DELUGE GRANDER

  アメリカのプログレッシヴ・ロック・グループ「DELUGE GRANDER」。 2005 年結成。 2010 年現在作品は二枚。すでに第七作までのプランがあるそうです。 豪快にして緻密な極道シンフォニック・ジャズロック。

 August In The Urals

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Dan Britton keyboards, vocals
Dave Berggren guitars
Patrick Gaffney drums
Brett D'Anon bass
Jeff Suzdal saxophone
Frank D'Anon xylophone, trumpet, flute

  2006 年発表のアルバム「August In The Urals」。 内容は、独特の重量感とあらゆる面での過剰さが特徴的なシンフォニック・ジャズロック。 一部ヴォーカルも入るが、インストゥルメンタル中心である。 作風は、近年のロシア、東欧辺りの技巧垂直累積型へヴィ・シンフォニック・ロックと共通する、いわゆる「Dense composition」であり、音、フレーズをギシギシいうまで詰め込み組み上げた複雑で濃密なものである。 サウンド的には当然ながらプログレ・メタルの影響もあるとは思う。 ドラマティックな展開を見せるのだが、メロディや音響主体の叙景的表現よりもアンサンブル全体の運動性がキーになっているところが、いわゆるシンフォニック・ロックとはニュアンスが若干異なるところだと思う。 いわゆるクラシカルなタッチが少なく感じられるのは、古典やロマン、近代といった「普通の」クラシックがないためだと思うが、不協和音や変拍子、エキゾチズムといった現代音楽や中世以前の音楽からの影響は強そうだ。 また、荘厳な和音が轟き、邪悪な変拍子リフが刻まれているのに、フロントのギターやピアノがストレートにジャズ、フュージョン(カンタベリーといってもいい)風の演奏になるところも特徴的である。 重いのにスピード感のあるところや変拍子反復による圧迫感、不協和音の不気味さなど、AREA (歌はないけど)や KING CRIMSONSOFT MACHINE などが原点にあるような気がする。 また逆に、MAHAVISHNU ORCHESTRAELEVENTH HOUSE のような技巧的なグループがその爆音ジャズ・スタイルのまま叙情的な英国プログレの方向へ走ってしまったような感じもある。 したがって、ジャズロックとはいうものの(先のコメントとは相反するが)それらしからぬセンチメンタルな表現や文学的な無常感、虚無感を漂わせるところもある。 リヴァーヴを深くかけるアンビエントなジャズというのは初めて聴いた。(クラウス・シュルツェとジャズの合体と呼ばれた曲もあるようだ) また、へヴィだがハードロック的なニュアンスがまったくないところも、プログレ・プロパーらしさである。 叙情性も暴力性もあるテクニカルでへヴィなミクスチャー・ロックという点では、「2010年に甦った KING CRIMSON の第一作」または、「2010 年版 BANCO」(歌はないけど)といってもいいだろう。 違いは、1969 年から 40 年の間のスタイル変遷が、圧縮されながらも積み重ねられているところである。 全体に製作にはあまり手がかかっていないようだが、圧倒的な演奏力と音の存在感は否応なく伝わってくる。 前に出たいのか後ろに下がりたいのかが判然としないいま一つな朗唱型ヴォーカルも、その存在感のなさが呪術的な響きを帯びていて、かえって極上発掘モノ的でよろしいのではないだろうか。 楽曲は 30 分近い作品を筆頭に大作のみ。
   爆発的な演奏力と乾いた審美センスのあまりに、類似品の見つからないきわめて個性的な現代プログレの佳作。 こういう音でも北欧産だとどこか長閑でユートピア志向のようなものが感じられるし、英国産だとシニカルなユーモアが必ず入ってくるが、こちらは幻想にすら鼻息の荒さというか力みかえったようなところがある。 夢の世界をローマ帝国軍のような軍団がふんぞり返って行進しているようなイメージである。 いかにもプラグマティックなアメリカ人らしいといえばそのとおりだが、もう少し暑苦しくならずにできないものだろうか。 もっとも、本作品の特徴は、その濃さ、暑苦しさをカンタベリーや英国プログレにそのまま平行移入したところにあるので、そうもいかないのだが。

  「Inaugural Bash」(26:57)本曲でこのグループの音楽の全貌がほぼ明らかになる。邪悪である。クライマックスがないというよりは、後半はクライマックスがずっと続くというべきだろう。
  「August In The Urals」(15:52)SPOCK'S BEARD と共通する「アメリカン・オルタナティヴ・ロック+過剰なα」スタイル。 素直に GENESIS っぽかったり、モダン・プログレらしさもある。
  「Abandoned Mansion Afternoon」(12:14)
  「A Squirrel」(8:45)シニフィアンのみであり、シニフィエがない(私が知らないだけかもしれないが)ような抽象的な作品。フューチャー・ジャズの一種か。変わってます。
  「The Solitude Of Miranda」(7:18)スパニッシュ、サラセンなテイストのあるスリリングかつロマンティックな作品。独特の強面は、ジプシーのマフィアがいたらこんな感じでしょうか。
  
(EMKOG 001)

 The Form Of The Good

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Dave Berggren guitars
Dan Britton keyboards
Brett D'Anon bass
Patrick Gaffney drums
guest:
Nathan Bontrager cello Frank D'Anon chorus, wood block
Brian Falkowski clarinet, flute, sax Heather MacArthur violin
Jose Luis Oviedo trumpet N.Aaron Pancost trombone
Kelli Short oboe Kezia Terracciano art
Megan Wheatley vocals

  2009 年発表のアルバム「The Form Of The Good」。 内容は、厳粛、重厚、深遠なるシンフォニック・ロック。 前作よりもモダン・クラシック然となり、より神秘的な雰囲気をまとっている。 管弦セクションはバンド演奏の配下としてきめ細かく練り込まれ、出自を忘れてこの奇妙なロックンロールに奉仕している。 サウンドに硬く無機的な質感、もっというと無慈悲な感じがあるところが特徴だ。 つまり、問題提起やあふれるエモーションを表現衝動としてとらえ、それに共感してもらうために音楽という共通言語に置き換えてゆくという過程で、「どう表現したら分かってもらえるか」に心を砕くよりも「とにもかくにもこれを聴け、分からん奴は知らん」という強硬姿勢を取っているように思う。 ある意味傲慢なのだが、ごく一部のリスナーとは途方もなくがっちりと手を握り合えるだろう。 この取っつき難さは、ひょっとすると、あえて未整理で複雑で矛盾にあふれ混沌と煮えくり返った音を提示することで、「現代に生きる人間、一言で表されるような単純な感情や精神性で形作られているわけではない」というコンセプトを描いているのかも知れない。 また、HM 的なところがまったくないことも特筆すべきだろう。 特定の楽器や旋律を分かりやすく目立たせることをしない作風(個人的にはもう少し濃い目の味つけ希望)らしいためなじみにくいが、しっかりと集中して立ち向かうと、独特の味わいが分かってくる。
  

  「Before The Common Era」(5:22)
  「The Tree Factory」(14:08)
  「Common Era Caveman」(6:26)
  「Aggrandizement 」(19:12)
  「The Form Of The Good」(8:41)
  
(EMKOG 004)


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