GENTLE GIANT

  イギリスの技巧派プログレッシヴ・ロック・グループ「GENTLE GIANT」。 60 年代に R&B バンドで活動していたシャルマン三兄弟が、新しい音楽の模索やコマーシャリズムへの反発を掲げて、結成したグループ。 70 年 VERTIGO からアルバム・デビュー。 ほぼ不動のメンバーでいくつもの名作を発表し、70 年代を駆け抜ける。 81 年解散。 初期の作品は、ヘヴィなサウンドとリリカルな語り口を対比させながら、眩惑的なリズム、マドリガル風のハーモニー、室内楽風のアンサンブルなどの技巧を凝らしたもの。 クラシカルな叙情性とビートを主眼としたファンキーな作風が拮抗するが、一貫するのは R&B 的なグルーヴ。 ポップスから決して離れていないところがすごいのだ。 彼らの野望は、今世紀のポップ・ミュージックの集大成と、その新たな進化のヴィジョンの提示である。

 Gentle Giant

 
Derek Shulman lead vocals, bass
Ray Shulman bass, violin, guitar, percussion, vocals
Phil Shulman sax, trumpet, recorder, lead vocals
Kerry Minnear keyboard, bass, cello, lead vocals, percussion
Gary Green guitars
Martin Smith drums, percussion

  70 年発表の一作目「Gentle Giant」。 ヘヴィなサウンドにさまざまなアイデアを盛り込んだ佳作。 後年にわかに表現し難い個性派として名を馳せる本グループだが、本作では、巨人伝説のような幻想文学的な主題の採用やクラシックの挿入など典型的なプログレ的アプローチを取っており、比較的「分かりやすい」作風となっている。 さらに、何気ない変拍子や立体的なヴォーカル処理、複雑なアンサンブルといった特徴もすでに現れている。 ハードでファンキーなサウンドと切ない情感が一つになった、ブリティッシュ・ロックらしい傑作だ。 往時主流であったブルーズ・ロックとも、ハードロックとも、サイケデリック・ロックとも異なる独自のロックができている。 プロデュースはトニー・ヴィスコンティ。 VERTIGO レーベル。

  「Giant」(6:26) チャーチ・オルガンがフェード・インする、幻想的なオープニング。 そして、ベースの連打が重なってゆくスリリングなイントロダクションだ。 デレク・シャルマンのソウルフルなヴォーカルと、それを受けるギター、オルガン、ベースのアンサンブルは、巧妙なリズムの変化を含んでいる。 この一人オブリガート風のアンサンブルに、繰り返しからはホーンも加わって、少しずつ音色を変化させてゆく。 一糸乱れぬユニゾンから、叩きつけるような決めを経てブレイク、一転してアカペラが始まる。 ヴォーカルに反応して、再びビッグ・バンド風のホーンとオルガンによる演奏が、スリリングに盛り上がってゆく。 ヴォーカルを高く持ち上げてゆく。 そして、湧きあがるオルガンとともにリズムが復活、メイン・ヴォーカル・パートが再現。 ギター、ベース、オルガンのメロディアスかつ敏捷な絡み合いがみごとだ。 ユーモラスなユニゾンから、再び音量とテンポが落ちると、ベースが静かにリフを刻み始め、オルガンがゆったりと澱む。 オルガンを追いかけるのは、幻想的なメロトロンの調べ。 ギターもベースのリフに絡みついてゆく。 リズムは消え、雄大なメロトロンとブラスが鳴り響くと、コーラスに導かれた演奏は、シンフォニックなクライマックスへと向かってゆく。 一山越えると再び密やかなアンサンブル、そして二度目のクライマックスもメロトロン、コーラスによる雄大な演奏。 そしてベースのシングル・ノート連打から、メイン・ヴォーカル・パートが再現。 唐突な終りだ。
  ファンキーなヘヴィ・ロックにクラシカルで幻想的な味つけを施した、シンフォニック・チューン。 パンチの効いたメイン・ヴォーカルを受ける長いアンサンブルは、終わりがよく分からない独特のウネウネ感をもち、奇妙なドライヴ感すらある。 全編を支えるホーン・セクション、安定感あるギター、音数多いベース、俊敏なオルガンによる絶妙の呼吸の演奏がいい。 モードのせいか、アンサンブルに奇妙な表情の無さ・不自然さがあるところも特徴的だ。 パワフルで鋭さをもちながらも不安定な旋律の効果で耳を惹きつける、格好のオープニング・ナンバーである。

  「Funny Ways」(4:24) アコースティック・ギターのストロークに、室内楽調のヴァイオリン、チェロのアンサンブルが重なるイントロダクション。 そしてたおやかなヴォーカル(ミネア)・ハーモニー(フィル・シャルマン)が始まる。 ピチカートによるオブリガート。 サビは、憂鬱なチェロの伴奏でデレク・シャルマンがパワフルに問いかけ、ハーモニーが静かに応答する。 再び弦楽の調べとともにメランコリックなメイン・ヴォーカル・ハーモニーへ。 そしてデレク・シャルマンによる力強い問いかけと典雅なストリングス、コーラスによる応え。
  一転、快調なリズムとともに、ピアノによるラグタイム風のリズミカルな低音のリフレインが始まる。 タムタムを打ち鳴らしヴォーカル(フィル、ミネア)がお囃子調で軽やかに歌うと、一気に空気はジャジーに変化し、ファンキーなオルガンも入ってくる。 バロック風のトランペットが響きわたり、一瞬の空隙を経て、ヘヴィなリズムとともにブルージーなギターが飛び込んでくる。 バロック・トランペットが鮮やかだ。
  そして、ストリングスに導かれて初めのアコースティック・アンサンブルへと帰ってゆく。 哀しげなセピア色のヴォーカル・ハーモニーが繰り返される。 最後はタムタムが空ろに鳴り響き、つぶやくように「Funny Ways...」が繰り返される。 物寂しいエンディングだ。
  弦楽器をフィーチュアした、センチメンタルで英国ロックらしいバラード。 弦楽の優美にして哀しげな音と、アコースティック・ギターの寂しげな音による、哀愁と品のよさが交じりあったような雰囲気がいい。 ケリー・ミネアの繊細な声質とメロディには、落ちつきとともにいい知れぬ無常感が漂う。 ドラムレスのアコースティックなアンサンブルをメインに、ジャジーでにぎやかなアンサンブルやヘヴィなソロを配して変化をつけている。 中間部のインスト・パートでの展開には、初期の KING CRIMSON にも通じるスリルと知性を感じる。 ピチカートや重音の旋律など、いろいろ工夫するヴァイオリンのプレイも印象的。 クラシカルな静けさの中に中世をイメージさせる暗さを孕むところも、このグループの特徴だ。 1 曲目とのコントラストも効果的。

  「Alucard」(6:05) 遠くでキーボードが早口の独り言。 サックス、ギター、オルガンの追いかけあう序奏から、ドラムのピック・アップとともにファズ・ベースのリードする力強いリフが立ちあがる。 ファンキーな R&B 調の演奏だ。 ファズでギトギトに加工されたベース、ギターとサックス、オルガンが奇妙な呼応を繰り返す。 電子処理されたノイジーな音はオルガンだろうか、すさまじい音を吐き出しながらも、演奏はしっかりとユニゾン、ハーモニーと係り結びをこなす安定感がある。 下降ユニゾンとともに走るドラムスのフィルがカッコいい。 ノイズとともに消えてゆくアンサンブル。
  そして始まるは、実音より反響が先立ちクレシェンドする「お化け屋敷」風の不気味なハーモニー(テープ操作なのだろう)。 フロア・タムが静かに刻まれる。 オブリガートはびっくりした声のようなブラスの一撃。 ギターはうねうねとした舌足らずのフレーズを刻み、オルガンは狂おしくまとわりついて、ファズ・ベースとともに怪しい雰囲気を盛り上げる。
  再びオープニングのパワフルなアンサンブル。 今度はサックスのリードでオルガン、ファズ・ベース/ギターが強烈に攻め立てる。
  一瞬でヴォリュームが落ち、リフを繰り返しつつもひそひそ話をするような演奏となる。 エレピが静かに和音を響かせる。 オルガンが謎めいたつぶやきを聴かせるうちに次第にジャジーなソロへと進み、ホーン中心に次第に演奏のヴォリュームが上がってくる。
  再びギターが例の奇妙な舌足らずのフレーズでまとわりつく。 ブレイク。そしてフロア・タムの連打とともに、幽霊屋敷のヴォーカル・ハーモニーが復活。 ガイコツの踊りのような舌足らずギターを経て、ギター、オルガン、ベースによるスピーディな「しりとりアンサンブル」が始まる。 これは傑作だ。
  最後も力強いリフが引っ張る全体演奏が復活、エンディングは全員乱れ弾きでノイズも高まる。 そして遠くでキーボードが早口の独り言。
  ファンキーでパワフルなヘヴィ・ロックに、エレクトリックなギミックを詰め込んだユーモラスな作品。 「ドラキュラ」の有名なアナグラムであるタイトル通りに怪奇ものらしく、幽霊屋敷風の効果を出すためのいろいろな工夫が面白い。 メインの演奏ではサックスの音色が目立ち、フリー・ジャズ的なニュアンスもある。 リズムのアクセントをずらした奇妙なギターが印象的だ。 テンポやリズムの変化も難なくこなし、しりとりアンサンブルもきわめて自然に流れてゆく。 エレクトリックでギトギトした感じもあり。

  「Isn't It Quiet And Cold ?」(3:43) ヴァイオリンとチェロのメランコリックなデュオから始まるロマンチックなフォーク・ソング。 ピチカートとアコースティック・ギターの伴奏で、アクセントの強いワルツのリズムにのって、ソフトなヴォーカルが歌う。 間奏を経たヴォーカル・パートは、いつのまにかアクセントの位置が変わって 4 拍子になっている。 ピアノと枯れ葉散るカルチェラタンを想い出させる、フレンチ・ジャズ風のヴァイオリンによる間奏。 切ない歌を支えるヴォカリーズが美しい。 寂しさを紛らすようなマリンバのソロと巧みだが嫌味のないベース・ラインは、ジョン・レノンの名作「Girl」や「In My Life」を髣髴させる。
  アコースティックなサウンドがすてきなシャンソン風のフォーク・ソング。 弦楽とともに、駆け回るピチカートとマリンバのソロには、THE BEATLES 以来のブリティッシュ・ロックの伝統を感じる。 3 拍子と 4 拍子の切りかえはあまりに鮮やかであり、初めはなかなか気がつかない。 こういう曲があるところが、ふつうのプログレッシヴ・ロックのグループとは大きく異なるところである。 胸キュンの歌詞もいい。 2 曲目と同じく、前曲とのコントラストによって、アルバムの流れを巧みに作っている。

  「Nothing At All」(9:12) 12 弦アコースティック・ギターによるベース下降のアルペジオが美しく刻まれる。 可憐なオープニングだ。 フォーク風のコーラスが、とても美しい。 オブリガートは静かだが、エレキギターとオルガン。 夢のようなアンサンブルだ。 アコースティック・ギターが静かにコードを刻むサビでは、歌メロがなんともいえず切ない。 2 コーラス目からはギターのアルペジオにオルガンも加わる。 再びサビを経て、アコースティック・ギターのアルペジオにエレキギターのメロディが絡むと、一気にオルガン、ギターのエレクトリックなリフへ進む。 しかし、すぐに静かになって、風の吹きすさぶ音とともに、トーンを操作したオルガンのか細いメロディが流れる。 再びギターのメロディからパワフルなリフへ進み、続いて激しいデレク・シャルマンのヴォーカルが始まる。 ヴォーカルを追うようにギターも狂おしく暴れる。 ギターとヴォーカルが止み、シンバルが響き渡ると、エレクトリックな音色のドラム・ソロが始まる。 そして唐突に挿入されるのは、クラシカルなピアノ演奏(リストの「愛の夢」)。 まるでラウンジ BGM のように流れるが、エレクトリック・ドラムに煽られるとすぐにフリー・ジャズ風に変化し、アグレッシヴに絡み始める。 このピアノ、ドラムのインタープレイは、やや取ってつけたようだが、実験的で面白い。 シンバルの響きが収まると、再び、アコースティック・ギターの調べに導かれてヴォーカルが復活。 伴奏のオルガンが湧き立ち、アコースティック・ギターが響く。
  ロマンティックなバラードを軸に、大胆な変転を見せる幻想大作。 メイン・パートは、透明感あるきわめてデリケートなフォーク・バラードなのだが、ハードロックを経て、ドラム・ソロ、クラシック・ピアノ・ソロ、現代音楽にまで発展する。 硬軟/強弱の変化による、いわゆる音楽的なストーリー・テリングというよりは、一見脈絡がないようで螺旋階段を上がり下がりしながら巧妙に流れてゆく、いわば逃れようにも足が動かない悪夢によく似た展開といえる。 それにしても、メイン・テーマのたおやかで美しいこと。 これは間違いなく英国ポップスの主流、王道だろう。

  「Why Not」(5:34) 密やかにリフを提示するオルガンをきっかけに、ギターとともに、一気に跳ねるようなハードロックの幕開けである。 パワフルなメイン・ヴォーカルと鮮やかに対比する、クラシカルなオルガンのオブリガート。 メイン・パートではギター、ヴォーカルをブラスがアクセントしながら、ハードなファンクのりで突き進む。 再びバロック風のオルガンのオブリガートを経て、リコーダーのハーモニーがミネアの賛美歌風のヴォーカルを呼び覚ます。 動と静のみごとなコントラスト。 哀愁をはらむベース・ライン、ギターのリードは次第に力を増し、メイン・リフの復活とともにゲイリー・グリーンらしい技巧的なブルーズ・ギター・ソロ。 歌メロをなぞりながらも、奔放な動きを見せる。 メイン・ヴォーカルに二人がユニゾンし、分厚くパワフルに走ってゆく。 繰り返しからは、ファンキーなリフをギターによる 5 拍子が押さえつけるブリッジを経て、テンポ・アップ、軽快なブルーズ・ジャムが始まる。 ギターとオルガンが調子よくかけ合う、イージーなロックンロール調である。 ギターが見得を切っておしまい。
  変化に富むファンキー・ハードロック。 野卑なファンク調とバロック教会音楽という、かなりの落差を自然な流れでまとめている。 リズムの変化も巧みだ。 間奏のオルガンで何かあるぞと匂わせて、間奏部の始まりで一気にクラシカルで優美なアンサンブルへと持ち込む。 この豹変の凄さ。 後半では、本格的なブルーズ・ジャムへと突っ込み、「堅苦しいのはやめにしようよ」といわんばかりにアルバムを締めくくる。 デレク・シャルマンとケリー・ミネアの声質の違いを生かしたこの作風は、後々まで延々と続いてゆく。

  「The Queen」 英国歌のワン・コーラスからエンディングのキメを繰り返して、おしまい。 THE BEATLES の「Her Majesty」にも似たおフザケか。

  パワフルなヘヴィ・ロックに本格的なクラシックやジャズを盛り込んで、なお聴きやすさも損なわないという構成力に驚かされる傑作。 多彩極まる曲調をまとめあげるアンサンブルの妙から、変拍子やアクセントずらしなどリズム面の技巧まで、充実した演奏力を見せ付けるのだが、そういう技巧を無用に浮き上がらせない、センチメンタルなメロディとファンキーなノリがある。 これは、ポップスの基本がちゃんとできているということだろう。 ポップ・テイストを基調に、ハードなオルガンやギターのプレイが切れのあるロックらしさを強調し、ヴァイオリン、チェロ、サックス、さらにはトランペットまでにわたる多彩な音色がぜいたくに盛り込まれている。 かように多様なファクターを楽曲にきちんと映えさせるセンスもいい。 言及すべきは、ツインからトリプル、コーラスまであるヴォーカル・ハーモニーのみごとさである。 主にフィル・シャルマン、デレク・シャルマンとケリー・ミネアがリード・ヴォーカル担当のようだが、特に、デレクとケリーの声質/唱法のコントラストが、雰囲気作りに大きく貢献している。 ケリーのヴォーカルには教会旋法の影響が見られ、ひょっとするとこのバンドのコーラス・ワークの巧みさは教会で培われたのかもしれないといった想像も湧いてくる。 とにもかくにも、まず、ポップス、ロックとしての基本がしっかりできており、そこへさらなる挑戦/実験を試行した内容である。 さまざなま音楽の要素を大胆にまぜ合わせて、ポップスの限界点を大きくクリアしようというグループの意図は明白である。 ただし、音のイメージが VERTIGO らしいというかやや重く渋すぎるという気もする。

(LICD 9.00722 O)


 Acquiring The Taste

 
Derek Shulman alto sax, clavichord, cowbell, lead vocals
Ray Shulman bass, violin, viola, electric violin, Spanish guitar, tambourine
  12 string guitar, organ bass pedals, skulls, vocals
Phil Shulman alto & tenor sax, clarinet, trumpet, piano, claves, maracas, lead vocals
Kerry Minnear electric piano, organ, mellotron, vibraphone, Moog, piano, celeste
  clavichord, harpsichord, tympani, maracas, lead vocals
Gary Green 6 & 12 string guitar, 12 string wah-wah guitar, bass
  donkey's jawbone, cat calls, voice
Martin Smith drums, tambourine, gongs, side drum
guest:
Paul Cosh trumpet, organ
Tony Visconti recorder, bass drum, triangle

  71 年発表の二作目「Acquring the taste」。 中世風の旋律から連想されるダークな悪夢のイメージの内側にとてつもないアイデアによるサウンドとテクニックが詰め込まれた佳作。 どちらかといえば地味な印象を与えるアルバムだが、じつは、淡々と進む演奏の中に複雑な趣向があふれている。 アンサンブルはロックの演奏形態の枠組を離れ、フリー・ジャズやアヴァンギャルド・ミュージックに通じるスタイルを見せる。 クラシックのエチュードのようなシンプルなモチーフや、いわゆるロック的なプレイをパーツとして組み上げ、さらに音に対する並外れた配慮をゆき届かせた、いわば、精密な手工芸品のような作品といえるだろう。 楽器のクレジットを見ると、もう笑うしかない。やり過ぎである。 幻想的なアンサブルの果てに切れ味抜群のギターの決めが溜飲を下げるオープニング・ナンバーが本アルバムの作風を象徴している。 プロデュースはトニー・ヴィスコンティ。 本作がベストという方は、シアワセだが根治不能。 静かなる挑戦というイメージの内容である。 VERTIGO レーベル。

  「Pantagruel's Nativity」(6:54) ムーグによるユーモラスにしてミステリアスな序奏。 アコースティック・ギターのコード・ストロークとベースに支えられて、静かにヴォーカルが歌い出す。 宙ぶらりんのような不思議な旋律とともに湧きあがるメロトロン・ストリングス、次第に高まる緊張。 そして、ギターが鋭いの決めのフレーズを放つ。 2 コーラス目には、さえずるようなリコーダーと勇ましいバロック・トランペットも伴奏に加わる。 再びクライマックスからギターによる決め、そして切り返すようにギターもけたたましい和音を響かせて、テーマを奏でる。 ムーグの繰り返しとともに沈みゆくアンサンブル。 しかし、一転、ヘヴィなギターによる第二テーマが高鳴る。 独特にウネウネ感のあるテーマを轟かせると、デレク・シャルマン主導と思われる幻惑的な多声コーラスが始まる。 ベースのリフがリードする演奏にかぶさるようにテーマを奏でるサックス、ワウギター、そしてジャジーなヴィブラフォンのソロ。 タイム・キープのドラミングが心地よい。 続くギター・ソロは、わりとノーマルなディストーション・サウンドによるシャープなハードロック調。 ヘヴィなギターによるテーマが復活し、眩暈のするようなコーラスも甦る。 ドラムスがふと止まり、トランペット、ベースがぼんやりとテーマを繰り返す。 再びリズムが始まり、トランペット、ベースのテーマへメロトロンが交差し、幽玄な雰囲気が強まる。 そして、さえずるリコーダーとともにメイン・ヴォーカルへ。 静かな歌へトランペット、オルガンらのフリーな演奏が絡みつく。 KING CRIMSON を思わせる野心的なスタンスも感じる。 最後も、吹き上げるメロトロンをバックにシャープなギターがまとめる。
  半音進行が、えもいわれぬ宙ぶらりんな不気味さを醸し出す幻想的な傑作。 特異な音階とシンコペーションも用いた変則リズムの主題を軸に、モーダルなヴォーカル・ハーモニーと多彩な音色のソロとを配した内容である。 主題やトランペットの音が、バッハの晩年の作品を思わせるところもある。 間奏の始まりでギターによって提示されるヘヴィな第二テーマも、リズムのアクセントとのズレが奇妙な印象を与える。 これは第一作の 1 曲目でも用いられていた手法だろう。 また、他に特徴があり過ぎるために目立たないが、ブラスロックなどと呼ばれることは決してないのに、これだけ管楽器が充実している(テナー/アルト両サックス、トランペット)ロックバンドも珍しい。 KING CRIMSON の「Lizard」あたりを思わせる中世暗黒時代的な雰囲気もある。 メイン・ヴォーカルはケリー・ミネア。 リコーダーはトニー・ヴィスコンティだろうか。 題名から、内容はラブレーの巨人伝説に関わるものと思われる。

  「Edge Of Twilight」(3:51) クラリネット、ヴァイオリン、チェロらによる、ゆったりとした、やや不気味な演奏とともに、謎めいたヴォーカルが歌いだす。 繊細に音程を追うも陰鬱である。 深くにじむようなエコー、そして間奏は、ヴァイヴとムーグによる愛らしくも消え入りそうなデュオである。 足音のようなベース・リフ、そして第二コーラスの伴奏は、アコースティック・ギターの爪弾きとテープ処理を施したドラムである。 再びエレピ、ヴァイヴの間奏からベース・リフに導かれ、チェロ、クラリネットの薄暗いデュオによるテーマ演奏と不気味なコーラスのかけあいが始まる。 深い海の底を覗き込むような音の定位だ。 いつの間にかティンパニの連打も始まり、ハモンド・オルガンとの静かなかけあいへとつながってゆく。 続くチェンバロ、アコースティック・ギター、ヴァイオリンのピチカートが交錯するアンサンブルは、ディレイをかけたような効果をもつ。 泡が底からゆっくりと水面へと浮かび上がってゆくようだ。 そしてティンパニ、マリンバ、ドラムスによるフリーな打楽器アンサンブル。 こういう演奏は、ロックではなかなかお目にかかれない。 再びクラリネット、アコースティック・ギター、ヴァイオリンらの伴奏によるによるメイン・テーマへ。 消え入るように去るヴォーカルを追うように、エレピがささやく。
  多彩な楽器群と凝った音響処理によるバロック風のアヴァンギャルド・ミュージック。 いわゆるチェンバー・ロックにも迫るきわめて現代的な内容であり、じつはロックとはいいにくい。 管絃楽器によるメロディアスにしてモーダルなテーマ、打楽器をフィーチュアしたフリー・パートなどが、現代特有の不安な気分を巧みに表現している。 ひたすら幻想/妄想的ということだ。 面白いのは、落ちついた、むしろ古典的なサウンド・イメージなのに、そういう伝統的な情趣を静かに拒絶するような感じがあるところだ。 メイン・ヴォーカルはケリー・ミネア。 パーカッション・パートのアレンジはケリー・ミネア。 ゲイリー・グリーンは演奏に加わっていない模様。

  「The House, The Street, The Room」(6:05) ピアノを主に、ベース、ファズ・ギターのユニゾンによる重みのあるダークなテーマが繰り返される。 8 ビートだがアクセントを半拍ずらしてリフが完結するため、変拍子に聴こえるところが面白い。 特に繰り返しでは、同じ音形ながら微妙にシンコペーションの位置をずらしており、数えていると心拍がおかしくなりそうだ。 そして、テーマをバックにデレク・シャルマンのソウルフルかつ無遠慮なシャウト。 スキャットのハーモニーも不気味である。 一転、アコースティック 12 弦ギターがかき鳴らされるとヴォーカルがケリー・ミネアに交代、伴奏もバロック風の愛らしいものへ変化する。 ただし、結末はエレキ・ギターが加わってややおちゃらけ気味に崩れてゆくのだが。 再び、パワフルなヴォーカル・パート、そしてバロック・アンサンブルが繰り返される。 アコースティック・ギターのトレモロ風のフレーズがエレキギターと合流して崩れてしまうと、リズムとともに秩序は消え失せる。 ピアノ、アコースティック・ギター、マリンバ、トランペット、チェンバロ、ヴァイオリンのピチカートらがむやみやたらと転がりまわる、即興演奏が始まる。 よく聴くと、テーマを遁走曲のように繰り返すクラシカルなアンサンブルになっているようだ。 凝り過ぎである。 突如飛び込んで世界をひっくり返すのは、けたたましいブルーズ・ギター。 ヘヴィなハモンド・オルガンもテーマを 8 分の 6 拍子で切り取って再現しながら飛び込んでくる。 ギターはぶち切れたようなアドリヴを繰り広げ、ギターととともに、金属的なハモンド・オルガンとスクラッチのような低音ノイズ(これ、何の音ですか)がざわめいて、過激な一触即発なムードを盛り上げる。 クライマックスを切り裂くように、再びパワフルなメイン・ヴォーカル・パートが雪崩れ込む。 そして受け止めるのは、アコースティック・ギターのささやきと密やかなヴォーカルである。 最後もリズムを失って、さまざまな楽器が即興風にテーマを繰り返したたみかけてゆく。
   重く不安定なテーマを巡って繰り広げられるアヴァンギャルドな作品。 重苦しい変則アクセントのテーマを軸に、スリリングなヴォーカル・パート、クラシカルなアンサンブルと即興、ヘヴィ・ロックを貫いてゆく。 それぞれが、HOUSE、STREET、ROOM を表現しているのだろうか。 最初から全体が大きく傾いでいるために、クライマックスのギターとハモンド・オルガンによるハードな演奏が、ようやくの安定点という皮肉な内容である。 インプロヴィゼーションのようなドラムレスのフリー空間が、じつはテーマをテンポアップしてフーガのようにまとめているという細工もある。 コワれる寸前というかなんというか、このグループ以外では味わえない作風である。 トランペット、オルガンに Paul Cosh なる人物がクレジットされている。 リコーダーはトニー・ヴィスコンティ。

  「Acquiring The Taste」(1:39) ヴァイオリン、フルート、バスーン、リコーダーといったさまざまな音を模したシンセサイザーが、ポリフォニックにアンサンブルを成す。 奇妙に揺らいだオープニングから、優美な多声の流れを経て、愛らしい呼びかけと返答を繰り返し、みごとな対位アンサンブルとなる。
  アナログ・シンセサイザーの多重録音によるバロック風のソナタ小品。 ムーグ・シンセサイザーの旋律が対位的に構成されている。 テーマそのものはクラシカルなのだが、そのアンサンブルには、一口で何風といえない不思議な味わいがある。 演奏はすべてケリー・ミネアによる。 ピッチの狂ったようなオープニングは、意図的なのかそれとも製作上の事故なのか。  

  「Wreck」(4:40) 冒頭、終わりのよく分からない怪しげなベース、ギター、シンセサイザーによるテーマ(3 曲目同様アクセントずらしの 4 拍子)が力強く示される。 パワフルなヴォーカルはテーマをそのままに、労働歌のような節回しのコーラスがヴォーカルを追いかける。 1 コーラスはベースが支え、一瞬のヴァイオリン間奏から 2コーラス目はギターが加わる。 妙な野暮ったさである。 突如、ヴァイオリン、チェンバロ伴奏によるバロック・アンサンブルが出現、ヴォーカルもケリーミネアによるソフト・タッチに変貌する。 リスナー置いてきぼりのただならぬアレンジの妙である。 シンフォニックな弦楽をバックに華麗なギターが高鳴る。 ただし、テーマの旋律は貫かれている。 再び、ピアノが導く舟歌コーラスのクロス・フェードし、パワフルにがなりたてるのだが、それもつかの間、フェードアウトともに、今度はトニー・ヴィスコンティも加わったリコーダー・アンサンブルによる美しいバロック・ソナタへと豹変する。 P.F.M. が憧れたであろう弦楽と切ないギターの高まりを経て、最後は、再びヴォーカルとコーラスのかけ合いによる労働歌である。
  ライナーノーツにある通り、舟歌風の野卑なコーラスが耳に残るヘヴィ・チューン。 転調後に繊細なバロック・アンサンブルに変化するあたりが本領発揮である。 一つのテーマを巡り、いくつもの曲想をぜいたくに配した作品だ。 シャルマン兄弟、ミネアによるマルチ・ヴォーカルはいうまでもない得意技だ。 ちなみに、リコーダーによるアンサンブルは GG のライヴにおける必殺技の一つである。

  「The Moon Is Down」(4:48) チューニングだろうか、ふらふらと揺れ動くブラス・アンサンブルがフェードイン、次第にテーマへと収斂してゆく。 チェンバロ、ベース伴奏で多声のヴォーカル・ハーモニーが始まる。 余韻は深くこだまし、幻惑的なムードが強い。 サビはアコースティック・ギターのコードストロークが決然と響き、コーラスにエコーがかかる。 2コーラス目はドラムスが参加、ところがビートはロックなのだが、チェンバロ中心のアンサンブルとヴォーカル・ハーモニーはきわめて教会音楽的である。 サビのアコースティック・ギターはミュートしたオブリガートを軽やかに決める。 消えゆくハーモニー、そして、ピアノ、ベースの刻むビートとアコースティック・ギターのアルペジオから、流れるようにスピード感ある 5 拍子に変化(なぜか最初の 2 小節だけパターンが違う)、次第にテンポも上がって緊張が高まる。 一瞬で軽やかにダンサブルな 8 分の 6 拍子に変化、ピアノの和音とともにややリラックスして安定を取り戻すと、息を呑むほどにクリアーなブラスのテーマが高鳴る。 屈折した展開が多いだけに、こういう突き抜け感は新鮮だ。 澱みないベース・ラインにも注目。 スピーディにピチカートがかき鳴らされると、トーンを操作してコンプレッサをかけたようなオルガンが幾重にも交錯する、せわしなくも愛らしいアンサンブルがコロコロと転がり回る。 テンポはみるみる落ち、ピアノとストリングスがゆったりと流れを受けとめて美しく響く。 幻想的にシンフォニックに広がってゆく。 再び、冒頭のテーマによる幻想的なアンサンブル、ヴォーカル・ハーモニーが戻り、ピアノとともにメロトロンが深く深く鳴り響く。 最後は、ドビュッシー調の湧き立つようなピアノが夢の余韻を残して消えてゆく。
  軽やかなインストゥルメンタル・パートを間奏にはさむ、ジャジーにして悪夢幻想的なバラード。 幻想性にはサイケなバッドトリップの翳りがあり、繊細な美しさと耽美なテイストが微妙に交じりあう。 逸脱しそうで基本はメロディアスな流れがあり、オブリガートなどにおいてはじつに細やかな音使いを見せる。 間奏部のクライマックスで飛び出すブラスのテーマで目を覚まし、その後は目まぐるしいメリーゴラウンドのようなアンサンブルに引きずられてゆく。 エンディングのまとめもいい。 サイケ/プログレ的な幻想性、重さとジャジーなしなやかさ、運動性がブレンドした、独特の美感を誇る名曲である。

  「Black Cat」(3:54) ミュートしたギター、ヴァイオリンとストリングスが、小洒落た 7 拍子のリフをかけ合うイントロダクション。 コケットでやや挑戦的なタッチのリフとは対照的に、メイン・ヴォーカル(フィル・シャルマン)は密やかにささやきかけ、追いかけるコーラス(ケリー・ミネア、デレク・シャルマン)とともに妖しく謎めいたハーモニーを成す。 テーマはポップだがコーラスが入るとマドリガル風という得意技である。 散りばめられるエレクトリック・ピアノ。 ミュート・ギター、ヴァイオリンとストリングスのかけあいによる間奏は、一転して生真面目なストリングス・カルテットによるカノンに変化する。 しかし、ピチカートやパーカッションを用いた調子外れのユーモラスな脱力演奏も加わって、弦楽アンサンブルも変調をきたす。 ピチカートした弦の響きは弾け飛びそうな危うさを演出している。 いつのまにかピチカート連弾がオープニング・テーマを奏で始め、再びリズムが帰ってくる。 密やかなヴォーカル、そしてハーモニー、そして猫の声がからみつくテーマ演奏の繰り返し。
  ストリングスをフィーチュアした官能的な変拍子ラヴ・ソング。 クラシカルな素材を、ストリングスのボウイングとピチカートの音質の違いを効果的に使って配置し、コミカルで描写的な演奏になっている。 テーマは美しく、妖しい黒猫である。 ストリングスとマドリガルによるこわく的で妖艶なるタッチが、妙に堅苦しく行儀のいいカノン風のアンサンブルになるのだが、すぐに乱調気味に崩壊するのは、したたかなキャパ嬢に手玉に取られた良家のお坊ちゃまを描いているに違いない。(妄想です) いうまでもないが、終盤のストリングスのリフレインにまとわりつくスライド・ギターのグリッサンドのような妙な音は、猫の鳴き声を模したものだろう。 密やかなリード・ヴォーカルはフィル・シャルマン。 デレク・シャルマンのかすれ声をコーラスで耳にするというのも珍しい体験である。 こんな小品でも、サウンドやアレンジ面で大胆な冒険が行われている。大好きです。

  「Plain Truth」(7:37) オープニングは、ワウをかけたヘニャヘニャなエレクトリック・ヴァイオリンによるブルージーなアドリヴである。 MC のような奇妙なモノローグ(ゲイリー・グリーンらしい。ポール・マッカートニーかと思ったがそんなわけないか。)に反発するように、一気に、ハードな演奏が炸裂する。 テーマ・リフの凡庸さは、飛車を落としてここからどれだけ聴かせることができるかを示すための勇気あるハンデではないだろうか。(別に誰も挑戦していないと思うけど) 孤高のバンドらしい一人相撲である。 さて、メイン・ヴォーカルは、またもや汗臭い労働歌調である。(デレク・シャルマンが歌うと、みなそうなるのかもしれないが) 力強く押すメインのリフは 8 分の 10 + 8 分の 8 で呼応する変拍子パターン。 ファンキーにして下品、そして折れ曲がった、得意のスタイルである。 ギターは、シャフル気味のリフを奏で、大胆にオブリガートを決めるなど渋く活躍する。 間奏は、ヴォリュームをぐっと落としてベースがテーマを穏やかに繰り返すなかを、エレクトリック・ヴァイオリンが追いかけ、ギターとバトルを繰り広げる。 こういうダイナミックで微妙な表情の演奏なだけに、ドラムスのキレがかなり微妙に感じられる。 交代劇というよりは解雇に近いと想像できる。(大きなお世話) ヴァイオリンとギターのインタープレイから珍妙なヴァイオリンのオブリガート、そして再び、ハードなメイン・ヴォーカル・パートへ。ここからが長いインストゥルメンタル・パート。 ギターのシャフル・リフ(何気ないがカッコいい!)とともに音量を抑えて始まり、エレクトリック・ヴァイオリン、ベースによるストイックなアドリヴ(レイ・シャルマンによる一人多重録音だろうか)を経て、やがて我慢し切れなくなったようにギターのパワーコードが炸裂する。 三度メイン・ヴォーカル・パート。 エンディングの決めの後も、エレクトリック・ヴァイオリンのフリーキーなソロが続き、ヘヴィな演奏に止めをさされる。
  エレクトリック・ヴァイオリンをフィーチュアした、ブルージーな変拍子ハードロック。 垢抜けないが力強く、説得力あるリフにもかかわらず、リズムはひねくれており、ステップを踏んだら床よりも他人の足を踏む。 一貫してワウ・エレクトリック・ヴァイオリンが、奔放極まるプレイで狂言回しに徹している。 リズムの変化に加えて音量や速度の変化も巧みなのだが、やや間奏のアドリヴ・パートが長過ぎるような気もする。 エレクトリック・ヴァイオリンの可能性を追求してみたかったのかもしれない。 テーマを聴いていると、イタリアの BANCO への影響が相当強かったことが分かる。 全体にギターがカッコいいです。なぜか最後のキメの後にもギターをかき鳴らす音が聞えますね。


  凝りに凝りまくったという印象を与える傑作アルバム。 バロック風のアンサンブルとヘヴィ・ロックの混ぜ合わせだけでも凄いところへ、さらにフリー・ジャズ的な要素や変則リズム、複雑なコーラスを持ち込んで、丹念につくり上げた傑作である。 どの作品にも、底無しの谷のような暗黒のイメージがある。 さらりと聴くことも可能だとは思うが、細部に分け入るとさらにさまざまに堪能できる。 そして、楽器のクレジットを見ていただきたい。 通常のバンドで使う楽器に加えて、弦楽器から管楽器まで、もう何でもあり状態である。 特に、ケリー・ミネアとレイ・シャルマンは、恐るべきマルチプレイヤーである。 また、硬軟をうまく使い分けたツイン(トリプル?)・ヴォーカルも、なかなか他では見当たらない特徴だ。 とにかく 3 曲目までをじっくり聴いてみましょう。 二作目にしてピークを迎えた雰囲気すらある。 個人的には、前期のベストです。 現行の日本盤 CD よりも 15 年ほど前に出た西独 LINE レーベルの CD の方が音が明快です(経年変化が心配ですが)。 本作収録の作品はライヴ録音が少ないそうです。

(PHCR-4202)


 Three Friends

   
Derek Shulman vocals
Ray Shulman bass, violin, 12 string guitar, vocals
Phil Shulman sax, vocals
Kerry Minnear keyboards, vibraphone, percussion, Moog, vocals
Gary Green guitars, percussion
Malcolm Mortimore drums

  72 年発表の三作目「Three Freinds」。 ドラマーがマルコム・マルティモアに交代。 内容は、三人の少年による学校時代の回想と現在の境遇とをオーヴァーラップさせたストーリーによる初のトータル・アルバムである。 今回もオープニングからエンディングまで流れるような演奏と幻惑的なハーモニーが繰り広げられる。 ただし、トータル・イメージのためか、サウンド面で前作ほどのケレン味は感じられない。 それでも演奏は精密そのものであり、リズムとアンサンブルは凝りに凝っている。 シンセサイザー以前に培われたハモンド・オルガンのトーン調節による音色の工夫が興味深い。 (ムーグ・シンセサイザーも使用されてはいる) アメリカ・デビュー作。 プロデュースはグループ。 VERTIGO レーベル。

  「Prologue」(6:14) ハモンド・オルガンとギターのミステリアスなリフレインがエネルギーをため込み、ピアノの刻む重いビートで 切れ目の分からない変則フレーズが繰り返される、ヘヴィなオープニング。 第一作の 1 曲目のオブリガートを思わせる、ウネウネした長いリフがギターを中心に演奏されるが、繰り返し毎にムーグが加わったり、ファズ・ベースが入ったりと細かく工夫されている。 再び、イントロのオルガンとギターのリフレインが湧き上がり、スピーディな繰り返しからヴォーカル・パートへ。 一転ソフトなヴォーカルと幻惑的なコーラス。 無調風の平板な旋律だ。 遠くにハモンドのリフレインがこだまする。 再びヘヴィなオルガン、ギターのリフ。 そしてヴォーカルへ。 2 コーラス目は、アコースティック・ギターが伴奏に加わる。 悪夢的な展開である。 コーラスに続き、ベースとオルガンの奇妙なやり取り。 いつの間にか 4 分の 3 拍子である。 このやり取りが、反復とともに次第に盛り上がってゆく。 まずギターのコード・ストロークとムーグが加わる。 ベースはスピーディなリフレインに切りかわり、ビートは細分化されてゆき、いよいよめまぐるしい演奏へ。 そして再び、オープニングのウネウネ・フレーズからエンディングへ。 よく聴くとバリトン・サックスが加わっているようだ。 ずっしりと分厚く重い演奏である。
  アルバム全体の曲調を予感させるような、スリリングかつ謎めいたヘヴィ・ロック。 オープニングからダイナミックで淀みないのだが、目くらましのような変則リズムよるリフを軸にした重厚な演奏が続き、巧みなコーラスや後半の 3 拍子のアンサンブルなど、いかにも技巧的な内容になっている。 何か妙なしかけをしないと演奏できないらしいが、そこが好き。 リード・ヴォーカルはフィル・シャルマン。 ミネアーも大活躍している。

  「Schooldays」(7:37)ヴィヴラフォンとギターの転がるようなユニゾンによるせわしないオープニング。 得意の対位的マドリガル(追いかけコーラス)が入るとテンポ・アップ、独特のリズムで伴奏とコーラスがスピーディに進む。 ギター/エレピが展開をリードしているようだが、リズムは目まぐるしく変化する。 消えゆくコーラスとクロス・フェードするのは、不気味なピアノの和音の連打。 5 拍子のコーラス・リフレインに重厚なピアノの和音が 2 拍でクロス・フェードする辺りが、さりげなくすごい。 厳かなピアノの打鍵音とともに湧きあがるメロトロン・ストリングス。 そして深いエコーとともにピアノがさざめき、ベースと重々しく呼応し、深い広がりを生み出してゆく。 その空間を遊泳するように、ゆったりと広がってゆくミネアのヴォーカル。 メロトロン・ストリングスは、ややジャジーなニュアンスを醸し出し、スローに演奏は続いてゆく。 あどけない子供の声がミネアとコーラスする。 心の内側へと語りかけるような不思議な雰囲気は、一種の回想シーンのように、現実からの遊離を表現しているのだろう。 劇的にひらめくクラシカルなピアノとともヴォイスは去ってゆく。
   フェード・インするのはダンサブルなピアノのリフレイン、そして一転スピーディなリズムとともに、ヴィブラフォンによるジャズロック風の軽快なソロが始まる。 軽やかな演奏は、破断されながら、エコーの効いた追いかけコーラスとつぶやきのようなアンサンブルへと変化し、まるで辻褄が合わなくなったのを恥じるように、フッと消えてしまう。
  内省的かつ幻想的にして軽やかな不思議チューン。 思い出を語るにしては、ウェットさがなく、愛らしい表情に乾いたユーモアが感じられる。 前半は、ヴァイブとギターのクラシカルなデュオと追いかけコーラスによる軽やかでリズミカルな展開(8 分の 5-6-7 拍子が交錯するというリズム・チェンジの嵐)であり、回想場面らしい、あまりに幻想的なヴォーカル・パートへと進む。 ヴァイブを用いたジャジーなアドリヴにクラシカルなピアノ・コンチェルトをぶつけるなど、チャレンジングな編曲姿勢が感じられる。 曲調の大きな変化は、おそらく現実と回顧を意図しているのだろう。 ミネアのリード・ヴォーカル。 最初のコーラスはミネアとフィルだろうか。

  「Working All Day」(5:12) いくつものギター(クラヴィネット?)がオーヴァーダブされてクシャクシャとこんがらがるイントロダクション。 ピッチが下がって尻切れとんぼに消えてしまうと、いきなりヘヴィな 8 ビートとともに、デレク・シャルマンのパワフルな歌唱が始まる。 オブリガート、間奏は、けだるくもリズムの込み入ったバリトン・サックス、ギター、オルガンのアンサンブル。 ヘヴィな音なのだがアンサンブルそのものはなかなかクラシカル、そしてヴォーカル・ハーモニーを交えると民謡、舟歌風である。 ギターとサックスが即興風に音を散りばめつつも決めはきっちりとまとめる。 8 ビートと 3 拍子を交錯させながら、醒め切ったアンサンブルが淡々と進む。 リフを繰り返しながら、次第に主導権はワイルドなハモンド・オルガンへと移ってゆき、いつしか猛烈な速弾きソロへ。 GG 独特の眠気を誘う反復(もしくは延々と続く助走)による伴奏と、アグレッシヴなオルガン・ソロの奇妙なコントラスト。 ヴァイオリンのピチカート乱れ弾きをきっかけに、「どっこいしょ」なリズムと舟歌調のヴォーカルが戻ってくる。 バリトン・サックスはのっそりとヴォーカルに寄り添い、間奏ではサックスとオルガン、ギターらがこんがらがる。 醒めたアジテート。
  独特の野卑なタッチによる舟歌、民謡調のブラス・ハードロック。 歌詞によると、働く辛さを歌う労働歌らしい。 ヴォーカル・パートにはパワフルなグルーヴがあるのだが、間奏パートでは、野太い音ながらもバリトン・サックスやギターが反復のたびに熱気を抑えるかのようにクールな演奏を続けてゆく。 よく聴けばヴォーカルも力みかえるわりには、平べったいメロディであり、まるでお経を唱えているみたいだ。 4 拍子と 3 拍子の交錯はもはや当たり前である。 デレク・シャルマンのリード・ヴォーカル。 子供の頃はよかったなあという気持ちとともに「勉強(労働)ばかりするジャックはダメな子になる」という戒めもちょっと入ってるのでは。 間奏部分のオルガンのアドリヴが強烈。

  「Peel The Paint」(7:31) 密やかなささやきヴォイスはフィル・シャルマンだろうか。 伴奏はゴボゴボと沸き立つハモンド・オルガンとピチカート。 間奏では、抽象的なオルガンと華やかに高まるヴァイオリンが呼応を続ける。 美しいはずの弦楽の響きが、なぜかドライで無慈悲な感触をもつ。 2 コーラス目も謎めいている。 オルガンにベースがケリをつけると、やおら、ギター、サックス、オルガンによるヘヴィな演奏が爆発する。 ヴォーカルはデレク・シャルマンに交代し、力強いシャウトへと変化する。 パワフルなリフとギター、サックスの唸りで世界は一変し、4 拍子と 3 拍子のリフを交互にたたみかけながら、ついには怒涛のギター・ソロへ。 呆気に取られるような鮮やかな変転。 ドラムスのみごとな手数にも注目。 ウェザースばかりが噂に上るが、本作のマルコム・マルティモアも相当なプレイヤーである。 しかし、ギターも途中で我に帰ったかのように、周囲を気にし始め、ディレイとともに 3 拍子の軽やかにしてフォーカスのぼやけたような不思議なアンサンブルへと変化してゆく。 サイケデリックにして奇妙な静かである。 ブルーズ・ロック調のアドリヴが遠く消え入りそうな音で続いてゆく。 ギターの絶叫も重なり合い打ち消しあい、かすれたように電子音に吸い込まれる。 ドラムが次第に主張を強めはっきりとした秩序を維持してゆく。 そして後片付けのようなデレク・シャルマンのシャウト、パワフルなアンサンブルがリタルダンド、大いにタメで大団円。
  メロディアスな弦楽器をフィーチュアしたクラシカルなパートとファンキーなハードロックを寄せ集めた、GG らしい大胆な作品。 弦楽をフィーチュアしたきめ細かいアンサンブルを聴かせる前半では、フィル・シャルマンがヴォーカルをとり、ハードな後半ではデレク・シャルマンへと交代する。 前半と後半で全く別の曲のようだし、ある意味明快なヘヴィさをもつ後半の展開の中でも、フォーカスが突如ずれてしまうような奇妙な変化がある。 グリーンのプレイヤーとしての力量はこういうアドリヴでよく分かる。

  「Mister Class And Quality」(5:50) オルガン、ギター、ベースらによるセッション風ながらもクラシカルなアンサンブル。 オルゴールを思わせる軽やかなイントロダクションだ。 すぅっと 1 つのリフへとまとまってゆく手際よさ。 歯切れいいドラム・ビートとともに、リフはヴァイオリンへと移り、デレク・シャルマンによるお得意のひねくれたメロディ・ラインの歌唱が始まる。 シンコペーションによる裏拍アクセントのオブリガート。 間奏はオルガンとギターの軽妙なやりとり、3連による転がるような調子のまま、2 コーラス目へ。 再び、オルガンとギターのやりとりから、リズムはシャフルへ。 エコーでにじむギターとキーボードが呼応し、2 拍子のピアノによるヘヴィなストローク、無理やり重なるオルガン、軽妙なオルガン、ギターの追いかけっこ、そしてブルージーなキーボードのソロ(ここで 6 曲目にカウンタが移動する)、続いてヘヴィなギターのアドリヴ。 ここまでの流れるような展開はみごとの一言。 ギターとエフェクトでぐにゃぐにゃしたキーボードのジャズロック的なアドリヴが続くのだが、クロスフェードで初めのリフが帰ってくる。 デレク・シャルマンのヴォーカルが復活。 けたたましい演奏は軽妙なギター、オルガン、3 連でたたみかけて一気にクライマックスへ。
  ユーモラスで軽妙、なおかつファンキー、そして目まぐるしく変転する佳作。 デレク・シャルマンのヴォーカルも調子こそソウル調だがなめらか。 ただし、歌メロはいかにも「不自然」。 全体に曲調はソフトで軽妙なのだ。 ラウンジ風だったり、ジングルのようなところもある。 3 連フレーズが数珠つなぎのように楽器を渡り歩くかと思えば、ヘヴィなアドリヴが飛び出し、演奏は多彩。 オブリガートでは、アクセントの位置を巧みに変化させて、「のりにくいノリ」でテンションを生んでいる。

  ラスト・ナンバー「Three Friends」(3:00) 一転、シンフォニックなメロトロン、オルガンに彩られて教会風のコーラスが始まる。 ギターだけは前曲のノリを引継ぐようなややヘヴィでひねくれたプレイを続けるが、全体に次第にメロディアスにしなやかな音になってゆく。 豊かに響き渡るメロトロン、オルガンとうねり続けるギターがリードしつつ、次第に大きな流れができてゆく。 営々と続く繰り返し、そして、名残を惜しむかのようなフェード・アウト。
  厳かにして美しい感動の終曲。 キーボードによるシンフォニックな余韻があり、GG には珍しい展開だ。

  さまざまなしかけをもちながらも、パンチのあるエレクトリックな音とストレートなヘヴィさを主にまとめた佳作。 テーマは切ない人生訓風らしいが、GG が単純にマイナー調で哀感を演出するわけがなく、いくつものスタイルをぎゅっと押し込んだような作風は、もはやアヴァンギャルドというべきだろう。 複雑なリズム処理とともに、ギターとキーボードのジャジーな絡みや爆発的なソロなど、ダイナミックな迫力も満載である。 コーラスは 2 曲目に集約され、アコースティックな管絃の音は目の醒めるようなアクセントとして用いられている。 レイ・シャルマンのヴァイオリン、フィル・シャルマンのサックスが要所を押さえ、ミネアがオルガン、ヴァイブ、ピアノ、ヴォーカルと八面六臂の活躍を見せる。 グリーンも一体感ある全体演奏から奔放なソロまで、テクニシャンぶりを発揮する。 前作で試みた実験をトータル・アルバムにあてはめたせいか、流れが明快であり、作風に余裕が感じられる。
  右側のジャケットはアメリカ盤でありファースト・アルバムと同じ巨人の絵。 これはサード・アルバムがアメリカでのデビュー作だったためと思われる。 現行 CD はこちらのアメリカ盤と同じです。 以前の米 COLUMBIA 盤と同様、ユニバーサル盤でも、最終曲とその前の曲の収録時間が正しくないように思う。 つまり、音としては、本当の最終曲は CD カウンタ上の最後の曲の 2:26 辺りから始まるように思う。 これはどういうことなのでしょう。

(CK 31649/UICY-9689)


 Octopus

   
Derek Shulman lead vocals, alto sax
Ray Shulman bass, violin, guitar, percussion, vocals
Phil Shulman sax, trumpet, mellophone, vocals
Kerry Minnear keyboard, vibraphone, percussion, cello, moog, vocals
Gary Green guitars, percussion
John Weathers drums, percussion, xylophone

  73 年発表の四作目「Octopus」。 屈指の大傑作の一つ。 コーラス・ワークや第ニ作の延長にある眩惑的な演奏は前作を凌ぐ。 これは新ドラマー、ジョン・ウェザースの加入によって、リズム・キープを超えた緻密なプレイと過激なテンポの変化が可能になったためか。 前任者二人もかなりテクニシャンだったが A 面最終曲や B 面 1 曲目のような曲を聴くと、ドラムスもアンサンブルの一部を占める楽器なのだと再確認させられる。 明確な音は、ビル・ブルフォードとも共通する。 作品は、豊かな中世/クラシック色に加え、これまで以上にパワフルなロック色も強まる。 また同時に、対位的なアンサンブルと急激に場面転換する演奏も進化を続けている。 各作品の性格、見せ場がはっきりとしており、このグループの作品の中では取りつきやすい方だと思う。 35 分弱の作品にもかかわらず、内容はギッシリ詰まっており、まさに一皮むけてしまった傑作だ。 潜在的なプログレ病患者同定のためのリトマス紙的作品ともいえる。 Godley/Creme が好きな人にもオススメ。 VERTIGO レーベル。

  「The Advent Of Panurge」(4:44)。 クラシカルなアカペラをギター、ベースが静かにオブリガートするオープニング。 ギターとミネアのオーヴァーダブ・コーラスがおだやかにこんがらがる。 得意の中世風のメロディがくるっと THE BEATLES 風に変化する不思議さ。
  突如ヘヴィなオルガン、ピアノ、ギターによって演奏が動き出す。 ギターのベンディング一発に続き低音を効かせたジャジーなピアノ・ソロ。 ヘヴィなギター、オルガンがピアノと騒がしく反応しあう。 ハードでファンキーな調子が独特だ。 突如天から裁定を下すようなデレク・シャルマンのヴォーカルが降ってくる。 テーマはおなじ。
  ピアノがリードする演奏は突如、トランペットの鮮やかなファンファーレとミネアの繰り返しヴォーカルで遮られる。 デレクの裁定に異議を申し立てるような調子である。 チャーチ・オルガンの柔らかな響き。 ころころ曲調が変わる。 ミネアのファルセットとギターのこちょこちょしたプレイが重なり合う。
   ドラムが戻りフリー風のピアノ伴奏で始まるは幻想的なヴォーカル・パフォーマンス。 複数の声が角度を変えつつ呟き話しかける。 ピアノの重苦しいオブリガート、ギターのつぶやき。
  そしてオープニングのひそひそコーラス&ギター、ベースが再現。 幻惑的にしてあまやかなコーラス。 再びヘヴィなオルガンが飛び込みアヴァンギャルドなピアノが暴れる。 ハモンド・オルガンとギターが低音でもつれるようにかけあい。 シャルマンのソウルフルなパンチのあるヴォーカル。 最後はジャンと決めて終り。
  中世風味とジャズ、ロックが大胆かつ細心に交ぜあわされた傑作。 テーマは再び巨人にまつわる御伽噺、パンタグルエルとパナージの邂逅である。 そして演奏は 1 曲目からかなりやりたい放題だ。 ジャジーにして強いビート感もあり、込み入ったアンサンブルから眩暈コーラス、ツイン・ヴォーカルも駆使する得意技総覧的のアヴァンギャルドな作品である。 リズム・キープに現われるドラムにほっとするほど普通のノリがなく一定の曲調を保たずに次々と変化してゆく。 それでいて折れ曲がるような感じはなくきちんと流れている。 これでは 1 曲目でいきなり引く人もいるかもしれないな。 強いていうなら歌入りフリー・ジャズ。

  「Raconteur, Troubadour」(4:05)。 チェロ、ヴァイオリン、エレピのアンサンブルが伴奏する中世音楽調のヴォーカル・パートでスタート。 バスドラ、タンバリンが巧みにアクセントする。 8 分の 5+6 のパターンである。 ヴォーカルがサビに入るとヴァイオリンがヴォーカルの旋律を引継ぐ。 サビは 8 分の 6 で最後だけ 8 分の 10。 ヴァイオリンのトリルからエレピ、マリンバ、ドラムとめまぐるしく演奏が動き出す。 渦を巻くような曲調だ。 ピアノがテーマを奏でチェロがのほほんと変奏する。
  吸い込まれるように音が消えると再びオープニング・シーケンスへ。
  繰り返しが済むと再びスネアやマリンバも加わってぐるぐる回り出す。 今度はベースがテーマを弾いている。 エレピのリフレインを経て突如行進曲風のビートが現われる。 そしてチェロが悠然たる旋律を奏ではじめる。 オルガンやリコーダー、ヴァイオリンも重なりシンフォニックな流れができあがる。 湧き上がるスネアのロール。 そして鮮やかなトランペットのファンファーレだ。 ヴァイオリンがおなじ旋律を引継いで歌う。 ピアノの伴奏はちょっと妙。
  ピアノが軽やかに一閃すると、みたびオープニング・シーケンスヘ。 終章である。 最後は壊れたレコードのように繰り返すエレピ。 寂しいのか明るいのか判然としない終りだ。
  表題通り、トルバドールを連想させる中世民俗音楽風のテーマを過激なリズムと多彩な音色でひねくり回したクラシカル怪作。 弦楽器とヴォーカルがフィーチュアされたサウンドはいかにも中世風でありテーマもトラッド風のわりと地味な旋律である。 しかし、インスト部分は 8 分の 6 拍子で各パートがくるくる回るようにせわしない動きを見せるとても面白いもの。 どこかで必ずテーマが流れているのに注意。 中盤しらじらしい管絃によるシンフォニックな演奏への展開はまさにあっけにとられる大胆さ。 楽器はたくさん使われておりとても全部はわからない。 ヴォーカルはデレク・シャルマンだろう。 バッハの管弦楽組曲の変態アレンジ版。

  「A Cry For Everyone」(4:08)はヘヴィなギター・リフとソウルフルなヴォーカルで攻めるパンチの効いたハードロック。 こういう曲ではデレク・シャルマンのヴォーカルが映える。
  開口一番叩きつけるようなギターが轟きヴォーカルはファンキーに迫る。 変拍子を交えパラグラフの切れ目が分かりにくいところがいかにもである。 間奏のギターやピアノのフレーズには後の作品にも現われる東洋風味というか珍妙な味わいがある。 テクニカルなベースがドライヴするギターとオルガンの追いかけっこも面白い。
  セカンド・ヴァースを経た間奏に続く初登場のシンセサイザーは動物の鳴き声のようなものすごい音である。
  ヴォーカルに続くギターとオルガンのかけあいはさらにエスカレート、めまぐるしい演奏が火蓋を切る。 ヘヴィでハード、しかしリズミカル。 ドラムとギター、キーボードがファンク・バンドのようなみごとなノリを見せ、エレクトリックでノイジーな切り込む過激な演奏だ。
  ラストのヴォーカル・パートを経て最後はもつれつように演奏が続きシンセサイザーがピリオドをうつ。
  中華風の技巧的なハードロック。 ギター・リフ中心のビートの強い曲調や変則リズムは一作目や三作目のオープニング曲を思わせる。 しかし、間奏部分のギターとオルガンのかけ合いや、凝ったシンセサイザーの音など、一筋縄でいかないものばかり。 ヘヴィでファンキーかつ東洋風のメロディのおかげで、どこかコミカルという密度の高いハードロックの名品。 過剰にアンサンブルに凝ってはいるものの、JETHRO TULL に通じるイメージもあり、アメリカで受けたのがなんとなく理解できる。

  「Knots」(4:12)。 のっけから得意のアカペラ四声カノン・コーラス。 受けるはサックス、チェロ、マリンバが繰り広げるコンクレート風の断片的な器楽。 これを交互に繰返し、やがて、ドラムの決めをきっかけに、コーラスと器楽が重なりはじめる。
  突如リズムが入り、ゆったりとしたギター・リフがリードするアンサンブルへ。 そして柔らかなコーラス。 断続的な演奏で始まっただけに、ここのメロディアスな全体演奏が心地よい。 リズムが止むとピアノ伴奏でマリンバ・ソロが始まる。 ピアノもマリンバも、かなり奇天烈な演奏だ。 はっきりいってちょっと変。
  続いてヘヴィなピアノとギターが飛び込む。 かなり凶暴なギターと攻撃的なピアノの和音連打、そしてうねるオルガン。 一気に不穏なムードになり、次の展開に向けて緊張が高まる。 もっともこれだけ妙だと、何があっても大して驚かないだろう。 唐突にアカペラ・コーラス。 またもたたみかけるヘヴィなギターとピアノ、オルガン。 またもアカペラ井戸端会議コーラス。 ドラムの決めが入り、再び断片的な器楽とコーラスが重なる。 ここの器楽はオルガンがメイン。 ゆったりしたリフが再現、メロディアスな全体演奏。 コーラスが動いてゆく。 自由に叩きまくるドラムがすごい。 最後は、わりとまともに和音を響かせて、どこかへ飛び去ってゆく
  超絶追いかけコーラスとミュージック・コンクレート風の器楽をメロディアスな主題でまとめたアヴァンギャルドな作品。 コーラスはやはりクラシカルもしくは教会風である。 このコーラスに影響されたグループは数知れない。 合いの手を入れる珍妙な器楽が、コーラスを模しているようでおもしろい。 1 曲目もそうだったが、規則的なリズムのパートが一層の安定感をもって聴こえる。 これ以上やるとバラバラになるという寸前で、一体感のあるメロディアスなトゥッティへとまとまるスリル。 間奏のマリンバとピアノのデュオは、子供の遊びか現代音楽か。 歌詞は D.レインに触発されたという言葉遊び。

  「The Boys In The Band」(4:36)。 楽しそうな笑い声。 そしてコインが転がる。 コロコロコロ。 そして一気に始まる超絶変拍子アンサンブル。 あきれるくらいスピーディでスリリングなプレイである。 切れ味抜群。 オルガン、ギター、ムーグそしてハモリにサックス、ヴァイオリン、マリンバなどが入っているようだ。
  受けるは軽妙なオルガンそして怪しげなピアノ。
  再び鮮やかにユニゾンをかっ飛ばすと、今度はギターとオルガンでジャジーに受ける。 小気味よいドラミング。 ピアノやベースなど低音を強調したアンサンブルが続く。 そしてジャジーなギター・ソロ。 続いてサックスのリフに乗ってムーグのソロ。 バッキングが気持ちよい。
  再び軽妙なオルガン、ワウ・ギターと不思議なピアノのコンビネーションによる受けのアンサンブル。
  そしてみたび超絶アンサンブル。 微妙にパターンが変化している。 最後は繰り返しのままフェード・アウト。
  これぞテクニカル集団 GENTLE GIANT の面目躍如の超絶技巧大傑作。 オープニングのスピーディなアンサンブルは P.F.M が憧れて真似したらしい。 確かによく似ている。 こういった、ヴァイオリンを活かしたスピーディなアンサンブルとジャズロック的な緻密さをもつ展開は、新境地といえるだろう。 爆発力と緻密さを同時に備えた完璧な演奏であり、一作目や三作目のオープニング・ナンバーを倍速にしたような感じもある。 ちなみにライヴ盤も同じ笑い声とコインで始まる。 インストゥルメンタル。

  「Dog's Life」(3:13)。 アコースティック・ギター・ソロによる愛らしいイントロダクション。 そして弦楽とオルガン(手回しオルガン?)による雅な伴奏で歌うヴォーカルは再び中世教会風。 繰り返しからギターに続き、高音のサビと弦楽のゆったりしたかけあい、続いてヴォーカルとアコースティック・ギターのかけあい。 再びテーマ。 弦楽とオルガンの響きは、ヨーロッパの古い石畳の街並みをイメージさせるいい音だ。
  中間部はエコーの深いコーラスとクルムホルン(メロフォン?)の草笛のような音の伴奏。 乾いたのどかな音である。 古い時計が時を刻むようなパーカッションがユーモラスだ。 繰り返し部分では、メロフォンのデュオが聴ける。
  古式ゆかしい弦楽をきっかけにテーマへ戻り優美なアンサンブルを繰り返す。 最後は絶妙のブレイクと弦楽のリプライズ。
  優美な弦楽とキュートなアコースティック・ギターによるバロック室内楽風ナンバー。 弦楽と手回しオルガンの響きが見知らぬ街への郷愁を誘う。 ヴォーカルはフィル・シャルマンと思われる。 THE BEATLES を思い出すすてきな作品だ。 ドラムレス。

  「Think Of Me With Kindness」(3:33)。 暖かいピアノのイントロに導かれて柔らかい歌が始まる。 ミネア独特のソフトなタッチである。 クラシカルですてきなバラードは、リズムを得て、ゆったりとした起伏を見せはじめる。 ピアノは、控えめながら、抱きしめたくなるようなプレイを見せる。 切ないメロディ。 ベースも心地よい。 歌メロを繰り返す間奏は、オルガンとトランペット。 これまた THE BEATLES を思い出す 60 年代の音だ。 再びヴォーカルが戻ると、今度は得意の無調風のハーモニーが始まる。 ピアノとともに再びソフトな歌へと戻る。 オルガンとトランペットが豊かに広がりをつける。 語りかけるようなヴォーカルはふっと消え去る。
  暖かく包み込むようなバラード。 気品あるヴォーカルが秘めた感傷とオルガン、管楽器のシンフォニックな広がりには思わず涙が出そう。 遠く MAXOPHONE などイタリアン・ロックへとこだまする音である。 あまやかなバラードにもかかわらず、実験的なヴォーカル・パートを突っ込んで、やや不気味な味つけをするところがこのグループらしい。 クラシカルな香りとともに、ジャジーな味わいもほんのり漂わせており、いかにも 70 年代ブリティッシュ・ロックらしい。 そして、このグループのルーツを感じさせる音でもある。 ヴォーカルはミネア。

  「River」(5:52)。 オルガンとヴァイブのひそやかな演奏が一気にヴァイオリンとワウ・ギターのハーモニーによる変拍子テーマへと引継がれてゆくオープニング。 テーマはシャープに始まり、うねうねと語尾が長く続く得意のパターンである。
  ややキーのずれたようなヴォーカルが入る。 伴奏はオルガン、エレピ。 オブリガートのオルガンがユーモラスだ。 ジャスト・タイムのドラムがじつに気持ちよし。 トーンを抑え、風が吹き込むような音のオルガンの間奏も珍妙なリフである。 続く間奏はヴァイブが静かに流れる。 飛び交うノイズはムーグだろうか。
  再びヴァイオリン、ワウ・ギターによるテーマ。 どういうリズムなのかよく分からない。
  飛び交うムーグをバックにややおちついたテンポの演奏が続く。 ヴォーカルはフィル・シャルマンに交代している様子。 ジャジーなエレピとメロディアスなファルセット気味のヴォーカルが、雰囲気をぐっとファンタジックなポップス風に変化させる。 オルガンのリフが支える演奏に、金属的なムーグ(?)の音がからみつく。
  またもテーマ。 今度は、後ろへうねうね続けられないようにドラムがタムを連打してぶった切る。
  そしてギター・ソロ。 オーソドクスなハードロック・ギターながらも、この明快なフレージング、只者ではない。 込み入った器楽のうちでギターだけは分かりやすい演奏をするところが GG の特徴の一つであり、アメリカで受けた一因と考えられる。 スキャットが絡む。 さらにギターとピアノが加わり、ヘヴィな演奏が続く。
  ようやくテーマへ戻る。 そして、デレク・シャルマンによるマッチョなヴォーカル・パートへ。 ゴワゴワとしたオルガンの伴奏。 飛び交うノイズとヴァイブらによるスペイシーな間奏。 最後もテーマを繰返して終り。
   落ちつきどころのない奇妙な味わいをもつ変奏曲風作品。 悪夢や幻覚を思わせるという意味でサイケデリックといえるかもしれない。 ヴァイオリン、ギターによるシャープなリフとデレク・シャルマンのヴォーカルを狂言回しに、微妙にパターンを変えつつ曲が進んでゆく。 電子的な効果音が多く使われているが、録音のトリックやムーグが主役なのだろうか。 後半のブルージーなギター・ソロもどこか空々しい。 トーンを調節したハモンド・オルガンの丹念なプレイがいい。 ヴォーカルはデレク・シャルマンとフィル・シャルマン。


  技巧的なドラムの加入で音楽の幅が広がり、どの曲とも個性をしっかり発揮し、完成度も高い。 鋭くスピーディなフレーズやリフ、超絶アンサンブルなどテクニック指向の時代にも充分耐える作品だろう。 コーラスはもう完成の域に入っており、声も楽器として用いられている。 そしてハードネスと対を成す切ないまでのリリシズムも健在。 しかし同時に、ハード、ソフトと簡単にいえないくらいのアヴァンギャルドな作風も強調されている。 中途半端に浮き上がってしまったような主題を巡る傾いだような演奏は、単純な感情移入やノリを許さない。 また、クラシカルな曲からヘヴィな曲まで取り揃えてそれぞれ適役が歌うという、複数のヴォーカリストを持つ強みを存分に発揮している。 アレンジの鬼・技巧派集団の面目躍如たる大傑作。 ただしこれだけ濃いと好みを分けるかもしれない。 個人的にはハモンド・オルガン、ムーグの丹念な使い方が気に入っている。 右側のジャケットはアメリカ盤 LP のもの。

(PHCR-4203)


 In A Glass House

 
Derek Shulman vocals, alto sax, soprano sax, recorder
Ray Shulman bass guitar, violin, acoustic guitar, percussion, backing vocals
Kerry Minnear keyboards, tuned percussion, recorder, vocals
Gary Green 6 & 12 string guitars, mandolin, percussion, alto recorder
John Weathers drums, percussion

  73 年発表の五作目「In A Glass House」。 前作完成後、シャルマン兄弟の長兄フィル・シャルマンが脱退。 メンバーを欠くという大事件にもかかわわらず、高度な音楽が維持されているところがプロフェッショナルである。 大胆なリズム・チェンジを平然と乗り切る研ぎ澄まされた演奏は、すでに何かをイメージさせるのではなく、音そのものの存在を主張する。 それでいてポップでグルーヴィな衣をまとうのだから、もはやある意味グロテスクである。 トリッキーなプレイが次々と繰り広げられる中で目立つのは、多彩なキーボード(トーン調節したハモンド・オルガン、クラヴィネットなど)とルネッサンス音楽を思わせるリコーダーの音。 メロディアスなテーマ、クラシカルなアンサンブル、そしてファンク調のノリのいいロックの部分もあるのだが、それらの生む分かりやすい幻想性や情感はガラスの迷宮のような楽曲のなかへと抽象化し、刃の上で舞うが如き演奏のけれん味が最も強く印象に残る。 得意のバロック・アンサンブルとファンクなロックンロールは、ふと気づけば何の矛盾もなく一つになってしまっているのだ。 不気味な作品である。 プロデュースはグループ。 本作品から WWA 所属となる。

  「Runaway」(7:15)。 ガラスを叩き割る音がいつのまにかビートを刻みはじめる面白いオープニング。 フェード・インで湧き上がるオルガン、そしてギターがリズミカルな 6 拍子のリフで口火を切り、たたきつけるようなパターンで解決する。 ヴォーカルは抑え目のデレク・シャルマン、そして最初の小節でいきなり 8 分の 5 拍子も交ざってくる。 伴奏のギターの 3 連アルペジオとのズレが奇妙だ。 主旋律は得意の平板な無調風だが、歌唱のおかげでいつになくレガートで軽やかである。 繰り返しの最後には 8 分の 5 拍子と 2 拍子の交錯もある。 ここまで、わずか 2 分の間にすさまじいリズムの変転を見せている。
  間奏はリフを刻むエレピにムーグが一閃。 解決のキメから、さえずるようなリコーダー合奏へ。 ギターのリフが繰り返されて、演奏に安定感を取り戻す。 遠景にたなびくようにリバーヴを深くしたコーラス。 今度はオルガン、エレピ、ムーグらキーボードが、8 分の 6 拍子の呼応パターンを繰り返し重なりあう。 たくさんの小人が踊っているような奇妙にダンサブルな演奏であり、さきほどのギター・リフ同様、反復によって安定点を取り戻すような意図が感じられる。 ブレイクを経て、一転してミネアの賛美歌風のヴォーカルとリコーダーによるバロック・アンサンブル。 ここからは 4 拍子。 アンサンブルを打ち消すように、両チャネルからややメタリックなメイン・ギター・リフが飛び出す。 バロック・アンサンブル対ギターが繰り返され、突如ギターは新たにレガートなリフを提示する。 ここでも執拗に反復することで、独特の効果を上げている気がする。 8 ビートによる安定感が生まれてくる。 再び 8 分の 6 拍子に戻り、調子ッ外れなマリンバ・ソロ。 絡まってしまうような込み入ったプレイである。 メタリックなメイン・ギター・リフ、幻想的なミネアのささやきを経て、メイン・ヴァースへと復帰。 リフを刻むエレピにムーグが重なり一閃、たたきつけるようなギターの演奏、そしてデレクのヴォーカルヘ。 メイン・パートを繰り返し、8 分の 5 拍子と 2 拍子の交錯を経て強引なエンディング。
  軽妙かつみごとな安定感を見せるクロス・リズムの上で、リズミカルなプレイがパノラマのように流れてゆく力作。 デコボコしながらも終始動きはなめらかであり、そして構成はがっちりと緻密である。 リズミカルなリフからソロまでギター、キーボードが大活躍。 そして意外にも、全体のイメージは軽やかなのだ。 執拗な反復は、過激な変転の準備/助走のようにも聴こえて興味深い。 ギターに似た音はエレピかクラヴィネットか。

  「An Inmates Lullaby」(4:39)。 前曲ラストのこだまのようなドラム連打が、定位を変えて意味ありげに打ち鳴らされる。 一転してヴァイブ、マリンバ、トライアングル、フロア・タムらによる、ひそやかなアンサンブルが始まる。 イコライザでにじむレイ・シャルマンのアカペラが、独特の無表情な節回しで入ってくる。 ハーモニー(こちらがミネアだろうか)が静かに追いかける。 童謡を思わせるハーモニーだ。 間奏は目のさめるようなヴィブラフォンによるオープニングのテーマ。 再びヴァース、厳かで密やかなハーモニーである。 ヴァイブに続いて、マリンバやフロア・タムの音が遠く近くに散りばめられる。 遠くで聴こえるのはオルガンとマリンバだろうか。 再び囃子歌か童謡のようなヴォーカル。 遠くでざわめくドラム・ロールやマリンバ。 規則的なビートのない奇妙な世界。 ヴァイブやハーモニーのヴォリュームが次第に上がり、コーラスは交錯しはじめる。 ざわめくマリンバ、ドラム・ロールに導かれて、エレピとオルガンによるファンタジックなリフレイン。 再びヴァイブによる鮮やかなオープニング・テーマからメイン・ヴォーカル・ハーモニーへ。 ヴァイブのテーマへタムの打撃音やマリンバが絡み、フェード・アウト。
  アカペラ、対位的なヴォーカル・ハーモニー、各種パーカッションによるコラージュ風の子守唄。 音の定位を変化させるたびに、世界の奥行きが伸び縮みし、フレーズの断片は無造作に散りばめられ、なんとも摩訶不思議な効果を生んでいる。 奇数偶数のポリリズムだと思うのだが、うまく数えられない。 取りとめない印象は、子守り歌というよりも、子守唄を聴きながら眠りに落ちる寸前の意識の断片的な流れのシミュレーションのようにも思える。

  「Way Of Life」(8:04)。 けたたましいギター・リフで突き進むアップテンポのテクニカル・ロックンロール。 ムーグやギターの切れ味鋭いフレージングはジャズロック風。 ベースの動きも大胆だ。 ヴォーカルに沿って、スキャットを思わせる巧みなプレイを見せるギター。 うねうねと絡み合う演奏から、弾けるように飛び出すシンセサイザーがカッコいい。 リズムを刻々と変化させつつ、さまざまな楽器がフレーズをじゅづつなぎにして追いかけあう、めまぐるしい間奏部。 演奏は、わずか 2 分でつむじ風のようにクルクルと世界を巻き取ってゆく。
   2 分半頃からフェード・インして始まるのは、雅なバロック・アンサンブル。 リコーダー、ヴァイオリンによる典雅な伴奏で、ミネアがソフトな賛美歌を聴かせる。 この辺は第一作から変わらない作風だ。 重厚なドラムスが加わりシンフォニックに高まるも、すぐに怪しげなオルガン、ギターらが蠢き始め、ムーグが高らかに飛び出すのをきっかけに、あっという間にしりとりアンサンブルからメイン・テーマへ。 デレク・シャルマンのヴォーカルとギターが一体で走り、ギター、オルガンらが得意の綱渡り/しりとりアンサンブルでめまぐるしく動いてゆく。 たたみかけるように鋭い 7 拍子と 8 拍子の応酬がシャフルになり、やがて中間部のミネアのバロック・テーマを、オルガンを中心に全体演奏で悠然と再現してゆく。 金管風のムーグが印象的だ。 リズムが消えると、オルガン、シンセサイザーらによる教会風の厳粛な演奏が始まり、やがてノイズとなって消えてゆく。
  スピード感あるジャズロックと優美なバロック・アンサンブルが交互に提示され、やがて一つにブレンドされてゆく大胆極まる大作。 前半のアンサンブルはかなり込み入っているのだが、ヴォーカル・ラインを軸にみごとなまでに一体となって走ってゆく。 猛スピードでカーブを曲がり続けるような演奏だ。 譜面を見るのがこわくなるような込み入った演奏を、次々とたたみかけてゆく。 そして、中間部のバロック・アンサンブルの配置の妙。 あたかもエア・ポケットのように、そこまでの流れを吸収している。 そして後半では、これらを強引にして精妙に融合してゆくのだからすごい。 エンディングは、ほとんど音響主義風のアヴァンギャルド・ミュージックなので、全体としては、何曲分かを一つにしてしまったような内容である。 トリッキーな展開をジャスト・ビートで支えるドラミングがみごと。

  「Experience」(7:50)。 オルガン、ベース、ギターによるクラシカルなデュオがフェード・イン。 ミネアのモーダルなヴォーカルがデュオのテーマを受け、ベース、オルガンとともに対位的なアンサンブルを成す。 ドラムスも加わると、ハモンド・オルガンの蠢きとともに一気に演奏はごちゃごちゃになってゆく。 ワウ・ギターや加工されたキーボードの音が散りばめられた、せわしない間奏が続く。 3 拍子と 4 拍子の何気ない交錯。 昔のアメリカのアニメーションの BGM に近い。 再びヴォーカル、そしてオープニングのテーマへ。 今度の間奏は、ベースがテーマを演奏してリード、ワウ・ギターとエレクトリック・ヴァイオリンがカノン風の追いかけアンサンブルを成して伴奏する。 ポリリズミックだ。 オルガン、ベースによるリズミカルなリフを受けて、ミネアによるオルガン伴奏の賛美歌。 あまりの落差である。 賛美歌のオブリガートとして、しつこくベースのリフ(シンコペーションがカッコいい)が反復提示される。 しかし、ついにこのベースのリフがドラムスとギター・リフを呼び覚まし、ヘヴィなファンク・ロックへと突っ込むのだ。 デレク・シャルマンのソウルフルなヴォーカルが炸裂、クランチなギターのオブリガートもカッコいい。 続く間奏は、前と同じくひょうきんなギターのリフレインである。 再び、ベースのリフとミネアの賛美歌を回顧する教会オルガンの応酬。 ベース・リフは、またもヘヴィ・ロックを呼び覚まし、デレク・シャルマンの豪快なヴォーカル、ギターが牙をむく。 シュアーな 8 ビートとキメのドラムスの一撃がカッコいい。 ところが、おしまいかと思わせて、またもやオルガン伴奏でミネアの賛美歌が挿入される。 最後は、8 分の 9 拍子によるオルガン、ギターらによるテーマを繰り返す込み入ったアンサンブルが続き、やがてフェード・アウト。
  中世ルネッサンス風のポリリズム・アンサンブルとファンキーなハードロックを合体した快作。 もちろん賛美歌風のヴォーカルはミネアで、ハードロックはデレク・シャルマンのヴォーカル。 圧巻は序章と終章の複合拍子ヴォーカル・パート。 ベースのリフが狂言回し役か。

  「A Reunion」(2:11)。 ミネアのヴォーカルをフィーチュアした小品。 オーヴァーダブされたヴァイオリン、エレピ、ベースによる室内楽風のおだやかなアンサンブル。 ミネアの歌うメロディに、グレゴリオ聖歌からシャンソンまで、ヨーロッパをイメージさせるあらゆる音楽が少しずつ顔をのぞかせる。 第三作の主題を再び取り上げたようなイメージもある。 いずれにせよ、第一作から必ずアルバム含まれている、あくまで控えめに佇むような佳品である。

  「In A Glass House」(8:09)。 オープニングは、弾けるようなハーモニクスが印象的な、透明感あるアコースティック・ギター・デュオとヴァイオリンによる華やかなアンサンブル。 こっちがオリジナルだが、ついつい AREAP.F.M を思い出してしまう演奏だ。 ヴァイオリンの一人かけあい風のプレイを支えるドラムスのみごとなこと。 やがて、オーボエを思わせるムーグの 8 分の 6 拍子テーマ・リフレインに導かれて、デレク・シャルマンのメイン・ヴォーカルヘ。 これまた童謡のような愛らしい旋律だ。(声は野太いが) けだるげなギターのテーマは、8 分の 7 拍子、8 分の 10 拍子、8 分の 12 拍子で 1 サイクル。(ライヴでは、このギター・リフから始まることが多いようだ) 間奏は、どことなく田舎くさいアコースティック・ギターとエレピだが、じつはヴォーカル・メロディの変奏になっている。 ソプラノ・サックスも加わってアコースティック・ギターに反応する。 この辺もイタリアン・ロック風だ。
   再びオープニングのスピーディでなめらかなアンサンブルが復活。 尾を引くようなエレピの響きが美しい。 やがて、ジャジーなアルト・サックスとエレピのハーモニーをベースが追いかけ、ヴォーカルとかけあうビジーなアンサンブルへ。 ここのドラムスもカッコいいぞ。
   テンポが落ちてメイン・ヴォーカルへ。 しかし 1 コーラスで、再び変拍子ギター・リフへ。 ここでは少しパターンを変えている。 再びアコースティック・ギター・アンサンブルにサックスも加わった、田舎風のメイン・ヴォーカル変奏。 ギターに対して、ヴァイオリンがフィドル風のオブリガート。
   急転直下、曲を断ち切るようにヘヴィなギター・リフが刻まれて、デレク・シャルマンのソウルフルなヴォーカルが飛び込む。 これに応えるのは、クラシカルなアコースティック・ギター・アンサンブル伴奏によるミネアのもの静かなヴォーカル。 硬軟、動静対比する二人の応酬が続く。 とりなしはスティール・ギター(ドブロか)によるカントリー風の短いソロ、そしてベースがギター・リフを引き継ぎ、またもデレク・シャルマンのヴォーカルを経て、演奏はフェード・アウト。
  アコースティックな音を活かしたジャズロック、牧歌的なフォーク・ロックが少しづつ姿を変化させて、やがて強引なまでのファンキー・ハードロックへと展開する。 しかしさらにバロック賛美歌との応酬もある。 かなりイタリアン・ロックに近い不可逆変化型の作品なのだが、直線的に変化するのではなく、螺旋を描きながら複雑な変化を遂げてゆく。 不規則に変化するアンサンブルをあまりに正確に支えるドラムスに感嘆。 イタリアン・ロックがここから大きな影響を受けたことが分かる名品である。
  ポーズの後、いくつかの曲の断片が挿入され、最後はガラスが砕ける音が余韻を残しつつ消えてゆく。

  きわめてトリッキーな演奏を、安定した技巧とハードロックなパワーで難なく突っ走るリズム強化 GG 第ニ弾。 前作に比べると、ソウルフルでヘヴィな部分とクラシカルでロマンチックな部分のブレンドが巧みであり、構成に工夫を凝らした密度の高い大作が並んでいる。 そして、リズムの変化を含む多彩なアレンジの妙が十分に発揮されている。 全体に、洗練されたイメージを与えるアルバムだ。 前作に続き、一作目からのプログレッシヴなアプローチの完成形といえる新たな傑作である。 緻密にして軽妙かつダイナミック。 2001 年の ALUCARD からの CD は紙ジャケ、2 曲のライヴ・テイクのボーナス・トラック入り。

(alu-gg-02 / TRUCK CD 001)


 The Power And The Glory

 
Derek Shulman vocals, saxes
Ray Shulman bass, violin, vocals
Kerry Minnear keyboards, cello, vocals
Gary Green guitars
John Weathers drums, percussion, vocals

  74 年発表の六作目「The Power And The Glory」。 さまざまなリズム/ビートの採用と、演奏の複雑化とポップ・テイストの折り合いを試みる好作品。 アヴァンギャルドな表現をバラードやリズミカルでなめらかな演奏へと馴染ませるスキルは冴えわたっている。 中世風の旋法、和声とモダンなポップスの組み合わせもある。 このスタイルは、次作の「Free Hand」で最高潮に達する。 サウンド面では、クラヴィネット含めエレクトリック・ピアノの多用が特徴的だ。 全体を通じた「軽さ」は、このキーボードの選択とも関連しそうだ。 テーマは「権力」。 プロデュースはグループ。 KING CRIMSON の「Red」同様、安全に見えて実はプログレ病への感染力の強い作品。 80 年代以降のロック・ファンは、ここら辺りからが入りやすいと思います。

  「Proclamation」(6:47) 潮騒のように歓声が湧きあがる。 軽妙なエレピのリフ、そしてむさ苦しいヴォーカルが 1 拍食って歌い出す。 ヴォーカルは 7+9 拍という切れ目で歌っているため伴奏と合うのである。 なんでこんなことをするのか分からん。 音質的には軽さとファンキーさが微妙に拮抗している。 エレピのリフレインは、シンコペーションでありスタッカートを交えて奇妙なアクセントをつけるが、オブリガート、間奏部の反復で姿勢を立て直して安定感を演出している。 2 コーラス目でようやくヴォーカルがエレピ伴奏に同期。さすがに無意味と思ったか。 ここでベースも加わってグルーヴが出てくる。 裏拍の使い方がいい。 「Hail...」ではどエらいエコーとともにハーモニーも加わる。 さらに繰り返しのヴォーカル・パートでは、追いかけハーモニーが加わる。 安定したノリのいい演奏だ。 調子のいいエレクトリック・ピアノの伴奏に追いたてられるように「Hail....」コーラスが消えてゆく。(途中ですでに次のレガートなエレピのパターンを低音で先取りして 2 回示している)
  やにわに始まるのは、エレピによる新たな(すでに少し示されていたが)パターンである。 レガートにして調子のいい、ややクラシカルなリフレインをオルガンがスピーディに追いかける。 続いて、オルガン主導のややジャジーな 10 拍子リフレインから、すぐさまハモンド・オルガンのパーカッシヴな 5 拍子リフレインに変化し、ピアノが華々しいパッセージで雪崩落ちるように追いかける。 繰り返しごとに高まる緊張、転調、そしてハーモニーが高まる荒々しくも厳かで歪なクライマックス、ギターもオルガンも唸りを上げて祝福(?)する。 厳かなオルガンの響き、繰り返される祈り、そして「Day by....」の繰り返しが吸い込まれるように消えてゆく。
  「Day by」にクロス・フェードで重なるベース音、そしてエレピやギターの断片が散らばり始める。 次第に集まる音。断続音が間を狭めてゆき、しりとりのように次々とつながってゆく。 ドラムスがすべてをまとめて、一気にメイン・ヴォーカル・パートへと復帰し、軽妙だが安定したアンサンブルが走る。 しかし、今までのドラマをどう始末をつけるつもりだ。この妙に軽めの落ちついた演奏にハラが立たなくもない。 もつれるようなエレピのオブリガート、ひょうきんなリフレインによる間奏、やがて歓声が湧き起こり、何も分からなくなる。
   キーボードを中心とした躍動的でグルーヴィな GG らしいポップ・チューン。 変拍子パターン、テンポの切り換え、器楽コラージュ、意表を突くアクセントをもつフレーズが絡み合う多旋律アンサンブルなど、きわめて個性的である。 中盤のリズムレスのパートでの「クラシカルだが突き抜けないクライマックス」もこのグループならではの味である。 器楽のフレーズ一つ一つは意外にクラシカルだったりジャジーだったりファンキーだったりするのだが、組み立てられたアンサンブルは眩暈がしそうなものだ。 この独特のノリも、基本はおそらく R&B なのだろう。 やや調子を外れ極端に高低を移動する歌メロがかなり妙だが、男臭くソウルフルな唱法が説得力を持たせる。 テクニカルかつ音色を工夫したキーボードと、何気なくもリズム変化を乗り切るドラムスにも注目。 リード・ヴォーカルはデレク・シャルマン。

  「So Sincere」(3:51) サックス、ヴァイオリン、チェロ、アコースティック・ギターが断続的なフレーズをユニゾンするオープニング。 HENRY COWKRONOS QUARTET か、CD プレイヤーが壊れているのか、プレイヤーが壊れているのか、はっきりいって「変」である。 おそらく通常のリズム・アクセントを完全に外しているのだろう。 そして、ケリー・ミネアが厳かに歌い出す。 ファルセットによる繊細な歌唱なのだが、旋律はモーダルであり、不思議な響きを持つ。 伴奏は、序奏のまま。まったくリズムがわかりません。 2 コーラス目から、ピアノ、ギター、ドラムスが加わる。 普通に 8 ビートを刻むドラムスのおかげでやや落ちついたアンサンブルとなるが、他の伴奏が変なのでポリリズミックな効果がある。 (ちなみにライヴではドラムスが先にテンポを決めて打ち始め、伴奏が追いすがるようになっている。当たり前だ。)
  息つく間もなくギターがけたたましく叫び、テンポ・アップ、 ヴォーカルはデレク・シャルマンに代わって、ギター、ベース、ピアノ、オルガンが数珠繋ぎで追いたてるリズミカルな演奏が走る。 ギターの和音だけが序奏と同じ奇妙なパターンを憶えていて刻んでいる。 この数珠繋ぎはかなり難しそうだ。
  そのギターの勝ち、ミネアによる一人ハーモニーに変わって冒頭と同じ変な伴奏で歌が続く。
  再び、ギター、エレピ、ピアノ、オルガンが数珠繋ぎ(前回とはエレピとベースが役割を交代しているようだ)で転げ落ちるようなアンサンブルが炸裂、デレク・シャルマンが吼え、エレピが追いたて、オルガンが追いかけ、ドラムスが締める。
  カウントのような奇妙なしりとりアンサンブルを経て、ギター・アドリヴへ。 ブルージーなギターの伴奏はオルガン、オブリガートでたたみかけるピアノがすさまじい。
  三度ミネアのメイン・ヴォーカルから、数珠繋ぎアンサンブルとデレクのヴォーカルへ。 置いてきぼりを食らったサックス、ヴァイオリンがぼそぼそっとつぶやくと、扉を叩きつけるように唐突なエンディング。
   全編ガシャガシャとした音でギクシャクと動く変態的な近現代クラシック風の傑作。 アクセントを妙な位置においたスカスカのアンサンブルと、驚異のコラージュ風数珠繋ぎが主役である。 普通のポップスのつもりで聴いていると「ここに音が」という自然な予想を悉く覆されるため、かなりストレスが溜まるし、唐突な変化も何が起こったのかがその場ではほとんど分からず、置いてきぼりになる。 もちろん、分かるように繰り返してくれるが、それにしてもなかなかついてゆけない。 4 分弱だが、実験色の濃さは前曲を超えている。 エンディングが全体を象徴する。 小節とリズムがずれているこういう作風は、やはりストラヴィンスキー辺りの影響なのでしょうか。 リード・ヴォーカルはケリー・ミネア。 サビがデレク・シャルマン。 ライヴ盤でどのように再現しているかを確かめましょう。

  「Aspirations」(4:40) 悩ましげに揺らぐシティ・ポップス風のエレクトリック・ピアノの音。 密やかな歌はケリー・ミネア。讃美歌、古楽風のヴォーカルと AOR 調のエレピの取り合わせが不思議なことにハマっている。 ただし、ファンキーにはならず、どこまでも憂鬱である。 3 コーラス目からは、静かにリズムが加わり、アコースティック・ギターが和音をかき鳴らす。 AOR だったはずだが、いつのまにか、くすんだ英国フォークの趣に変わっている。 深く心に食い込むようにかき鳴らされるギターの和音のせいだろうか。 間奏は、得意のアクセントをずらした、インテンポなのにそう聴こえないアンサンブル。 間奏からサビまではこのアクセントのズレのおかげで若干緊張感が高まる。 サビのヴォーカルは、透明なまま無常感あふれる歌をささやく。 「Hopes, Dreams...」 繰り返しの後、最後は「Forever...」という一言が謎めいた調子で付け加えられて、ジャジーなエレピの演奏が消えてゆく。
  ジャジーなバラードに厳かな響きが生まれる不思議な曲。 全体の幻想性は VERTIGO 時代と同じなのだが、エレピのサウンドなどジャズロック、フュージョンの台頭に影響を受けているのだろう。 比較的ストレートな作風(間奏はあいかわらずだが)が GG らしくないのかもしれないが、一つ一つの音が活かされた丹念なアンサンブルがすばらしい。 音は和んでいるが、歌詞はかなり深刻だ。 リード・ヴォーカルはケリー・ミネア。

  「Playing The Game」(6:46) マリンバとシンセサイザーが訥々と刻む中華風のフレーズに、エフェクトされたベースが応える、これまた軽妙なイントロダクション。 なんとなく 007 映画の香港辺りのイメージである。 ギターとリコーダーのユニゾンがオリエンタルなリフで応じる。 ベースは何とも気味の悪い音だ。 メイン・ヴォーカルは。デレク・シャルマン。 メロディ・ラインは他の曲ほどではないものの高低の落差がわざとらしいが、それでもそういうメロディをきっちりと歌い込んでいる。 間奏は、ドリーミーなタッチ、ざわめくシンセサイザーにギターが応じ、シンセサイザーが切なく歌い、ギターが荒々しく受けとめる。 再びテーマ。 オブリガートにさりげなく変化をつけている。 メイン・ヴォーカル。 ヴォーカルの隙間を縫うように裏拍から支えるマリンバと変な音のベースの組み合わせが悪くない。 リラックスした短い間奏、そしてメイン・テーマ。 やがてフェード・アウト。
  一瞬のブレイク。 柔らかなエレピ伴奏で、ミネアのヴォーカルがひそひそと立ち上がる。 完全に別の曲である。 ベース、エレピらが物憂げに、しかし自由に舞い踊る。 そして、ギターの和音、ホィッスル風のオルガン、エレピが穏かに語り合うようなアンサンブルを成してゆく。 ひらひらと舞うオルガン・ソロ。 ギターのコード・ストロークとエレピのアドリヴ。 リズムを意識させず、ジャジーな即興風である。 抑え目のヴォリュームでミステリアスに演奏が続く。
  しかし、ドラムスが鋭い決めを連発、アクセントの強いリズムが復活する。 マリンバのアクセント。 中華風テーマとは裏腹な、けっこうハードなイメージの展開である。 ファンキーなビートとともに、オルガンのワイルドなソロが始まる。 ハモンド・オルガンのいい音が出ている。 三度メイン・ヴォーカル・パート。 中華風のリフにぐにゃぐにゃベースが反応しつつ、優美な間奏を経て、最後も中華風のテーマを繰り返しつつフェード・アウトしてゆく。 最後はベースもこのテーマに付き随ってゆく。
   YELLOW MAGIC ORCHESTRA のような中華風の軽妙なテーマが耳に残る作品。 しかし、このテーマとマリンバの音以外は、比較的まともな作風だと思う。 または、このグループの水準からするとそれほど凝っていない、といえばいいか。 ポップス・ファン層を意識したアクセスしやすい作品といえるだろう。 もちろん。ソロ・パートの比重の高さや、中間部でちゃぶ台をひっくり返すような展開を見せるなど、それなりに仕掛けはあります。 メイン・ヴォーカルはデレク・シャルマンで、中間部のヴォーカルはケリー・ミネア。

  「Cogs In Cogs」(3:07) 勢いあるハモンド・オルガンにクラヴィネットが華麗に絡まるテクニカルなオープニング。 リフは得意の変拍子(8 分の 8 + 8 分の 7)である。 ベースの動きも敏捷だ。 一転激しいユニゾン(8 ビートのアクセントずらし)、アクセントの強いオルガンの 16 分の 9 拍子フレーズ、そして間髪入れずクラヴィネットの 7 拍子リフが応酬する。 そして、パワフルなヴォーカル登場だ。 ギターとオルガンの絡むハードな間奏。 決めとオルガン、シンセサイザーの短いかけ合い、そしてオルガン、クラヴィネットがリードする演奏が繰り広げられる。 ややドラムが静かになると、8 分の 6 拍子で複雑なカノン風のコーラスが続く。 再びメイン・ヴォーカル、そしてオルガンとギターの間奏。 最後はオープニングのスリリングなテーマが繰り返され、コーラスが鋭く入ってピタッと終わり。
  息を呑む超絶快速クロスリズムチューン。 得意のユニゾンには、凄まじいパワーとともに、限りなくしなるような弾力がある。 クラヴィネット、オルガン、ギター、ヴォーカルの対位的な絡みは、怪奇なまでにこんがらがっている。 ウェザースの正確無比なドラミングがこういう曲では一層際立つ。 「The Boys In A Band」に比べるといくぶんエッジが和らいで軽やかだが、それでもすさまじいテクニックである。 本アルバムでは比較的「普通な」作風も見せるのだが、この作品は完全に GG 技全開である。 ヴォーカルはデレク・シャルマン。

  「No Gods A Man」(4:27) エレピ、ギター、マリンバが奏でるジャジーでまろやかなテーマにアコースティック・ギターが生々しい音で応ずるイントロダクション。爽やかなギターのストローク、クラヴィネットとチェンバロのささやき、そして低音で怪しく唸るのはベース、チェロを中心とした演奏だろうか。 テーマの繰り返し。忙しないベース・ラインが加わっている。 受けのアンサンブルでも、ギターに若干位相系エフェクトをかけている。 メイン・パートは、イントロのテーマによる三声マドリガルのポップス。 序奏は 3 拍子系だったが、ヴォーカルからは 4 拍子も交えて、4 分の 7、4 分の 4、4 分の 5 と変化する(やれやれ)。 ハーモニーの尾を捉えるような(拍の調節?)ギターやオルガンのオブリガート。 奇妙な間奏は、クラヴィネットのユーモラスなフレーズで 3 拍子に戻すも、オルガン、チェンバロからギター、ベースへとわたる間に激しく 4 分の 7 などに変化する(もうついていけません)。 メイン・ヴォーカル・ハーモニーの繰り返しから、二度目の間奏はオーソドックスなブルーズ・ギター・ソロ。 イントロの低音演奏が繰り返され、オルガンが高鳴ると、三度目のメイン・ヴォーカルへ。 今度はデレク・シャルマンの一人舞台であり、序奏と同じ 3 拍子でストレートに迫る。 オブリガートはイントロと同じアコースティック・ギター、そしてイントロと同じ展開からオルガンが高鳴る。 四度目のヴォーカル、そしてわりとあっさりと終わり。
   ミドルテンポのジャジーなテーマによる超変拍子ポップス。 テーマ部分とメイン・ヴォーカルでの拍子の切り換えに加えて、間奏など細かいところでもほとんど小節ごとにリズム・チェンジが行われている。 おかげで、なめらかなメロディに奇天烈なひっかかりがある。 ギター、キーボードともに多重録音されている。 一見ポップス風にもかかわらず捻じれと企みが感じられる曲調は本アルバムの特徴の一つである。 ヴォーカルはデレク・シャルマン。 これは屈指の難曲ではないだろうか。

  「The Face」(4:12) 鈴が鳴る。 そしてヴァイオリンとエレピが絡むスピーディなイントロダクション。 8 分の 5 拍子に切りかわってギターが鳴く。 再び 8 分の 8 拍子でオクターヴを上下しつつ、ヴァイオリンとエレピが追いかけっこ。 そのままドラムが入ってヴォーカルが始まる。 したがってオブリガートは、8 分の 5 拍子。 ギターが鳴いて、間奏はギターとオルガンのハーモニーによる 8 分の 6 拍子のシンコペーション・フレーズ。 8 ビートに戻り、エレピ、ギターの追いかけっこ伴奏でエネルギッシュなヴァイオリン・ソロ。 一声ヴォーカルが叫び、続いてギター・ソロ。 再び 8 分の 6 拍子のギターとオルガンのなめらかなフレーズ。 そして 8 ビートに戻りヴォーカル・パートへ。 追いかけっこ伴奏と 8 分の 5 拍子のオブリガート。 8 分の 6 拍子のオルガン、ギターが現れ終わり。
   ヴァイオリンをフィーチュアした快速テクニカル歌もの。 細かくビートを刻む安定したリズムの上で、ヴァイオリン、ギター、キーボードがソロ走り、バッキングでは鋭いリフを放つ。 ヴォーカルは上ずりっ放しデレク・シャルマン。 痛快な作品です。

  「Valedictory」(3:21) ドラムが小気味よくタムを叩きまわるイントロダクション。 そしてギターのヘヴィなリフが提示される。 オルガンの華麗なグリッサンドが一閃、パワフルなヴォーカルが始まる。 伴奏はギター・リフと歪んだオルガン。 歌メロは 1 曲目に似る。 間奏では、ギターとオルガンがヘヴィな音色にもかかわらず軽やかに絡み合う。 そして 2 コーラス目のヴォーカル。 今度の間奏も、ギターとオルガンが絡む。 そして 8 分の 5 拍子でピアノ、オルガンのオステイナート。 ギターが細かいパッセージを繰り返す。 ピアノが 4 度づつ上昇しオステイナート。 そしてヘヴィなオルガン、ギター、ヴォーカルが轟くクライマックス。 再びヴォーカル・パートへ。 またもピアノ、オルガンのオスティナートとギターの渦を巻くようなパッセージ。 加速する。 ピアノの鮮やかなオスティナートからヴォーカルが一声叫び、破裂音がして終わり。
   アルバムを締める 1 曲目の変奏曲。やや金属的でヘヴィにアレンジ。 タイトルは「告別」の意。

  「The Power And The Glory」(2:52)。 ボーナス・トラック。 ヘヴィでパワフルだが、メロディと歯切れよいバッキングがモダン・ポップ風なヴォーカル・ナンバー。 クラヴィネットが軽やかに鳴り、ヘヴィなオルガン、ギターもストレートに頑張っている。 メロディは XTC 辺りのニューウェーヴ系の捻じれポップスに通じる面もある。


  聴きやすさとアヴァンギャルドなアイデアを同時に実現するという大胆極まりない作品だ。 楽曲はややコンパクト化し、全体的な曲調は「軽妙」という言葉が似合う。 そして、初期のような叙情性や重苦しさは減退したように思える。
  楽曲ではメロディよりもリズムが重視され、リフを中心とする歯切れのよいものが多い。 とはいえ、いざリズムを取ってみようとするとやはり一筋縄でいかない変則型ばかりなのだ。 それでいてこのノリのよさだから恐れ入る。 「Cogs In Cogs」のように、テクニックをそのままぶつけてくる作品に至っては、もう圧巻としかいいようがない。 一方、初期の特徴であったケリー・ミネアのヴォーカルに象徴されるリリカルな表情をもつ演奏と、クラシカルなアンサンブルは相対的に出番が抑えられているようだ。 さらに、音色が洗練され、アンサンブルも整理されて聴きやすくなっている。 機材や録音技術の進化のおかげもありそうだ。 キーボードの種類が増えたことにもよるのだろう。 ふと思ったのだが、デレク・シャルマンの声質およびメロディ・ラインがドナルド・フェイゲンによく似ている。 そういえば、この室内工芸的(無論 GG の場合ライヴもあるわけだし、それが凄まじかったのも有名だが)な音の作り方も共通している。 まあ思いつきです。 スピーディでリズミカルなのにもかかわらず、不気味にひねくれた感触もあるアルバムである。

(S21-18468)


 Free Hand

 
Derek Shulman vocals, saxes
Ray Shulman bass, violin, vocals
Kerry Minnear keyboards, cello, vocals
Gary Green guitars
John Weathers drums, percussion, vocals

  75 年発表の七作目「Free Hand」。 超技巧的にしてポップな GENTLE GIANT サウンドの集大成といえる作品。 躍動する変拍子、中世ルネサンス風のテーマ、ポリフォニックなコーラス、ジャズ・テイスト、現代音楽調のこんがらがったアンサンブルなど、いくつもの渦巻きが大きさを変えながらぐるぐると回り続けるように、得意技全てが、ノリノリのファンキー・ロックと典雅なバラードの姿で立ち現れる。 そして、サウンドそのものも洗練されている。 おそらく、初めてこのグループを聴く方には、嵐のようなチャカポコ・フレーズと急転回する演奏が目眩を起こさせるだろう。 しかし、じっくり順を追って聴いてきたファンは、遂に突き抜けた楽曲に感動すら覚えるはずだ。 前作での試行錯誤は、本作品で開花した。 卓越した技巧と深い音楽観を楽曲にとけこませて、聴きやすさも手に入れた大傑作といえる。 時流とともにあるポップスにとって矛盾するような表現だが、遂にかれらはポップスの不易な面を抽出することに成功したのかもしれない。 一曲挙げろといわれれば「On Reflection」。 中世マドリガル風の雅とジャズ、R&B、ドゥワップまでが一体となった空前絶後の傑作。 心地よい頭痛がします。 プロデュースはグループ。 本作品から、CHRYSALIS レーベル所属となる。

  「Just The Same」(5:34)大胆なクロス・リズムによるブンチャカブンチャカ・ロックの傑作。 4、3+3、3+4 が平然と交錯するアンサンブル、異常なブレイク、切れ目なしフレーズ、管楽器かシンセサイザーか分からないがピーとかプーとか変な音でいっぱい。 ファンキーでどこか愛らしいという不思議な作風である。 フレットレス・ベースの音を聴くといつも思うのですが、XTC はおそらくこのグループの本曲に相当影響されているのではないでしょうか。(雑談、実際アンディ・パートリッジは GG のファンらしい) 後半のシンセサイザーのソロは変過ぎ。 オープニングとエンディングのフィンガー・スナップがなんとも挑戦的でニクらしい。 しかし名作。

  「On Reflection」(5:41)問答無用の大傑作。 みんなが真似したがる 四声 GG マドリガルの代表作でもある。 ミネアの賛美歌への切り替えのみごとなこと。 キーボード、マリンバによる演奏は、絡み合って解けなくなった知恵の輪のようだ。 美しいリコーダーのさえずりとヴァイオリンに支えられた一人輪唱を経て、終盤はなんとロックンロール調の本格カノン。 ギター、ハモンド・オルガン、ベース、エレクトリック・ピアノが追いかけあう。

  「Free Hand」(6:14) オゲレツなファンキーさ、パンチの効いたヘヴィさ、知的な軽妙さと三拍子揃った名曲。 感傷的なようで妙にアブストラクトなイントロダクション。 ピアノに重なるクラヴィネットの繊細な無神経さ。 一転、ヘヴィでファンキーなメイン・パート。 あいかわらず男臭さ満載のヴォーカルである。 クラヴィネットで軽く切り返すオブリガート。 ギターのコード・ワークもいい感じのノリを生む。 ジャジーで幻想的な間奏部。 デリケートながら不機嫌なイメージの和声進行と透明感あふれるサウンド。 3 拍子系と 2 拍子系が混迷を極める。(というか私が混乱している)

  「Time To Kill」(5:08)ファンキーでリズミカル、そして切なくポップな佳曲。 奇妙なノイズ(オルガンだろうか)が入るオープニングや間奏に挑戦的な変拍子/ブレイク・パターンをはさむも、メイン・パートは珍しくメロディアスなテーマのおかげもあって、軽やかな聴き心地がある(もっとも 4 拍子と 5 拍子の呼応パターンなのだが)。 初期のアルバム・オープニングを思わせる作品だ。 前曲に続き、無理やりな硬軟/剛柔のコントラストを鮮やかに決めてゆく。 パワフルに、ダイナミックに突っ込みつつも、センチメンタルな多声ファルセット・ハーモニーで縁取ったりメロディアスに迫ったりと、粋なポップ・テイストを盛り込むセンスのよさを見せる。 それにしても、「思わず前を歩く人の背中に激突しそうな」大胆極まるオブリガートです。

  「His Last Voyage」(6:27) 技巧的なアドリヴ風のアンサンブルによるクラシカルかつジャジーな傑作。 ベース、ヴァイブ、ギターによる気難しげなカノン調アンサンブルと、バロック調の典雅にしてセンチメンタルなメイン・ハーモニーが特徴だ。 中盤からのジャズロック調の演奏((アコースティック・ピアノが珍しい)とマドリガルの交錯、フィードバックで泣くブルージーなワウ・ギター・ソロとクラシカルなピアノ、オルガンのコンビネーション、巧みに重ねられるカノンのテーマ。 分裂気味のようでいて、やや投げやりで感傷的な雰囲気は一貫している。 金管風のシンセサイザーが降り注ぐと、絶望の上におおいかぶさるようにバロック管弦楽曲が現れる。 終盤はアコースティック・ギターがうら悲しいハーモニーを支える。 もちろんリード・ヴォーカルはケリー・ミネア。 とてつもなく丹念な演奏です。 物悲しく無常感のある余韻がいい。 最初期の「Nothing At All」辺りを思い出させるということは、音楽の基本的なバリエーションはすでに一作目で完成していたということなのか。 本アルバムの叙情面を代表する佳曲。

  「Talybont」(2:43) エレピ、ベース、ドラムス、ワウ・ギターによるカノンに、リコーダーとチェンバロの雅なデュオが応じるクラシカル・チューン。 愛らしい円舞風の小品である。 ロックバンドによるクラシカルなアンサンブル表現という観点では、音楽的にダントツの水準にあるように思う。 特に管楽器を模したようなエレキギターの表現がみごと。 インストゥルメンタルなのだが、不思議なことにシャルマンとミネアのヴォーカルがちゃんと聴こえてくる。 カラオケ GG

  「Mobile」(5:05)アコースティック・ギター、ヴァイオリンをフィーチュアしたトラッド風ブギー。 ギターとヴァイオリンによるカントリー/トラッド・テイストと童謡、そして労働歌風ファンキー・ロックの合体である。 ラフなようでいて、やっぱり緻密。 フィドルによるメイン・テーマのリードが気持ちいい。 間奏では 3 拍子も挟み込んで田舎のダンス。 「しりとり」もあり。 終盤のオルガン主導のアンサンブルは妙にデジタルであり、ものすごく変な感じ。

(CDL-57338)


 Interview

 
Derek Shulman vocals, saxes
Ray Shulman bass, violin
Kerry Minnear keyboards
Gary Green guitars
John Weathers drums

  76 年発表の八作目「Interview」。 基本路線を保ったまま、ジャジーでしなやかな味わいがさらに増した傑作アルバム。 リズムに凝った軽妙なアンサンブルやヘヴィなサウンドを独自のポップ・テイストでまとめあげている。 ハードロック色は減退、どちらかというと軽妙でカラフルなタッチが主となっている。 それでも、大胆なクロス・リズム、モーダルなメロディ、現代音楽など得意の難解な演奏から、シンセサイザーの導入やレゲエへの挑戦など比較的分かりやすいアクセントまで、実験的なスタンスはきちんと貫かれている。 ツアーに明け暮れるバンドの内幕を暴くというコンセプトにしたがって、1 曲目、インタビュアーに「Where should we begin ?」と聴き返すところから一気に曲が始まる。 プロデュースはグループ。

  「Interview」(6:54) 「In A Galss House」のガラスが割れる音を思い出させる独特のガチャガチャ感のある、パンチの効いたハード・チューン。 前作の作風をよりマイルドに口当たりしたよくしたような感じもある。 ギター、ベースとオルガンが抜群に歯切れいいスタッカートで快調に伴奏をリードし、ツイン・ヴォーカル、多彩なキーボードなどをフィーチュアする。 間奏部分とミネアのヴォーカル・パートを伴奏するコワれかけたピアノのパフォーマンスもすごいが、メイン間奏部の、抽象的なハープシコード、オルガンのアンサンブル、エフェクトされたベースとギターのデュオに、ひそひそ声のハーモニーが加わり、おもちゃのようなエレクトリック・ピアノも加わったアンサンブルにいたっては、大胆不敵としかいいようがない。グルーヴを拒否したグルーヴがある。 歌詞内容は、インタビュアーへの GG の返答である。「四作目で、やりたいことと世間との折り合いがついたのさ、それから後はそのまんま」、「みんなロックが見たいんだろ。俺たちを見たまま以上だなんて思わないでくれよ」、「誰かが去れば誰かが来て、同じを歌を歌うのさ」など、きわめてストレートに、リアルで辛らつな言葉が並ぶ。 終盤のシンセサイザーの音が新鮮。

  「Give It Back」(5:09) 7+5 拍子による変拍子レゲエ。 クラヴィネットの低音のようなリフをメインにギターのカッティングが丹念に裏を取る。 キラリと光るような音のアクセントはピアノの弦を弾く音だろうか。 STEELY DAN のイメージが強まる、洗練されたアンサンブルだ。 多彩な音が、「贅沢に」というよりは「無造作かつ丹念に」散りばめられている。 中間部、ギターのリードするふんわりメロディアスなアンサンブル、それを追いかけるマリンバ、ギターとマリンバの軽妙な追いかけあいなど、ユーモラスで温かみある演奏(ただし、音のすきまが多くリズムをキープするのは難しそう)が盛り込まれている。 ふるえるような音はミュージック・ソーだろうか。 よく聴くとオルガンもうっすら響いており、ミネアのキーボードが大活躍していることが分かる。

  「Design」(4:58) アヴァンギャルドなアカペラ、コーラスもの。 序盤はミネアのリード・ヴォイスにハーモニーが重なり四声となる。 中盤からは、即興風のアグレッシヴなパーカッション(一部キーボードもありそうだ)とともに得意の四声マドリガル(輪唱)。 古楽風味と不気味な現代音楽テイストが交じり合う。 終盤、ワイルドなドラムスとハーモニーのかけあいが強烈。 オープニングは、「自分たちの音楽をどう説明しますか」という質問に全員が勝手に話し始めるので何だかさっぱり分からないという、「マドリガル」をネタにしたモンティ・パイソンのようなギャグ。 ヴォーカル・ハーモニーと打楽器のみによる、不可思議なムードの作品である。

  「Another Show」(3:29) 16 分の 5 拍子であたかも転がるように突っ走る快速テクニカル・チューン。 ギター、オルガン、エレクトリック・ピアノらの金属的な音が耳に刺さる。 タイトなドラミングに注目。 熱気はあるが、テープを早回ししているような、機械的な印象が強い。 スピード感はあるが、いつもほどは曲が捻れていないせいだろう。

  「Empty City」(4:23) センチメンタルな弾き語りバラードとファンキー・ロックの合体。 東洋風のゆらぎのある美しいアコースティック・ギター・アンサンブル(グリーンとレイ・シャルマンだろう)、多声のマドリガルから R&B 調のファンキー/ヘヴィ・テイストも織り交ぜる。 このファンキー・パートはサックスが迸る。 マドリガルとともに、きらめくようなエレピなど、さまざまな音が丹念に織り込まれている。 一陣の風とともに表情をさっと変化させるアンサンブルの妙がある。 本アルバムの叙情面代表。

  「Timing」(4:51) パワフルなポップ・チューン。 ヴォーカルをパーカッシヴでヘヴィなオルガン、メタリックなギターがドライヴし、管弦楽器が華やかにオブリガートで盛り上げる。 間奏部分では、ヴァイオリン、重量感あるピアノ、ギターらがポリリズミックなアンサンブル、ソロを繰り広げる。 自由に変化するうわものを支えようと、8 ビートを慎重に刻むドラムスが印象的。

  「I Lost My Head」(6:57) 東洋風のメロディ、ハーモニーと軽やかなアンサンブルによる無国籍ソフト・ロック。 透明感あるアコースティック・ギターのアンサンブルとキーボード、ケリー・ミネアのヴォーカルによる軽妙な演奏から、クラシカルなアンサンブルを経て、中華ファンキーなパワー・ロックへと進む得意の展開である。 前半はドラムレス、中盤は鼓笛隊風のスネアのみ。


  弾けた演奏を巧妙にポップ・ミュージックに馴染ませるスキルがアップした傑作アルバム。 弾け方が足りない、抑制しすぎておとなしいといったイメージもあるかもしれないが、これは絶頂期の余裕である。 コーラス・ワークや変拍子を用いた大胆な構成、様々な楽器をパズルのようにはめ込んだ緻密なアンサンブルは、今回もすさまじい。 さらにすごいのは、これだけアンサンブルが精密化しながらも、メインのメロディや音色がポップに熟していることである。 STEELY DAN と同じように、自分のルーツ・ミュージックを贅沢極まりない形で再構成する試みなのかもしれない。 端的にいえば、さまざまなスタイルへの挑戦とディテイルにこだわったポップ・ソング集なのだ。 パワフルで躍動的、そして知的で水も漏らさぬ緊密な演奏と、キャッチーで味わいあるメロディが結びついて、最高のグルーヴを生んでいる。 必聴の傑作です。
(S21-18467)

 Playing The Fool

 
Derek Shulman vocals, alt sax, descant recorder, bass, percussion
Ray Shulman bass, violin, acoustic guitar, descant recorder, trumpet, vocals, percussion
Kerry Minnear all keyboards, cello, vibes, tenor recorder, vocals, percussion
Gary Green electric & acoustic & 12 string guitars, alto & descant recorders, vocals, percussion
John Weathers drums, vibes, tambour, vocals, percussion

  77 年発表のライヴ・アルバム「Playing The Fool」。 76 年秋のヨーロッパ・ツアーにて収録。 楽曲のライヴ再現性がにわかには信じられない、GG のライヴを体感できる貴重な作品である。 メドレーやリコーダー・カルテットなど、スタジオ盤では味わえないライヴ盤独自のおもしろさにあふれている。 そして、アクロバチックな演奏を支えるのが意外やゲイリー・グリーンの堅実なギター・プレイであることや、ミネアのヴォーカル・パートが器楽やデレク・シャルマンのヴォーカルにおきかえられていることなど、さまざまな発見もある。 楽器の持ちかえを追いかけてみると、かなりいろいろと分かって興味深い。 とにかく、いくらでも楽しみの見つかる名ライヴ盤であり、必携であることは間違いない。 さて、表題からして、「人からどう見られているか」の自覚はある模様。 もっとも、「いやいや、あくまでご要望に応えて演じて "Playing" いるだけなんだよ」という皮肉っぽさとそれを支える自信を深読みすることもできる。

(ESSCD006)

  初めて聴いたのが七作目の「Free Hand」。 僕はどちらかといえばハードで重い演奏が好みなので、最初に聴いたアルバムがこの作品だったことはかなりアンラッキーな出発だったと思う。 ファンキーさともちょっと異なる、軽妙なリズムと飄々としたメロディが、最初は全然肌に合わず、1、2 回聴いておしまいになる運命は間違いないように思われた。 けれども、全体にどこか正体をつかみきれないじれったさと深読みさせてくれそうな底無しの暗さがちらちらと現れてきて、結局はアルバムを買い続けて、反芻するように聴き込むことになった。 二つ目のアルバムは四作目「Octopus」。 ハードさという意味では僕のテイストかなと思ったが、やはり第一印象ではズシッとハートに響かず、ぼんやりとした感触だけが残った。 しかし、この作品を何度も繰り返し聴くうちに、何かが見えてきた。 それは独特のリズムであったり、フレーズににじむダークなユーモアのようなものだったり、アカペラやリコーダー等を使っためまぐるしい演奏であったり、実にさまざまな要素であったが、それらが結びついたのか、ある日突然音楽が「入って」きた。 こうなるとのめり込むのは我ながらお馴染みの行動パターンである。 あっという間にアルバムは揃い、すっかりフェイバリットになってしまった。 今でも汲めども尽きぬ泉のように、聴き返す度に新鮮な驚きを与えてくれるアルバムは、他のいくつかのお気に入りとともにしっかりローテーションの一角を占めている。 なぜのめり込んだのかということについて、言葉で表現するのは難しい。 聴き続けていくうちに言葉が見つかるかもしれないが、今いえるのは「これはとんでもなくプログレッシヴだ」という僕の基準をある日突然クリアしたということのみ。 おそらくキーワードは「ポップ」と「暗さ」と「ヨーロッパ」。
  豊かなアイデアと知識を緻密な計画で組み立てた音楽であることは間違いないと思うが、一点僕の経験からいえることは、彼らの「ノリ」に耳が慣れるまでにはそれなりに時間が要るということだ。 独特の「間」や「決め」が実はとんでもないテクニックに裏付けられていることが分かるに連れて、どんどん面白くなっていったというのが僕の実際だったかもしれない。
  このバンドについては、すべてのアルバムがいろいろな音楽が混ぜこぜになった摩訶不思議な味わい(莫大な情報量を削らずにそのまま音にしているというべきか)をもっており、明快な感想をもちにくくしているせいで、アルバムの人気投票をやったら投票の意味がなくなるくらい票が割れそうな気がする。 ある人にとってベストが、同時に他の人のワーストであることも十分考えられる。 それくらいアルバム毎、曲毎にめまぐるしく色々な顔を見せるし、また見ようと思わなければ見えない部分の沢山あるアーティストである。 とにかく「凝る」ことに誇りを持っている職人気質全開の変人集団であることは間違いない。 これは誉めてます。
  サウンドを一ことでいい切れればこんなに字は書かないんだが、あえて誤解を恐れずまとめるなら、ファンキーなハードロックにジャズ、バロック・アンサンブル、中世教会音楽風のコーラスを突っ込んだアヴァンギャルドなポップスでしょうか。

  彼らのプログレッシヴなアプローチは、クラシックやジャズを大胆に取り込むことの他に、複雑なリズム・パターン、アクセントずらしそして多彩な楽器のアンサンブルなどがあるが、それらがあからさまでないだけに他のグループに比べると格段に分かり難い。 本当の名手のプレイがファイン・プレイに見えない、というのに似ているかもしれない。 既存の音楽を大胆にアレンジし直して解釈し、これ以上タガを外すと大変なことになってしまいそうなギリギリところで演奏が行われているにも関わらず、それを全く表情に出さず、キャッチーなハードロックとして悠々かつ飄々と演ってしまうところが凄いし、「粋」である。 大層な組曲もなければ、音楽以外の精神性云々といったようなプログレッシヴ・ロック・グループにありがちなメタ・フィジカルな尾ひれもない。 そして緻密なスコアによる幻惑的な演奏に加えて、ライヴでは凄まじい即興もあったそうだからもうこれは大変な人たちだ。 サウンドとアプローチは異なるが、KING CRIMSON と同じく発表後 20 年以上経っているにも関わらず全く古くならないロックである。 できることなら再結成して来日してもらいたい。
  また、このグループは P.F.MBANCO といったビッグ・ネーム含めたイタリアのグループに多大な影響を与えているそうだ。 そのせいか、本家のサウンドのイメージまでがブリティッシュ風味を越えて大陸的な薫りを帯びてきているのも面白い。 また、多くのアメリカのプログレッシヴ・ロック・グループが、影響を受けていることも知られている。
  9 枚目にライブアルバムを出した後は、ポピュラリティを得ようと路線を転じたものの、結局成功に至らず 81 年に解散しているということだが、これだけたくさんの質の高いアルバムを聴いてしまうととても信じられない。 また、本国イギリスではさほど人気がなかったというのも驚きだ。 英国以外からは決して現れないサウンドなのに、これも不思議なことだ。


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