IL VOLO

  イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「IL VOLO」。 元 FORMULA TRE のメンバーとスタジオ・ミュージシャンらによって結成された P.F.M に続く NUMERO UNO レーベルのスーパー・グループ。 作品は二枚。

 Il Volo
 
Alberto Radius electric & acoustic guitar, electric sitar, vocals
Gabriele Lorenzi organ, eminent, moog, cembalo
Gianni Dall'Aglio drums, vocals
Mario Lavezzi acoustic & electric guitar, 12 strings, electric mandolin
Vince Tempera fender electric piano, clavinet, acoustic piano
Roberto Callero(OLOV) bass

  74 年発表のデビュー盤「Il Volo」。 内容は、ジャジーな器楽とイタリアン・ロックらしいフォーク・テイストがマッチした「テクニカル歌ものロック」。 もっとも、「歌もの」とはいうものの、メロディアスで素朴なヴォーカル・パートすらも器楽の一部として緻密に扱った編曲のマジックが本作の凄みである。 あらゆる点で高度にテクニカルなインストゥルメンタル作品であり、稠密さのあまり、息苦しささえ覚える可能性がある。 初期 P.F.M が、クラシカルな技法と英国プログレの直接的影響に基づいて洗練された音世界を提示したのに対して、本作は、ジャズ/フュージョンとイタリアン・フォーク、イタリアン・ポップスが手を取った華麗で官能的な音世界である。 FORMULA TRE の最終作の延長上で、さらに技巧を積み重ねたようなイメージといってもいい。
   そして、いわゆるフュージョン・ミュージックとの決定的な違いは、「歌」を楽器ととらえると同時に器楽の方にも「歌」を血として通わせるというプロセスを踏んでいるところだ。 したがって、ツイン・ギター、ツイン・キーボードを活かして丹念に積み上げられたアンサンブルは、スリリングであると同時に絶妙の呼吸を見せ、朗々たる「歌」の力を誇示している。 そして、その結果ポップなのだ。 もう一つの特徴は、濃密な情熱を感じさせるにもかかわらず、音が過剰ではないところ。 むしろ、そぎ落としたようなイメージがある。 ストリングス系シンセサイザー、エレピ、アコースティック・ギター、ギター、ベース、ドラムス、すべてが綿密な計画に則って配置された楽曲は、類まれな完成度をもつ「ポップス」なのである。 これはまさに、イタリアでしか生まれなかった音楽だろう。 作曲は、ラディウスが 3 曲、生ギターのラヴェッツィが 2 曲、オルガンのロレンツィが 2 曲、ドラムスのダラジリオが 1 曲と分けあい、それぞれに個性を発揮する。 (ベーシストのロベルト・カレロは、契約上の問題のためか、内ジャケの写真では後ろ向きであり、名前も仮名 (OLOV) になっている) プロデュースはモゴール。

  「Come Una Zanzara(一匹の蚊の如く)」(4:28) 即興のような、謎めいた(ある意味自信に満ちた)オープニングは、キーボードの号令とともに一つにまとまって、一気呵成に走り出す。スリリングな全体演奏だ。 緻密なリズムと小気味よく和音を刻むエレピ、なめらかなギターらが一体となって息を呑むような緊張感ある世界を作り上げている。 稠密な音空間から一転して、間を活かし、ベースのリフに導かれて次々とソロが連なってゆく序奏のカッコいいこと。 ヴォーカルはやや斜に構えており、主役はギター、鋭いシンセサイザーとワイルドなエレピ、ストリングスらに譲っている。 レガートにして独特な「鳴声」ギターは終盤をリードするが、アンサンブルの主役は、やはりキーボードとキツ目のリズム・セクションだろう。 ラヴェッツィ作。 揺れ動く粒子が共鳴しあい、次第に一つになり、迸る流れとなってゆくようなドラマがある。 刹那にきらめき去ってゆくプレイは、とてつもなく強烈なイメージを一瞬で焼き付ける。 BRAND X 並みの演奏力で、抑えを効かせて、センスのいいポップスをやっているといえばいいでしょう。 間の活かし方は、もはや「粋」の世界に足を踏み入れている。 大傑作。

  「La Mia Rivoluzione(魂の変革)」(3:53) 前曲の熱気をクール・ダウンするかのように、アコースティック・ギターがかき鳴らされると、そこはもう正調ラディウス節の世界である。 この落差の演出、みごとである。 訥々とした歌に散りばめられるアコースティック・ギターの調べ。 丹念にして恐ろしく切れ味のいいハイハットとシャフルのベース、深く奥行きを掘り下げて歌を波打たせ浮かび上がらせるストリングス系キーボード、ヨレながらも小気味いいシタールのオブリガート。 高まるヴォーカルにさり気ないコーラスが寄り添い、ピアノがシャフルのビート感を強める。 力強く心地よくグラインドする演奏。 なぜかバスドラは大胆な複合拍子を刻む。 終盤はギターが加わり、ややハードなタッチへと進むも、透き通るようなストリングスの高まりとベースのリフレインをきっかけにテンポがずっしりと落ち、ギターがむせび泣きながら幕を引く。 ラディウス作。 この能天気なようで熱気と濃厚な官能をはらみ、それでいて哀愁をまとった枯れ果てたような雰囲気は、絶対に英国ロックにはありえない。 丹念なドラムスにも注目。 甦る FORMULA TRE

  「IL Calore Umano(情念)」(4:44) 遠慮がちにかき鳴らされるのは、12 弦ギターかシタールかマンドリンか。 静かに湧き上がってくるのは、哀愁とロマンの乾燥した風にさらされたヴォカリーズによるテーマ。 このテーマ、モリコーネのマカロニ・ウェスタンや小室等の「木枯し紋次郎」のテーマを思い出してしまう名品である。 ギターが官能的なポルタメントでテーマを受け止めると、気分はうっすら AOR、いやフュージョンか。 かすれたような、薄めのメイン・ヴォーカルにも味がある。 再びテーマを歌い上げるのは、ラディウスのしなやかなギターだ。 エレキギターに追いすがる、ぞっとするようなアコースティック・ギターのプレイ、多彩なドラミングもいい。 ラヴェッツィ作。テーマ一発であり、AOR、フュージョン・タッチを垣間見せつつも、男臭いロマンを感じさせる作品だ。 音数の少なさに注目。

  「IL Canto Della Preistoria(創世期)」(4:35) だみ声モノローグに静かにアコースティック・ギターが重なり、ソフトなヴォーカルが追いかける。 またも静かな幕開けだ。 位相系エフェクトで緩やかにうねるギター、鋭くきらめくアコースティック・ギターのストローク。 正調イタリアン・ロックたる長閑でなめらかなフォーク・タッチ、そしてサビで加わるエレピに象徴される、ほのかなジャズ・テイスト。間奏の奇妙な音は、デヴィッド・サンシャスも愛用していたブレス・コントロールのキーボード(あるいはギター・シンセサイザー)? 素朴にして品あるハーモニーを取り巻いて、ドラマティックに高鳴るシンセサイザーの応酬。 ラディウス作。やや未消化ながら、おもしろい音を多用したフォーク・ソング。晴れ渡る空と乾いた風、旅の空を思わせる佳品である。

  「I Primi Respiri(始まりの吐息)」(3:53) 素朴な歌をエレクトリック・ピアノ、ストリングスとマンドリンを含む多彩なギターによる伴奏で取り巻く。 キャッチーなオブリガートが印象的な、アメリカ西海岸寄りの作風である。 精緻に音を編み上げながらも、厚ぼったさがなく軽やかであり、ポップスとして一級品である。 P.F.M の「L'Isola Di Niente」同様、ジョージ・マーティンのアレンジを模したようなところも。 ロレンツィ作。

  「La Canzone Del Nostro Tempo(讃歌)」(4:16) FORMULA TRE を思わせるスピード感あふれるハード・タッチの快作。 1 曲目同様、刻みまくるリズムで攻め入る。 キメのヴォーカルとギターのコール・レスポンスは、とてつもなくカッコいい。 エレクトリック・ピアノのオブリガート、アドリヴも強烈だ。 中間部のスローな幻想パートの存在が、硬質な全体演奏と華麗なコントラストをなし、作品世界に大きな広がりを与えている。 終盤、ストリングスを巻き込んだ豪快な演奏を、エレピとギターのバトルが貫き、唐突なピアノの和音がすべてを断ち切る。 ハードなジャズロックの傑作。 ラディウス作。次回作につながる内容だ。

  「Sonno(睡魔)」(4:11) アコースティック・ギターのストロークとメロトロンが響く、幻想的でソフトなバラードから、エレキギターのリードでジャジーで軽やかな演奏へと進む。 密やかな歌唱に、再びジョージ・マーティンもしくは 10CC 風の広がりのあるアレンジが冴える。 70 年代の音だ。(ポール・マッカートニーとウィングスの音といってもいい) 独特のコード進行とハーモニーがクールさを演出するも、リズム・セクションとギター、キーボードが一体となったダイナミックなアンサンブルが、力強くオプティミスティックに走る。 洗練されたポップ・チューンだ。 ダラジリオ作。

  「Sinfonia Delle Scarpe Da Tennis(テニス靴のシンフォニア)」(2:57) チャーチ・オルガンが鳴り響くイントロダクションは、位相系エフェクトのねじれを残したまま、あっという間にシャフル・ビートのフォーク・ロックへ。 太鼓風のフロア・タムがおもしろい。 なんとなく日本のフォークにも通じる世界である。 フロア・タムとピアノの連打による不思議な挑発。 突き抜けそうで突き抜けない。 淡いユーモアをきらきらとした音で包んでゆく。 ロレンツィ作。


  ツイン・キーボード、ツイン・ギターによる、洗練された「歌もの」テクニカル・ロック。 器楽はいわゆるバッキングにとどまらない主張を持ち、きわめてぜいたくなサウンドとともに緻密に構成されている。 それでいて冗長ではなく、短くピリッと決めて見せるところが粋である。 まるで、過剰にならずにきちっと決めるのが本当にカッコいいことなのだよと、諭すような内容なのだ。 ヘヴィなロックとしてのダイナミズムと、なめらかなジャズ/フュージョン・テイストの絶妙のブレンドによる、テクニカル・ポップスといってもいい。 あえていうならば、歌もののよさとハイテクニックの演奏とが相容れない面も散見され、ややどっちつかずになっているところもある。 (ポップ・ミュージックとして FORMULA TRE の最終作を越えられているかというと、難しいところだ) これは、イタリアン・ロックが本来歌の魅力を誇っているだけに、なおさら感じられるのだろう。 それでも、全体としては、孤高のオリジナリティを誇るイタリア屈指の名盤といえるだろう。 個人的には、きちっと抑制されながらも躍動するリズム・セクションや、抜群の表現力を持つラディウスのギターなど、大好きなプレイでいっぱいです。 この意気込みの感じられるサウンドは、ジャケットの少年の純粋な瞳の輝きと同じく、広い世界への意識がもたらしたのかもしれない。 2003 年 BMG からのリマスター盤は以前の KING レコードの CD と比べると格段に音質が向上しています。

(K32Y 2051 / BMG 82876544132)

 Essere O Non Essere? Essere, Essere, Essere!
 
Alberto Radius guitars, vocals
Gabriele Lorenzi keyboards
Gianni Dall'Aglio drums, percussion, vocals
Mario Lavezzi guitars, mandolin
Vince Tempera keyboards
Roberto Callero bass

  75 年発表の第二作「Essere O Non Essere? Essere, Essere, Essere!」。 一作目よりもインストゥルメンタル・パートが拡大された本作は、濃厚なエモーションをカミソリのように研ぎ澄まされた音で奏でる、イタリアン・ロックの大傑作の一つ。 エキゾチックなテーマを巡って、次々とテクニカルなプレイが現われるが、いわゆるジャズロック/フュージョンともニュアンスが異なる。 むしろ、アコースティック・ギターの巧みなコード・ストロークや、ジャジーというにはあまりに性急なギター、華やかなシンセサイザーなど、歌のないインストゥルメンタル・ロックといった方がいいだろう。 もしくは、弾き語りフォークをインスト化し、エレクトリックかつテクニカルに推し進めた果ての新しい音楽といってもいい。 ヴォーカルの代わりにリード楽器が雄弁に語り歌う、そんなサウンドなのだ。 そして、テーマとなるメロディにはイタリアン・ポップス伝統の独特の華がある。 エレキ、アコースティックそれぞれのツイン・ギターとツイン・キーボードを中心にした編成のはずだが、ピアノがあまり出てこないところを見ると、おそらく今回は、ロレンツィが一人でほとんどのキーボードをカヴァーしているのだろう。 前半は、ラディウス、ラヴェッツィのコンビによる、パーカッシヴで疾走するようなイメージの作品であり、後半はミステリアスなところも含め、多彩な雰囲気を見せている。 プロデュースはモゴール。
   NUMERO UNO 再発 CD のジャケットはオレンジ色の背景ですが、LP は蒼天だったと思います。 オリジナルはどちらでしょう。 音質を問うならば、2003 年の紙ジャケット日本盤(BVCM-37499)がお薦め。

  1 曲目「Gente In Amore(愛につつまれて)」(5:03) エフェクトで加工され、管楽器かシンセサイザーのようになったラディウス特有のエレキ・ギターが切なくささやくオープニング。(何気なくも 11 拍子である) 星が転がるようなエレピの爪弾き、絶妙のタイミングで切り込むベース・オブリガート、うっすらと霧を吐くストリングス・シンセサイザー。 静かながらも有機的な連携を見せる丹念なアンサンブルであり、ロマンティックにして知的なカッコいいオープニングだ。 一転、激しく打ち鳴らされるドラムスとともに、豪快極まる演奏が雄々しく立ち上がる。 空を切り裂き追いかけあうギター、シンセサイザーのテーマ、そしてクラヴィネット、ワウ・ギターによるリズミカルなバッキング。 鋭く強烈な演奏だ。 しかし、またも空気は一転、ブレイクから始まるのは FORMULA TRE の最終作を思わせるアコースティック・ギターのストロークと男性スキャットによる抑えの効いた演奏である。 天かけるキーボードが神秘的な彩りをつける。 再びリズムは逞しく甦り、ギターが力強いテーマを打ち出して演奏をドライヴしてゆく。 ややスパニッシュ・テイストのオブリガート、ワウをからめて跳ね回りながらも粘りつくようなバッキング。 続いて飛び込むのは、エキゾチックなパーカッションの雨霰。 クラヴィネットとともにけたたましいリズムを打ち出して、ギターとシンセサイザーのテーマやリフが回顧される。 ハイハットの鼓動が突き刺さる。 ファンキーというにはあまりに息詰まるスリルのある演奏だ。 そして華麗なるストップ。
  エキゾチックな情熱とクールな技巧がとけあい、めくるめく展開を見せるインスト・ロックの大傑作。 迫力のリズムと明快にしてスリリングなギターは、イタリアン・ロックの最高の演奏の一つだろう。 パストラルでアコースティックな音とエレクトリック・ジャズのなめらかさが結びつき、極上の味わいをなす。 ハイハットの振動が耳を叩きます。 ラヴェッツィ、ラディウス作。  

  2 曲目は 2 部からなる組曲。 「a)Medio Oriente 249000 tutto Compreso(中近東 249000 -コスモス-宇宙)」(5:46) 1 曲目のオープニングと同じ「鳴き声」ギターによるアラビアン・ダンス調のテーマ。 もう一つのギターが追いかけ、ファンキーなデュオとなる。 再び一気に、裏拍を強調した激しい 8 ビートが刻まれ、ハードロック調の激しいアンサンブルへ。 レゾナンスを効かせて高鳴るシンセサイザーがリードする。 クールなスキャットと全体演奏によるテーマはメランコリック。 シンセサイザーのオブリガートは管楽器のように軽快だ。 再び、メランコリックなヴォカリーズによるテーマ、そして高らかなシンセサイザーの応酬。 まとめるのは、レイドバックしつつもなめらかなギター・ソロ。 クランチでさりげなくも饒舌な、カッコいいプレイである。 一瞬にしてリズムは止み、渦巻くストリングスのなか、ギターが切なくささやき続ける。
  「b)Canto Di Lavoro(労働歌)」。 捻れる余韻もそのままに、鋭くパーカッシヴな縦揺れビートが快調に刻まれる。 空飛ぶストリングス、エレピとギター、パーカッションが緊張感を高め、リズムが主役の演奏が続く。 ワールド・ミュージック調のエキゾチックなヴォカリーズがうねる。 間奏は、気まぐれ風のマンドリンのソロ。 再び、呪文のようなヴォカリーズ、そして今度はエレピのアドリヴが追いかける。 左右で弾けるパーカッション。 熱気のこもった演奏の背後では、醒めたようなエレピが前半のテーマを再現している。 フェード・アウト。
  前曲のエキゾチックな味わいを強めたような同系統の作品。 前半は短い時間で、あれよあれよと変転してゆく。 ファンキーというにはあまりに鋭利で俊敏である。 厳しいリズムとジャジーなスキャット、エレピがいつしかハードなギター・ロックへと変化する。 後半はパーカッションを活かしたエキゾチックな演奏。 激しい風に切り裂かれるようなフェイズ・シフタの効果がカッコいい。 パワフルで切れのあるリズムが圧巻。 ラヴェッツィ、ラディウス作。

  3 曲目「Essere(エッセレ)」(4:02) エフェクトににじむエレピが和音を静かに刻むオープニング。 ヴォーカルは、ひそやかに切なく訴える。 クラヴィネットも加わって、リズミカルに曲は跳ね始める。 吹き込まれるストリングスとのコントラストが絶妙である。 華やかなムーグの電子音が散りばめられ、パーカッションが強まって、リズムカルな演奏がさらに切れ味鋭く走る。 キーボード、ギターのユニゾンによるテーマは、若々しく一直線である。 硬質なリズムがぐんぐんスピード・アップ。 そして、遂に始まるギター・ソロ。 ソプラノ・サックスを思わせる音、プレイで短くも強烈な印象を残す。
   雄々しい決意のようなものを感じさせるロマンあふれる傑作。 ドリーミーなバラードが白熱のジャズロックへと昇華するも、どこまでも歌がある。 パーカッションにあおられるようにヒート・アップし、一直線に加速する演奏に思わず手に汗握る。 中盤からは AOR、フュージョン・タッチも現れるが、硬質で直線的な展開に独特の険しさや潔さがある。 ラディウスのギターのエフェクトはじつに独特。 唯一のヴォーカル・ナンバーである。 ラヴェッツィ作。歌詞はモゴール。

  4 曲目「Alcune Scene(あの情景)」(6:16) 密やかに響くストリングスに泣きのギターが重なり、渦を巻いて消えてゆくイントロダクション。 低いアルペジオとともに、エレピが謎めいた鐘の音のようにささやき、再び得意のギターがさえずる。 神秘的な序章だ。 一転、シャープなリズムとともに演奏は走り出す。 エレピはファンキーにコードを刻み、次第にギターのリフとシンクロしてゆく。渦巻くストリングス。 そしてブレイク。 ドラムレスで、中期 CAMEL をイメージさせるストリングスがゆったりと流れ、ギターが切なくさえずる。 ゆるやかにして包容力あるピアノ。 再び、強烈なキメ、そしてピアノとともに、雄々しきアンサンブルが飛翔の準備を始める。 アンサンブルは、シャープなジャズロックへ。 小刻みなエレピとギターのリフ、そしてアグレッシヴなハモンド・オルガンも参戦する。 湧きあがるストリングス、そして挑発的なエレピ、狂おしいドラミングとともに、マグマのように煮えたぎるアンサンブル。
  寄せては返す波のような脈動を見せるインストゥルメンタル・チューン。 神秘的な緩、ダイナミックな動を巡り、いったん走り出したらそのエネルギーは天井知らずである。 幻想的なシーンと熱くたぎるシーンの対比は焼けつくように鮮やかだ。 ラヴェッツィ、テンペラ作

  5 曲目「Svegliandomi Con Te Alle Sei Del Mattino(朝の目覚め)」(5:17) 染み透るようなシンセサイザー・ストリングスを背景に、ドラムスが控えめのグルーヴを描き出し、アコースティック・ギターが分散和音の波紋を広げてゆく。 物憂げに演奏は始まる。 エキゾチックなテイストのドラミング、つぶやくようなギター、ギターに応じるベース、転がるようなエレクトリック・ピアノ。 ジャジーな、点描のようなアンサンブルだ。イメージは N.Y. シティの夜明けでしょうか。 ギターを中心に次第に AOR 調の流れが形作られてくる。 ギター、エレクトリック・ピアノ、ベースらのやり取りは、気だるげだが、抜群の呼吸がある。 各自が流れをしっかり共有している。 ギターを引き継ぐのはエレクトリック・ピアノ。ジャジーでブルージーなソロを奏でる。 縦ノリのリズム・チェンジともに、ギターがリフを提示、サックスを思わせるギターとへヴィなギターをを中心に演奏は力強くまとまってゆく。
  ラヴェッツィ、ラディウス作。 AOR 調にまとめた幻想的なジャズロック。 ブルーな目覚めから、情熱の一夜を反芻し、やがて日差しの中に帰ってゆく。 物憂げな都会の夜明けをイメージさせるので、タイトルそのままの内容といっていいでしょう。

  6 曲目「Canti e Suoni(歌声は響き渡る)」(4:23)
  ダラジリオ作。


  迫力のリズム・セクションに支えられた圧倒的なプレイが白熱するロック・インストゥルメンタル・アルバムの傑作。 サウンドは極めてユニークだ。 フュージョンというには直線的でヘヴィすぎる。 迫力あるギターやオルガンのプレイは、むしろ、70 年代初頭のニュー・ロックの延長上にあるように思える。 また、シンフォニック・ロックというにはあまりにジャジーでビートが細かい。 おそらくこの音こそが、かれらが編み出した新しいものだったのだ。 リズム・セクションの始動とともに、アンサンブルはあたかも巨大な翼を広げて天へとはばたくように雄々しく立ち上がる。 これがあまりにカッコいい。 フェード・アウトを避けて大作へと発展させてほしかったという気持もあるのだが、コンパクトにしたからこそ刺激的かつ詩的な作品になったのかもしれない。 シンセサイザー/エレピとギターがせめぎあい、シャープなリズム・セクションが守り立ててゆくこのスタイルは、ロック演奏の究極の一つといってもいいかもしれない。 シンセサイザーは本当にニクいプレイをたくさんカマしている。 シンフォニック・ロック・ファン、フュージョン・ファン、ともにお薦めできる名盤。

(ND 74119)


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