イタリアのプログレッシヴ・ロック・グループ「IL BALLETTO DI BRONZO」。 ナポリ出身の古参グループ。 70 年アルバム・デビュー。 その後 OSANNA の母体 CITTA FRONTALE を経たジャンニ・レオーネが再編、72 年イタリアン・ロックを代表する名盤である第ニ作発表後解散。 96 年レオーネがフェスティバル参加のために再結成し、99 年に音源を残す。グループ名は「青銅の弾丸」の意。
| Gianni Leone | vocals, keyboards |
| Ugo Vantine | drums |
| Romolo Amice | bass |
99 年発表のアルバム「Trys」。
フェスティバル参加のためにグループを再編し、本作を残した。
ライヴ音源に若干手を加えた内容になっている。
ジャンニ・レオーネ、気鋭の新グループ DIVAE のベーシストとドラマーから成るトリオ編成。
曲目は、「YS」のナンバー及びレオーネのソロ・アルバムから。
容姿/腕前/スター性、ともに全く衰えなしのレオーネ氏に拍手。
(MMP 367)
| Vito Manzari | bass |
| Gianchi Stringa | drums |
| Lino Ajello | guitar |
| Gianni Leone | vocals, organ, piano, Mellotron, Moog, spinet, celesta |
72 年発表の第二作「YS(イプシロン・エッセ)」。
内容は、ハードロックをベースに変拍子/無調性/エレクトリックなノイズを駆使したヴァイオレントなシンフォニック・ロック。
過剰にデフォルメされた表現と予想不能のスリリングな曲展開が、絶妙の均衡を見せ、耽美で幻想的な世界をみごとに描いている。
このサウンドの中心にいるのが、ジャンニ・レオーネによるオーセンティックなキーボード・プレイだ。
せわしないリズム・セクションによる変拍子の嵐のなか、次々と繰りだされる破天荒なキーボード・プレイは、EL&P と KING CRIMSON が合わさったような、ヘヴィにしてヨーロッパ的ロマンあふれるもの。
ギターやハイトーンのヴォーカルもイタリアン・ロックのレベルを越え、英国本場の作品に匹敵する。
レオーネのアイデアとライヴ・バンドとして培われたと思われる逞しい演奏力が結びつき、前衛的ながらも、コンセプトと演奏のバランスがとれたエンタテインメントになっている。
激しく込み入った演奏をクリアに再現する録音もよし。
ダークなシンフォニック・ロックとして、OSANNA の「Palepoli」や MUSEO ROSENBACH の唯一作とともに永く語り継がれるであろう名作である。
1曲目「Intorduzione」(15:11)は、ハードで長大な序章。
暗闇に浮かび上がる青白き翳の如く妖しきハイトーンのスキャット・ハーモニーが導く怪奇のイントロダクション。
オルガンの即興演奏を背景に、4+3 拍子のテーマがゆったりと流れ出す。
そのオルガンのテーマをなぞるのは、朗々たるテナー・ヴォイス。
ギターやチェレスタがささやくように爪弾かれる。
静寂の中に来るべき嵐を予感させる。
(2:50)
クレシェンドするコーラスとドラム・ロールは、EL&P の「Tarkus」のイントロを思わせる演奏だ。
ドラムスが動き出し、オルガン、トーン・ジェネレータのリードによる 7 拍子のヘヴィでノイジーな演奏が始まる。
オルガンとシンセサイザーが交錯するけたたましいリフをバックに、ヴォーカルは伸びやかなシャウトを続けている。
ヘヴィな反復の生む緊迫感は、KING CRIMSON 直伝である。
最後は、シンセサイザーの電子ノイズが全てを吸い込み、渦巻くように暴れまわる。
(4:50)
のたくるノイズに続き、凄まじいファズ・ギターが飛び込み、狂ったようなドラム・ロールとピアノが炸裂する。
オルガンのオブリガートは、クラシカルながら相当クレイジーだ。
そして、激しいスネア・ロールにあおられるような「ダバダバ」スキャット。
すべてが一線を越えてしまい、狂気の噴出を誰も止められない。
(6:04)
息を呑むようなリズム・チェンジ。
ベースがイントロの 7 拍子のリフをスピーディに再現、オルガンやピアノの即興演奏が始まる。
クラシカルなプレイにジャズ、R&B 風のプレイが交じり合う圧倒的なパフォーマンスだ。
荒れ狂うようにワイルドなのだが、どこかヨーロピアンな美感もある。
暴走気味のキーボードにしっかりついてゆくドラミングがみごと。
やがてギターもリフに加わり、衝かれたようにアドリブで暴れ出す。
ヘヴィなギターに対抗するような華麗なるピアノ演奏、そしてあくまで挑戦的なオルガン。
壮絶な音の奔流が渦を巻く。
混沌としているのに音の分離はいい。
本編のクライマックスだ。
(9:37)
潮が引くように一気に音は消え、湧きあがるメロトロンとともに 8 分の 6 拍子による神秘的な演奏が始まる。
悠然たるメロトロンと幽鬼の如き電子音の舞い。
ヴォーカルはやや疲れを見せ、表情もメランコリックである。
多彩なドラミングはどこか挑発的。
オルガンのリードするオブリガートがヘヴィだ。
再びリズムを失い、メロトロンが吸い込まれるように消えてゆく。
クライマックスで全精力を使い果たし、虚脱したような緩徐楽章。
(11:22)
トーン・ジェネレータが奇妙な即興を吐き出すとドラムは 5 拍子のパターンを模索し一気に走り出す。
演奏はチェンバロとベースそしてノイジーなギターがリードする。
せわしなく狂的なアンサンブルだ。
突如テンポは半分に落ち、左右のチャネルを揺れ動くファズ・ギターの轟きとともに、ヴォーカルがやや力を取り戻し始める。
攻め立てるギターとオルガン、唸りを上げるベース。
再び 5 拍子の倍速演奏は、クラシカルなチェンバロとエレクトリックなノイズの奇怪なハーモニー。
そして再び、メロディアスにして不気味なヴォーカル・パートへ。
ファズ・ギターが轟く。
チェンバロとノイズのハーモニーを経て、最後は、オルガンが挑戦的なオブリガートからドラムとのコール・レスポンスを見せ、スキャット・ヴォイスと電子ノイズがハーモニーを成す緊迫した演奏へと発展する。
狂ったように舞うのは、トーンを操作したオルガンだろうか。
再び、倍速ドラムでバロック・チェンバロとノイズが錯綜。
歪曲したまま力いっぱい驀進する異形のアンサンブル。
性急にして熱狂的、陰鬱にして凶暴である。
ヘヴィ・メタリックながらも、ハードロック的な単純さ・痛快さは皆無であり、むしろ精緻にして妖しく耽美な音である。
青白く気品にあふれるレオーネの風貌ともあいまってか、怒りと怨念にまみれたまま精神に異常をきたした没落貴族の哄笑のような趣である。
キーボードを中心にした演奏は、EL&P や KING CRIMSON をほうふつさせつつも、さらに現代音楽的な面を強く感じさせるものだ。
緊張のあまり発狂し笑い出しそうなギリギリのところで繰り広げられる、狂乱の宴である。
2曲目「Primo Incontro」(3:27)は、前曲のテンポが半分に落ちヴォーカル・パートへと戻ったところから始まる。
この曲の切れ目も尋常ではない。
ギター、オルガンが唸りを上げ、またもチェンバロとノイズによるせわしない演奏へ。
今度はギターが激しいソロを見せる。
リズムは、食いつくような荒々しい 5 拍子でたたみかける。
ベースとドラムスのコール・レスポンス。
やがて、チェンバロもギターもベースに加担し、全ては 5 拍子のパターンへと重なり、狂おしいトゥッティへ。
繰り返しごとに一つずつ拍を増やしてゆく奇妙な演奏だ。
演奏は爆発を繰り返す。
そして、タム回しから突如雅なチェンバロ独奏が始まり、すぐにフェード・アウト。
あまりの落差に気絶しそうだ。
1 曲目との切れ目に至っては理解不能である。
前曲をそのまま受け継ぎ、さらにダメを押す演奏である。
コワレ方は、初期の VAN DER GRAAF GENERATOR に迫る。
最後のフェード・アウトはアナログ時の A 面の終りを示すようだ。
大胆な曲間編集である。
3曲目「Secondo Incontro」(3:06)。
激しい決め。
そして血管切れよとシャウトする、ハイトーン・ヴォーカル。
シャウトはハードロック風なのだが、節回しは民謡風のコブシが効いている。
再び決め、そして凄まじいドラム・ロールを経てリズムが消える。
一転、メロトロンが物寂しく流れはじめ、朗々と歌い上げるヴォーカル。
突如噴出するオルガン、ギター、ドラムのトゥッティ。
再びメロトロンを背負ってヴォーカルが歌い上げる。
哀愁。
しかし、またも激しく噴き出すトゥッティ。
破壊的だ。
今度はノイジーなメロトロン・ストリングスが暴れ始め、激しいリズムで走り出す。
フルートの音も使われている。
ヘヴィなギター・リフ。
オルガンが重なりギターと絡む。
チェンバロも重なって激しくたたみかける。
民謡調のメロディアスなヴォーカル・パートと過激なインストゥルメンタルを対比させた小品。
情感あふれるヴォーカルは、結局、猛吹雪の迷路の如く視界ゼロの混沌とした演奏へと包まれてしまう。
断片的なメロトロン・ストリングスの使い方は、初期の KING CRIMSON に酷似。
4曲目「Terzo Incontro」(4:33)。
ギター、オルガンらの叩きつけるような一撃に続き、ジャジーなベース・ランニングが始まる。
再び叩きつける決め、そして、シンセサイザーとオルガンのデュオが走り出す。
ドラムは 8 分の 6 をキープするが、アクセントを巧みにずらしている。
そして、オルガンのメロディは、またも調性のない不気味なもの。
シンセサイザーは、左右のチャネルを行き交うノイズである。
ブンブンいうスキャットとピアノのきらめき。
ややヴォリュームが落ち、ベース・ランニングが続く。
突如、ギターとオルガンによるヒステリックなトゥッティが噴出。
ここから、沈んだヴォーカルとこのトゥッティとのかけ合いが始まる。
チェンバロのソロが挿入される。
ジャジーなベーズの上でヴォーカルと狂おしいトゥッティが、執拗に繰返される。
今度はディストーション・ギター・ソロ。
かけ合いは容赦無く続く。
トゥッティはあっという間に駆け上がり、オルガンのリフレインとドラム・ロールでクライマックス。
一転、アナログ・シンセサイザーの電子音を伴奏に、トラッド調のヴォーカル。
リズムが戻ると、オルガンとピアノがリードするヘヴィな演奏が走る。
再びトラッド・ヴォーカル。
再びリズムが戻り、オルガンのオスティナートとフリーなピアノ・ソロがもつれるように続いてゆく。
エキサイトしたオルガンによるたたみかけるようなリフレイン。
ドラム・ロール。
激しいトゥッティを軸に繰り広げられるアヴァンギャルド・ジャズ風の小曲。
ランニング・ベースの上で、エレクトリックなキーボードを中心にしたアンサンブルが暴れまわる。
ときおり現われるアコースティックな音も、効果的なアクセントになっている。
変拍子、ポリリズムを正確に決めるドラムのプレイにも注目。
5曲目は「Epilogo」(11:30)の名の通り長大な終章。
スピーディなロマン派風ピアノ・リフレイン。
シンクロするドラム。
めまぐるしくせわしないが、劇的なオープニングである。
ロマン派のフレーズをアヴァンギャルドに換骨奪胎したような演奏だ。
やがてオルガンも現れ、ピアノをなぞり始める。
激しい決めを経て、リズムが 8 分の 6 に変化し、オルガンとベースのデュオが走り出す。
オルガン、ギターとエレピ、ピアノのかけあいが続く。
ドラム・ロールをきっかけに、今度は、オルガンとピアノがかけあう。
そしてハイトーンのヴォーカル。
伴奏は重厚なピアノ。
8 分の 5 拍子である。
間奏はオルガン。
テンポ、ヴォリュームともに落ち、メロトロンが静かに流れ、ベースがリフを刻む。
きらめくように切り込むピアノ。
ギターが静かに応える。
幻想的。
ヴォーカルも周辺に現われる。
フリー・フォームのプレイが断片的に散りばめられる。
弛緩から緊張へ。
ヴォーカルが歌い出すが、どこか他人事のよう。
メロトロンがやや緊張を高める。
ピアノ、ギターが散りばめられる。
シンバルの一撃をきっかけに、ムーグがベースと重なってリズムが明確化、熱を帯びた演奏へと膨れ上がりはじめる。
ヘヴィなリフそして通り過ぎるスキャット、きらめくピアノ。
唸りをあげるノイズ。
悲鳴のようなメロトロン。
動悸のようなビートはあるが、完全に電気の混沌である。
延々と続くフリー空間。
緩やかな坂を下るように、次第に音の力が萎えてゆく。
ピアノがいよいよフリーなプレイで暴れはじめる。
スキャット。
ベース・リフ。
コラージュ的。
長い時間をかけて、音が一つまた一つ去ってゆく。
ベースとピアノだけが残る。
ピアノの去り際はフリー・ジャズ風の美しさ。
全てが消え、音の切れ端とノイズだけが蠢く。
一転オープニングのピアノのリフレインが復活。
激しいドラムやスキャット、メロトロンとともに狂乱する。
豹変。
オルガン、ピアノのリードする演奏は激しく決めを打ち、最後は、幽霊のようなスキャットが序章を回顧するように不気味に歪みつつ漂い、やがて去ってゆく。
激しく切り換わる演奏の果てに、遂に、フリー・フォームの即興空間へと突入した最終楽章。
オープニングとエンディングの情熱的なピアノのリフレインが、若き情熱の象徴のように鮮烈なイメージを残す。
キース・エマーソンが近代クラシックとすると、こちらは、より現代音楽/アヴァンギャルド・ミュージックの影響の強いプレイのように思える。
これはとんでもないトータル・アルバムだ。
聴き終えると"狂気の"という形容詞の意味が実感できる。
牙をむくような攻撃的なリフ、ビジーなインタープレイ、曲の突発的な方向転換など、アヴァンギャルドな表現手法が次々と現れ、やがてこれらが渾然一体になった本作は、まさに音楽的暴力だ。
レオーネの手法は、ハードロックに現代音楽のエッセンスを注入したということだが、同時に、数多くのプログレッシヴ・ロックのイディオムも鍋に放り込んで、グツグツ煮込んだのではないだろうか。
ユニゾンでの突進や激しくたたみかけるトゥッティは、プログレの常套句とはいえ、この作品では特に極端なアクセントとダイナミクスをもって徹底的に用いられている。
リスナーは、突然の音楽的殴打ともいうべき状況に脳震盪を起こし、嵐の海の小舟のように翻弄されボロボロに疲れ果てる。
ドラマチックな展開の常套句である静と動のコントラストも、本作ではそのデフォルメが強烈かつ容赦がないため、まったく別の次元の効果を上げている。
キーボードのプレイは、EL&P の「Tarkus」など英国プログレ本流の影響を見せつつもレオーネ自身のオリジナルな素養とアイデアを加えたみごとなものだ。
本作こそは、イタリアン・ロックを代表する稀有の変態ハード・プログレッシヴ・ロック作品であり、その地位は揺るがないだろう。
KING CRIMSON に端を発するヘヴィでダイナミックなスタイルの成功例の一つでもあり、この振幅の大きさは、90 年代のプログレ・リヴァイヴァルである ANGLAGARD へと引き継がれているように思う。
傑作。
ボーナス・トラックの二曲「La Tua Casa Comoda(安息の家)」,「Donna Vittoria(ヴィットリア夫人)」はすでにメンバーがレオーネとドラムのストリンガのみになってしまってからのシングル。
レオーネがマルチプレイヤーぶりを遺憾なく発揮し、コマーシャルを意識しながらもクラシカルなキーボードやミステリアスなフレーズが「YS」を思わせるプログレッシヴ・ロックに仕上げている。
(POCP-2368)
| Gianni Leone | vocals, keyboards |
78 年発表のアルバム「Vero」。
ジャンニ・レオーネのソロ第一作。
大まかにいって前半歌もの後半は 「YS」 ほどではないにせよキーボード・ロックという内容だ。
シンフォニックなバラードからファンタジックなポップ・ナンバーさらにヘヴィなキーボード・ロックまで、多彩な才能を見せている。
ユニークなのは、イタリア語で歌っているにもかかわらず、曲調やサウンドには英米メインストリームへの意識がはっきりと感じられること。
いわゆるカンタゥトーレの作品とは、微妙に異なる味わいがある。
アラン・ソレンティらと同じで、ゆくゆくは英米圏進出を目指すアーティストの基本姿勢なのかもしれない。
どちらかといえば、黒っぽさよりも、ブリティッシュ・ポップ/フォークに通じる素朴で知的なポップ・テイストが感じられるところも、この人のバックグラウンドを想像させて興味深い。
一方、イタリア魂は、あまりに華麗なピアノやヴィヴァルディ直系の合奏協奏曲風キーボード・オーケストレーションに注ぎ込まれております。
ギターやドラムも本人らしい。
6 曲目は、クラヴィネットをフィーチュアした愛らしいシンフォニック・インストゥルメンタル。
7 曲目もプログレ・ポップな快作。
後半のインストゥルメンタルがハイ・テンションでカッコいい。
それにしても、知的にしてアイドル然とした容貌といい、類まれな音楽的才能といい、華のある人です。
プログレ心を抑えれば、I POOH のようなたいへんなスターになっていたかもしれません。
ロマンティックな感性と切り刻むような攻撃性が同居する辺りが、いかにもアーティストなのでしょう。
MELLOW の再発 CD は盤起し。
(EMI 7243 4 79464 2 4 / MMP212)