イギリスのキーボード・トリオ「EMERSON LAKE & PALMER」。 70 年代、プログレッシヴ・ロックを一気に隆盛の頂点へと導き、スーパー・グループの称号をほしいままにしたグループ。 THE NICE、KING CRIMSON、ATOMIC ROOSTER から集まった三人の若者は、シンセサイザーというテクノロジーを携えて一躍時代の寵児となった。 クラシックとジャズ、ロックの融合を、けれんみたっぷりに、そして非常に分かりやすく成し遂げた功績は大きい。 やんちゃなキーボード・ロックの代名詞であり、結局ここへ戻ってくる人も多いはず。
| Keith Emerson | keyboards |
| Greg Lake | bass, lead vocals, guitars |
| Carl Palmer | drums, percussions |
次々と繰り出されるアイデアが新鮮な 70 年発表の第一作「Emerson Lake & Palmer」。
近現代クラシックとジャズ、R&B 果ては C&W など多彩な音楽性を、たくましい演奏力と強引なまでのアレンジ力でまとめあげた傑作である。
作品を見てゆこう。
冒頭「Barbarian(未開人)」(4:27)から、ファズ・ベースとハモンド・オルガンが唸りを上げてテーマを叩きつけ、爆発的手数のジャズ・ドラムとモダン・クラシカルなピアノ・ソロというエキセントリックなアンサンブルが炸裂する。アンサンブルというよりは、「それぞれ勝手に暴れているが、奇跡的に合っている」というべき演奏である。
タイトルが示すとおり、モチーフは数あるバルトークのグロテスクで偏執的なピアノ曲から選び出した独奏曲「アレグロ・バルバロ」。
続く「Take A Pebble(石をとれ)」(12:32)は、ピアノの弦をかきならすオープニングから静と動を巧みにゆきかい、レイクのデリケートにしてオーセンティックな歌唱がやがて不思議なエキゾチズムを醸し出す、詩的な幻想大作。
クラシック、ジャズどころか、C&W にまで大胆に発展するが、その流れはきわめて自然である。
エマーソンも憂鬱なロマンティシズムを込めたピアノ演奏を見せる。
後半は、即興風のジャジーなピアノ・トリオとクラシカルなアンサンブルがなんら矛盾なく交差する、エマーソンならではの世界が広がりを見せる。
3 曲目、ヤナーチェクのシンフォニエッタをモチーフとする「Knife Edge」(5:04)は、ハードな表情でもしなやかさを失わないレイクのヴォーカルと、エマーソンの凶暴なハモンド・オルガンが、際どくバランスしたヘヴィ・チューン。
挑発的でサスペンスフルなタッチを主としつつも、中間部にクラシカルな展開を持つ、完成度の高い作品だ。
かみつくようなオルガンのオブリガートも「フランス組曲」による感傷的な表現も、ともにみごとに流れにとけ込んでいる。
また、エマーソンの作曲力とプレイヤーとしての力量が如実に示されたのが、キーボード・ソロ三部作「The Three Fates」。
チャーチ・オルガンとアコースティック・ピアノを駆使し、即興的でパーカッシヴな演奏を展開する。
厳格な構成の中にも、ファンタジックともいえる陶酔の瞬間がある傑作だ。
「Tank」では、バロック調とジャズ・インプロヴィゼーションを巧妙に重ねあわせるエレピのプレイから、凄まじいロールによるドラム・ソロへと突入するという破天荒な演奏まで披露する。
エンディングは、重厚かつ軽妙なムーグ・シンセサイザーのソロである。
そして、寓話的な歌詞をフォーク・タッチでまとめたアコースティック・ナンバー「Lucky Man」が、アルバムにおちつきを与えて味のある締めくくりとなっている。
もっとも、エンディングには挑戦的なムーグ・シンセサイザーのソロを放り込んで、次作へとつながる野心満々たる表情を見せているのも事実だ。
クラシック、ジャズ、ブルースからカントリーまでが奔放にまぜあわされ、美と激情の間を揺れながら、アコースティック・ピアノの音色に象徴される、モノクロで抑制されたパフォーマンスに集約されている。
ギター不在のけたたましくも重厚なサウンドは、ロックの新たな可能性を拓いたといっていい。
挑戦的にしてスタイリッシュな傑作であり、THE NICE から始まったキーボード・ロックの到達点の一つといえるだろう。
THE NICE が偶然ギタリストを失った結果生まれた、ギターレス/キーボード主体のトリオ編成という新鮮な発想が、ここで高い音楽性で実を結んだのだ。
第一作とは思えぬ完成度は、三人の音楽的バックボーンの堅固さを物語っている。
(ESM CD340)
| Keith Emerson | Hammond organ, St.Marks church organ, celeste, Moog |
| Greg Lake | vocals, bass, electric & acoustic guitar |
| Carl Palmer | drums, Assorted percussions |
71 年発表の第二作「Tarkus」。
タイトル組曲「Tarkus」は、不気味なエネルギーを撒き散らす変拍子のリフから幕を開け、一気にヘヴィ・メタリックな世界を提示する、巨大なる野心作。
エマーソンのハモンド・オルガンは、ハードロック・ギターのけたたましさのみを拡大したような、無機的かつ攻撃的なフレーズを矢継ぎ早に繰り出し、リスナーを攻めたてる。
このアグレッシヴなハモンド・オルガン、ムーグ・シンセサイザーのプレイと、レイクのメロディアスなヴォーカルが巧みに交錯して(第二章「Stones Of Years」のヴォーカルとハモンド・オルガンのインタープレイなど)、20 分あまりの大作を一気に聴かせている。
エマーソンのキーボードに挑発されるように、ベース、ドラムもハイ・テンションのプレイを見せている。
「血湧き肉踊る」とは、まさにこういう曲のことをいうのでしょう。
卓越した運動性と神秘(異教)的な叙情性の合体という EL&P の特質を、早くも、完璧に体現した作品である。
組曲以外の作品も、レイクの宗教的なヴォーカルが胸を打つ「The Only Way」から重量感にあふれたピアノが強烈な「Infinite Space」、そして EL&P 流ハードロックの「A Time And A Place」など、才気の奔流の如き佳作が並ぶ。
タイトル・チューンは、圧巻のヘヴィメタル・キーボード大作でありグループの代表作。
アルバムとしては、この大曲が圧倒的な存在感を示す反面、後半、若干手薄に感じてしまうところもある。
とはいえ、一気に聴かせる構成力と、ごり押しパワーに圧倒される作品であるのも間違いない。
アメリカの HR/HM 系のグループには大きな影響があったようです。
(VICP-23103)
| Keith Emerson | keyboards |
| Greg Lake | vocals, bass, guitars |
| Carl Palmer | drums, percussions |
71 年発表の第三作「Pictures At An Exhibition」。
ムソルグスキーの怪ピアノ曲をラベルがギンギラギンのオーケストラ版へと編曲し、それをさらにギンギラギンのロックへアレンジした怪作。
元曲のエキセントリックな面を思い切り利用し、ヘヴィなサウンドをつくりあげている。
エンタテイナー、パフォーマーとしての EL&P の面目躍如たる痛快な作品だ。
「キエフの大門(The Great Gates Of Kiev)」からフィナーレへの流れは、ズービン・メータよりも、こちらの方が遥かに感動的だ、という人も多いはず。
一番の聴きものは、哀愁ある「古城」のテーマを無茶苦茶にしたブルーズ・ヴァリエーションだろう。
まさに爆発的なパワーを誇るインプロヴィゼーションである。
下手をすればほんとうに爆発して感電死するわけだから、集中力や気合も並大抵ではないだろう。
また、「こびと(The Gnome)」や「バーバヤーガの小屋(The Hut Of Baba Yaga)」といった diminished/augumented 音を多用する作品も、ここでの演奏の解釈が本質を突いていると思う。
ムソルグスキーが存命であれば、拍手喝采でテーブルを蹴飛ばしながらウォッカをラッパ呑みしたに違いない。
実際ライヴでは、「プロムナード(Promenade)」とこの 2 曲、そしてフィナーレというパターンも多かったらしい。
そして、本作に収録されているレイクによるオリジナル名曲「賢人(The Sage)」も絶妙のアクセントとなっている。(原曲作品を聴いて「あれ、『賢人』は?」と思ったのは、わたしだけではないと思います)
アンコールは「くるみわり人形」をロック・アレンジした「Nutrocker」。
71 年 3 月ニューキャッスル・シティ・ホールでのライヴ録音。
かつて「一家に一枚」というと、本作か DEEP PURPLE の「Made In Japan」でした。
(ATLANTIC SD19122)
| Keith Emerson | Hammond C3, piano, Zoukra, Moog IIIC, MiniMoog Model D |
| Greg Lake | vocals, bass, electric & acoustic guitars |
| Carl Palmer | percussion |
72 年発表の第四作「Trilogy」。
メンバーの個性が衝突しながらも、アルバムとしてまとまりを感じさせる好作品だ。
「The Endless Enigma」は、多彩な音楽性を誇る神秘と躍動の大傑作。
エキゾチックなムードあふれるイントロから、ムーグ・シンセサイザーとピアノ、ハモンド・オルガンのプレイへと進む冒頭部は、まさに絶妙の呼吸をもつ展開というべきだろう。
荘厳なコラールを思わせるレイクのヴォーカルへハモンド・オルガンが力強く絡んでゆく。
息詰まるような、圧倒的な瞬間だ。
そして、ジャズ・ピアノからバロック・フーガへと展開する間奏曲「Fugue」を経て、「The Endless Enigma」が再現、激しいピアノ演奏を経て、輝かしきムーグ・シンセサイザーが降臨する。
そして、レイクのヴォーカルとともに、雄大なエンディングへと導かれてゆくのだ。
エキゾチックなメロディとクラシックのバランスという、EL&P らしいセンスが活きた壮大な組曲である。
「From The Beginning」は、レイクをフィーチュアしたラヴ・バラード。
終盤、ムーグ・シンセサイザーのメタリックな響きが、甘目のロマンティシズムに軋みを与えている。
レイクの歌ものには、ジャズ、ブルーズはもとより、カントリーやハワイアンなどさまざまな志向がうかがえて興味深い。
「The Sheriff」は、エマーソンのハモンド・オルガンとパーマーのパーカッションが冴える小噺風の作品。
西部劇仕立ての SE をユーモラスに用いており、終盤のホンキートンク・ピアノが痛快だ。
アメリカの作曲家アーロン・コープランドの作品をアレンジした「Hoedown」は、ハモンド・オルガンが小気味よく暴れ捲くるインストゥルメンタル小品。
THE NICE の「Rondo」同様、奔放な抑揚とスピード感に思わず体がゆれてしまうライヴの定番である。
そして、ロマンチックな中にもどこかミステリアスなものを感じさせるテーマから始まる「Trilogy」。
ヴォーカルが美しいメロディを静かに歌い上げ、ピアノのテーマ展開から一気にハードなアンサンブルへとなだれ込む。
この一気呵成の展開は EL&P ならではだ。
ムーグ・シンセサイザーのカデンツァは、リズムの変化とともに、ラテン風のエキゾチックな演奏へとスピーディに移ってゆく。
ムーグ・シンセサイザーのパーカッシヴな演奏を経て、エンディングは意外やブルース調。
多彩な音楽性を見せる変幻自在のアンサンブルがみごとだ。
「Living Sin」は、珍しくシアトリカルなレイクのヴォーカルと偏執的ともいうべきキーボード、ドラムスのデュオが、微妙な距離感を保って突き進む怪作。第一作の「Tank」を思わせる高い音密度の演奏が凄い。
そしてアルバム最後は、ラベルもびっくりの本格的なボレロ「Abaddon's Bolero」。
作曲、アレンジ、録音手法、すべてにおいてエマーソンの豊かな才能を如実に語る作品であり、サウンド・メイキングは後の「Fanfare For The Common Man」へとつながる。
ヘヴィ・ロックとヨーロピアン・クラシックに、ラグタイムやラテン、ジャズなどさまざまな音楽をミックスし、エキゾチックかつハードな世界を構築した傑作アルバム。
全作品見わたしても、本作のハモンド・オルガン、ムーグ・シンセサイザーのプレイは出色。
アクロバチックなけれん味のみが受ける EL&P において、エキセントリックな中に流れるポップの奔流が異色といえるアルバムだ。
多彩な音楽性を惜しげなく散りばめた楽曲の完成度はピカ一。
個人的にはベストです。
(20P2-2050)
| Keith Emerson | organs, piano, harpsichord, accordion, Moog |
| Moog polyphonic ensemble, computer voice | |
| Greg Lake | vocals, bass, Zemaits electric & 12-string guitars |
| Carl Palmer | percussion, percussion synthesizers |
マンティコア・レーベルから満を持して発表された 73 年発表の第五作 「Brain Salad Surgery(恐怖の頭脳改革)」。
さまざまなヴァリエーションの作品を並べるスタイルは前作の踏襲ながら、すべての作品が無茶苦茶にパワー・アップし、前衛ロックとしての強烈なデフォルメが効いた超力作となる。
エマーソンのアグレッシヴ過ぎる技巧とパーマーの隙間を埋め尽くすようなドラミングによるメタリックな嵐のサウンドを貫いて、レイクの力強くもノーブルなヴォーカルが響きわたる。
このカタルシスとエクスタシーは、すべてのロック・ファンが体験すべきだろう。
ワイルドにしてテクニカルなキーボードを中心にした、HM/HR の元祖のような位置にある作品ともいえる。
スリリングなチャーチ・オルガンから始まる 1 曲目は、コラールをアレンジした「Jerusalem(聖地エルサレム)」。
そしてレイクの美しくも力強いヴォーカルに酔いしれた直後には、アルゼンチンの現代音楽家ヒナステラのピアノ・コンチェルトから着想された、電気の暴力といわんばかりのヘヴィ・インストゥルメンタル「Toccata(トッカータ)」が待っている。
荒れ狂うキーボードとともにベース、エレクトリック・パーカッションもフィーチュアし、グループとしての一体感あふれる代表作だ。
原作者のヒナステラが「楽曲の本質をつかんでいる」と絶賛したというから、エマーソンの解釈力が並大抵ではないことが分かる。チェンバー・ロックの始祖的な位置にある作品という見方も可能だろう。
そしてアコースティック・ギターとムーグによる「Lucky Man」以来の名バラード「Still...You turn me on」で、再びレイクのリリカルな世界に誘われた後は、前作の「Sheriff」を思わせる「Benny The Bouncer」のホンキートンク・ピアノに酩酊。
まさに余裕の展開である。
そして遂に迎えるは、エマーソンのキーボード・プレイと EL&P としての音楽的エッセンスが全て注ぎ込まれた超大作「Karn Evil #9(悪の教典)」。
三部から成る本作は、コンピュータに立ち向かう人間というチープなディストピア SF 風の主題をもつようだ。
演奏は、大見得を切るようなけれん味と暴力的なパフォーマンスに満ちあふれ、コミック・ブック的な痛快さでは他の追従を許さない。
「第一印象」では、邪悪なテーマを繰り出すハモンド・オルガンと十字砲火のように過激なフレーズを浴びせつつ暴走するシンセサイザーによって、メタリックでノイズに満ちた未来社会を描かれる。
B 面へのブリッジにおいては、自らパフォーマンスの進行役を買ってでるようなコミカルな演出があまりに泥臭いのだが、そんなことを感じさせる間もなく、過激にしてハイ・テンションの演奏が迸り続ける。
「第二印象」では、ラテン・エキゾチズムを漂わすジャズ・ピアノとアフロなパーカッション・シンセサイザーを駆使したアンサンブルが、アコースティックなタッチながらも過激に膨れ上がる。
クラシカルにしてミステリアスな緩徐楽章を経て、再びソロ・ピアノをリードに邪悪極まるアンサンブルが沸騰する。
アコースティックなプログレの代表曲という見方も可能だろう。
「第三印象」は、いよいよコンピュータとの対決が待つクライマックス。
展覧会の「キエフの大門」に通じる堂々たる大団円である。
陳腐ともいえる設定に強引に説得力をもたせるのは、ファンファーレの如く響き渡るムーグ・シンセサイザーと、レイクの伸びやかな美声ヴォーカル、そしてひたすら音を生み出し続けるハイ・テンションのアンサンブル。
一歩間違えれば野暮ったくなってしまうところを、不思議な魅力を放つ音楽へと仕立て上げた、いわば EL&P の電気魔術の産物だ。
ムーグ・シンセサイザーを縦横無尽に駆使した超大作である。
「Trilogy」で固まった音楽的結束を、さらにパワー・アップした一世一代の名盤。
「Karn Evil #9」に象徴されるように全編に力と緊張がみなぎり、破裂寸前のアンサンブルがリスナーをガッチリとらえて放さない。
これだけパワーを注いでしまうと、この作品を頂点に下降線をたどったのも仕方がないのかもしれない。
ともあれ、未聴の方へのメッセージ、「これを聴かずして何を聴く」。
(R2 72459)
| Keith Emerson | piano, keyboards, synthesizer | |
| Greg Lake | vocals, bass, guitars | |
| Carl Palmer | drums, xylophone, timpani, vibraphone | |
| guest: | ||
|---|---|---|
| London Philharmonic Orchestra | ||
| Joe Walsh | guitars, voices | |
| James Blades | marimba | |
| Andy Hendriksen | tuned percussion | |
| John Timperley | tuned percussion | |
77 年発表の第七作 「Works(四部作)」。
名ライヴ盤「Ladies & Gentlemen」に続くオリジナル・アルバム、LP 二枚組。
元々三人のソロ・アルバムに用意された楽曲を持ち寄り、最終面にのみトリオでの演奏を盛り込んだ構成となっている。
ヴォリューム感はかなりのものだが、ソロ用の作品を集めただけあって当然ながら方向が散らばっており、全体通すと、最終面のみごとな充実感を合わせても、プラスマイナスややプラスくらいの印象になる。
LP 一枚目 A 面は、キース・エマーソンのオリジナル、ピアノ・コンチェルト。完全なクラシックです。
B 面は、グレグ・レイク。管絃も交えた歌もの。なんというか、声のタイプとして、いわゆるロックが似合わないことを再確認。
LP 二枚目 A 面は、カール・パーマー。打楽器をフィーチュアしたクラシカルな作品、ヘヴィ・ブラス・ロック、ジャズロックなど多彩な内容。「Tank」の再演あり。予想外に面白い内容である。
そして、最終面には 2 曲の名大作が収められている。
「Fanfare For The Common Man」は、YAMAHA のスーパーエレクトーン(ポリシンセサイザーというべきか)GX-1 によるサウンド・メイキングが奏効した名品。
原曲に忠実な、勇ましくも端整なテーマが快調なロック・ビートとシンクロしてゆく、EL&P の代表曲の一つである。
アメリカの作曲家アーロン・コープランドの作品をキース・エマーソンがアレンジ。
「The Pirates(海賊)」は、管弦楽を巻き込んだ重厚なロック・シンフォニー。
勇壮なイメージを描きながらも、メロディアスで親しみやすいフレーズが幾重にも織り込まれ、非常に多面的な魅力を放っている。
エマーソンのシンセサイザー・プレイは、計算され尽くされた上に即興のきらめきが惜しみなく注ぎ込まれるという、ミュージシャンシップの究極にあり、レイクのパフォーマンスでは、オペラティックにしてロック、高潔にして野性味あふれるという卓越した表現を堪能できる。
米国のクラシック作曲家風のテイストによるオーケストレーションと、「Karn Evil」を開放的にしたような緻密なロック・インストゥルメンタルが手を結んだ稀代の名演である。
エマーソン作曲。
なお、オフィシャル・ブートレグ集で、管弦楽を使わずシンセサイザーを駆使した 3 人のみによる本曲の演奏を聴くことができる。
これは一聴の価値あり。
(K/K4 80009 / SD 2-7000 / VICP-84229-30)
20 年前は踊りながら聴いていたほど、自分の感性とシンクロしたグループでありました。
かなり「いき過ぎ」で拍数に収まらないフレーズを弾き飛ばすキース・エマーソン、手数足数は多いものの正直リズムは危ないカール・パーマー、一人吟遊詩人のグレグ・レイク、こんなムチャクチャなトリオが生み出す音楽は、そのムチャクチャさを活かしきったユニークなものであった。
突き刺すような攻撃型ハードロックから悠然たるシンフォニー、リリカルなバラードと楽曲は多彩。
エマーソンは、THE NICE 時代に試みたクラシック、ジャズとロックの融合というテーマを追求するためにレイク、パーマーという仲間を選び、音楽のさらなる発展から完成への道のりを目指していたようだ。
同時に、卓越したヴォーカリストであるレイクは、ヘヴィな器楽と自分の歌の対比から、新たな音楽を生みだそうと考えていたようだ。
EL&P のユニークな音楽性を、このエマーソンの音楽性とレイクのセンスの化学反応に帰することも確かに可能だろう。
しかしながら、演奏面では、やはりエマーソンのキーボード・ワークに全てにがかかっていたのである。
それを的確にプロデュースしたのがレイクであったにせよ、パフォーマンス自体はエマーソンの存在が全てといってもいいだろう。
したがって、必然的に、エマーソンのアイデア、やる気とレイクのアレンジメントのセンスがクライマックスに達したときにこそ傑作が生まれることになるのだが、クラシックとロックの融合という娯楽性と芸術性のバランスの微妙なところで作品化せねばならないという状況も同時にあり、この二つの前提条件がピタッとはまった瞬間がそう簡単には出現しなかったせいか、グループとしての絶頂期は短かった。
一つ不思議なのは、これだけ大胆な音楽を生んだテクニシャンであるにもかかわらず、キース・エマーソンが 74 年以降アメリカを中心に隆盛したクロスオーヴァー/フュージョン的なアプローチを全く見せないことである。
R&B、ラテン、ジャズ、クラシック、現代音楽までもを呑み込んだ巨魁でありながら、なぜなのだろう。
こんなことは考えられないだろうか。
すなわち、デイヴ・オリストが THE NICE を脱退するという事態をアクロバティックな発想の転換で乗り切ったエマーソンという人は、どちらかというと早熟型の天才であり、技巧も音楽性も極端ないい方をすると 60 年代ですでに完成されていた、そして 70 年代はそのアプローチの完成度を高めた、すなわち貯金で食っていたにすぎない、したがって 70 年代以降の新たな音楽の出現にはさほど興味を示さなかった、という読みだ。
この時期に EL&P が作品を発表しなかった原因の一つとして、意外にも偉大なるエマーソンがすでに新たな発想を生み出しえなかったということがあるのかもしれない。
さらに考えを進めると、90 年代の復活作においても、レイクのポップ・ミュージックに対するインテンションが、たとえやや時代遅れとはいえ、見えてくるのに対して、エマーソンの方はあまり明確には意志が伝わってこないことに気づく。
クラシックのロック・アレンジの腕は決して衰えていないが、その腕前は 70 年代においてすでに十分見せていた。
また、他のキーボーディストのように 70 年代中盤からフュージョンやニューエイジに流れたわけでもない。
マイルスのビッチェズ・ブリューの音楽観に否定的であったという逸話もあるのだが、彼自身は一体何を目指していたのだろうか。
唯一見せていた管弦楽との共演へのこだわりから考えて、常に革新を求めるクリエイターというよりは、抜群の解釈力/演奏力をもつ「プレイヤー」としての姿が、彼にとっての自然体なのかもしれない。
音楽的に果敢な姿勢を見せるよりも、エンタテインメントとして果敢なプレイを繰り広げる方が、好きだったのかもしれない。
個人的には、アヴァンギャルド・ミュージックやフリー・ジャズへ挑戦するエマーソンをぜひ見てみたいのだが。
92 年には正式に再結成するのだが、その前、86 年と 87 年にそれぞれ Emerson Lake & Powell、THREE としてアルバムを発表している。