール・アップ。 前作では無鉄砲気味だったアヴァンギャルド・タッチも、本作では演出としてしっかり練られている。 バロックなキーボード・ロックとしては、前作を凌ぐ芸術性と面白さをもち聴きやすさもある。 ジャズ・コンボもぐっとうまくなった。 傑作。

  組曲「Papillon」(19:46) 序曲と 7 つの楽章から成る超大作。 演奏、構成ともに EL&P への意識は強い。 アグレッシヴなインスト・パートを、「展覧会の絵」のプロムナードのように弾き語りのヴォーカル・パートがつなぐ、クラシカル・ロックである。

    「a) Overture」(1:07)「Tarkus」を思わせるエネルギッシュなハモンド・オルガンのオスティナートが強烈に轟く序曲。 ハモンド・オルガンの挑戦的なソロ、ムーグやメロトロンとのクラシカルなアンサンブル、さらにコーラスも交えたスリリングな演奏だ。 ヴァイブの音もいいアクセントだ。 ハモンド・オルガンとメロトロンがいっしょに聴こえる演奏は、実はなかなか珍しい。 インストゥルメンタル。

    「b) La Fuga」(2:21) ユーモラスなホルンとフルートによるイントロから、アコースティック・ギター弾き語りによるメイン・テーマへ。 ヴォーカルはさほどうまくはないが、素朴にして若々しく、ノーブルである。 この素朴なテーマが、この後も繰り返し現れる。 前曲のテーマとスリリングな序曲との落差がおもしろい。
  続いてチャーチ・オルガンの壮麗なリフレインがはちきれんばかりに高まる。 何が起こるかと身構えると、急転直下、ジャズ・ピアノ・トリオへと変貌。 過激なインストゥルメンタルのスタートだ。 ピアノのスタイルには、キース・エマーソンを思わせるところもあり。 スリリングなジャズに切り込むハモンド・オルガンのバロック調オブリガート(これもエマーソン風)、メロトロンを背負ったステファン・グラッペリ調のエレガントなヴァイオリン・ソロなど、鮮烈なプレイが現れる。 ジャジーな演奏の後半、伴奏にムーグ・シンセサイザーも現れる。 さらには、チャーチ・オルガンも登場。 ストリングスのような響きで、ジャズ・コンボと鮮やかに対比する。 目まぐるしい展開。 最後は、再び弾き語りによるテーマ。 ベースは、ペダルだろうか、やや変わった音である。

    「c) Il Mercato」(3:21)再び、メイン・テーマのリリカルな弾き語りを経て、突如、EL&P 調のキーボード・アンサンブルによる、けたたましくワイルド、なおかつクラシカルなインストゥルメンタルがスタート。 前半は、ハモンド・オルガン、ピアノが、バッハのフランス組曲を思わせるテーマのユニゾンやハーモニーで走り、ムーグのオブリガートやメロトロンの伴奏がすっと湧き上がる。 主従が巧みに変化する、みごとなオーケストレーションだ。 たたみかけ攻め立てるような調子と決めのフレーズは、やはり「Tarkus」に似る。 ドラムスも、キーボードのフレーズにぴったり寄り添って叩きまくる。 4 拍 3 連も決まっている。 後半はハモンド・オルガンの速弾きを合図に、メロトロンの伴奏と金管風のムーグのファンファーレが重なり、ティンパニが轟く勇壮な演奏。 コラールも入る。 後半、オルガンのオスティナートをムーグ・シンセサイザーのファンファーレがぬりかえてコラールが高まるところは、EL&P の「Endless Enigma」に酷似。 スリリングなキーボード・ロックである。

    「d) L'Incontro」(3:56) またも、ギター弾き語りによるメイン・テーマ。 アルペジオがやや込み入っている。 メイン・ヴォーカルに応じるファルセット・ヴォイスもあり。 続いて、同じ楽章のまま、間奏曲「Rimani Nella Mia Vita」へ。 管弦楽をしたがえたロマンティックなヴォーカル・ナンバーである。 ピアノ、ホルン、ムーグらに支えられた哀愁のバラードから始まり、メロトロン、管弦楽と次第にスケール・アップしてゆく。 サンレモ音楽祭向きのシンフォニック歌謡である。 序盤は、繊細なヴォーカルをピアノがやさしげに支え、染み入るように美しい。 後半は、ハイトーンのコーラスも加わって、イタリアン・ポップスらしく華やぐ。 暖かみのあるホルンの調べと管弦楽の響きが胸を打つ。 本曲のようなナンバーこそ、英国ものの類似品ではない、イタリアン・ロック独自のものだ。

    「e) L'Arresto」(2:50)アコースティック・ギター弾き語りによるメイン・テーマ。 繰り返し部では、ハーモニー・ヴォーカルも加わる。
   メロトロン・ストリングス、メロトロン・クワイア、フルート、ピアノによる古色蒼然たるオーケストラ。 スリリングにしてロマンティックな演奏である。 ヴァイオリン、ギター、クラヴィネット、ドラムスが激しく交錯するジャズロック調の演奏と、メロトロン・ストリングスとムーグによるメロディアスかつ幻想的な演奏が一瞬のブレイクをはさみ、交互に立ち現れる。 激情と諦念を往復する心理のようだ。 再びオープニングのオーケストラに戻るが、今度はホルンがリードを取り、フルートがさえずるようにオブリガートする。 短いモチーフで緩急の変化を繰り返し、哀感あふれるテーマへと流れ込む劇的な作品だ。 管弦楽風メロトロンを駆使した曲調は、全体にメランコリックであり、同時に緊張感に富む。 揺れる心情を表すような、アヴァンギャルドな作風である。

    「f) Il Verdetto」(1:30) メロトロン伴奏による、ややメランコリックなメイン・テーマ歌唱。 続いて、ピアノとチェレスタによる密やかなデュオ、そして驟雨の音とともに、物悲しいホルンの調べ。 メロトロン・ストリングスが静かに湧き上がる。 美しい演奏だ。 そして、哀しくもロマンティックなピアノ・ソロ。 再びテーマ歌唱が重なる。 哀しみの向こうに言葉にできない思いを感じるバラード。
    そのまま、次章「g) La Trasformazione」(3:44)へ。 叩きつけるような激しいバンド演奏から、管弦楽による勇壮なマーチへと進むインストゥルメンタル。 クラヴィネットやギター、ムーグが唸りを上げるヘヴィな演奏と、風に千切れる遠吠えのようなムーグのポルタメントを用いたプレイが、ブレイクをはさんで過激に入れかわる。 静と動の極端な対比は、重々しいティンパニと管楽器の雷鳴、メロトロンの低音を呼び覚ます。 ホルストの名作を思わせる壮大なイメージ。 銅鑼の一撃をきっかけに、中盤からは管弦楽が加わり、オルガンがリードするマーチへと進む。 重厚にして、希望の見える明るさもある。 しつこいが、エマーソンの名作「Abbadon's Bolero」を思い出さざるをえない。 ソプラノ・コーラスによる舞うようなテーマ歌唱。 管弦楽による力強く明るい演奏。 やや散漫だが、コラージュのような勢いと急激な変化のおもしろさがある。

    「h) Corri Nel Mondo」(0:46) 管弦楽伴奏による長調へ転調したテーマ歌唱。 コーラスが明るくオブリガートする。 ふと消え入るヴォーカルに続き、エピローグはハモンド・オルガン、チェンバロらによるテーマのクラシカルな変奏が快活に演奏される。

  管弦楽をフルに用いたシンフォニック・ロックの快作。 フォーキーなテーマを狂言回しに、クラシカルな演奏を散りばめた華麗な内容である。 前作に比べると、曲の流れは遥かに自然であり、聴きやすい。 オープニングの「Tarkus」を思わせるハードなハモンド・オルガンのプレイで思わず息を呑む方も多いはず。 嵐のようなキーボードの演奏からクラシカルな管絃、メロウなヴォーカルへと、動と静を組み合わせて目まぐるしく動き回るスタイルは、全てが過剰であるプログレッシヴ・ロックの完全な典型である。 管楽器のリリカルなプレイや迸るメロトロンはもちろんのこと、管弦楽からハーモニー・ヴォーカルまで、あらゆる道具立てが駆使される。

  「Divertimento」(1:59) ジャズ・ピアノ・トリオをメロトロン、オルガンが彩るセッション風の作品。 イントロはチャーチ・オルガン。 ジャズ・コンボとクラシック・アンサンブルが交互に現れるも、最後には合流し、ジャズのリズムでメロトロンとオルガンが演奏される。 大胆なアレンジだ。 ジャズ・トリオの演奏が、前作より格段にうまくなっている。 ブラシを用いたドラムス、ベースともに進境著しい。 もっとも作品としてはあまりまとまりがなく、A 面の埋め草ととれないこともない。

  組曲「Patetica」。 第一部「Parte Prima」(4:29)は、表題通り、いきなり悲壮感あふれるピアノ・ソロ、ベートーベンの「悲愴」から始まる。 ドラムス・ロールをきっかけに、小気味いいハモンド・オルガンがベートーベンのテーマを奏でて走る。 一転、ジャジーにスウィングするリズムとともに、ピアノ演奏がスタート。 ちょっとグレン・グールドを思わせるところもある。 伴奏にはメロトロン・ストリングスが湧き上がり、オルガンは軽やかなリズムで悲愴のテーマを携えて走ってゆく。 アルペジオに続き、ヴィヴァルディ風のテーマをリズミカルにテンポよく決め、ベートーベンも回顧する。 いかにも次へと橋渡ししそうなドラムス、しかし、なぜかフェード・アウトしてしまう。
   シリアスな本格クラシック・ピアノ・ソロによる序章から、ハモンド・オルガンのソロを経て、またもモダン・ジャズ・アンサンブルへと移ってゆく。 ハモンド・オルガンは、ジャズでもクラシックでも何でもござれで、リズミカルに走ってゆく。 途中、他にも有名なクラシックのテーマも現れる。

  第二部「Parte Seconda」(6:18) ヴァイオリン・ソロをフィーチュアした華やかな弦楽奏からスタート、冒頭はベートーベンだろうか、ワンコーラスでヴァヴァルディの「四季」、「春」のテーマへと変化する。 伴奏の弦楽は、メロトロン・ストリングスかもしれない。 QUELLA VECCHIA LOCANDA を思わせるソロ・ヴァイオリンは、メロトロンと呼応しながら、さまざまなテーマへと奔放に飛躍し、舞い踊るが、音程は若干怪しい。それでも、ロマンティックにレガートな演奏が続いてゆく。 第一部と同じく、ジャジーなドラムスが入り、クラヴィネットが刻む和音のリードで、エレピ、オルガン、メロトロン・ストリングスらによるせめぎあうような、ややブルージーな 8 分の 6 拍子のアンサンブルに発展する。 一瞬にしてブレイク、クラヴィネットがエンジンをかけて、再びオルガン、ムーグ、ベースらが呼応する 8 分の 6 拍子のアンサンブルが続く。 たたみかけるアンサンブルを伴奏に、ムーグ・シンセサイザーの気まぐれなアドリヴ。 続いて、電気処理されたドラムス・ソロ。 再びクラヴィネットをきっかけに、ムーグ、オルガンらによるアンサンブル。 一瞬で、スインギーなジャズ・ピアノ・コンボに切り換わる。 またもや、伴奏にメロトロン・ストリングスがゆったりと満ちてゆく。 この展開は、第一部と同じだ。 再び 8 分の 6 拍子のハードなアンサンブルがピアノのプレイの間に挟み込まれて、轟音とともに決着がつく。
   弦楽奏による雅なバロック調から、モダン・ジャズを経て、ロックのアンサンブルへ、ソロをはさんで再び、ジャズ、ロックへと変転しつつ、最後はこん然となってゆく。 輪廻のような不可逆のような、幾重にも渦を巻くような奇妙な作品である。 中心がドラムス・ソロというのも大胆です。 よく思い出すと、ヴァイオリンは最初だけなので、やっぱり不可逆型でしょう。 ピアノはジャズでも一級品。

  第三部「Parte Terza」(5:52)は、空気のいいのどかな田園風景を思わせるオープニング。 アコースティック・ギターのアルペジオとハーモニクスは、メロトロン・ストリングスとホルンの響きに支えられて、次第にソフトなコード・ストロークになってゆく。 角笛のように遠くこだまする音は、ムーグ・シンセサイザーでしょうか。 ヴォーカル、コーラスはあくまでソフト。 メロトロンが夢の中のように幻想的に輪郭をにじませ、ホルンのようなまろみを帯びたシンセサイザーの音が、第一部のテーマを優しく奏でる。 MAXOPHONE を思い出す演奏だ。 透き通るようなメロトロン・ストリングスの響きとともに、ヴォーカル・ハーモニーは続いてゆく。 間奏は、メロトロン、アコースティック・ギターの伴奏による、のどかなホルンの調べ。 フルートは静かに舞い、ホルンによるテーマはアンサンブル全体が引き受けて、悠然と広がり始める。 ピアノがきらめくように音を散りばめる。 カラフルで柔和なアンサンブルだ。 メロトロンとブラスが勇ましい旋律を響かせ、さまざまな音が散りばめられながら、アンサンブルは消えてゆく。
  アコースティックな弾き語りに管楽器とキーボードが和やかな広がりと柔らかな手触りを与える佳作。 リズムレスで始まり、後半のインストゥルメンタルでリズムが加わって、管弦楽とともにテーマを朗々と歌い上げてゆく。 ソフトな音色に、おちつきと優しさが満ち溢れる。 変転を重ねた第一部、第二部を受けた、暖かくも包容力ある最終章です。 イタリアン・ロックらしく、決めどころでは、こういったのどかなフォーク・ソングが絶妙の味を出す。
   クラシックのモチーフを使った奔放なアレンジと奇抜なサウンド変転による奇想曲。 モダン・ジャズ調の音やエレクトリックなアドリヴをふんだんに交えている。 アレンジは、アンサンブルによるクラシックのテーマに、即興(ジャズ風のものと R&B 風のもの)とエレクトリックなサウンドをどんどん放り込むものであり、単純といえば単純である。 ただし、この自由闊達でためらいのない感じこそがプログレの基本姿勢である。 そして、みごとにアコースティックな終章のまとめが、心地よい余韻を約束する。

  「Strutture」(3:52) ギター、ピアノ、ベース、ドラムスのジャズ・カルテット。 「個性的な」エレキ・ジャズ・ギターのフリーなアドリヴをフィーチュアする。 ギターがそういう感じなので、ピアノのロマンティックな演奏が際立つ。 リズムもけたたましい。
  誰も一歩も引かないジャズ・コンボ。 ジャズ・ギターは、ようやくの出番らしく、やりたい放題。 理性はピアノにある。 ユニークなアルバム・エピローグである。

  「Tanto Amore」(3:52) ボーナス・トラック。 イタリアン・ポップスらしいロマンティックな歌もの。

  キーボード中心のアンサンブルに、クラシックやジャズを大胆に取り込んだ作品。 タイトル・ナンバーは、七部構成の組曲。 ハモンド・オルガンやギターによるアグレッシヴなインスト・パートを、メローなヴォーカル・パートでつないだ構成がユニークだ。「Tarkus」風のほほえましいイントロに続き、インストゥルメンタル・パートでは、卓越したドラミングと多彩なキーボードを軸に変化に富む演奏を見せる。 オルガンとユニゾンする手数の多いドラムスは、こういう演奏には欠かせない。 管弦楽からコラールまで取り入れた超大作である。
  もう一つの大作「Patetica」も、クラシックやジャズを取り込み、インストゥルメンタルを明確な章立てで組み立てた作品である。 個人的には、ヴォーカルとインストゥルメンタルが頻繁に切りかわるドラマ仕立てのタイトル・ナンバーよりも、ストレートかつスリリングな展開を持ったこちらの組曲が、気に入っている。
  クラシックについては、フレーズの丸ごと流用という素朴なアプローチなのだが、ジャズ演奏については、最終曲のようにかなり本格的にしてアヴァンギャルドである。 そして、いわゆるキーボード・ロック特有の攻撃性と痛快さばかりではなく、ギターやフルートらによるアコースティック・アンサンブルのデリケートな魅力もある。 クレジットがないためはっきりしないが、おそらく多彩な楽器はベーシストとキーボーディストが担当しているのだろう。 フルートやギター果てはヴァイオリンやホルンまで操るとは、相当の才人である。 ぐいぐいと押し捲るハードネスとクラシカルなデリカシーを一体化し、決め手は、構成力や精度よりもあくまでパワーと明るさだと開き直る、イタリア 70 年代ならではの好作品。 独特のチープさも愛すべきである。

(POLYDOR ERC-32003 DCI23136)

 Aquile E Scoiattoli

 
Alfio Vitanza drums, 12 string guitar, vocals
Massimo Gori bass, slide acoustic guitar, vocals
Luciano Poltini hammond organ, moog, clavinet, piano, vocals
Mimmo Damiani electric piano, solina eminent, guitar, vocals
guest:
Vittorio De ScalziNEW TROLLS flute
Aldo De ScalziPicchio Dal Pozzo sax
Leonard Lagorio sax
Giorgio KaraghiosoffPicchio Dal Pozzo flute

  76 年発表の第三作「Aquile E Scoiattoli(鷲と栗鼠)」。 ドラムス以外のメンバーを一新し、キーボーディストが一名増えた新生グループによる作品。 グループ名も、「Latte Miele」と真ん中の E がなくなっている。 内容は、キーボードを演奏の中心に据えながらも、作曲者の交代によるのか前作までのような一大コンセプト指向ではなく、よりストレートな、70 年代後半らしいポップス色を打ち出したもの。 A 面ではヴォーカルもフィーチュアして、欧米メイン・ストリームに倣いつつもクラシカルで爽やかなロマンの香気漂う、イタリアらしいポップ・ロックになっている。 一方、シンフォニックなプログレ路線は、B 面をいっぱいに使った 20 分余りの大作に集約された。 ただし、この作品でも軽めなノリのよさを取り入れており、EL&P があまりうまく成し遂げられなかった路線変更をセンスよくこなしている印象がある。
   もう一つ特徴的なのは、シンセサイザーがより頻繁に、効果的に使用されるようになったこと。 ヴォーカルとともに軽やかに歌うところから、雄大なスケール感と打ち響くような重厚さのあるインストゥルメンタルでのリード・プレイ、さらには効果音として、全編に織り込まれている。 A 面の作品でも、聴きやすいポップス調にフルートなどに加えてキーボードの音がぜいたくに配されている。
  コンセプト性は希薄ながら、音楽としてはしっかり練れており、実験色が強く思い込み先行で破綻寸前な面もあった前二作よりは、リスナーを選ばない内容といえるだろう。 3 曲目のジャジーな音は前二作にはなかった新鮮な作風だ。 5 曲目のインスト大作は、中盤 10 分辺りからのムーグ、ソリーナによる緩徐楽章が美しい。 終盤は、ボレロからミステリアスなフリー・フォームの演奏へ突入。 プロデュースは NEW TROLLS のヴィットリオ・デ・スカルツィ。 ゲストのフルートが大きくフィーチュアされている。

  「Aquile E Scoiattoli」(3:39)ウエストコースト風味もあるアコースティックな歌もの。

  「Le Vacche Sacre(Il Falso Menestrello)」(5:12) イタリアン・ロックらしい洒脱な作品。GENESIS の作品のようにオルガンやシンセサイザー、フルートがヴォーカルを守り立てる。 スライド・ギターが印象的。ヒネリのある展開がプログレらしさを演出。

  「Menestrello」(5:10)タイトルは「吟遊詩人」の意。ヴァイオリン、アコースティック・ギター伴奏の哀しくも美しいバラード。中盤、泣きのギターとともに大いに盛り上がるが、ここでもシンセサイザーが巧みに使われている。 終盤のエレクトリック・ピアノによるジャジーなソロが鮮やかなアクセントになっている。

  「Opera 21」(5:03)ベートーベンのアレンジ。テーマ部はクラシカルだが、展開部では幻想的で自由な広がりを見せる。 TRACE 風のイージー・リスニング調アレンジが冴える、クラシカルかつジャジーなインストゥルメンタルだ。ストリングス系の音を中心に華やかなシンセサイザーが大活躍。

  「Pavana」(23:45)小気味いいビート感とジャズ、クラシカル・タッチがうまくブレンドしたキーボード・シンフォニック・ロックの佳品。

(SUBTERANEA RECORDS SUB 01)


  close