GENESIS

  イギリスのプログレッシヴ・ロック・グループ「GENESIS」。 67 年結成。 70 年代前半には個性派ヴォーカリスト、ピーター・ゲイブリエルを擁し傑作を残す。 宗教からナンセンスまで風刺と寓話性に満ちた歌詞、破滅型ナルシズムを体現するコスチュームに身を包んだゲイブリエルによる一人芝居ヴォーカル・パフォーマンス、そしてリズムとメロディへのこだわりを感じさせる堅実なアンサンブルが生み出すサウンドはブリティッシュ・ロックが生んだ奇跡の一つ。 ライヴ・アクトに魅せられたフォロワーの多さは断トツ。

 Trespass
 
Peter Gabriel lead voice, flute, accordion, tambourine, bass drum
Anthony Phillips acoustic 12-string, lead electric, dulcimer, voices
Anthony Banks organ, piano, Mellotron, guitar, voices
Michael Rutherford acoustic 12-string, electric bass, nylon, cello, voices
John Mayhew drums, percussion, voices

  70 年発表の第二作「Trespass」。 デビュー作を経て、いよいよオリジナリティのあるサウンドを携えた本作の特徴は、なにより胸をかきむしられるほど切ないメロディ・ラインだろう。 このメロディに、1 曲目の冒頭からいきなり耳を奪われてしまう。 そして、古楽を思わせる 12 弦ギターや、幻想的なオルガンらによる美しく整ったアンサンブルの妙。 ブルーズ・ロックやジャズロック、オルガン中心の R&B 風味の強いアートロック全盛の中では、デリカシーという点で異彩を放ったに違いない。 ロックというよりも、フォーク・トラッドのリヴァイヴァルという方面への接近を感じさせる、ユニークな音である。 スティーヴ・ハケット、フィル・コリンズが参加する前のアルバムのため、地味な印象の作品かもしれないが(音楽は実際地味、しかし、深い味わいがある)、語りかけるようなピーター・ゲイブリエルのヴォーカルを、アンソニー・フリップスのギターとトニー・バンクスのキーボードによるクラシカルなアンサンブルが守り立てるスタイルは、既に確立している。 迷いの果てに音楽の方向が定まった作品であり、全編に満ちる若いイノセンスに魅せられる内容である。 プロデュースはジョン・アンソニー。

  「Looking For Someone」(7:06) 前半はドラマティックなヴォーカル表現を軸に切なさや激情が前面に押し出され、中盤以降は力強く前進するインストゥルメンタルへと変化してゆく。 各パートが調和した精密なアンサンブルと個性的なヴォーカルのみごとなコンビネーションであり、古楽風のフォーク・ロックと重厚なシンフォニック・ロックの性格も兼ね備えている。 オープニングの一声の強烈なインパクト、そしてロマンチックな雰囲気から次第にドライヴ感を強め、緊迫した世界へと導く巧みなストーリー・テリング、さらには中盤の短いドラムレスのパートの密やかな美しさ。 後半のインスト・パートでは、オルガンのフレーズ主体にかっちりとしたアンサンブルをつくり、行進曲風の整合感を保って曲を盛り上げてゆく。 ポリフォニックというほどではないのだが、どのパートも工夫があり、聴き込む楽しみがある。 渋目ながらもポップス的なセンスもあり、それと端正なクラシカル・タッチとの化学反応がこういう独特なテイストを生んだのだろう。  

  「White Moutain」(6:45) アコースティック・ギターによる、俗謡よりは宮廷音楽に近い典雅なアンサンブルと、躍動感あるロックが交互に現れて、悲壮感あふれる物語が綴られる。 繊細なアコースティック・アンサンブルとスピーディなヴォーカル・パートの精妙な対比。 エレキギターが最後のヴォーカル・パートで現れるだけで、ほとんどアコースティック・ギターのみで進むところも興味深い。 せわしなく走る演奏の原動力となっているのはオルガンであり、その特徴的なオスティナートがクラシカルな厳格さを生み、ベースの役割である低音部の充実の機能も果たしているようだ。 ベース担当のラザフォードはむしろアコースティック・ギターに忙しそうである。 動と静の繰り返しから悲劇的な結末へ、そして無常感の漂うエンディングへ。 悲哀を秘めた峻厳なムードが全体を貫く。 激しく感情移入するヴォーカルとせわしなく駆けるアンサンブルは、1 曲目同様このグループの特徴である。  

  「Visions Of Angels」(6:50) フォーク・フレイヴァーに溢れたシンフォニックなバラード。 エレガントなピアノとクラシカルなオルガンがフィーチュアされる。 メイン・ヴォーカル・パートのあまやかなムードと、サビにおけるシンフォニックな広がりとの対比が鮮やかだ。 このフォーク・テイストの生みの親は、おそらくアンソニー・フィリップスだろう。 そして、最も強い印象を残すのは、エレガントなポップ・テイストあふれる冒頭のピアノだろう。 ライトなポップ・センスが次に露になるのは、遥か後の「A Trick Of The Tail」辺りである。 終盤はシンフォニックで雄大な演奏へと進むが、全体的には STRAWBS のイメージにも近いポップなフォーク・ロックである。  

  「Stagnation」(8:50) 12 弦ギター・アンサンブルの美しさをフルに引き出した幻想的なフォーク・ソング + 正調クラシカル・ロック。 他の曲と同じくアコースティックで繊細なイメージから、精緻を極めたまま勢いにのったアンサンブルによるシンフォニックで力強い演奏へと変化してゆく。 その原動力は、やはりオルガンである。 巧みなトーン・コントロール、ピッチ変化による篠笛のようなささやきから、得意の角張ったオスティナートまで、さまざまなスタイルで雰囲気の変化をリードしている。 メロトロンはフルートや伴奏のストリングスにうっすらと使われているようだ。 ヴォーカルも、ささやきから感極まって泣き叫ぶような表情まで、多彩な技巧を見せる。 しかしながら、どちらかといえば、歌そのものの存在感よりも浮遊するような器楽と音響の面白さを追求した作品といえるだろう。 書物のほかは誰も見たことのない古の風景を描き出したような幻想世界の演出はみごとである。 後半のエネルギッシュにして格調あるアンサンブルは、クラシカルな GENESIS の真骨頂。 本作を GENESIS のベスト・テイクとする方は、かなりのセンスの持ち主だ。 夢を見て、目覚めたがやはり夢の中だった、そんな感じである。 

  「Dusk」(4:13) メイン・ヴォーカルとバック・コーラスの対話が繰り広げられる幻想的な曲。 二本のギターが丹念な演奏を繰り広げ、オルガンとメロトロンがうっすらと色をつける。 乳白色の靄の中を、遠い昔の言霊が漂うようなイメージだ。 運命的な諦念の漂う歌詞ながらも、どこか若者らしい気負いが感じられる。 2 分過ぎ付近のフルートのリードする間奏に、一瞬だけ自然なポップ・テイストが顔を出す。 他の部分が玄妙なる響きをもつだけに余計に浮かび上がって聴こえる。 オープニングの、12 弦ギターによる B add4 の和音の響きが印象的。

  「The Knife」(8:55) 主題の提示、展開、結尾まで明快な構成をもち、リズムの変化を軸にソロを交える攻撃的にしてシンフォニックなクラシカル・ロックの名作。 タランテラによる勇壮な第一主題、オルガンの伴奏が印象的な軍楽風の第二主題から、激情の迸るアンサンブルを経て緩徐楽章へ、そして再びアグレッシヴなアンサンブルからのエピローグは重厚なマーチである。 クラシカルなアンサンブルに、はちきれんばかりのロックのエナジーも盛り込み、全編爆発寸前のような緊張感が貫く。 シャフルのリズムの生むドライヴ感、過激にアジテートするヴォーカル、オルガンのクラシカルかつアグレッシヴなプレイ、そしてほとんど初めて存在感をアピールするエレクトリック・ギターによる泣き叫ぶような激しい演奏、これらが一体になって波瀾万丈のストーリーを築くのだ。 フルートのリードする中間部の幻想的なムードや、エンディング近くベースのリードによるマーチも鮮烈である。 攻撃的でシンフォニックな傑作であり、プログレッシヴ・ロックの GENESIS というイメージを印象つけた作品である。 歌詞は、革命や聖地奪回が、理性が求めるものというよりは、若者のやり場のない狂気と激情の迸りであることを象徴している。


  ロマンチックで表情豊かなヴォーカルと古楽風のアコースティック・ギター・アンサンブル、そしてクラシカルなオルガン、メロトロンらによって奏でられる楽曲はどれも儚い夢を語るようなファンタジックな響きを持っている。 失われたものへの切ない思いを甘美なメロディにのせて歌う、瑞々しさに溢れた音楽。 古城の庭に忘れられた彫刻たちが語る栄華の日々。 はかなき人の世。 若者らしくロマンと想像力の陰にやるせない無常感が漂う。
  すべての曲に田園風の抒情とクラシカルな品格がある。 忘れ去られた記憶に秘められた幼き日の思いが、自然とにじみでてきているような音なのだ。 その思いを、あふれでるアイデアとともに、丁寧に旋律に織り込んでゆくセンスのよさもある。 胸かきむしる切ないメロディと、スリリングな器楽演奏のコンビネーションを発想した時点で、成功は確実だった。 特に印象深いのは、厳しくも哀しい 2 曲目「White Mountain」と、たたみかけるシャフルとマーチのリズムが強烈な「The Knife」。 神秘的な 4 曲目「Stagnation」のアコースティック・ギターとオルガンのアンサンブルも忘れ難い。 中世音楽やトラッド・フォークに影響されたアコースティック・サウンドとキーボード中心のアートロック(60 年代英国ロックの憧憬先である R&B テイストも沁み込ませた)が絶妙のポジションで出会った佳作。 高貴で美しいメロディとハーモニーが、初めてロックの世界に現われた。

(CASCDX 1020)

 Nursery Cryme
 
Tony Banks organ, Mellotron, piano, electric piano, 12 string guitar, voices
Michael Rutherford bass, bass pedals, 12 string guitar, voices
Peter Gabriel lead voice, flute, bass drum, Tambourine
Steve Hackett electric guitar, 12 string guitar
Phil Collins drums, voices, percussion

  71 年発表のアルバム「Nursery Cryme」。 オルガン中心のクラシカルかつヘヴィなサウンドと典雅なアコースティック・アンサンブルを調合した作風に、演劇的なヴォーカル・パフォーマンスを取り入れ、独自のシンフォニック・ロックを確立した傑作である。 代表作は、なんといっても「The Musical Box」だろう。 パラノイアックなまでに声色、身振り、コスチュームに凝ったスタイルは、決して斬新という訳ではなかったのだが、そのパフォーマンスを映えさせるだけのパワーが楽曲と演奏にあったということなのだろう。 タイトルは、童謡を意味する「Nursery Ryme」に犯罪を意味する「Crime」をひっかけたダブル・ミーニングのようだ。 多くの方々とおなじく、わたくしも「怪奇骨董音楽箱」という邦題はみごとだと思います。 プロデュースはジョン・アンソニー。 象徴詩人の作品のように、一種麻薬的な魅力をもつ名作です。

  アルバムは、グロテスクな御伽噺「The Musical Box」(10:30)から幕を開ける。 ジャケットに描かれた生首でクリケットをする女の子にまつわる、おぞましくももの悲しい幽霊譚だ。 演奏の中心は、ゲイブリエルのモノローグ調のヴォーカルと、ギターとキーボードによる緻密なアンサンブル。 切なく妖しくささやき続けるヴォーカルをギター、エレピ、フルートらが静かに支える音の織物が、やがて火を噴くように熱狂的な高まりを見せてゆく代表作だ。 密やかになめらかに流れてゆく物語と、激しいクライマックスのコントラストは、あまりに衝撃的でドラマチック。 ヴォーカルとギターのデリケートなコンビネーション、さざめくように鳴り続けるアコースティック・ギターらが紡ぎだす演奏には、あたかも子供の一人遊びのような調和と安寧があり、また一方で荒々しいオルガン、ギターによる叩きつけるような演奏には、狂気すれすれのエネルギーがある。 この静けさ、妖しさと激昂するような調子が、かわるがわる現れて物語を描いてゆくのだ。 重厚なオルガンとギターのリードで疾走する演奏には、クラシカルにして熱いというプログレならではの醍醐味がある。 特にクライマックスのリード・ギターは、ハケットの名演の一つだろう。 上昇スケールを基本にしたフレーズだが、「Knife」と同じく抜群のドライヴ感、弾け飛んでしまいそうなギリギリ感、そして頂点を極めた後のカタルシスがある。 クラシックの構築美とフォークのリリシズムそしてロックのパッションが同居した、贅沢な作品ともいえるだろう。 巧みな表情の変化でストーリーを綴るヴォーカルは、まさしくシアトリカル・ロック GENESIS 節の真骨頂である。 モーツァルトかハイドンのシンフォニーのようなエンディングも、この後得意技となる。  

  「For Absent Friends」(1:47) クラシカルなテーマ、フォーク・ソング風のハーモニーによる美しく密やかなバラード小品。 アコースティック 12 弦とエレクトリック・ギターのデュオによるモザイク模様のようなアルペジオにのせて、美しいメロディが歌われる。 懐かしい思い出を語るような歌詞、ギターによる重音のテーマもいい。 アンソニー・フィリップスの遺産だろう。  

  「The Return Of The Giant Hogweed」(8:10) ネジを巻くような特徴ある 3 連リフ(冒頭はおそらくギターのタッピング)で押し捲る、アグレッシヴな大作。 ささやきから激しいアジテーションまで、声色をフルに使ったシアトリカルなヴォーカルが、冴え渡る。 この強烈なヴォーカルと、得意の打ち込むようなスタッカートのベース、ぎりぎりとひきずり回すようなギター、オルガンらによる、強引な曲展開も面白い。 またギターのフレージングは、管弦楽器をシミュレートしているようにも聴こえる。 ドラムスのプレイも巧みに表情をつけており、リズム・キープを越えてギターやオルガン、ベースと一体となり、アンサンブルを盛り上げている。 二拍、三拍の交錯で緊張感を高める演出も効いている。。 歌詞は、おそらく SF 侵略もののパロディのような内容なのだろう。 「Knife」を思わせる勇ましい行進曲調は、侵略者を迎え撃つ心意気を現すのだろう。 エンディングのメロトロンを巻き込んだ轟々たる演奏に胸がすく。  

  「Seven Stones」(5:10) ささやくようなオルガンと柔らかいエレクトリック・ギターの響きがフィーチュアされた、薄暗くもどこか暖かい訓話(the old man tells his tales)風歌もの。 言葉の響きとみごとにマッチした抑揚をもつメロディ・ラインは、これぞ正統 GENESIS 節。 そして妙なる器楽。 サビではオルガンが高鳴り、ドラムス、竪琴のようなギターのアルペジオが加わると、初期 KING CRIMSON に通じるなんともいえぬ深い味わいが生まれる。 トーンを調節したオルガンによる繊細な表現、そしてオルガン、フルートらによるアンサンブルも美しい。 クライマックスを盛り上げるメロトロン・ストリングスは思いの外太く力強いが、高く盛り上がった潮が退くように静かに消えてゆく。 ロマンティックにしてトラジックな無常感も漂う名作である。 感動。  

  「Harold Barrel」(3:00) ゲイブリエルの一人芝居が鮮やかな、小噺風のリズミカルな小品。 コミカルにして諧謔味もあるイギリスらしい内容だ。 このスタイルも、初期 GENESIS の典型である。 フィル・コリンズは、この曲のコーラス・ワークで、ゲイブリエルのヴォーカル・スタイルを身につけたのでは。 小気味いいビート感がキーとなる曲なので、演奏はピアノ、ドラムスが主導権を握る。 ピアノの音色が新鮮だ。 そして、中間部、終末部の幻想味があるため一層ヴァースが冴える。  

  「Harlequin」(2:56) THE BEATLES 風のハーモニーときらめくような 12 弦アコースティック・ギターのアルペジオによる牧歌調バラード。 ゲイブリエルの個性的な声も、ここではハーモニーにとけこんでいる。 ヴァイブによるアクセントが、不思議な余韻を残す。 きらめく陽光の下で精霊や妖精が舞うようなファンタジックなイメージがあり、その通りの音色を求めてか、さまざまな楽器が贅沢に散りばめられている。 デリケートなフォーク・ソングだ。  

  「The Fountain Of Salmacis」(7:54) メロトロン・ストリングスが全編を彩る幻想的なシンフォニック・チューン。 歌詞は、半神とニンフのエキセントリックな恋模様のようだ。 朗唱と呟きを駆け巡るようなメロディアスなヴォーカル・パートと、せめぎあうようなインタープレイが連なる間奏部から成る。 メイン・ヴォーカル・パートを支えるのは、さざ波のようなオルガンのオスティナートとふくれ上がるメロトロンである。 この波打つようなオルガンのパターンが、曲にクラシカルな表情を与えている。 オルガンとメロトロンが空間的な演出をする一方、ドライヴ感で楽曲をひっぱり進行をリードするのは、ギターなみに弾きまくるベースとリズム・キープをはるかに越えたドラムスのリズム・セクション。 特に、レガートにポルタメントしスタカート気味に自在のリズミカルなプレイを放つベースには注目したい。 ギターは控えめだが、間奏部では、「The Return Of The Giant Hogweed」のイントロと同じ熱狂的なタッピング・フレーズを見せる。 もちろん、終盤のメロディアスなプレイも、ハケットならではの味わいである。 音の高低とスピードの変化を巧みに用いた曲調は、ライヴ映えするにちがいない。 本曲は、前作のアコースティックなアンサンブルを、エレクトリックな楽器にわりふりし直しラウドにしたようなイメージがあり、ここから「Suppers Ready」へとつながってゆくような気もします。 個人的には、このグループらしいグロテスクな幻想風味とエキセントリックな躍動感が一つになった代表曲の一つと考えています。 


  静と動のコントラストが鮮やかな表題大作から終曲のシンフォニック大作まで、怪奇と幻想の物語に満ちた傑作。 優美なメロディと激情的なインストゥルメンタルが交錯する、個性的な音楽世界である。 演奏は前作の延長上にありながら、エレクトリックな音をふんだんに用いて、さらなる抑揚をもたらしている。 まさに、ドラマチックという表現がピッタリくる作品だ。 歌詞は、童謡風から社会風刺そして恋愛のサディスティックな面を皮肉ったような残酷趣味まで、きわめて幅広くかつエキセントリックである。 そして、ストーリー・テリングの妙に加えて「For Absent Friends」や「Harlequin」では、繊細な美感を表現する技巧も見せつける。 アコースティック 12 弦ギターによるアンサンブルは、主としてラザフォードがアンソニー・フィリップスから受け継いだもののようだ。 ゲイブリエルのヴォーカル・スタイルも、もはや歌唱を越えた広い芸域のパフォーマンスとなっている。 スティーヴ・ハケットはさまざまな場面でアグレッシヴなギター・プレイを見せるが、アンサンブルのリードという面ではバンクスのキーボードに一歩譲っているようだ。 もう一人の新メンバー、フィル・コリンズによるドラムスは、スピード感と安定感を兼ね備えた上に主張がしっかりある。 特に最後の曲のドラミングがすばらしい。
  精霊がさ迷う英国田園らしいフォーク・タッチとクラシカルで重厚な表現をブレンドしたインストゥルメンタルと、演劇的なヴォーカルがうまくとけあい、前作を凌ぐダイナミックな作品となったといえるだろう。

(CASCDX 1052)

 Foxtrot
 
Tony Banks organ, Mellotron, piano, electric piano, 12 string, voices
Steve Hackett electric guitar, 12 string and 6 string Solos
Phil Collins drums, voices, Assorted percussion
Peter Gabriel lead voice, flute, bass drum, tambourine, oboe
Michael Rutherford bass, bass pedals, 12 string guitar, voices, cello

  72 年発表のアルバム「Foxtrot」。 前作の路線を継承しつつも、宗教寓話的な歌詞や誇張されたヴォーカル表現、そしてシンフォニックな器楽アンサンブルがさらなる冴えを見せる。 本グループの総決算ともいえる大曲に象徴されるように、コンセプトと演奏/録音が奇跡的なバランスを保ち、永遠の輝きを放つアルバムとなった。 シンフォニック・ロック・アルバムの代表作の一つという表現もできるだろう。 冒頭のメロトロンの迸りに感動した人も多いはず。 プロデュースはデヴィッド・ヒッチコック。

  「Watcher Of The Skies」(7:19) メロトロンとオルガンによるバロック風の構築美と行進曲風の力強いリズムが織り成す崇高なる大傑作。 ヴォーカルは、胸を打つ気高さと英雄的な力強さを発揮し、曲調はあくまでシンフォニックである。 構成はごくシンプルなのだが、ストレートな緩急/音量の変化が、かえって劇的なドラマとしての印象を強める。 力強い宣誓のようなヴォーカルを、勇ましいベースのリフと泰然たるキーボードが支え、堂々たる歩みを見せるのだ。 メロトロン、オルガンの響きは、あたかも重厚真摯な人の生き様を彩るかのように限りなく力強く哀しい。 「Musical Box」にて強烈な演劇スタイルをアピールしたために、声色お芝居風のスタイルが GENESIS の主たるイメージとなったのだが、本曲は、むしろ前々作「Trespass」における、クラシカルなスタイルを継承、発展したもののように思われる。 歌詞のモチーフは、アーサー・C・クラークの名作「Childhood's End(幼年期の終り)」らしい。 (タイトルそのものは、英ロマン派詩人ジョン・キーツの「On First Looking Into Chapman's Homer」の一節のようだが) したがって、「Skies」と複数形なのは、守護者はいくつもの宇宙を見守る、ということを示すのだろう。 そして、有名な「こうもり男」のコスチュームは、悲劇の守護者カルレレンの姿ということになる。 冒頭湧き上がる多声のメロトロン・ストリングスは、数あるこの楽器の演奏のうちでも屈指の名パフォーマンスである。

  「Time Table」(4:40) 端正なピアノ、チェンバロによるバロック音楽風の演奏にほのかにポップなメロディがしみわたる佳作。 昔語り風の歌は、帰らぬものへの思いを囁くとともに、まだ見ぬものについても不可思議な郷愁を誘う。 ヴォーカルは切々とした表情を見せるも、全体の印象は、暖かく優しい。 独特の不器用さがうまく活かされている感じだ。 GENESIS のすべてのアルバムに、必ず、こういう気品ある英国王朝風の歌がある。 キーボードとともに、巧みな動きを見せるベースのプレイにも注目。 一歩引いてアルペジオと和音に徹するエレキギターもいい感じだ。  

  「Get'em Out By Friday」(8:35) ゲイブリエル GENESIS のトレードマークたる、アイロニカルでコミカルなシアトリカル・ロック。 配役通りに声色を駆使するヴォーカルと躍動的な器楽が、どぎついまでにデフォルメされた演出でパフォーマンスを繰り広げる。 激しくアジテートし、つっかかるような調子と皮肉っぽい表情を見せる場面と、ファンタジックに浮き上がるような場面の切りかえも巧みである。 中盤では、8 分の 6 拍子に変化して、ドラマの幅をぐんと広げる。 レスリーを効かせたハモンド・オルガンによる歯切れよいリフレインと、得意の波打つようなオスティナート。 ギターは、ていねいなアルペジオと得意の粘りつくようにレガートなソロ。 終盤には、メロトロン・フルートによる沈み込むように幻想的な演奏もある。 歌詞は、英国の住宅政策に端を発するのか、シュールにして辛らつな内容だ。 代表曲の一つでしょう。  

  「Can-Utility And The Coastliners」(5:43) 耽美なメロディと迫力のあるインストゥルメンタルが結びついた、クラシカル・シンフォニック・ロックの傑作。 ギター中心のたおやかなアコースティック・サウンドから、古のメロトロンの導きとともに、波が打ち寄せるように、エレクトリックで切なくも勇壮な演奏へと発展する。 ゲイブリエルも、朗々たる歌唱を披露する。 12 弦アコースティック・ギター・アンサンブルの輝くような音色、そして、微妙なトーンの変化を見せるハモンド・オルガン。 特に、フルートのような音色が印象的だ。 深い草におおわれた断崖の果てに雲が垂れ込め白い波頭が渦を巻く音がかすかに風にまぎれる。 そんなイメージだ。 ロマンティックにして運命的な悲愴感のあるイメージは、「Trespass」に描かれた古典世界に通じる。  

  「Horizon's」(1:38) 典雅で味わい深いアコースティック・ギター・ソロ小品。 セゴヴィアの奏でるバッハのリュート作品、SP 盤のイメージである。 落ちついた演奏と端正なバロック風の進行は、不思議と郷愁を誘う。 整然と音が並んでいるのだが、それでも、ギターが歌っているようなやわらかくやさしい響きがある。 テーマは、無伴奏チェロ組曲第一番の序曲に酷似。 この後も、スティーヴ・ハケット氏はクラシック・ギターを極めてゆく。  

  「Supper's Ready」(22:58) 7 つのパートから構成される超大作。 変化に富む表情で語られるのは、大人のマザーグースともいうべき言葉遊びのような不思議の物語である。 インストゥルメンタル・パートは充実し、いわば GENESIS の作風の集大成ともいえる内容となっている。 同時にパッチワーク的な面も強調されており、あえて安定した進行を拒否するような、アヴァンギャルドなスタンスもあるユニークな作品となっている。
  「i)Lover's Leap」得意のアコースティック・ギター・アンサンブル。
  「ii)The Guaranteed Eternal Sanctuary Man」絶唱のようでもあり童歌のようでもある不思議なヴォーカル。
  「iii)Ikhbaton And Itsacon And Their Band Of Merry Men」クラシカルなオルガンとヘヴィなギター、ダイナミックなドラムス、変化に富むヴォーカルなど、いかにも最初のクライマックス足り得る名作。
  「iv)How Dare I Be So Beautiful?」足場を失ったような不安定な音。
  「v)Willow Farm」強いビートで歩むナンバー。 全体のイメージがきわめて THE BEATLES 的。 「Musical Box」という歌詞が現れる。
  「vi)Apocalypse In 9/8」フルートの旋律とともに、ここまでの流れを見直し、衝撃的なヴォーカルに導かれて、やがてすべてを揺るがすようなポリリズミックなインストゥルメンタルへと突き進む。 晩鐘とともに「i)Lover's Leap」のテーマが再現する。 黙示録というタイトル通り、二つ目のクライマックス。
  「vii)As Sure As Eggs Is Egges」「i)Lover's Leap」のテーマが高らかに歌い上げられギター、オルガンが、重厚に轟く大団円。
  マザーグースをモチーフに、Lennon & McCartney なみのアイデアを駆使してアレンジしたような、オムニバス大作。 古い分厚い絵本のように、ページをめくる度に次々と奇怪な絵が現れ、冷やりとユーモアの効いたポップ・ソングが飛び出してくる。 あたかも「A Day The In Life」をスケール・アップしたような、シュールで狂的な迷宮世界を描く歌詞は、一体何を現すのか。 叙情美とグロテスクがおり重なって存在するようなイメージは、人間/人生を象徴するのかもしれない。 アイデアとともに、シンプルなスケッチを一枚の絵にまとめあげた、録音技法の勝利でもあるのだろう。 一種綱渡り的な展開(器楽のテーマとなる旋律は、印象的ながらも、個々にはかなりシンプル)に、計算された複雑なアンサンブルにはない、不思議なおもしろさがある。  


  表情豊かなヴォーカルと優れた風刺を含む歌詞、そして何よりメロディアスにしてタイトな器楽演奏が、噴き出さんばかりに充実した作品。 バロック/古典を思わせるメロディとアンサンブルが全編に充実しており、シンフォニック・ロックというジャンルの原点の一つにしてかなり頂点に近い位置にいる作品といっていいだろう。 楽曲のヴァリエーションもさることながら、一曲毎の完成度がすばらしく高い。 全曲が意味を持って、この音絵巻を形作っているようだ。 JETHRO TULLPINK FLOYD といった、トータル・コンセプトで長大な曲を編み上げるグループの作品と同様な重量感に加えて、細部を彩るメロディの美しさや、キーボード中心のアンサンブルの弾力性が飛びぬけている。 最高傑作。 エンディングを飾る超大作「Supper's Ready」は、プログレッシヴ・ロックを代表する幻想物語である。

(ATLANTIC 82674-2)

 GENESIS Live
 
Peter Gabriel vocals, flute, bass drum
Steve Hackett guitars
Anthony Banks keyboards
Michael Rutherford bass, guitars, backing vocals
Phil Collins drums, backing vocals

  73 年発表の作品「GENESIS Live」。 「Foxtrot」のサポート・ツアー中、73 年 2 月に英国各所にて収録されたピーター・ゲイブリエル在籍中の唯一のライヴ・アルバムである。 轟々たるメロトロン、オルガンに胸熱くなる「Watcher Of The Skies」、どこまでも怪しげで切ない「Musical Box」、暴力的なパワーと繊細な美感がない交ぜになった「The Knife」など、初期の代表曲の名演が並ぶ。 録音は、どのくらいスタジオで追加修正されたのかと勘ぐってしまうほどにバランスがよく、隙間だらけの音を巧みに縫い合わせた「超絶的」アンサンブルによる演奏にも文句のつけようがない。 独特の緻密な構成美と妖しい揺らぎにライヴならではの迫力とプレゼンスが加わり、危なっかしさすらもキレかけたような凶暴さに奇跡的に昇華して、傲然と音になっている。 スリーヴに記載されたゲイブリエルの散文詩のインパクトも(趣味の悪さはさておき)かなりのものだ。

  「Watcher Of The Skies」(8:17)
  「Get 'Em Out By Friday」(9:14)
  「The Return Of The Giant Hogweed」(8:14)
  「Musical Box」(10:55)
  「The Knife」(9:46)

(CLACDX 1 7243 8 39778 2 6)

 Selling England By The Pound
 
Tony Banks keyboards
Steve Hackett guitars
Phil Collins drums, percussion
Peter Gabriel lead voice, flute
Michael Rutherford bass, guitars

  73 年発表のアルバム「Selling England By The Pound」。 気品ある美旋律と精緻なアンサンブルはそのままに、暗く狂気を秘めた空気を抑えて、ほんのりとした明るさと暖かみを強めた作品となった。 ソフトなポップ・タッチもあり、一般的に聴きやすいアルバムといっていいだろう。 演奏においては、荒々しい攻撃性よりもロマンチックな華やかさが強調されている。 この変化の象徴の一つとして、シンセサイザーの大幅な導入があげられる。 偏執的な面すら感じられた緻密なアンサンブルは、明快なフレッシュさと洗練という方向へと進み始めている。 プロデュースは、グループとジョン・バーンズ。 これだけ片面の収録時間が長いアルバムも珍しい。

  「Dancing With The Moonlit Knight」(8:03)。 気高きヴォーカル、そして淡い幻想性と怪奇な重みを兼ね備えるアンサンブルが、縦横無尽の活躍を見せるシンフォニック・ロック。 演奏は、決然たる表情からメランコリックに、そしてアジテーションへと目まぐるしく変化するヴォーカルを軸に、スピード感とインパクトにあふれるテクニカルなインストゥルメンタルを配して、一気呵成に駆け抜けるような印象をもっている。 大時代な朗唱からフル・スピードの疾走まで、躍動するプレイが生む高揚感をたおやかな幻想性と交差させて、巧みに夢幻の彼方へと誘う。 ここでのギターとキーボードによる火花を散らすようなインタープレイは、多くの作品中でも屈指のものだろう。 バンドの一体感と、それを越える個々人の熱気が絶妙のバランスを取っており、フォロワーたちの垂涎の的となった演奏が連なってゆく。 唐突とも思えるエンディングは、次第にそのマジカルな効果を発揮し、気がつけばただただ陶酔。 コリンズのドラムスもすばらしい。 華やかなアルバム導入部である。 

  「I Know What I Like」(4:09)。 ノイジーな芝刈機の音から始まるユーモラスなヴォーカル・ナンバー。 芝刈り人が見つめた人間模様を、皮肉たっぷりに描いているそうだ。 シタールやエンディングのギターとフレットレス・ベース、ヴォーカル・ハーモニーなどは THE BEATLES 的。 GENESIS らしい轟々としたオルガン、ストリングスのようなシンセサイザーのつややかな響きとともに、リズム・セクションがここでもいい仕事をしている。 ワサビの効いたユーモア、舞うようなフルートの調べなどは、初期 CARAVAN の作品に通じる面も感じられる。 初のシングル・ヒットとなったそうです。 アルバム・ジャケットはこの曲を現しているようだ。  

  「Firth Of Fifth」(9:37)。 GENESIS の代表作の一つであり、ロマンティックなシンフォニック・ロックの大傑作。 シンフォニック・ロックといったときに想定される交響曲的な力強さは、えてしてハードロック的なヘヴィネスと結びつきやすいが、本作は、華麗にして眩惑的なるピアノに象徴されるように、そういうハードさ/男性的な荒々しさとは一線画した、ファンタジーと優雅の世界である。 「Watcher Of The Skies」の力強さをもちながらも、クリアーで明晰なイメージをもち、ロマンティックなメロディをためらわずに朗々と歌い上げてゆく。 たゆまぬ努力で音楽を磨き上げ、青臭いシニシズムやセンチメントをきちんと乗り越えたといってもいい。 「Vision Of Angel」で垣間見せた、ポップにしてエレガントなピアノが秘めていた音楽性が、遂にここで花開いたのだ。 ピアノをリプライズする美妙なるシンセサイザー、フルートからギターへと受け継がれる耽美な旋律、古代の夢を吹き上げるメロトロン、挽歌をささやくアコースティック・ギターらが、一つになってこの世界を作り上げており、器楽アンサンブル、アレンジという点では完璧に近い。 フォロワーに多大なる影響を与えた作品でもあり、特にハケットのスタイリッシュなギター・トーンとバンクスのさざ波のようなオスティナートは数々のエピゴーネンを生んでいる。 オープニングの華やかなピアノ・ソロ、わななくようなヴァイオリン奏法とヴィブラートを駆使した幻想的なギター・ソロ(このソロ・パートはバッキング含めてハケットらしい初期 KING CRIMSON への憧れが感じられる)など数々の名演を含む逸品である。  

  「More Fool Me」(3:12) フィル・コリンズがキャリアの出発点となるヴォーカルを披露した愛らしいラヴ・ソング。

  「The Battle Of Epping Forest」(11:44) ゲイブリエルの一人芝居が全開のロック・オペラ大作。 縄張りを巡るギャングの抗争の物語を、スリリングかつユーモアをもって描いている。 他の曲では抑え目だったデフォルメの効いた一人芝居ヴォーカルが、この作品で一気に甦っている。 器楽演奏もヴォーカルをダイナミックに効果的に彩り、機を見ては飛び出してくる。 オルガンやギターの小気味のいい演奏に加えて、メロトロンに代わる一種独特の不思議な音色をもつシンセサイザーのプレイが印象的だ。 リズム、テンポはストーリー展開に合わせて巧みに変化しているが、流れに澱みはない。 何度聴いても発見のあるタイプの音楽だ。 ポリリズミックなアンサンブルなど、「A Trick Of The Tail」辺りで完成に至る新しい作風が感じられる。

  「After The Ordeal」(4:15) クラシカルにして手折れんばかりにデリケート、そしてシンフォニックな響きももった傑作小品。 主役はアコースティック・ギター、ピアノのアンサンブルであり、最初期の GENESIS のイメージである。 こんなに短いのに、気品がありストーリーの起伏もあり、おまけにうっすらとポップな雰囲気さえ漂っている。 シンフォニック・ロックの卸問屋には、あらゆる種類のシンフォニック・ロックのストックがあるとみた。 前半は、ギター、ピアノなどアコースティックな音をメインにしたドラムレスにもかかわらず躍動感あふれるアンサンブル、そして後半は、もの悲しくもロマンティックなギターとフルートのデュオである。 後半のエレキギターにジョージ・ハリソンの面影が見える。 インストゥルメンタル。 インナーに歌詞は記載されているのだが。

  大曲「The Cinema Show」(11:09) 中世幻想譚の味わいと、洗練されたポップ・テイストがバランスした、メロディアス・シンフォニック・ロックの傑作。 器楽は、あたかもこんこんと湧き出る泉のようであり、水面に眩く踊る光と戯れるニンフをイメージさせる。 ギターは竪琴であり、歌には時を越えたロマンが込められている。 しかし、何より本作では、後半を占めるキーボード・アンサンブルが圧巻である。 弾けるドラミングに支えられて、繰り広げられる万華鏡のようなインストゥルメンタルの中心は、時代物のモノフォニック・シンセサイザーであり、それが喩えようもなく微妙な魅力をもっているのだ。 その音色は、ヴァイオリンのようでもクラリネットのようでもありながら、そのどちらでもない味わいをもっている。 そのシンセサイザーが、あたかも物語をささやくように、なめらかにメロディを紡ぎだしてゆくのだ。 夢から醒めたようなエンディングは、そのまま最終曲「Aisle Of Plenty」(1:32)と進み、アコースティック・ギター伴奏で「Dancing With The Moonlit Knight」のテーマをリプライズしつつ消えてゆく。 祈りのように読み上げられる、料理のレシピのようなものは一体何なんでしょう。


  優美なメロディ・ラインと精緻で品のあるアンサンブルが充実、第一作で持っていた中世風のリリシズムを、より現代的なスタイルで甦らせた作品となった。 ロックとはこんなに美しく整った音楽だったのか、と再認識させられる力を持った作品である。 各曲の中にソナタの第一主題、第二主題並みにすばらしいメロディが惜しげなく散りばめられている贅沢さ、そして、いわゆるハイ・テクニックとは次元の異なる「バランスと整合性の極致」のようなアンサンブルが完璧な動きを見せる快感。 極論すれば、ダイナミックなリズムに支えられたメロディとアルペジオだけで、こんなにすばらしい音楽ができ上がるのだ。 ジャズやブルースといった肌合い、体温を直接感じさせる音楽とは異なる種類の音楽であり、理知と装飾を究めた人工的なサウンドといえるのかもしれない。 「The Battle Of Epping Forest」におけるシアトリカルなストーリー・テリングの妙もさることながら、洗練された器楽アンサンブルによる「Firth Of Fifth」や「The Cinema Show」こそが、本作の目玉だろう。 また、シンセサイザーの導入はサウンドに光り輝くつやを与えており、大成功である。 前作でシンフォニック・ロックの口火をきった GENESIS は、本作でメロディアスなアンサンブルの完成を見る。 次は、遠大かつ難解なコンセプトが待っている。

(CASCDX 1074)

 The Lamb Lies Down On Broadway
 
Michael Rutherford bass, twelve string guitar
Phil Collins percussion, vibing, voicing
Steve Hackett guitar
Tony Banks keyboards
Peter Gabriel voices, flute

  74 年発表のアルバム「The Lamb Lies Down On Broadway」。 アナログ LP 二枚組の本作は、プエルトリカンの少年の自己追求という難解な主題をもつトータル作品だ。 サウンド面では、次のような変化がある。 まず、表看板の一つであった幻想物語中の田園風景を思わせるような繊細かつフォーキーな味わいはやや退き、キーボード中心(RMI 製のエレクトリック・ピアノの人工的ながらも暖かみある音が印象的)のモダンなロマンティシズムが顕著になったこと。 古色蒼然としたバロック風のアンサンブルも片鱗をとどめるに過ぎない。 前作の志向をサウンド面で受け継いだ上で、コンセプトにしたがって音を決めてゆくというトータル・イメージのための全体的なコントロールがしっかりとできているように思う。 たとえば一枚目の B 面のメドレーなど、THE BEATLES の「Abbey Road」を思わせる完成度がある。 また、ドラマを綴るため歌詞の重要度がさらに強まったせいか、ヴォーカルの比重は高くなっている。 明快なサウンドにのせて、延々と語り続けるイメージだ。 感傷と狂気に満ち、演劇的な技巧を凝らしていた表現は、率直な R&B っぽさやキャッチーなメロディのうちにシンプルな形でたたみ込まれている。 (無論、「The Chamber Of 32 Doors」のように、ストレートでオーセンティックなポップ・テイストに加えられた微妙きわまるヒネリの味わいは筆舌に尽くしたいが) したがって、ポップな聴き心地は前作以上である。 また、ゲイブリエルの語り部としての意識は相当に高いようだ。 録音中にインストゥルメンタル・パートにまで歌詞をつけようとして、他のメンバーと衝突したという逸話があるくらいである。 「Cuckoo Cocoon」、「Carpet Crawler」、「The Lamia」(これもキーツか?)などきわめて優れたバラードでの歌唱は確かに光る。 しかしながら、巨大なコンセプト・アルバムへのチャレンジによって、音楽的成長は遂げるも、メンバー間の緊張が高まったのも確かだろう。
  C 面になるとインストゥルメンタルの割合が上がってくるのだが、どうやらライヴにおけるゲイブリエルの「着替え」のための時間を確保しているらしい。ちなみに、「マタンゴ」のように醜悪な例の怪人は「The Colony Of Slippermen (The Arrival - A Visit To To The Doktor - Raven)」のスリッパマンのようだ。
  結論は、全体に楽曲がその含蓄よりも明快で分かりやすいイメージで迫るということだ。 特に、タイトル曲の A 面 1 曲目、B 面 1 曲目という鑑賞のキーポイントに配置された曲が、いままでになくストレートでキャッチーなことが、全体のイメージに影響を及ぼしているようだ。 田園(幼少期のメタファーでもあろう)の安寧に秘められた閉塞感に気づくのが青年期の始まりであるとすれば、本作に描かれた大都会の狂気に巻き込まれ、打ちひしがれるのは青年期のクライマックスなのかもしれない。 これはそのまま、GENESIS というバンドの歩みに重ねられるのだろう。 本作品を最後にグループを離れるピーター・ゲイブリエルも、そういうことを感じていたのではないだろうか。 「In The Cage」の独特の緊張感に身を委ねていると、そんな思いにとらわれる。 プロデュースはグループとジョン・バーンズ。クレジットには、ブライアン・イーノの名前もある。 終曲「It」は、そのまま 2 年後の次作「A Trick Of The Tail」につながる音である。

(CGSCDX1)

 A Trick Of The Tail
 
Michael Rutherford 12 string guitar, basses, bass pedal
Tony Banks pianos, synthesizer, organ, Mellotron, 12 string guitar, backing vocals
Phil Collins drums, percussion, lead & backing vocals
Steve Hackett electric guitar, 12 string guitars

  76 年発表のアルバム「A Trick Of The Tail」。 ゲイブリエル脱退後初めての作品。 ヴォーカルは、フィル・コリンズがドラムスと兼任する。 シアトリカルなヴォーカル・スタイルはなくなったが、奇跡的に声質が似ていたことと、キーボード主体のバンド・アンサンブルの充実などの理由から、音楽は驚くほど揺らいでいない。 そして今までの音楽を継承しつつも、新たな要素を散りばめている。 特に、クラシック、フォークがブレンドした玄妙なるアコースティック・サウンドに代わって、複雑なリズムを駆使したテクニカルでダイナミックな演奏が顕著になった。 とりわけ、キーボードとドラムスは、絶好調。 「Robbery, Assault And Battery」の超絶ポリリズムは、これまで培った技巧の集大成のようだ。 また、オルガンに代わるシンセサイザーが、懐かしき「Stagnation」で見せたプレイを「Entangled」で蘇らせている。 しかしながら、全体としては、独特の諧謔味やシニカルなユーモアに図らずも漂っていた若々しさが、ピリッと甘辛い大人の味わいへと変化しているようだ。 メロトロンに象徴される漂うような幻想性/感傷すらも巧みな演出に見えてしまうのは、この GENESIS こそが世界最古の GENESIS クローンということを示すのかもしれない。 もちろん、「Squonk」のような新たなサウンドを活かした新たなアイデンティティへの道も見えている。 プロデュースはグループとデヴィッド・ヘンチェル。 ネオ・プログレッシヴ・ロックのモトネタとして確固たる位置を占める名盤。

  「Dance On A Volcano」(5:53)弾けるリズムと波打つようなシンセサイザーによる甦る「Musical Box」。 リズムを強調したオープニングはかなり衝撃的。

  「Entangled」(6:28)ハケット、バンクスによる稀代の名曲。 幻想的。

  「Squonk」(6:27)ギターのコード・リフやメロディ・ラインにほんのりポップな新しさを加味した新境地。 いわゆる GENESIS らしい不器用な緻密さとはやや異なるプロっぽい(アメリカンな?)レイド・バック感あり。 それでもオルガンのオブリガート/間奏はやはり GENESIS、それも「Trespass」辺りのオールド GENESIS である。 やや唐突なフェード・アウトが残念。 三人 GENESIS 以降のスタイルの出発点。

  「Mad Man Moon」(7:35)メローなヴォーカルもののようでいて、じつはキーボードが目いっぱいフィーチュアされたバンクスらしい作品。 メロディアスにして雅な雰囲気は「Vision Of Angel」のまま。 独特の奏法によるピアノが、全体に大きくフィーチュアされ、メロトロンはどこまでも美しく哀しい。 イントロのフルートのような調べもキーボード? 間奏部では珍しい木琴の音も。

  「Robbery, Assault And Battery」(6:15) 「The Battle Of Epping Forest」を思わせるストーリーものの名作。 変拍子、ポリリズミックなインストゥルメンタルがみごと。 ヴォーカルはまさしく GENESIS クローン。 キャッチーにしてテクニカルな名品である。

  「Ripples ...」(8:03)得意のアコースティック・ギター・アンサンブルを用いながらも、メロディ・ラインに AOR 路線への微妙な変化をも示唆するメロディアスなバラード。 サビが美しく切ない。 イノセンスとデリカシーは洗練されたスタイルへと変化した。

  「A Trick Of The Tail」(4:34)英国ポップ・トラディショナル (THE BEATLES のことです)な愛らしい作品。 日本人には童謡に聴こえる。

  「Los Endos」(5:46)インストゥルメンタル。 プログレらしいヘヴィな面やシンフォニックな面を、一手に引き受けた傑作。 ネオ・プログレの方たちは、本作を自らの試金石として練習するのかも。 「Dance On A Volcano」や「Ripples ...」のテーマをリプライズし、エンディングでは「Supper's Ready」の一節がささやかれる。

(82688-2)

 Wind & Wuthering
 
Michael Rutherford 4,6 and 8 string basses, 12 string acoustic guitars, bass pedal
Tony Banks Steinway grand piano, ARP2600 & Pro-Soloist & Roland string
 Hammond organ, Mellotron, Fender Rhodes, etc
Phil Collins voices, drums, cymbals, percussion
Steve Hackett electric guitar, nylon classical & 12 string guitars, kalimba, auto-harp

  77 年発表のアルバム「Wind & Wuthering」。 ソフィスティケートされたシンフォニック・ロックを奏でる傑作。 自ら奮い立たせるようにファンタジー路線を貫く姿勢のうちに、自然とメンバーの音楽的ルーツが浮かび上がっており、全体に切なさのある叙情的な作風となっている。 得意の凝ったメロディとシンフォニックなキーボード・アレンジはここでも冴えるのだが、その一方、アンサンブルとリズムはより明快な方向へ。 「Your Own Special Way」に代表されるように、レイド・バックしたポップ・フィーリングも現れる。 「Eleventh Earl Of Mar」や「One For The Vine」、「All In A Mouse's Night」らは、この新たな方向性と、繊細なメロディ・ラインやスリリングなリズム・チェンジ、幻想的な物語性などプログレ GENESIS らしさが、バランスした名曲といえる。 R&B から始まって、プログレを経て THE BEATLES へと戻ってきた、まさに、英国ロックそのものの歩んだ軌跡へと思いを馳せさせる名アルバムといえるだろう。 フィル・コリンズのヴォーカル表現も進境著しい。 うら寂しげなジャケット・アートと Wurthering という言葉の響きが「嵐が丘」のイメージをかきたてる。 プロデュースはグループとデヴィッド・ヘンチェル。

  「Eleventh Earl Of Mar」(7:42)轟々たるキーボードで幕を開けるも、突き抜けるように明快なリフ、シンプルなビート感など、キャッチーな面を強調したシンフォニック・チューン。 たおやかにして多彩なメロディ、中間部のアコースティック・ギターを活かしたファンタジックな演奏、歌メロの「ぶれるような」奇妙な和声進行など独特の作風も見せつつも、全体的には後のポップス化の始まりを予感させる。 バンクス/ハケット/ラザフォード作。

  「One For The Vine」(10:00)デリケートな歌とはちきれんばかりに躍動するアンサンブルが、鮮やかなコントラストをなす大傑作。 ロマンティックなメイン・ヴォーカル・パートは最初期の作品を思わせる。 巧みなキーボードによって、次第に幻想性を高めたかと思ったところで、急転直下、ネジを巻くような鋭いアンサンブルへと変化してゆく。 しかし、クライマックスは、5:30 付近からの朗々たるキーボードによるシンコペーションが印象的なテーマである。 このテーマの説得力は、GENESIS の作曲の妙を明確に語っている。 珍しく明朗な響きをもつギター、キーボードのアンサンブルから、オープニングを経て再び哀しげな歌へと帰ってゆく。 エンディングは重厚でありながらも、切なさと未来を見つめるようなオプティミズムが交錯し味わい深い。 初期の悲劇的な物語性とキーボード主体の明暗変化に富む演奏がみごとな、変幻自在の大作。 バンクス作。

  「Your Own Special Way」(6:18)前作の「Ripples ...」と同様のナイーヴにしてハイセンスなポップス。 後半にぽかっと現れる、夢を追う空ろな視線のような間奏がいい。 ラザフォード作。

  「Wot Gorilla?」(3:19) スピード感あふれるシンセサイザーと弾けるようなドラムスのリードするインストゥルメンタル。 エレアコ・ギターのアルペジオ伴奏もいい。 風を切って飛翔するイメージ。 オスティナートに細かな変化をつけるスタイルが得意のバンクスには珍しくアドリヴ風のプレイもある。 バンクス/コリンズ作。

  「All In A Mouse's Night」(6:37)イントロとアウトロはシンフォニックなキーボードが高まるが、中身は小話調の軽快な歌もの。 3連パターンを多用した 8 分の 6 拍子がステップを踏むような軽やかさを演出する。 テーマとなる旋律はやはり非常に明快でキャッチー。 「Harold Barrel」や「Get'en Out By Friday」の路線なのだが、後半ヴォーカル、シンセサイザーによるテーマからギターの加わった演奏は、きわめてファンタジックなシンフォニーである。 ハケットのソロ作にも通じないだろうか。 バンクス作。

  「Blood On The Rooftops」(5:27)冒頭は、クラシック・ギターによるセゴヴィア直系のロマンティックな演奏。(この頃雑誌のインタビューで「セゴヴィアをコピーしている」と語っておりました) ベースの響きと大きくうねるようなストリングス系シンセサイザー(メロトロン?)が支える、気品あるバラード。 コリンズ/ハケット作。

  「'Unquiet Slumbers For The Sleepers ...」(2:23)シンセサイザーとギターによる神秘的な美しさ・力強さをもつ交響曲的な名小品。 開放弦を活かした Asus2 をかき鳴らす響きと、ヴィヴラートしつつか細く歌うシンセサイザーが、人知を超えたなんとも不思議な空気を生む。 インストゥルメンタル。 ラザフォード/ハケット作。

  「... In That Quiet Earth」(4:50)凝ったギター・アレンジと凄まじいドラミングをフィーチュアした前半から、シンセサイザー、ギターによる第一曲のテーマ変奏へ。 珍しくハードロック調のヘヴィかつエキゾチックな響きも垣間見せる。 インストゥルメンタル。 バンクス/コリンズ/ラザフォード/ハケット作。

  「Afterglow」(4:13) THE BEATLES 風のコーラス、レイドバックしたメロディ・ラインを用いたシンフォニックなバラード。 どうしてか「Abbey Road」を思い出します。 哀し過ぎない後味がいい。 バンクス作。

(VIRGIN CDSCDX 4005 7243 8 39886 24)


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